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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
41/60

戯れの時間

「……なあアリサ。いい加減諦めたらどうだ? 前から言ってるだろ? 出頭とかいうくだらないことに従うつもりはないってな」


「そんな言い訳が……!!」


「いや……これ、言い訳じゃないだろうに……」


「う、うるさい! 似たようなもんでしょ!?」


「まったく非なるものだと思うが?」


「~~~~っ!!!」


 アリサは顔を真っ赤にして膨らせた。それを見たシグマはケラケラと笑う。


 アリサは、こうしてちょくちょくシグマに顔を出しては、出頭を呼び掛け続けていた。他に同行者はいない。毎度毎度、アリサ一人でそれを行っていた。

 彼女の中には、様々感情が存在していた。その一つが、罪悪感。前の街で、自分がニコルの前で“最強最弱のプレイヤー”と言ってしまったばかりに、彼は旅団から離れることになってしまった。それが、彼女の心を締め付けていた。シグマは他の団員を、さも邪魔者であるかのように言っていたが、それはフェイクであるように思えていた。無論本心かもしれない。だが、アリサにはどうしても、その行動がシグマの他の団員を想ってのことであるように思えて仕方がなかった。

 どうしてそこまで思えるのか……それは、今のアリサには分からない。前の時もそう。シグマという存在そのものが、彼女にとっては何か特別な、深い存在として心に刻まれていた。もしかしたら、彼女はそれを確かめようとしているのかもしれない。どうして彼をここまで信用できるのか。どうして彼のことがこんなにも気にかかるのか。桐原亜梨紗としてではなく、プレイヤー“アリサ”は、その理由の行方を探していた。


「――しょうがないわね。そこまで同行に応じないなら……!!」


 アリサは剣を構え突進してくる。シグマは頬を数回かき、困った表情をしていた。


「力づくで!!」


 剣を振り降ろすアリサ。シグマは体を反転させ、それをあっさりと躱す。アリサは更に振り降ろした剣を横一文字に振り、シグマの胴体を狙う。彼はそれを剣で受け、上方に往なした。


「くっ―――!!」


「攻撃が単調過ぎるぞアリサ。もっと裏をかけ。相手を惑わせろ」


「う、うるさい!!」


 アリサは右に左に剣を走らせる。シグマはそれを躱し続け、攻撃の“ダメ出し”をしていた。それが、いつもの流れだった。


「それじゃいつまで経っても、俺に斬撃なんて当てられないぞ?」


「アンタも攻撃しなさいよ!! なんでいつもいつも受けるだけなの!?」


「そいつは俺の勝手だ。寸止めなら何回かしただろ?」


「ふざけたことを―――!!」


 こうしてシグマとアリサは、顔を合わせる度に剣を向け合っている。だが、それはおよそ戦闘と呼ぶには程遠いものであった。レクチャー……その言葉よく似合う光景だった。アリサは顔を(しか)めながらも、本気を出すことはない。何しろ彼女は、一切のスキルを使わないのだ。それはシグマの行動を見てのこと。彼自身も、スキルを使おうとしない。彼に合わせる義理などないはずだ。シグマは彼女が所属するオーブ・エスタードに追われている身。そんな彼にスキルを使わない彼女。二人の姿を遠巻きに見れば、剣で戯れる子供のようにも見えた。


「少しは手を出しなさいよ!!」


 痺れを切らしたアリサはシグマに叫ぶ。それを聞いたシグマは、頬を数回手でかき、しょうがないと言わんばかりに溜め息を吐いた。


「……じゃ、そうさせてもらうか」


 そしてシグマは手に持つ剣をアリサに投げつけた。


「なっ――――!?」


 アリサは慌ててそれを剣で弾く。その瞬間、シグマはアリサの眼前に移動していた。


「―――ッ!!」


「ちょっと痛いからな」


 シグマはアリサの右手首を持つ。そして大きく体を一回転させ、アリサの体を大地に横たわらせた。


「―――ッ」


 アリサは背中に感じる痛みを耐え、目を細めてシグマを見る。そのシグマの右手は上に伸ばされ、左手は倒れるアリサの右手を掴む。そしてシグマの右手には、弾き飛ばされた剣が舞い戻る。剣を手にしたシグマは、すぐさま剣先をアリサの喉部分に突き付け、アリサの動きを封じた。


「………」


 目の前には光る刃。その先端は自分の首元。アリサは、身動きが取れなくなっていた。そんなアリサの様子を見たシグマは、静かに言葉を口にする。


「……勝負あり、だな」


 剣を引いたシグマは、アリサから数歩下がりながら剣を鞘に納める。アリサもまたゆっくりと体を起こし、白鎧についた土を払いながら立ち上がる。そしてシグマの方を向き、しゃがみ込んで叫び声を上げた。


「――悔しいいいいい!!!」


 シグマは苦笑いでそれを見つめる。こうして、今日の“戯れ”は終わりを迎えた。




 ◆  ◆  ◆




 それからしばらく、シグマ達は近くの木の袂の日陰に腰を下ろし、体を休めていた。疲労を思い出した体は、容赦なく二人を襲う。だが、その疲労はどこか清々しいものであり、木々の隙間から零れ出る木漏れ日は、身も心も癒してくれるかのように揺れていた。


「……ねえシグマ」


 唐突に、アリサはシグマに話しかけた。


「何だ?」


「前の旅団には、戻らないの?」


「………」


「仲間だったんでしょ? 戻りたくないの?」


「………」


 シグマは無言を貫く。それは、彼の口からは言えないことだった。アリサは、シグマのその表情を見て何かを悟る。


「……ごめん、変なこと聞いて……」


「……いや、いいんだ。――それより、お前こそいいのか?」


「ん? 何が?」


「だってお前、一応俺を捕えに来たんだろ? それがこんなにゆったりしていていいのか?」


「ああ……そう、ね……」


 アリサはバツが悪そうに頭をかく。正直なところ、アリサはすっかりそのことを忘れていた。彼女にとって、それは“ついで”のことでしかない。それを思い出したアリサは、困ったように目を伏せた。そしてゆっくりと立ち上がる。


「……とにかく、今日のところは帰るわ。捕えられなかったし」


「ずいぶん適当だな……ていうか、毎回何しに来てんだ? もはや目的が分からないぞ」


「う、うるさいわね!! アンタには関係ないでしょ!?」


 アリサは顔を赤くし、プンプン怒りながらアイテムを召喚する。


「アイテムセレクト――“帰還石”!!」


 その呼称と共に、アリサの手には青い石が出現する。それは指定した場所へ瞬時に移動するアイテム。無論、彼女が指定した場所とは、オーブ・エスタードの拠点である。

 最後にアリサはシグマの方を振り返る。


「――シグマ!! 明日こそは一緒に来てもらうからね!! 覚悟しなさい!!」


「はいはい。わかったわかった」


「適当に言うなあああ!!」


 叫び声と共にアイテムを発動させたアリサは、光と共に姿を消した。シグマは、アリサがいなくなった後の澄み切った青空を大きく仰ぐ。そして、頬を緩めて小さく呟いた。


「……また、明日な」




 ◆  ◆  ◆


 


 オーブ・エスタードの拠点施設、その中庭では光が集まる。その光はゲートのように円状になり、その中心から白鎧を来たアリサが飛び出してきた。彼女が地面に足を着くと同時に、光は消える。

 アリサは後ろを振り返り、光が消えた空間を見つめる。彼女が見ているのは、その先にある空間。そこを想う彼女の表情は穏やかなものだった。そしてアリサもまた小さく呟く。


「……また、明日」



「――どこに行ってたんだ?」


「―――ッ!」


 アリサは突然、右方向から声を掛けられる。その場所を慌てて見ると、柱の陰に立つニコルの姿があった。


「そんなに驚くことないだろ?」


「え、ええ……そうね……」


 ニコルは笑顔だった。だが、その笑顔はどこか“張りぼて”のように感じる。


「で? どこに行ってたんだ?」


 相変わらずの笑顔でニコルは問い詰める。それはどこか不気味だった。アリサはたじろぎながら焦った笑顔を作る。


「べ、別に大したところじゃないよ! ――あ! ちょっと用事を……」


 アリサは逃げる様にその場を去る。アリサは胸を撫で下ろしていた。今、自分の頭の中に浮かんでいたモノ……それが、あのままだとニコルに感付かれるような気がしていた。


 立ち去るアリサの背中を見ていたニコルは、笑顔のまま両手を震えるほど握り締めていた。そして、ひくつかせた口から辛うじて言葉を漏らす。


「……また、アイツのところに行ってたんだな……」


 そう言うニコルの表情は未だに笑顔だった。だが、目は血走る。その表情は、笑顔以外の顔を忘れているように見える。何も考えられない。頭に浮かぶのは憎悪、嫉妬……凄まじいほどの感情が一気に押し寄せたニコルは、表情を固めてしまっていた。


 ニコルは踵を返し中庭を立ち去る。その足音は大きく、歩幅は大きかった。


 


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