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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【忘却の中の感傷】
34/60

彼らの光

 街外れの岩場、そこでは、大鬼と黒衣の少年が剣と拳を交わしていた。黒い腕は全てを壊す。岩、大地、木々……触れれば粉々となり、それはしつこくシグマの体を狙い続けていた。


「くっ――!! 速い―――!!」


 その速度は、以前戦ったあの金狼よりも上だった。これがランクSS。これがSSSの手前。交互に打ち込んで来る拳は轟音を響かせる。シグマのHPは3。直撃どころではない、掠りでもすればたちまち敗北するだろう。


「クソ……いい加減に――!!」


 シグマは剣を大鬼に向ける。そして下から振り上げた刃は、動き回る大鬼の体を正確に目指した。しかしそれは阻まれる。防いだのは大鬼の黒い腕。それは鉄のように固く、鞭のようにしなやかだった。幾多ものモンスターを狩り続けてきたシグマの剣は、その腕にことごとく防がれていた。

 シグマは一度大鬼から距離を取るべく後方へ跳ぶ。



 オオオオオオオ!!!



 そのタイミングに合わせるように、鬼は頭の角をシグマに向けた。そしてそこから赤と黒の光がビームのように放たれる。


「―――ッ!!」


 それを剣と刀で受けるシグマ。武器に阻まれた光線は、そのままシグマの体を後ろへ押しやる。


「……こんのぉおおおお!!」


 剣と刀を上げ、光線の軌道を変える。光線はシグマの頭上を通過し、そのまま雲を突き抜け彼方へと走り去って行った。だが、まだ大鬼は止まらない。その間にシグマとの距離を詰めていた大鬼は、既に右の拳を振り上げていた。


「――――ッ!?」


 振り下ろされる腕。体を捻らせそれを躱すシグマの足元は衝撃で浮き上がる。足が付く地面が崩壊する前にシグマは跳び上がり、強靭な腕に跳び移る。そして腕を駆けあがり、大鬼の首元を狙い左の剣を振り抜いた。だが今度は大鬼は太刀筋を角で直接受け止める。剣と角が接触するや、その角には再び光が集い始めていた。


「またか―――!!」


 シグマは慌ててその場を蹴り離れる。その瞬間シグマの顔のすぐ横を光線は突き抜ける。耳には空気を裂く音が響く。着地したシグマに、大鬼は波状攻撃を仕掛けてきた。様々な方向から繰り出される鉄の腕。それを躱し、剣で往なすシグマ。その状況は、見るからにシグマが不利だった。いや、よく持っていると言ってもいいだろう。武器を変える暇すらない。シグマはただ必死に、鬼の攻撃を防ぎ続けていた。腕は痺れ始め、足はもつれ始める。


「―――ッ」


 シグマは一呼吸強く息を吸う。そして一か八か、大鬼の腕を掻い潜り、懐に入り込む。しかし鬼は自分の足元に向け光線を放つ。


「マジかよ―――!!」


 大地に衝突した光線は爆発を起こす。大鬼は衝撃で体をふらつかせ、シグマは空中に投げ出される。


「くっ―――!!」


 それでもシグマは大鬼に視線を送る。鬼は爆発で一時的にシグマから注意を逸らしていた。


(ここだ―――!!)


 見れば崩壊した岩の塊がすぐ近くに飛んでいた。それを足場に体を屈めるシグマ。そして足を解き放ち、鬼に向けて滑空する。


「ここで……決める!!」


 剣と刀を十字に構え呼称する。


「スキル発動――“クロスブレイド”!!」


 その声に気付いた大鬼は、視線だけをシグマに向けた。しかしシグマの速度は鬼の反応を凌駕する。瞬く間に距離を詰めたシグマは、そのまま刃を十字に斬る。斬撃は光となり、大鬼の体に巨大な十字架を形成した。



 オオオオオオオオオオオ!!!


 

 大鬼は絶叫し後方に倒れる。鬼の横を通り抜けたシグマは宙のままそれを横目で見て、初めてダメージらしいダメージを与えたことを確認する。そのまま畳み掛けるべく、着地と同時に再び鬼に向け駆け出した。だが鬼は、鈍く光る眼をシグマに向けた。そして倒れながら体を捻り、黒い腕をシグマに向ける。シグマはカウンターを警戒しつつ、腕を掻い潜り懐に入る算段を瞬時にする。


 ――その時だった。大鬼の鉄の腕は突然シグマに向け猛烈な勢いで迫り始めた。


「なっ――――!?」


 シグマの目に映った光景……それは、鬼の腕が伸びる光景だった。蛇のように大地を這う鉄の腕は、シグマに迫る。予期せぬ攻撃に、シグマは不意を突かれた。前傾姿勢で走っていたことから回避が間に合わない。目の前には鉄の塊が迫る。


「―――――ッ!!!!」


 ……そして岩場には、鈍い衝突音が鳴り響いた。




 ◆  ◆  ◆




「え!? シグマが岩場で一人で!?」


「ええ……」


 街では、アリサが黎明の光の面々に事の経緯を説明していた。ランクSSの存在……その事実は、周囲を重い空気で包んでいた。


「何で……何でシグマさんを一人にしたんですか!!」


「クロエ……」


 クロエは声を荒げた。その姿を見たジールは、彼女の気持ちを理解する。そしてそれは、ジールの中にもあった。


「……アンタら、“国を守る剣”、オーブ・エスタードなんだろ? その兵士長なんだろ? それが、何て醜態を晒してんだよ……!!」


 ジールもまた、シグマを置いて来たアリサ達を責めてしまった。もちろん、彼はシグマがした行動の意味を理解していた。だが、だからと言って納得出来ることではなかった。目の前にいるのは、“国を守る剣”を謳う旅団の兵士長……にも関わらず、レベル1のシグマ一人に助けられている。その矛盾は、ジールの心をざわつかせていた。

 “醜態”……その言葉は、ニコルの心に突き刺さった。言われるまでもなく分かっている言葉。だからこそ、絶対に言われたくなかった言葉。ニコルは顔を歪ませ、ジールに詰め寄った。


「知った口を利くな!! “あのバカ”はな、俺達を後ろから斬ったんだぞ!?」


「シグマを罵んな!! シグマはテメエらを助けたんだぞ!? 全部テメエらが情けないからだろうが!!」


「貴様あああ!!」


「ニコル!! 止めて!!」


 その場は殺伐としていた。互いが罵り合い、不毛な言い争いが繰り返される。そんな中、ただ一人だけその場を離れ始まる人物がいた。それに気付いたクロエは、慌てて声を掛ける。


「フルールちゃん!? どこに行くの!?」

 

 その呼び掛けにフルールは足を止める。そしてゆっくりと振り返り、静かに短く声を出す。


「……シグマのところ」


「え!? あなた本気!? そこには、ランクSSのモンスターがいるのよ!?」


 アリサは思わず声を出す。その言葉に、全員がフルールの方に目を送る。そんな視線の中、フルールは呆れる様に溜め息を吐いた。


「……ここにいても、無駄」


「む、無駄?」


「……今も、シグマは戦ってる」


「―――――ッ」


「……フル、シグマを助ける」

 

 それだけを言い残し、フルールは再び歩を進めた。


「お、おい!! フルール!!」


 ジールの言葉ですら反応しない。フルールは相変わらずの眠たそうな目をする。しかしその視線の先は、シグマがいるであろう岩場の方を向けていた。

 フルールにとって、シグマとはもう一人の兄のような存在だった。兄であるカカが消え去った時、シグマはたった一人になった自分に手を伸ばし、新たな“家族”と名乗ってくれた。そして、どこかにいるカカを探そうと言ってくれた。闇に閉ざされた心に光を与えてくれたシグマ。彼は、彼女にとっての光だった。

 そしてその彼は、今窮地に陥っているかもしれない。そう思うと、今この場で行われる誹謗のやり取りは実にくだらないことだった。そんな場所にいつまでもいる理由は、フルールにはなかった。


(……私、何してたんだろ……)


(……俺は、バカ野郎だな……)


 フルールの後ろ姿を見たクロエとジールは、今の自分の行動が恥ずかしく思えた。ここでニコル達を責めても何の意味もない。あなた達はシグマを助けないのか。静かに歩くフルールの後ろ姿が、それを訴えているように感じた。それを感じた瞬間、二人の足は前に踏み出されていた。


「……私も行きます!」


「俺もだフルール!」


 フルールはもう一度足を止める。そして視線を二人に合わせ反応を示す。


「……うん、行こ」


 そして三人は歩き始めた。一直線に街の出口を目指す三人に、無言を貫いていたミーレスは足を踏み出す。


「――ッ!? ミーレス!! 貴様までか!?」


 ニコルは怒鳴りつけるように声を出す。ミーレスはオーブ・エスタードの上兵士。にも関わらず、彼女は“あの”シグマの元へ行こうとしている。それがニコルの感情を高ぶらせていた。

 般若の如き形相で睨むニコルの方を振り返ったミーレスは、優しく微笑んで語った。


「……私の部隊は、シグマさんのおかげで助けられました。私は、その恩返しがしたいんです。私が行くのは、オーブ・エスタードの一員としてではありません。私は、一人の“ミーレス”として行きます。もしこの行動で、私に何らかの罰があるのなら、それは甘んじて受けます。申し訳ありません、兵士長……」


 深々とお辞儀をしたミーレスは、そのまま黎明の光の面々に駆け寄っていった。


「………」


 アリサはただ黙ってその一団を見ていた。これほどまでに、あの黒衣の少年は必要とされている。それが、どこか羨ましく思えた。

 思えば彼の行動は無茶苦茶だった。レベル1なのに上位ランカーである自分を助けに来て、レベル1なのに恐れることなく敵に立ち向かい、この世界では非常識と言われる行動を取りながらも自分達を助けた。しかしその裏側には、彼の想いがあるように思えていた。だからこそ、不器用な彼はこうして慕われている。シグマの不思議な魅力は、周囲の者を惹きつけている。それを感じたアリサは、無意識に頬を緩めていた。


 そんなアリサと対照的に、ニコルは歯を食い縛り一団を睨む。なぜあの男をそれほどまでに気にかけるのか。それが許せなかった。

 ニコルの中には鬼が宿っていた。その一番の原因は、アリサの変化であることは言うまでもないだろう。ニコルは、自分こそがアリサのパートナーに相応しいという自負があった。その理由は、数多くの上ランクモンスターを二人で狩り続けてきたというこれまでの戦歴にあった。自分がアリサを必要としているように、アリサもまた自分を必要としていると感じていた。

 しかし、突然現れたあの少年は、あの僅かな時間で、今まで見たこともないようなアリサの一面を引き出していた。そのことは、ニコルの男としての心をズタズタにするのには十分過ぎるものだった。


 対照的な二人の視線の中、黎明の旅団とミーレスはフルールのスキルでふわりと宙に舞う。彼らの心に迷いはない。待ち構えるのがランクSSのモンスターだと言うことは分かっている。それでも、彼らは岩場へと急いだ。

 全ては、シグマのために。



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