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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
42/60

神格者

 シグマは道を歩く。何度もプレイヤーに狙われながら、ただひたすらに次の街を目指していた。彼の中には疑問があった。このところ、オーブ・エスタードの刺客が来ていないのだ。アリサも刺客には間違いないが、彼女はそれとは少し違う。本当の意味での刺客は、まだ来ていなかった。

 それは妙な話だった。ニコルの話では、オーブ・エスタードの団長は自分を狙っていると言っていた。だが、それとはまったく違う。まるでシグマが取るに取らない存在であるかのように放置していた。かと言って完全に無視しているとは思えない。シグマは、常に注意を払うことで対応しようとしていた。


「――ずいぶん張り詰めた顔をしているな」


 シグマの歩く道の先の岩。そこには、とある人物が座り、シグマを待っていた。


「……ああ、アンタか。久々だな……」


「そうだな……」


 その人物の表情は見えないが、笑ってるようにも見える。その表情は白い仮面に隠されていた。


「何か用があるんだろ? なあ“アイン”?」


「用って程でもない。少し、お前に話すことがあっただけだ」


「話すこと?」


「まあな……ゆっくりしてくれ」


 シグマは静かに頷き、アインの横に立つ。それからしばらく、アインは何も言わなかった。彼は、シグマに送る言葉を探していた。シグマにもそれは何となく伝わり、彼はアインの顔を眺め続けた。


「……もう、お前も気付いているだろう。この世界は、新たな段階に入っている」


「……痛覚、疲労……リアルな“生”を感じる世界……そんなとこか?」


「それだけじゃない。この世界は、自立したと言ってもいい。データの海でしかないこの世界は、確実に“平行世界”となりつつある」


「平行世界?」


「そうだ。現実世界とは違う次元を進む世界。そこは楽園という名を冠する場所。世界は蠢き、捻じれ、歪み、そして“奴”の意図する方向に生まれ変わる……」


(……奴、ね……)


 それは以前アインが言っていた人物を指すのだろう。それはこの世界、ナイツオブエデン……いや、エターナルエデンにいる。アインは、確かにそう言った。


「なあアイン、そいつはいったい誰なんだ?」


「………」


 アインは相変わらず答えない。そんな彼に、シグマは畳み掛けるように続ける。


「そいつのせいで世界が変わってるんなら、そいつをさっさと何とかすればいいだけなんだろ?」


「………事は、そんなに簡単じゃない」


「そうかい。……だったら、違うことを教えろ。お前は、何者なんだ?」


「………」


「お前には現実世界の記憶が残っている。それはつまり、俺と同じ状態ということだろ? ってことは、お前のキャラクターにも俺と似たようなプロテクトがかかってると判断していいだろう。そしてそれが出来るということは、ウィルスに関する知識が並の奴よりもずば抜けて高いってことだ。

 理沙さんが詳しいのは話は分かる。このゲームの開発者だからな。もちろん、俺にアンチウィルスのデータをインストールしていたことは気になるがな。

 ……それよりも俺が解せないのは、お前の存在だ。理沙さんを知っていて、俺を知っている。それだけじゃない。あのウィルスに関する知識は、下手すれば理沙さん以上だ。何より、今回の一連の事件の真相すらも知っている。

 ――アイン、いい加減話せよ。お前は何なんだ? 何を知っている? 何をしようとしてるんだ?」


「………」


 アインはやはり答えない。ただ白い仮面だけを、シグマに向けていた。シグマも仮面の隙間から見えるアインの目を見る。その目は、どこか悲しげに揺れていた。


「………だんまりか」


「今のお前に話したところで理解出来まい。それに、お前にもいずれ分かるはずだ。全ての、“からくり”がな……」


「からくり……?」


「……今の俺に言えるのは、それだけだ」


 アインは岩から降り、再び転移のアイテムを召喚する。


「……結局、お前何しに――」


「――そうそう、肝心なことを言うのを忘れていた」


 呼び止めようとするシグマをアインは言葉で塞ぐ。そして背を向けたまま声だけを届けた。


「最近、不穏な動きをする輩がいる。お前も気を付けることだ」


 その言葉を残し、アインは光の中に消えた。アインが消え去った後の場所を茫然と見るシグマ。


「………いや、だから何しに来たんだよ……」


 シグマにはアインの意図が見えなかった。ふらりと現れ、意味不明なことを言って、さっさと帰っていく。全く目的が分からない。それでも、アインにはシグマに対する敵対心のようなものは見えない。だとするなら、何かの警鐘を鳴らしているのかもしれない。


(一応、気を付けるか……)




 ◆  ◆  ◆




「―――クソオオオオ!!!」


 オーブ・エスタード拠点施設の一室では、ニコルが怒声を上げていた。


「何でアイツなんだよ!! 何で俺じゃないんだよ!! 俺が、誰よりもアリサと一緒にいたはずなのに!!」


 彼の頭の中は乱れていた。彼は気付いていた。アリサが、確実に変わったことを。これまで、凛々しくもどこか寂しげだった彼女。それが、シグマとの出会いにより違う人のようになった。毎日ふらりと出て行き、綻んだ顔で戻ってくる。そこに戦乙女の顔はない。一人の、少女の顔があった。

 もちろんそれは、アリサが“桐原亜梨紗”であった時のことを心の奥底で覚えているからであろう。現実世界のことを忘れても、魂に刻まれた想いは変わらずに存在しているのかもしれない。

 だがそれは、ニコルには分かりようもない。彼からすれば、突然現れた少年がアリサを奪い取ったかのように思えていた。それは限りなく歯痒いものだった。醜くも当然の嫉妬を感じる彼の心境は、誰にでも容易に想像出来ることだろう。

 そしてニコルの憎悪の炎の矛先は、シグマに向けられる。


「……アイツさえ……アイツさえいなければ……!!」


 ニコルは力一杯に握り締めた拳を壁に叩きつけた。部屋の中には鈍い衝撃音が響き渡る。その音の後の部屋は、静寂に包まれていた。



「――力が、欲しいですか?」


「―――ッ!?」


 静まり返った部屋に、突然女性の声が響く。ニコルは慌てて声の方を向く。それは部屋の入り口。そこに立っていたのは、白いローブを着た女性だった。頭にはフードを被り、その顔は見えない。しかしその声は澄み切っていて、聞けば心を癒されるかのようだった。


「誰だ!! いつの間に部屋に……!!」


「力が、欲しいですか?」


 女性はニコルの言葉に答えることなく、更にニコルに訊ねる。ニコルは警戒しながらも、女性の言葉の中にあった気になるフレーズを口にする。


「……力?」


「そうです。力です。全てを手に入れ、邪魔な存在を消し去る……そんな、圧倒的な力です」


「圧倒的な……力……」


「あなたの想い人……あの少女の心は、黒衣の少年に囚われています」


「―――ッ!!」


「それは、貴方も気付いていることでしょう。少女の目には、貴方は映っていません。彼女の視線を一身に受ける人物……それは……」


「だ、黙れッ!!!」


 ニコルは慌てて女性の言葉を遮った。そんなことは言われるまでもなく分かっていた。だからこそ、口に出してほしくなかった。彼はそのことを改めて思い知り、力なくその場にへたり込む。ただひたすらに眉をひそめ、心を潰そうとする黒い感情に耐えていた。

 そんなニコルに、女性は更に言葉を放った。


「……今一度問います。力が、欲しいですか?」


 それを受けたニコルは、唇を噛み締めながら辛うじて声を出す。


「……ああ、欲しいさ! “あいつ”をぶち殺せるなら、どんな力でも欲しいさ!!」


「そう、ですか……」


 女性はニヤリと笑う。そしてへたり込むニコルの前に移動し、見下すように言い放つ。


「では、これを与えましょう……」


 女性は細くしなやかな手をニコルに差し出した。その手にあったものを見たニコルは、不思議そうな顔をしていた。


「………これは?」


「これが、力です」


 女性とニコルは、そのまま部屋の中で力の継承をする。それは誰にも見られることなく、知られることなく……いや、一人だけそれを知る人物がいた。


「………」


 ニコル達がいる部屋の扉の外、廊下の壁に寄りかかり腕を組む男性は、フッと小さく笑う。そして中の会話を一通り聞いたその人物は、静かにその場を後にした。歩けば短い金色の髪はゆっくりと靡く。

 廊下には、その男性――ウルのコツコツという足音だけが響いていた。


「……神格者、か……」


 そう呟くと、ウルは再び笑みを浮かべる。窓から射し込む陽光で、ウルの髪は小さな光の粒を放つ。オーブ・エスタードの拠点施設では、何かが起ころうとしていた。


 

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