白の軍勢、紅い波
次なる街を目指す一向。その人数は四人となっていた。その四人こそ、新生旅団“黎明の光”。メンバーの特色は様々である。
ほっといても一人で喋り続ける重戦士――ジール。
オドオドとしながら団員を見渡すアーチャー――クロエ。
無口無表情で黙々と歩くウィザード――フルール。
そして、いつもに増して仏頂面の色を濃くするゴッドハンド――シグマ。
シグマが不機嫌なのには“とある理由”があった。
「……みたいなことがあってだな……って聞いてるのか? シグマ?」
「聞いてねえよ」
シグマはいかにも機嫌悪そうに答える。
「……シグマ、怒ってる」
シグマの顔を見たフルールはボソッと呟く。クロエは相変わらず何かに慌てながらシグマをフォローする。
「そ、それはそうですよ。……だって、“あんなこと”を勝手に決められたんじゃ……」
「なんだシグマ。まだ気にしてたのか? 細かいことは気にすんなよ、――“団長”」
「だあああ!! その名で俺を呼ぶんじゃねええ!! だいたい俺はカカが戻るまでの“仮”なんだよ!!」
シグマはジールの口にしたフレーズを掻き消すかのように大声を出す。
……そう、カカに代わる旅団“黎明の光”の新たな団長は、シグマとなっていた。もちろん彼が望んでそうなったはずがない。
前の街の旅団受付所に行った際、誰かを団長にする必要があった。シグマは当然フルールがなるものと思っていたのだが……フルールが申請したのは、シグマの名前であった。それこそジールとフルールが一方的に決めたことであり、シグマが気付いた時には時既に遅し。一度登録した団長の変更は認められず、結果、強制的にシグマが団長に就任してしまった。
シグマは往生際悪く、団長というポジションを徹底的に拒否し、一度団を解散することまで提案した。しかし、何かを訴えるフルールの視線に気圧され、泣く泣く了承したのだった。
「だいたい、団長って言っても何も特別なことなんかないんだよ。シグマが気にしすぎてるだけだって」
「……お前ら、俺を団長にしたことをいつか後悔するぞ」
シグマは恨めしそうにジールとフルールを見る。しかし二人は気付いていないのか気付いているのかシグマの視線を無視するかのように、話の筋を変える。
「さて……次の街はもうすぐだな。シグマ、“一応”団長なんだからな、色々と気を付けろよ」
「どういう意味だよ」
「お前も言ってただろ? 団長ってのはな、旅団の顔なんだよ。お前の行動一つで、旅団の今後が左右されるんだよ。団長にはな、旅団を守る義務がある。そのことを忘れんなよ」
「……分かってるよ」
シグマはどこか納得できない。そこまで言っておきながら、なぜ自分を団長にしたのだろうか。そのことが頭の中で引っかかっていた。
◆ ◆ ◆
行き付いた町は高い外壁に囲まれていた。まるで要塞のようにも見える街の壁は、ところどころヒビが入っている。最初からそういうエフェクトなのか、それとも壊されたものなのかは分からない。そんな街に入ったシグマ達“黎明の光”の一行は、その光景に唖然とした。
「こいつは……」
シグマが言葉を漏らす。そして面々もまた息を飲んだ。
彼らの眼前の街並みは、白い人影が溢れていた。純白とも言える鎧に身を包んだプレイヤーの数々。彼らの右肩には、同じ紋章が刻まれていた。
「………うじゃうじゃ」
「これって、もしかして……」
クロエが呟く。もちろん、全員がその言葉の続きを分かっていた。
「オーブ・エスタード、だな」
ジールがそれを確認するように話す。
彼らの鎧は、前の街で遭遇したアルフレッド達と同じ鎧だった。しかしその数は比にならない程多かった。街の中には白い簡易テントのようなものが多数あり、大軍勢の駐留所のようになっていた。
「……ここ、コロシアムがあるんだよな?」
「確か、そうですけど……」
その光景は、およそそうは見えない。まるでオーブ・エスタードの詰所専用の街のようにも見えた。
(こんなところにこの人数……何かあるのか?)
シグマはその光景の理由を探る。見れば全員が顔をピリピリとさせている。武器の手入れをしながら、ただ眉を顰める人々。シグマ達は、街の入り口で立ち尽くし、そんな景色をただ見ていた。
「――旅の方ですか?」
シグマ達の右側から声がかかる。その方向を振り向けば、そこには女性が立っていた。その女性もまた白い鎧を着ている。銀色の髪を一つ結びし優しい表情を浮かべるその姿は、まるで角張った鎧とは一致しないように思える。その女性は、固まるシグマ達を見て、さらに優しく微笑んだ。
「驚かせてしまいましたね。私は、“オーブ・エスタード”の“上兵士”、ミーレスです」
「上兵士?」
シグマ達には聞きなれない言葉だった。それは、この世界において初めて出来た階級。上兵士とは、兵士をまとめる小隊長のような存在。無論、シグマ達には分かるはずもなく、困惑で首を捻っていた。
それを見たミーレスは困ったような顔を浮かべ補足する。
「皆さんには聞きなれない言葉かもしれませんね。簡単に言えば、この兵達のまとめ役のような者です」
「この部隊の隊長なんですか?」
「いいえ。私はあくまでも数人いる上兵士の一人ですよ。今この街には、“兵士長”が来ていますので……」
「じゃあそっちが部隊長ってわけか」
「はい。……ところで、みなさんは何をしに来たんですか?」
ミーレスは優しい表情のままシグマ達に訊ねる。
「この街のコロシアムに用があるんだよ」
それを聞いたミーレスは表情を曇らせる。それを見たシグマは、嫌な予感がした。
「残念ですが、今は無理ですよ。……実は、この街のコロシアムは、現在封鎖されています」
(……またかよ)
それを聞いたシグマ達は顔を歪めた。コロシアムの封鎖。その理由は、おそらくは一つしかなかった。
「もしかして、モンスターが原因なのか?」
「……はい。最近この辺りで、ランクSのモンスターが現れたんですけど……それに伴い、モンスターが大量発生しているんです」
「大量発生……」
シグマはすぐに感付く。突然現れたランクSのモンスター。漆黒蝶の影響……そう考えるのが妥当だった。しかしシグマはどうも引っかかっていた。今まで漆黒蝶に汚染されたプレイヤーが変わったのは“ランクA”のモンスター。しかし今のミーレスの話では、現れたのはランクSのモンスター。これまでとは違う。
(またウィルスが変異したのか? 自己進化するウィルス……まさに、未知のウィルスだな)
それと、シグマには“大量発生”というフレーズが気になった。そのランクSの特殊能力と考えるべきなのか、それとは別の要素によるものなのか……
いずれにしても、シグマ達には実に笑えない展開だ。そのモンスターを討伐しなければ、ランキング戦が再開されない。ともすれば、シグマが選択するのは、たった一つだけだった。
「……そのモンスター、俺が狩るよ」
「え?」
「そのモンスターを狩ればいいんだろ? 居場所を教えてくれたら、俺が狩る」
シグマからすればそれが一番手っ取り早かった。そのモンスターが狩られるのをじっと待つよりも、自分で狩った方が速い。そう考えていた。もちろんそれを聞いたミーレスは慌て始める。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは同意しかねます! 相手はランクSモンスターなんですよ!? こう言っては何ですが、貴方はたかがレベル1……わざわざ負けに行くようなものですよ!?」
その言葉を聞いた他の面々は苦笑いをする。それぞれが、シグマとそのレベルを見た当初を思い出していた。
「ああ……それなら心配ないって。コイツのレベルは、あんまし関係ないんだよ」
「………シグマ、強い」
「私も、最初に見た時は驚きましたけど……」
ジール達の言葉に嘘は微塵も感じられない。全員のステータスを確認したミーレスには理解出来なかった。ジール、クロエのレベルも、度重なるランクSモンスターとの戦闘で格段に上昇していた。そして中でも一番高いのは、意外にもフルール。それに比べてシグマはレベル1。HPの値なんてたかが知れていることは容易に想像できる。にも関わらず、その人物はこの集団の中心に位置し、他のメンバーも全幅の信頼を寄せている。そのアンバランスな彼の存在は、ミーレスにとって初めて出会う存在だった。
しかし、だからと言ってレベル1のプレイヤーをわざわざ死にに行かせるわけにはいかない。そう考えたミーレスは、混乱する思考を一度冷静にさせ、声を出す。
「……とにかく、許可するわけにはいきません。旅団受付所が避難所になってますので、すぐにそちらまで―――」
「――ミ、ミーレス上兵士!!」
その時、ミーレスの言葉を遮るように一人の兵士が走ってきた。その表情には焦りの色が濃く見え、顔が青ざめているようにも見えた。その顔を見たミーレスは、顔を険しくさせる。
「――何事ですか?」
「は、はい! 先行していた兵からの伝言です!! ――“奴ら”が来ます!!」
「……そう。分かったわ」
「奴ら?」
ミーレス達の会話が意味することがいまいち掴めないシグマ達はお互いの顔を見る。そんなシグマ達に視線を送ることなく、ミーレスは声を大きくした。
「迎え撃ちます!! 戦える者は早急に準備をしてください!! “根源”は兵士長が何とかしてくれます!! 私達は、何としてもこの街を守ります!!」
力強い言葉だった。その言葉を受けた兵士達は徐に立ち上がり、それぞれの武器を握り締める。そしてミーレスはようやくシグマ達の方を見た。
「聞いての通りです。もう間もなく、モンスターの大群がこの街に押し寄せます。この街は――皆さんのことは、私達“オーブ・エスタード”が必ず守ります。ですので、すぐに避難所へ逃げてください」
そう言い残し、ミーレスは駆けて行った。シグマは複雑な気持ちになっていた。ミーレスは、アルフレッドと同じオーブ・エスタードの一員。しかし、あの男とはずいぶんと違う。偉ぶることもなければ、本当に弱き者のために戦おうとしている。しかしながら、自分自身が“弱き者”と認識されていることに、思わず苦笑いが出てしまった。
そんなシグマの耳には、遠くから僅かに集団が走る音が聞こえ始めていた。その音こそ、ミーレスが言っていた“奴ら”が迫る音。そう判断したシグマは、相変わらず眠そうな目をするフルールに言う。
「……フルール、俺達を外壁の上まで運べるか? 外の様子が見たい」
シグマの問いに、言葉を発することなくゆっくりと頷くフルール。そしてフルールがその場でゴニョゴニョとスキルを呼称すると、シグマ達の体はふわりと空に浮かび、そのまま高い外壁の上へと行き付いた。
「………」
「そ、そんな……」
「マジかよ……」
外壁から外の様子を見下ろしたシグマ達は絶句した。自分たちが歩いてきた道を、横長い土煙が押し寄せてきていた。そしてその煙の中に見えるのは、モンスターの大軍勢だった。
モンスターの種類は一つしかない。体長は人と同じくらいの大きさで、全身が紅い毛で覆われている。二足歩行で、手には石の棍棒。特徴的なのは額に少し大きな角がある。その姿を見たシグマが連想した言葉は、“鬼”だった。その数は計り知れない。統率性もなくただひたすらに走り向かってくる紅い鬼の軍勢は、まるで波のようだった。
「これが……“奴ら”……」
紅き波は、広範囲に土煙を発生させながら、街に迫っていた。




