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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【白き闇/黒き光】
40/60

最強の憂鬱

 その日、とある街にあるコロシアムでは、ランキング戦が行われていた。それは、“ある人物”のサウザンドへの昇格を賭けたゲートキーパー戦だった。それを観覧する観客達は興奮の中にいた。会場を熱気が包み、歓声は地響きを鳴らす。彼らが熱い視線を送るモニターの中では、その人物がいた。


「くそ!! コイツ、化物か!?」


「………」


 その人物の前には、片膝を付くゲートキーパーがいた。彼は悔しさで顔を歪ませていた。殺気染みた目で見るのは、目の前に立つ黒衣の少年。――そう、シグマである。シグマは、ゲートキーパーの攻撃を(ことごと)く躱していた。そしてシグマからは一切攻撃はしない。ソードを一本だけ手に持ち、構えを取ることなくゲートキーパーを見つめていた。


「……もういいんじゃねえか?」


 シグマは再三に渡り、敗北を認める勧告をしていた。だが、ゲートキーパーの男は頑なにそれを拒否する。それは彼なりのプライド。レベル1のプレイヤーに敗北を認めることに抵抗を感じている彼は、断固として首を縦に振らなかった。


「―――舐めるなあああ!!」


 男は手に持つアックスを構えシグマに向け走る。


「………」


 シグマは小さく溜め息を吐いた。そして振り下ろされる戦斧に視線を送り、体を反転させ最小限度の動きで躱す。ゲートキーパーの横を通り抜けながら、シグマは男の顔を見た。男は視線だけをシグマに送り、シグマから見ても分かるくらいに歯を噛み締めていた。


「………悪いな」


 そう小さく呟いたシグマは、手に持っていたソードを腹部に斬り入れる。


「ぐああああっ!!!」


 斬られた男は腹部を押さえながら大地に伏せ、悶絶する。当然出血はしない。だが、しばらく前に起こった世界規模の変異により、その痛みはまるで本物のように体に走っていた。腹部を切り裂かれる痛み。それは、想像を絶する痛み。並の人間が耐えきれるものではなかった。

 そして、彼のHPは消滅する。光となってゲートキーパーが消え、疑似空間の空には文字が表示された。



 《FINISH!!》



 その文字の出現に合わせ、会場の興奮も最高潮に高まる。シグマの勝利を祝して。シグマの強さを賛して。人々は、声を上げていた。

 シグマの噂は、もはや世界中に響き渡っていた。ランクSSのモンスターをソロで討伐した者として。事実、彼はランキング戦に参加して以降、無敗のままサウザンドプレイヤーへと昇り詰めていた。彼の強さは次元が違う。それは、世界中の人々を魅了していた。


 そんな絶賛の嵐を一身に受けるシグマだったが、それとは反比例するかのように、彼の表情は暗かった。




 ◆  ◆  ◆




 ランキング戦が終わってから、彼は街外れの道を歩いていた。


「………」


 彼の表情は相変わらず暗い。いや、険しいと言った方がいいのかもしれない。常に周囲を警戒し、いつ襲撃されてもいいように備えていた。


 あの大鬼との戦闘以降、世界は更に変わり始めた。痛覚の復活で、世界中のプレイヤーは混乱した。ランキング戦、モンスターとの戦闘……全てにおいて、これまでなかった痛みを受けていた。だが、いつの間にか世界は、あたかも“最初から痛覚というシステムが存在していた”かのように痛覚を受け入れた。それもまたウィルスの成す所業なのだろう。痛覚が復活することで、世界中の人々は更にこの世界の現実味を深めてしまっている。それは、シグマの意図するものとは真逆の方向に世界が転がっていることを意味する。

 それに拍車をかけたのが、オーブ・エスタードによる“世界の名前”の制定である。オーブ・エスタードは、この世界を“ナイツオブエデン”という名前から“エターナルエデン”という名前に改変することを宣言した。もちろん世界は戸惑ったが、今やオーブ・エスタードに逆らえる者などいるはずもなく、世界は“エターナルエデン”という名前に変わっていた。エターナルエデン……直訳すれば、“永遠の楽園”。それを知ったシグマは鼻で笑ってしまった。永遠の楽園と言いながらも、この世界は至極断片的な世界でしかなく、引いていえばデータの海でしかない。それを“永遠の楽園”と呼ぼうとする人々が、シグマにはとても滑稽に思えた。

 ともあれ、世界は変わる。国家の誕生。世界の再誕。よりリアルな全て……ウィルスという触媒により、この世界はもはやゲームの世界とは言えないところまで変わっていた。パンドラの匣は、完全に開かれていた。


 ……それと、もう一つ変わったことがあった。



「―――シグマ!!」


 道を歩くシグマは、知らない声を後ろから投げかけられる。足を止め、ゆっくりと振り返るシグマの前には、剣を構えた男が三人いた。それを見たシグマは溜め息を吐く。


「………またかよ」


 そう呟くシグマだったが、男たちの耳には彼の小言など聞こえることはない。男達は、ただ怒声を響かせていた。


「恨みはないが、貴様を倒して―――!!」


 男たちが言い終わる前に、シグマは地を蹴る。そして瞬時に男達の前に辿り着き、腰に携えた剣を振り抜いた。


「があああああ!!!」


 一瞬にして斬られた男たちは、光となり空へと昇って行った。その光を見たシグマは、剣を鞘に納めながら愚痴を零す。


「……まったく、次から次に……キリがねえ……」


 ――シグマの名が世界に響き渡ると同時に、彼をPKしようとするプレイヤーが増加していた。無論、シグマをランキング戦以外でPKしたところで経験値などはもらえない。シグマ自身の経験値が下がることもなく、ただ単に、シグマが最後にいた街に転送されるだけである。

 ……だが、プレイヤー間の“噂”は違う。ランクSSのモンスターをソロで討伐したという逸話を持つ彼を倒せば、その者の名はシグマ以上に世界に轟くだろう。つまりは、経験値ではなく名声を得るのだ。それを目的としたプレイヤーが、シグマを日々狙い続けていた。ランキング戦を勝ち上がる必要もない。強力なモンスターを討伐するまでもない。今や、シグマを倒すということだけで、一躍時の人となれるのだ。

 一見するととても容易いように思える。言ってしまえばレベル1の最弱。何かの弾みで一撃を与えさえすれば、彼の世界最小のHPを絶やすことが出来る。無論、その一撃すらもシグマは許すことはない。だが、もしかしたらという宝くじを買うかのように、あらゆるプレイヤーが彼を狙い続けた。


 シグマは、そんな見ず知らずのプレイヤーに狙われながらも、漆黒蝶に感染され生まれたモンスターも狩っていた。ただ一人で地を駆け剣を振り、あらゆるモンスターを狩り続ける。目の前でプレイヤーが壊れるシーンも何度も見た。ガラスが割れる様に砕けるプレイヤーを瞳に映す度に、彼の心は軋みを上げる。なぜもっと早く駆けつけられなかったのか。なぜ助けられなかったのか。全てが彼のせいであるはずがない。だが、アンチウィルスという特殊ステータスを宿した彼には、全て自分のせいのように感じてしまっていた。

 プレイヤーから狙われ続ける日々。強力なモンスターとの戦闘の日々。常に孤独で、常に負けることが許されない日々。

 ……シグマは、いつの間にか知らず知らずに心身共にボロボロとなりつつあった。


 そんな彼にも、唯一心が休まる時間があった。



「――また狙われたの? 毎度毎度ご苦労様ね……」


 ふと、彼の耳に聞き慣れた声が聞こえた。それは横に立つ木の陰から放たれていた。


「……ああ、またお前か……」


 そう言いながらも、シグマの顔は少しだけ綻んでいた。


「“また”とは失礼ね!」


「悪い悪い。……で? 今日の用件はなんだ?」


「決まってるでしょ!?」


 そう言いながら、その人物は木の陰から姿を現す。そして腰の剣を抜いた。


「――今日こそ出頭に応じてもらうわよ! シグマ!!」


 剣をシグマに向け、勇ましく声を出すその人物。――それは、アリサだった。


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