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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【掲げる旗は風に靡く】
28/60

動き出す“何か”

 シグマ達は、カカの光が完全になくなるまで眺め続けていた。

 光がなくなった後も、フルールは空を見つめる。涙はなくなり、目は眠そうに半開きをしていた。白いローブは夜風に揺れ、前髪がそよぐ。

 フルールはその目に星空を映していた。空に昇ったカカの光は、まるでそのまま星空になったかのように感じ、星々が煌めくその情景を心に刻んでいた。


 やがてシグマ達に促され、フルールもその場を離れた。そして街に着くなり、フルールは無言のまま夜の街を彷徨う。ひたすらに街を動き回り、そして次の日も朝から夜まで回り続けた。シグマ達も何も言葉をすることなく、そんなフルールの痛々しいまでの姿を見守り続けた。

 彼女は、カカの姿を探していた。通常なら、あの草原でカカが死亡した場合、最後にいた街……即ちこの街で復活しているはずである。しかし、カカの姿はどこにもなかった。いくら探しても、どこを探しても、カカを見つけることが出来なかった。

 最後の希望を込めて、シグマ達は旅団受付所を訪れた。そこでは、団員の現在の居場所が確認することが出来る。パネルを操作し、カカの居場所を確認してみた。――しかし、カカの名前は、団員名簿から消えていた。団長であるはずのカカの名前は、普通なら消えることはない。カカの名前が消えるためには、旅団“黎明の光”そのものを彼が解散させる以外に方法はないはずだった。しかし、黎明の光という旅団は消滅しておらず、団長が空席の状態で存在していた。これには、受付所の職員も首を傾げていた。


「――フルール」


 受付所を出たところで、シグマはフルールに話しかけた。前を歩いていたフルールは振り返り、眠そうな目をシグマに向ける。


「これから、どうするんだ?」


 フルールは一度視線を落とした。そしてそのまま、シグマに答える。


「……兄ぃ、探す」


「どうやってだ?」


「……歩く」


 フルールは、旅をして兄を探すつもりだった。どれだけかかるかは分からない。どこにいるかは分からない。それでも、必ずこの世界にいることを信じ、世界中を探すつもりだった。

 そしてフルールは視線をシグマ達に向ける。


「……ありがと。――さよなら」


「………」


 シグマ達に一度頭を下げたフルールはそのまま正面を見て、歩き始めた。そんなフルールの姿に、誰も声を出さない。

 フルールの目は、何かを訴えていた。そこにカカを討ったシグマ達への恨みなんかはない。むしろ感謝の意があった。化物になったカカに引導を渡してくれたシグマ達。フルールは、これ以上彼らに迷惑をかけたくなかった。

 それに加え、フルールの目からは強い決意があった。必ずカカを見つけ出す。そういう、強い決意があった。


「………」


 シグマもまた黙り込む。今のフルールの気持ちは、痛い程分かっていた。それは自分と同じ思い。どうしても見つけ出したい人を探す旅。その境遇は自分と似ていた。彼もまた、この世界のどこかにいる亜梨紗を探すことを諦めていなかった。手を握り締めるシグマ。このまま行かせてはいけない気がする。

 そんな彼の中で、カカの言葉が甦る。


 ――フルールを、頼んだよ――


 それは、最後のカカの願い。信じたシグマへの最後の言葉。だからこそ、彼は叫んだ。


「――フルール!!」


 声を受けたフルールは、再び足を止め振り返る。そんなフルールに、シグマは呼びかける。


「俺達と来い! 一緒に来いよ!」


「―――ッ!? シグマ!?」


「……シグマさん……」


 シグマの言葉に驚くジールとクロエ。二人にとって予想できない言葉だった。シグマがわざわざ旅に誘うなんてことは、今までなかった。自分達の時は渋々承諾したくらいだった。

 そんな戸惑いの中、シグマはフルールに歩み寄る。フルールはぼんやりとした表情でシグマを見ていた。そんなフルールに、シグマは話を続ける。


「……俺達はな、ちょっと世界を回らないといけないんだよ。お前も世界を回るんだろ? だったら、一緒に行けばいいじゃねえか」


「………」


「で、もいっこ提案だ。――俺達を、“黎明の光”に入れてくれねえか?」


「……え?」


 そこでようやくフルールは言葉漏らす。シグマの言葉は更にジールとクロエにとって予想外だった。しかし、二人は決してそれを拒んだりしない。そこにはきっとシグマの考えがあってのことだということを分かっていたからだ。二人は、ただシグマとフルールを見守っていた。


「俺らが入れば、黎明の光も全部で四人になる。旅団は存続するんだ。長い旅の中、旅団の名前を(かざ)しながら各地を回る。そうすりゃ、どっかにいるカカの目に、耳に止まるかもしれない。アイツのことだ。きっと飛んでくるぞ。

 ――だから、俺達がその目印になるんだ。どっかで迷子になってるカカが行先を見定められるように、灯台になるんだよ」


「………」


「……どうだ? ダメか?」


「………!!」


 黙り込むフルールは、素早く首を横に振った。そして、涙を溜めた目でシグマを見つめる。その顔は、微笑んでいた。その表情を見たシグマは、優しい微笑みを返す。


「……交渉、成立だな」


 シグマは振り返り、後ろにいる“旅の道連れ”に断りを入れる。


「――ということだ、クロエ、ジール。……なんか、巻き込んじまって悪いな」


 シグマの言葉に、クロエは微笑み、ジールはいつもの笑顔を見せた。


「いいえ。私は、シグマさんに付いて行ってるだけですから、シグマさんがしたいようにして下さい」


「俺もだよ。無理やり付いてってるんだ。シグマの“ワガママ”くらいどうってことないって」


「……サンキュ」


 シグマは視線をフルールに戻した。そしてフルールに笑顔を見せながら右手を差し出す。


「手を取ってくれフルール。俺達が、今日からお前の“家族”だ」


「………」


 フルールの目には、そんなシグマの姿がカカの姿と重なった。笑顔を見せながら、いつも自分を気にかけてくれたカカ。大好きな兄。今のシグマは、そんなカカによく似ていた。再び泣き出しそうになる心をなんとか押し止め、フルールは顔を上げる。


「……よろしく、シグマ」


 フルールは、今一度笑顔を見せる。その目には、押し止めたはずの雫が溜まっていた。


「――ああ。こっちこそよろしくな、フルール」


 そしてフルールはシグマの手を取る。差し出された手はフルールにとって大きかった。掴んだ手はシグマにとって小さかった。それでも、二人は力強く手を握っていた。


 ……この瞬間、旅団“黎明の光”は新たな旅路を迎えた。たった四人という超小規模の旅団。誰の目に留まることもなく、知られることもなく再誕を迎えた旅団は、力強く旗を上げる。色々な想いが込められたその旗は、どれだけ風が吹き荒れようとも飛ばされることはない。


 掲げる旗は風に(なび)く。世界のどこにいても、音を立てて雄大に存在を示す。その旗の元、四人は歩き出した。




 ◆  ◆  ◆




 ――セントラルの中心にある巨塔。元々は旅団“覇道の使徒”の拠点施設だったそこは、今や旅団“オーブ・エスタード”の拠点施設となっていた。外見上は西洋の城の形を模している。拠点施設の形は、団長の意志で決められる。城の姿をしたその施設こそ、“王”を名乗るその男の心の現れなのかもしれない。

 その一室の執務室では、一人の巨漢が窓から見える街を眺めていた。土色の短髪に強張った顔。全身を黒い鎧で包み、腕を組む巨漢。その時、入り口のドアがゆっくりと開く。


「――やあ、“バシリウス”」


 そこに入ってきた人物は、爽やかな青年だった。金色の短髪に白い鎧。女と見間違えてしまうかのような整った顔。ニッコリと微笑みながら、その巨漢――バシリウスに話しかける。


「……“ウル”か」


 眉を(ひそ)めながらバシリウスは青年――“ウル”に目をやる。そんなバシリウスに、ウルは近付いて行く。


「オーブ・エスタードの団員数は鰻登りみたいだね。順風満帆ってところかな?」


「まあな。……だが、まだ足りん」


 “王”であるはずのバシリウスに軽口を叩くウル。しかしバシリウスは、ウルに苦言を呈したりしない。まるで当然のように、話を進めていた。


「怖い怖い。いったいどこまで勢力を伸ばすつもりなんだい?」


「決まっておろう。……全てを、手に入れるまで」


 バシリウスは、力強く答える。彼の中には強い意志があった。何者にも染められることのない、遮られることのない、止めることが出来ない強い意志が。それを見たウルはフッと微笑み、話題を変えてきた。


「……そう言えば、辺境の地で、ゲートキーパーである“兵”の一人が負けたらしいね」


「ああ。聞いている」


 それはアルフレッドのことだった。その情報は、セントラルにまで届いていた。


「確か、相手は最近あの辺りで名を馳せる、“最強最弱のプレイヤー”とかって異名の人物らしいね」


「それも聞いている。……まったく、大袈裟な異名だな」


 ここに来て、ようやくバシリウスも頬を緩めた。しかしそれは失笑だった。たかがダブルミリオンプレイヤーに、そんな異名が付いていることが実にくだらなく思えていた。

 

「……で? どうするわけ?」


「分かりきったことを……」


 バシリウスは振り返る。そして力強く話す。


「たかが雑兵の一人がやられた程度ではあるが、そのせいで我が“オーブ・エスタード”の名に傷が入ったこともまた事実。……ともすれば、その“礼”をくれてやる」


 それを聞いたウルは、目を薄くし、意味深な笑みを浮かべる。


「我ら“国軍”に必要なのは“絶対的な力”。それを(おとし)める奴には、分際を(わきま)えさせねばならん。

 ――その“最強最弱のプレイヤー”だとかいう輩、少々出過ぎたようだな」


「“出る杭は打つ”……そういうことでいいんだね?」


「言うまでもなかろう」


「……なら、“僕の方”から誰か送ることにするよ。報告を、お楽しみに……」


 その言葉を残し、ウルは部屋を後にする。再び一人に戻ったバシリウスは、窓の外を見て呟く。


「……誰にも、楯突かせはせん。誰にも、な……」


 

 ……シグマの知らないところで、巨大な“何か”が動き始めていた。それは歯車となり、シグマの行動を左右することになる。そして“運命の時”は、極身近まで迫っていた。



 


【掲げる旗は風に靡く】 終

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