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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【忘却の中の感傷】
31/60

黒衣と白鎧

 赤鬼の大群が攻めてきた街から北西へ十数キロ進んだ所にある、通称“力量の岩場”。この岩場は周辺に比べ、多種類のモンスターが配置してある。奥に進むほど高ランクのモンスターがいるため、今の自分がどのくらいの実力があるかを確めるのに都合がいい場所であった。故に、“力量の岩場”。

 しかし、この日の岩場にはモンスターの姿はない。……いや、正確には、一種類のモンスターしかいなかった。


「くっ――!?」


 そこにいる少女は“一撃”を後方に飛び躱す。身に着けた白い鎧は音を鳴らし、栗色の髪は風で乱れる。


「アリサ!! 無事か!?」


 剣と小楯を携えた緑色の短髪の青年は、少女――アリサに声をかける。そんな青年に、アリサは着地しながら視線を送る。


「――ええニコル。なんとかね……」


 そしてアリサとニコルは、目の前の“それ”に目を戻した。


 そこに立っていたのは、体長約五メートルはあろう巨大な赤い鬼。屈強な体格に額には二本の捻じれた角。髪はなく、全身の肌が浅黒い赤に染まっている。口からは牙が見え、片手には刺々しい黒い棍棒が握れていた。

 そのモンスター名は“クリムゾン・オーガ”。ランクSのモンスターである。攻撃は棍棒や殴る蹴るといった単純な動きの体術のみであるが、兵士長たる二人は疲労の色が見えていた。

 その理由は、その鬼の特殊能力にあった。


 大鬼は拳を握り締め、空に振り上げる。


「――ッ!! ニコル!!」


「ああ!! “また”来るぞ!!」


 そして鬼が大地に拳を降り下ろすと、大地は音を立てて割れた。そしてその亀裂からから光が溢れ、それが収まるや、割れた大地からゾロゾロと小鬼が這い出てきた。


「全然減らねえな……あの大鬼、どれだけ生み出したら品切れになるんだ?」


「さあね……ただ、在庫はまだまだありそうね」


 二人は苦笑いを浮かべながら話す。二人はほぼ丸一日、こうして戦い続けていた。スキルは控えていた。“ほぼ無限”に湧き出てくる小鬼にスキルを連続して使っていては、TPはたちまちなくなってしまう。一度に出現する数はおよそ数十体。それを拳を突き入れる度に生み出す大鬼。しかし止めようと迂闊に近付けば強烈な棍棒の一撃が待ち構えている。いつしか、岩場は赤い小鬼で埋め尽くされていた。

 そして大鬼は、大きく吠える。



 オオオオオオオオオオオ!!



 すると小鬼の大群は一斉にアリサ達に飛びかかる。空と大地が赤く染まる。その中心にいるアリサとニコルは構えを取る。小鬼はまるで雨のように降り注ぎ、棍棒を振り切る。


「アリサ!!」


「分かってる!!」


 二人は大地を蹴り空へ出る。頭上にいた小鬼を一太刀で光に変え、地上を見下ろす。地上には虫のように赤鬼が蝟集(いしゅう)していた。これ以上戦闘が長引けば、ジリ貧となり、いずれ押し切られることは火を見るよりも明らかだった。故に、二人はこれで決めるつもりだった。


「一気に決めるわよ!!」


「任せとけ!!」


 そして二人は同時に剣を構える。地上に見える赤い蠢きを睨み付け、声を出し呼称する。


「「スキル発動――“ウェーブスラッシュ”!!」」


 二人が剣を振り抜くと、剣先からは白い光が放たれる。まるで波のようにうねりながら光の太刀筋は滑空する。横並びの刃は一つ混ざり、大きな波となって小鬼達を飲み込んだ。


 

 アアアアアアアア!!!


 

 波に飲まれた小鬼の軍勢は体を切り裂かれ、白い光の中で別の色の光を放つ。アリサ達が再び大地に降り立つと、その周囲の赤鬼は一掃されていた。そして着地と同時に二人は駆け出す。アリサは左から、ニコルは右から大鬼に刃を見せながら迫る。大鬼が迎撃に選んだのはニコル。ゆるりと振り向き、アリサに無防備な背中を見せる。


「これで……!!」


 アリサは剣を握る手に力を入れる。突撃の勢いをそのまま剣に乗せ、刃を走らせる。



 オオオオオオオオン!!



 だが、雄叫びの声と共に、アリサの剣からは鈍い金属音が響く。そこには数体の小鬼が棍棒を構えた姿が。アリサの渾身の一太刀は、小鬼達によって阻まれていた。


「また――!?」


 その小鬼は岩陰に隠れていた。そして大鬼に危害が加えられそうになると、飛び出し身を呈して大鬼を助けようとする。それは幾度となくアリサ達の攻撃を遮っていた。


「こ、この―――ッ!!」


 アリサは地上に降り付近の小鬼を斬り回った。剣を前後左右に振り、飛びかかる小鬼を片っ端から光に変えていく。


「チッ―――!!」


 その様子を見たニコルは、一人で大鬼に斬りかかることを決意する。剣を片手に盾を前に構え突進する。大鬼はニコルの方を向き、棍棒を思い切り地面に叩きつけた。地面は隆起し、地震を起こす。とても立ってはいられない振動が周辺に響いた。

 だがニコルは、棍棒が大地に食い込む直前に大地を蹴り宙に出ていた。そして剣を振り上げ、大鬼の脳天目がけて振り下ろす。


(これで――!!)


 しかし刃はまたしても届くことはなかった。剣を金属音と共に防いだのは、鬼の捻じれた角。渾身の一振りを防がれ、空中で動きを止められてしまったニコル。

 大鬼は、そのタイミングを逃すことはなかった。



 オオオオオオオオ!!



 大鬼は雄叫びと共に巨大な黒い棍棒を振り回す。迫りくる棍棒を眼に映したニコルは、慌てて手に装着した小楯を構える。


「――――ッ!!??」


 衝突する小楯と棍棒。その衝撃はニコルの想像を超え、あえなく体を弾き飛ばされたニコルは、切り立った岩に体を叩きつけられる。


「がはっ―――!!」


 ぶつかった岩には窪みができ、周辺に岩の破片が飛び散る。それが、ニコルの体を襲った衝撃の強さを生々しく物語る。

 そのままずるずると下がり、ニコルはうつ伏せで倒れた。


「―――ッ!! ニコル!!!」


 力なく大地に伏せるニコルに気付いたアリサは、慌ててニコルに駆け寄ろうとした。しかしまたしても小鬼がそれを阻む。目の前に立ち並ぶ小鬼の群れに、アリサは焦りと苛立ちを募らせる。


「――そこをどきなさい!!」


 剣を走らせ小鬼を次々と光に変えながら大鬼に近付いて行くアリサ。大鬼は、そんなアリサに見向きもせず地に伏せたニコルに無情な棍棒を振り上げる。


「やめてええええ!!!」


 剣を構えることすら忘れ、右に持つ剣を下げ、左の掌を必死に伸ばす。届くことのない手の先には、何とか立ち上がろうとするニコルの姿があった。アリサの声に気付いたニコルは、倒れたまま彼女に視線を送る。

 その時、ニコルは気付いた。


「―――ッ!? ア、アリサ!! 避けろ!!」


「―――え?」


 ニコルが気付いたのは大鬼の視線。その怪しい光に包まれた目は、密かに後方から走るアリサに向けられていた。


 

 オオオオオオオオオオオ!!



 咆哮と共に体を反転させた大鬼は、振り上げた棍棒をアリサに向け薙ぎ払う。剣を構えていなかった無防備なアリサに、大鬼の一撃が迫る。


(しまっ――――)


 防御の体勢が間に合わないアリサの体に、棍棒は叩きつけられた。


「―――――!!!」


 声すら出せず、顔を歪ませたまま吹き飛ばされるアリサ。大地を滑り、アリサもまた大地に伏せた。そのHPは、一瞬でレッドゾーンに入る。いや、完全に体を捉えられたことを考えれば、よくぞ耐えたと言えるのかもしれない。

 しかし無防備な状態で大地に沈むアリサの危機は変わらない。全身を強く打ち、彼女は意識を失っていた。そんなアリサに、ゆっくりと大鬼と小鬼の群れは近付いて行く。


「ア、アリサ……!!」


 アリサの窮地になんとか立ち上がったニコルだったが、目の前にはやはり小鬼の群れ。


「くそッ!! どきやがれ!!」


 ニコルはそれを斬りながらアリサに近付こうとする。しかしそれに気付いた大鬼は振り返り、ニコルの前に立ち塞がる。光る眼でニコルを見下し、手に持つ棍棒を振り回してきた。


「………!!」


 ニコルはそれを躱しながらアリサの方へ駆け寄ろうと画策するが、大鬼は隙を見せず、その周囲には小鬼も待ち構える。無理に突撃すれば、今度はニコルが餌食になることは明らかだった。


「――クソ!! クソオオオオオ!!」


 彼の叫びが響く岩場の隅では、ようやくアリサが意識を取り戻した。その彼女の目の前には、いくつもの振り上げられた棍棒。視界は朧に包まれ、体の自由が利かない。そして小鬼達は、棍棒を振り下ろした。


(やられる―――!!!)


 彼女は絶句し顔を青ざめさせたまま、ただ目の前に迫る鉄の塊を見ていた。



「―――どけえええええ!!!」


 

 その瞬間、突然の叫びと共に、目の前の小鬼達が吹き飛んだ。そこに降り立つ黒い人影。両手に刃を携え、視線は目の前の赤鬼の群れに向けられている。


(……え?)


 アリサはぼやける視界のまま、その人物を見つめていた。両手には剣と刀。これまで見たことがない立ち姿だった。


「シッ―――!!」


 短く息を吐き出した人影は、そのまま周囲にいる赤鬼に二つの刃を走らせる。空を駆け、大地を走り、幾重もの斬撃を繰り出す。空中にいた小鬼、地上に残った小鬼は、その圧倒的なスピードと威力が込められた攻撃を防ぐことなど出来ず、ただひたすらに切り刻まれていた。斬られた赤鬼は光に変わる。瞬く間に周囲には光が溢れ、人影とアリサの周囲を明るく照らした。

 その光景の中で、アリサはようやく視界を取り戻す。そして、周辺に赤鬼がいなくなったのを確認した人影も、ゆっくりと少女の方を振り返る。


 光の粒が無数に浮かぶ空間は幻想的な光景だった。その中には、黒衣の少年と白鎧(はくがい)の少女。

 倒れる少女に、先ほどまでの鬼神の如き強さとは不釣合いな優しい視線を送る黒衣の少年。

 地に伏せたまま彼を見上げ、困惑しながらも言いようのない不思議な安心感に包まれる少女。

 ……シグマと、アリサがいた。



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