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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【忘却の中の感傷】
37/60

黒き光の救済

 オオオオオオオオオオオオ!!!



 岩場の中央では、立ち上がった大鬼が天に向け吠える。それは怒りに満ちた咆哮。自分を殴り飛ばした小さき者への憤怒。鬼の目には、もはやシグマしか映っていなかった。


「―――ッ! アリサ!! 離れてろ!!」


「嫌よ!! 私も――」


「――邪魔するなら斬り捨てるぞ!!」


「―――ッ!?」


 シグマの脅しの言葉に、アリサは声を失う。彼の言葉には鬼気迫るものがあった。シグマも必死だった。アリサもHPはレッドゾーン。一撃でもくらえば、たちまちゲームオーバー。それどころか、この世界から存在が消えるかもしれない。シグマは何としてもそうさせたくなかった。仮に再び自分が亜梨紗を斬ることになっても……アリサに痛みを思い出させることになっても、アリサだけは助けたかった。



 オオオオオオオオオオオ!!



 鬼はシグマに向け走り出す。そしてシグマもまた鬼に向け走り出す。アリサは、その場でただ立ち尽くしていた。


「―――ッ」


 シグマは両手に剣と刀を召喚する。またしても、呼称することはない。今のシグマには、頭で考えただけで任意の武器を召喚出来ていた。


 鬼はシグマに向け拳を突き入れる。それを右の刀で受け、左方向に受け流すシグマは、そのまま大地を駆け鬼の懐へと入ろうとする。そのシグマに鬼は光線を放つ。だがシグマは、それすらも左の剣で弾き飛ばす。


「あんなに簡単に……!?」


 アリサは声を出す。その光線の威力は分かっていた。それをいとも容易く、しかも片手で弾き飛ばしたシグマの強さは、今のアリサにはもはや想像すら出来ない程になっていた。


 懐に入ったシグマは軽く跳び上がり鬼の腹部を斬りつける。薙ぎ払った剣筋は鬼の脇腹を捉え、その部分が損傷のエフェクトが起こる。シグマは宙を跳びながらその様子を目に写す。


 

 ガアアアアアアア!!??



 鬼もまた痛みが走る。目の前には黒き光を纏う少年。それに向け、鬼は拳を振り下ろした。シグマに鬼の拳が迫る。宙にいながら彼が振り返ると、彼の手にはいつの間に戦斧が構えられていた。


「――――ッ」


 振り返り際に戦斧を振るう。戦斧の刃と黒鉄の拳は衝突するが、そこで押し勝ったのはシグマだった。鬼の拳は弾かれ、戦斧は振り切られる。地に降りたシグマはすぐに走り出す。黒き風は鬼の周囲を回る。鬼も拳を伸ばし、光線を飛ばし、何とかシグマを捉えようとするがシグマは全てを躱しながら走る。


「行っくぜぇぇえええ……!!」


 シグマは走りながら大地を蹴り、鬼の横を通り過ぎる。その際に手には大剣が持たれ、シグマの体の動きに合わせ横に振られる。刃は鬼の体を切り裂き、鬼は顔を歪める。着地と同時にシグマは再び駆ける。そしてまた跳び上がり今度は剣と刀の二つの刃を十字に斬る。

 鬼の周りを竜巻のように走るシグマ。走り、跳び、斬り、殴り、突き、放ち……鬼はシグマの速度に付いていけない。パワー、スピード……ほぼ全てがシグマが上だった。唯一シグマが劣る点があるとすれば、HPくらいであろう。


「………」


 アリサは言葉を忘れ、鬼を圧倒するシグマを眺めていた。彼の強さは最初会った時に思い知ったはずだった。だが、今のシグマはそのシグマとは次元が違っていた。この世界ではありえない光景。ランクSSのモンスターを一人で狩る者。それはもはや、“最強”と呼べる者。だがその者は、レベル1の“最弱”。


「……最強最弱の、プレイヤー……」


 自然とアリサの脳裏にその言葉が甦る。それは忘れていた言葉。それを思い出したアリサはシグマから視線を逸らし、一人拳を強く握り締めた。


「――ちょっと眠っててくれ」


「――え?」


 突然、アリサは後ろから話しかけられた。その瞬間、彼女の意識は途切れる。倒れる少女を見つめるのは男。長いマントを肩から被り、銀髪で白い仮面を被っている。身長は高く、見れば大人の男性のように見える。

 その男は、ゆっくりと鬼とシグマに視線を向けた。


 一方シグマは、止めを刺すタイミングを計っていた。かなり痛めつけたはず。鬼は全身をフラフラとさせ、何とか立っているような様子だった。あとは、最後の一撃だった。


(さて……どうするか……)


 その時、頭にとある“スキル”が浮かぶ。これまでは知らなかったスキルだった。


(……何だこれ?)


 シグマの中に浮かぶスキル。名前などはなく、ただ漠然と使い方を知るだけ。そのスキルが、なぜか異様に気になる。ここで使わなきゃいけない。使うべきはここしかない。そんなことを考える自分がいた。もちろんそんなスキルはこれまで知らなかった。今しがた覚えたかのように忽然と習得したスキルは、その存在感をシグマに投げかけていた。

 自然とシグマは足を止める。そして武器を消し、片手の掌を鬼にかざす。その手には光が集う。シグマの体が纏っていた黒い光が、翳した手に集中していた。


(これは……)


 シグマは困惑しながらも、狙いを鬼に定める。そして、頭に浮かぶ言葉を静かに紡ぐ。


「――黒き光に、救われろ」


 心の中でトリガーを引く。その直後、掌の黒い光は波動となって解き放たれた。


「―――ッ!?」


 シグマは顔を引きつらせる。この世界で、遠距離から攻撃を放つ方法はメイスの魔法かアローの矢かしか存在しない。だが、今のシグマは何も武器を持っていない。にも関わらず、今シグマは何かしらの攻撃をしている。それが出来ている自分に、シグマは吃驚していた。


 黒き波動は一直線に鬼に向かう。フラフラとしていた鬼も、その光に気付き両手を出し受け止めようとする。鬼の手と黒光は衝突し、轟音を響かせる。



 ガアアア!!??



 鬼は後ろに下がる。その波動の勢いは凄まじく、屈強な鬼は圧倒されていた。それでも必死に受け止める鬼。だが、それにも限界が訪れる。黒光は徐々に鬼の掌から溢れ始め、やがて、黒い鉄の手を弾き飛ばした。たちまち鬼の体を黒光は通り抜ける。巨体は足が地面から離れ、ただただ黒光の勢いに宙を舞う。



 ガアアアアアアアアアアア!!!



 光に包まれながら、鬼は断末魔を上げる。鬼の体は所々砕け始め、その破片は光に変わる。腕、足、胴体、頭、顔……砕ける部位は増えていく。そして終には、体全体が光に包まれる。それに合わせるように黒光も勢いを失い、段々と細く収束していき消えた。黒光が消えた後には、全身が白き光に変わり昇天する鬼がいた。それを見つめるシグマの体からも、いつの間にか黒い光が消えていた。体に纏う光を相手にぶつける。そんな攻撃だった。

 天に昇る光は、そのままどこかへ飛び去る。それは、プレイヤーのHPが0になった時の情景と似ていた。もしかしたら、感染したプレイヤーが戻ったのかもしれない。そんな淡い期待を持ったシグマだったが、すぐにそれはないと自分に失笑した。その笑みはすぐに消え、シグマは立ったまま自分の掌を見つめる。


(あの光はいったい……)


「……プレイヤー情報、ステータス表示」



 プレイヤー … シグマ

 レベル   … 1

 ジョブ   … ゴッドハンド


 HP  … 3

 TP  … ××××

 ATK … ××××

 DFS … ××××

 MAT … ××××

 MDF … ××××

 SPD … ××××

 SKL … ××××

 ANT … ×××× 



(元のまま、か……)


 シグマのキャラクターネーム、ステータスは元に戻っていた。しかし解せない。なぜ自分の名前に“トイフェル”の名が冠したのか。なぜトイフェルの名があるにも関わらず、自分に異形への変異は起きなかったのか。あの黒い光は何だったのか。最後のあの攻撃はなんだったのか……いくら考えても、シグマには分かるわけがなかった。

 シグマは再び天を仰ぐ。いつの間にか空は茜色に染まっていた。その空に向け……いや、この世界の向こう側、現実世界に向け、言葉を投げかけた。


「……美沙さん……アンタは、俺に――“シグマ”に、いったい何をしたんだ?」


 シグマのステータスは、美沙によりチートキャラとなっている。だとするなら、今の異常な状態は、もしかしたら美沙が施したものなのかもしれない。シグマは、そう考えていた。だが当然ながら、空は何も答えない。ただ黄昏のエフェクトを映し出し、風の音だけを流していた。


 ともあれ、ランクSSの鬼は消えた。しかし彼の心は晴れない。自分の油断が、ミーレスというプレイヤーを消滅させたかもしれない。それを思うと、シグマの顔は悲しみの色に染まった。横を見れば、クロエ、ジール、フルールが地に倒れたまま気絶していた。今回はたまたま助かっただけなのかもしれない。もし一歩間違えば、あの三人も消滅していたかもしれない。そんな彼女たちを見たシグマは、一つのことを決めた。それは、彼にとっても苦渋の決断だった。



「――ずいぶんと時間がかかったものだな」


 眉を顰めるシグマに、突然声がかかった。


「―――ッ!?」


 予期せぬ言葉に驚いたシグマは、慌てて後ろを振り返る。そこには、あの仮面の男がいた。無論その男に見覚えはない。声も初めて聞く声だった。


「……誰だ?」


 シグマは警戒しながら、男に問いかける。男の表情は仮面に阻まれ見えない。その白い仮面は、ただ男の言葉を響かせた。


「俺が誰かはお前には関係ないさ。ただの興味本位だ。――“あっちの世界”からわざわざ飛び込んできた少年の顔を、見たくなっただけさ」


「なっ――――!!??」


 男から放たれた言葉に、シグマは絶句する。彼の口から出た言葉……“あっちの世界”。それが意味することなど、たった一つしかなかった。

 シグマは、絞り出すように声を出す。


「ま、まさか……アンタ、現実世界のことを覚えているのか?」


 男の表情は分からない。だが、一度クスリと笑う声が聞こえた。そして男は続ける。



「まあ、な……お前のことは知ってるさ。あの“桐原美沙”が送り込んだんだからな。

 ――な? “紫雨真輝”くん?」



「――――ッ!!??」


 シグマは更に絶句する。その男は、今間違いなく美沙の名前を告げた。それだけじゃない。シグマの現実世界での名前……紫雨真輝という名前を口にした。シグマは混乱の渦の中に陥る。

 鬼が消えた岩場で、シグマは立ち尽くす。その目の前には、本当のシグマを知る人物がいた。時が止まる二人の間を、風だけが通り抜けていた。 


 

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