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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【忘却の中の感傷】
30/60

戦場の嵐

 押し寄せる紅い鬼の大群。地響きは徐々に大きくなり始め、獣の唸りがシグマ達の耳に届き始めていた。


「シグマさん……」


 クロエはシグマの顔を見ながら名前を呼ぶ。その声に応えるように、シグマは呼称した。


「……モンスター情報表示」



 モンスター … レッドオーガ

 ランク   … C



「ランクCのモンスターだそうだ」


「そこそこのランクだな。……でも、問題はあの数だな……」


 今までの敵を考えれば大したランクではない。最初にクロエとシグマが討伐した“レッドローズ”と同じランク。クロエが勝てなかった相手ではあったが、あれからのレベルアップを考えれば、今は余裕で戦える相手。……しかし、その数が異常だった。平原を埋め尽くすかのような大軍。そんなものが、小さな街を襲おうとしていた。



「――全軍、突撃!!!」


 その光景を見ていたシグマ達に、街の出入り口から勇ましい雄叫びが聞こえた。その方向に目をやると、オーブ・エスタードの軍勢が一斉に街の門から駆け出していた。それぞれの武器を握り締め、雄叫びを上げる。



 オオオオオオオオオオオオ!!



 雄叫びは遠くから響く足音を掻き消し、ビリビリと空気を振動させる。その先陣を行くのがミーレス。剣を構え、押し寄せる紅い波に向け突貫する。


「一匹たりとも街に入れてはなりません!! ここで食い止めるのです!!」


「おおおおおお!!!」


 そして白と赤は衝突する。先陣部隊は赤鬼に体当たりし、棍棒と剣を交える。平原が土埃に埋められ、そこからは金属のぶつかる音、気合の叫び、獣の呻き声が入り混じる。混沌としたその情景は、まるで戦国時代の合戦だった。


「シグマ! どうする!?」


 ジールは視線を平原に向けたままシグマに訊ねる。それを受けたシグマはニヤリと笑い、当然の如く言い放つ。


「決まってるだろ? ……突っ込むぞ!!」


 シグマの叫びに全員が頷く。クロエですら怯えながらも力強く頷く。それはシグマの性格を考えれば当然だった。そんな彼に付いて行こうと決めていたジール、クロエ。そんな彼だと知っていながら一緒にいるフルール。旅団“黎明の光”の面々に、迷いはなかった。


「フルール!!」


「………あい」


 シグマの合図と共に、フルール再び全員の体をふわりと浮かべさせた。そしてシグマ達は壁を飛び下りる。


「俺からの指示はただ一つだ! 死なねえように蹴散らせ!!」


「ずいぶんとアバウトな指示だな……」


「でも、シグマさんらしいです」


「………同じく」


 面々は臆することなく、混戦を極める戦場へと駆り出した。




 ◆  ◆  ◆




 土埃舞う平原では、ミーレスが剣を振るいながら決断を迫られていた。


(どうする……どうする!!)


 戦況はかんばしくない。相手の数が多すぎて、既に戦意を失いただ防御に回るだけの兵士すらいた。敗戦の色が出始めたこの状況を考えるに、一度撤退することが妥当だろう。しかし、撤退すれば街が赤鬼共に蹂躙される。敗北か、破壊か。いずれにしても、どちらかを選択するべきと考えていた。

 そしてミーレスは、苦汁の決断する。


(くっ……!! ここまでのようね!!)


 目の前の赤鬼を一太刀で葬り、後方を振り向く。そしてミーレスは声を上げた。


「全軍に告ぎます!! 一度撤退―――」


 その瞬間、号令を遮るように轟音が響き、目の前に雷が降り注ぐ。神の怒りのような光が平原を走り、巻き込まれた赤鬼が次々と光に変わる。


「なっ―――!?」


 その光景に唖然とするミーレス。そんな彼女の背後から、今度は雨のような矢が放たれた。矢は次々と赤鬼に命中し、HPを削り、瀕死だった赤鬼は消滅する。


「どっっせええええいぃぃ!!!」


 かと思いきや、厳つい鎧を着た重戦士が平原へ走り出し、大剣を薙ぎ払う。それに巻き込まれた赤鬼は消え去り、重戦士は誰もいなくなった平原で振り返り、ミーレスに笑顔を向けた。


「助っ人参上! ……ってところだな」


 それは当然ジールだった。彼の今日の武器はグレイブ。重戦士である彼は、グレイブとアックスを使える。今回のような対多数戦では、広範囲攻撃が持ち味のグレイブが打って付けだった。そしてミーレスの背後にはクロエとフルール。アーチャーとウィザードである二人は、後方からの遠距離攻撃を立て続けに行う。

 三人からすれば、今回の相手はこれまでに比べ楽な相手だった。何しろ彼らは、ひたすらにランクA、Sとやり合い続けていたからだ。数が多いのは辛いが、各個体の強さは大したこともなく、彼らの攻撃でミーレス周辺の赤鬼は既に殲滅寸前となっていた。

 そんな三人の姿を見たミーレスは、その戦い様に脱帽していた。

 

「……貴方達は、いったい……」


 そう呟くミーレスに、ジールは掌を向け声を出す。


「おおっと、驚くのはまだ早いぜ。何しろ、俺らはただの“前座”だ。――“我らが団長”を見たら、もっとビビるぞ?」


「……え?」


 ミーレスは、一瞬ジールが何を言っているのか分からなかった。この三人だけでも十分すぎる助っ人だと言うのに、それが前座。そして、この街に来た時に彼らは四人だった。ということは、ジールが話す“団長”とはあの黒衣の少年ということになる。しかし彼はレベル1だったはず。だからこそ、ミーレスは混乱していた。


 ……しかしミーレスは知ることになる。“その者”の雄姿を見た瞬間に。


「――ほら、“アイツ”だ」


 ジールは、呆けるミーレスに右を見る様に視線で促した。それに導かれるように、ミーレスは右を見る。


「あれは……」


 ミーレスの視線の先では、黒衣の少年――シグマが戦塵立ち込める平原をゆっくりと歩いていた。彼の目の前には更に迫りくる紅い波。それを見たシグマは、視線に力を入れ呼称する。


「……ウェポンセレクト――“ソード”、“ブレード”」


 声と共に彼の右手には刀、左手には剣が召喚された。その光景もまた、ミーレスには衝撃だった。


「そ、そんな……武器を、二種類持てるなんて……」


 それを見たジールは、ミーレスに静かに話す。


「……ま、反則だよな。だけど、シグマにはそれが“出来ちまう”んだよ。こっからのシグマは、圧巻だぞ?」


 そして二人の視線の中、シグマは駆け出した。


「――行くぜ……!!」


 両手の刃を煌めかせ、シグマは黒い風となって紅い波に突っ込んだ。


 シグマは一度大きく大地を跳び、紅い集団の中心部に向かう。そして着地と同時に両の刃を振り抜く。それを受けた赤鬼数名は吹き飛ぶ。それが空中で光に変わる中、走りながら両手の剣を交互に振る。その斬撃の中、シグマにはいくつもの棍棒の一撃が向けられていた。それを時に躱し、時に剣で受けるが、一度たりとも体に触れることはない。

 シグマはいつもよりも体が軽く感じていた。今回ステータスは確認していないが、おそらくはSPDがカンストに近い値だろう。その証拠に、シグマの動きに赤鬼達はまったく付いて行ってなかった。

 黒い風は嵐となり、平原の中を駆け巡る。嵐の跡に残されるのは鮮やかな光の粒子。彼の走り抜けた道程は、光に満ちていた。



「………」


 圧倒的なシグマの存在感を目の当たりにしたミーレスは、ただ武器をぶら下げ立ち尽くしていた。ミーレスはこれまで、レベルこそ強さの指針と考えていた。それはこの世界では当然のこと。数多くの勝利を重ねた者は(すべから)くレベルが高く、そのほとんどがレベルに恥じない強者である。しかし目の前を駆ける黒衣の少年はどうだ。この世界で最弱とも言えるレベル1であるにも関わらず、圧倒的な数のモンスターの大群を相手に戦っている。いや、それどころじゃない。彼がしているのは戦いですらない。ただ一方的に攻撃を加え、ただ一方的にモンスターを光に変えていく。

 ミーレスの中の常識は、音を立てて崩れようとしていた。


「……さて、俺も負けてられないな」


 そんなミーレスの隣で、ジールは呟き大剣を握り締める。


「シグマ!! 俺の分も残せって!!」


 ジールもまた、紅い波に向かい駆け込んでいった。


「もうジールさん! 遊びじゃないんですよ!?」


「………言っても、無駄」


 そしてミーレスの隣を、二人の小さな少女が通り抜けていく。アローとメイスを携える二人。この戦場には似つかわしくない少女らは、一切臆することなく戦塵の中を走っていた。


 風は四つとなった。グレイブを振り払う風。雨のような矢を射続ける風。炎、雷といった魔法を迸らせる風。そして、とりわけ圧倒的な強さと存在感を見せつける風。四つの風は紅い波を切り裂いていく。それまで劣勢だった戦局は、いつの間にか優勢へと傾いていた。

 

 呆然と彼らを見つめるミーレス。いや、ミーレスを始としたオーブ・エスタードの面々は、皆が呆気に取られていた。ふと我に返ったミーレスは慌てて声を上げる。


「――か、彼らに続きましょう!! 全軍、今一度突撃します!!」


「お、おおおおおお!!!」


 シグマ達に鼓舞された白の波は、再びその勢いを取り戻し、紅い波に向け走り出した。




 ◆  ◆  ◆




「――シグマさん!!」


 街に戻った“黎明の光”の面々に、ミーレスは駆け寄ってきた。街の中を歩いていたシグマ達は、その声に足を止める。そして立ち止まったミーレスは、深々と頭を下げた。


「この度の助太刀、本当に感謝します。貴方達のおかげでモンスターを撃破することが出来ました」


 シグマ達とオーブ・エスタードは、押し寄せた大軍を見事撃退することに成功した。そしてその中で一際鬼神の如き働きをしたのは、シグマであった。面と向かって礼を言われることに慣れていないシグマは、少し困惑していた。


「……礼を言われるほどじゃねえよ。俺達だけじゃ到底無理だったし」


 そう話すシグマだったが、ミーレスは微笑みを浮かべ、シグマに優しく話す。


「でも、貴方達がいなければ、私達は押し切られ、街は襲われていたことでしょう。オーブ・エスタードを代表して、お礼を申し上げます」


 ミーレスはもう一度頭を下げる。シグマは更に照れてしまい、誤魔化すように頬をかき話題を変える。


「……そういえば、ミーレス達の指揮官はどうしたんだ? さっきもいなかったみたいだけど……」


「ああ……兵士長ですか? 兵士長は、モンスターの“根源”を狩りに行ってます。本来であれば兵士長が礼を言うところですが、生憎私しかいないので……申し訳ありません」


「いやいいって。……それより、“根源”ってのは、もしかしてランクSのモンスターのことなのか?」


 シグマの問いを受けたミーレスは、表情を曇らせた。


「はい……。さっきのモンスターは、その“根源”から生まれたモンスターだそうです」


「モンスターからモンスターが生まれた?」


「はい。そのモンスターの特殊能力のようなんですが……。そもそも、最初この街に来たのは兵士長の二人だけなんです。ですが、余りにも数が多いので、私達に救援依頼を出されたんです」


「兵士長って、二人も来てるのか?」


「はい。その二人は、オーブ・エスタードの中でも屈指の実力者です。二人がモンスターの討伐に向かったのは数日前。もうそろそろ、対象を討伐してもいい頃なんですが……」


「……まだ、帰ってきてないわけか」


「はい……」


「………」


 ここでシグマは考えた。オーブ・エスタード屈指の実力者なら、いずれランキング戦で対峙する可能性が高い。だとするなら、その力を自分の目で見たくなった。


(敵情視察ってわけじゃないけど、知ってて損はねえよな……)


「なあ、そのモンスターの討伐、その二人で十分なのか?」


 それを聞いたミーレスは、シグマの言わんとすることが何となく分かった。だからこそ、慌ててシグマに声を掛けた。


「それはもう! その二人がいれば十分すぎるくらいですよ!! ……もしかして、手助けに行こうなんて思ってないですか?」


「………」


 考えを読まれたシグマは、苦笑いを浮かべる。そんなシグマに、ミーレスは溜め息交じりに説明を始めた。


「それは、無用な心配ですよ。いいでしょう、その二人について話しておきます。このままだと、シグマさんは“助太刀”に行きそうなので。兵士長の名誉のために、よく聞いてください」


 そしてミーレスは咳払いをした。


「……その二人は、元々は旅団“聖剣の護り手”のメンバーだったんです。多数いたメンバーの中で数少ない結成当時のメンバーだったんですよ。旅団筆頭であった、“ウル首席”の友人でもある凄い方なんですよ?」


(その“ウル首席”ってのは、たぶん上位ランカーなんだろうな……)


「一人は旅団の中で右に出る者はいないと言われた剣士で、“ソードマスター”との異名があります。単純な剣の腕だけだと、ウル首席を上回ると言われています」


「へえ……そいつはスゲエな」


「そしてもう一人は、魔法と剣技、双方秀でた能力を持つ聖騎士、“戦乙女”の異名を持つ女性です。もっとも、まだ少女ですけどね」


「戦乙女、ね……」


 自慢気に語るミーレスだったが、シグマはあまり真剣に聞いていなかった。今の話で興味を抱いたのはそれぞれのジョブだけ。剣士と聖騎士。シグマは、既に頭の中で戦いのシミュレートをしていた。


「もう分かりましたか? その二人がいれば、ランクSのモンスターと言えど間違いなく狩れます。

 ――そう、“ニコル兵士長”と、“アリサ兵士長”がいれば……」



「―――――ッ!!??」



 ミーレスが言った兵士長の名前を聞いた瞬間、シグマは驚愕の表情を見せた。心拍数は急上昇し、全身に鳥肌が立つ。目を丸く見開き、口が半開きのまま固まった。それでもシグマはミーレスに詰め寄り、彼女の両肩を荒々しく掴んだ。


「――お、おい!!! 今……今何て言った!? 何て言ったんだ!!??」


「え? え??」


 突然シグマの態度が急変し、ミーレスは困惑した。彼女だけではない。ジール達もまたシグマの言動に動揺していた。これまで一度も見たことがないシグマの取り乱した姿。シグマはそんな視線などお構いなしに激しくミーレスの両肩を揺する。


「いいから答えろ!! 今何て言った!!??」


「に、ニコル兵士長と……アリサ兵士長……ですか?」


「アリサ……アリサなんだな!!?? その女の髪はセミロングの栗色か!!??」


「は、はあ……そうですけど……なぜ知ってるんですか?」


「―――――――ッ」


 シグマはミーレスの最後の問いなど聞いていなかった。彼の表情は自然と笑みが零れる。


(やっと……やっと見つけた!! 間違いない……亜梨紗だ!!)


 彼は喜びに満ち溢れていた。ずっと探していた人物。ただひたすらに助けたかった少女。手掛かりすらなく、どこにいるかも分からなかった亜梨紗。今、その本人がすぐ近くにいる。それは、シグマにとって何よりも眩しい光だった。


「……どこだ!? アリサはどこにいる!!??」


「あ、あの……」


 ミーレスは完全に固まっていた。それでも肩を揺さぶるシグマの行動は、ジール達を混乱の渦に叩き込んでいた。


「お、おいシグマ……どうしたんだ? なんか変だぞ?」


 シグマにはジールの言葉は聞こえない。


「頼む!! 教えてくれ!! ――アリサは、今どこにいるんだよ!!」


 尋常じゃないシグマの様子に、ミーレスは話すつもりがなかったことを、つい零していた。


「こ、この街の北西にある岩場ですけど……」


「北西の岩場……よし!!!」


 シグマはミーレスを解放し、そのまま真っ直ぐ街の出口に向かい始めた。


「し、シグマさん!!??」


 クロエは慌ててシグマに声を掛ける。……無論、シグマの耳には届いていない。街を出るなり、シグマは魔法を使い空を舞った。そして凄まじい速度を出して岩場の方に飛び去って行った。

 街に取り残されたクロエ達は茫然としていた。今のシグマは、彼らの知るシグマではない。そんなことさえ思ってしまっていた。


 一方、シグマは空を全速力で飛んでいた。


「アリサ……待ってろよ、アリサ!!」


 シグマの中は、既に亜梨紗のことしかなかった。自分が団長であること、ランキング戦のこと、それら全てのことが、どうでもいい取るに足らないことのように感じた。

 彼は、ただひたすらに空を駆け抜けて行った。



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