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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【掲げる旗は風に靡く】
27/60

浄化の青碧

 夕暮れの草原。そこには巨大な死神と、茫然とするシグマ達四人がいた。


「――ッ! モンスター情報表示!!」


 茫然としていたシグマは我に返り、慌てて声を出す。



 モンスター … グリムリーパー

 ランク   … A



「ステータス表示!!」



 HP  … 3

 TP  … 6229

 ATK … 8934

 DFS … 5309

 MAT … 7723

 MDF … 7438

 SPD … 3306

 SKL … 5901

 ANT … 8857



 準備を終えたシグマは全員に声を上げる。


「足を動かせ!! やられるぞ!!」


「―――ッ!!」


 クロエとジールはシグマの呼び声でようやく走り出す。しかしフルールは、その場で固まったままだった。死神はそんなフルールに目を光らせる。そして巨大な鎌を振り上げた。


「―――ッ!? フルール!!」


 シグマは駆け出し、フルールの体を掴む。そのままその場から離れると同時に、死神は鎌を振り抜いた。風を切る轟音がシグマの耳を掠める。


「………」


 フルールは何も言わずに、未だに呆けたままグリムリーパーの姿を見ていた。

 シグマにもその気持ちは理解できた。クロエ、ジールですらそのショックから抜け出せずにいる。それがフルールなら、そのショックも相当なものだろう。なにしろ目の前で一緒に旅をしてきた兄がモンスターに変わったのだ。動揺しないはずがなかった。

 シグマは少し離れたところにフルールを置く。


「……ここにいろ」


「………」


 黙り込むフルールから視線を外し、シグマは死神に駆け出す。


 死神の傍では、ジールが戦斧で鎌を受けていた。しかし攻撃することはない。クロエもまた駆け回り、弓で何度も狙いを定めるが矢を放てないでいた。二人はどうしてもこの相手がただのモンスターと割り切れないでいた。目の前でカカが変異したことが信じられない。それでもこれがカカだと思うと、攻撃を躊躇してしまっていた。

 

「――何してんだよ!!」


 そんな二人の後方から高速で駆けて来るのはシグマ。そのまま空中に跳び出し、死神の懐を剣で振り抜く。



 オロロロロロロロ!!



 攻撃を受けた死神は悲鳴を上げる。しかしすぐに視線を空中にいるシグマに向け、その鎌を振りかざした。


「―――ッ」


 シグマもまた死神に視線を送り、宙に浮いたまま鎌を剣で受ける。そのままクルクルと回りながら大地に降り立ち、宙に浮く死神に剣を向けた。


「――何で攻撃しない!! ただやられるだけだぞ!?」


「で、でも……」


 クロエは顔を歪めながら死神を見る。その気持ちを理解出来ているシグマだったが、敢えて激を飛ばす。


「今は何も考えるな! 目の前にいる“モンスター”に集中しろ!!」


「でもあれは、カカなんだろ!? シグマ、こりゃどうなってるんだ!?」


 ジールはシグマと死神を交互に見ながら叫ぶ。


「説明なら後でする!! ――ここで狩らないと、このモンスターは街を襲うぞ!? せっかく守った街が、また無茶苦茶にされちまうんだぞ!?」


「―――ッ!!」


 シグマの言葉を受けたジールとクロエは、ようやく視線に力を取り戻した。その目を見たシグマは再び死神に目を戻す。


「ジール! 右から狙え! クロエは左から矢を放って牽制だ!! ――散開しろ!!」


「……分かったよ!!」


「は、はい……!!」


 二人が動き出したのを見るなり、シグマは武器を持ち替える。


「ウェポンセレクト――“アックス”!!」


 そして彼の手には巨大な戦斧が持たれる。今回のシグマのステータスは攻撃力が高くスピードが遅い。片や、このモンスターは動きが遅く攻撃方法はその巨大な鎌を使ったものだけのようだ。もちろん他にも攻撃パターンがあるかもしれないが、現段階でその気配はない。故にここで彼は物理攻撃で一気に勝負を決めることを選択した。


「クロエ!!」


 シグマの掛け声にクロエは横っ飛びをしながら弓を上空に構える。


「スキル発動――“レインアロー”!!」


 分散した矢は死神に降り注ぐ。死神は鎌を振り矢を叩き落とそうとするが全てを防ぐには及ばず、数発は体に命中した。無論効果はほとんどない。それでも死神の視線は、クロエに向けられていた。そしてクロエの方にユラユラと近づいて行き、無機質な鎌を振り上げる。


「ジール!!」


「うおおおおおおおお!!」


 ジールは駆け出し、ガラ空きとなった死神の背中に戦斧を叩きつけた。



 オロロロロロロロロ!!



 叫びの後、死神はジロリと怪しく光る眼を後ろのジールに向けた。そして振り返り際に巨大な鎌の刃を空中にいるジールに走らせる。


「―――ッ!?」


 ジールは防御の姿勢が間に合わず、ただ迫る刃を青ざめた表情で見ていた。

 しかしその刃はシグマによって防がれる。跳び出したシグマがアックスを両手に把持し、死神の一撃を防いだのだ。シグマは刃を弾くと同時にそのまま体を捻る。そして巨大な戦斧を死神の額に叩き込んだ。



 オロロロロロロロ!!



 シグマは続けて呼称する。


「ウェポンセレクト――“ナックル”、“ランス”……!!」


 シグマの両手にグローブが装着され、その両手でランスを持つ。拳を連打するように高速で槍を突き始め、やがてそれは突きの壁となる。


「スキル発動――“アクスパリエス”!!」


 壁は輝き、死神の体を捉える。全身を激しい光の槍で幾重にも突かれ、死神からはドドドドドという連続音が響く。


「――おおおおお!!!」


 最後にシグマがランスを前方へ押し出すと、死神の腹部に命中。そのまま弾き出された死神は、平原に倒れ込んだ。


 その死神の方を見つめるシグマ、クロエ、ジール。いつしかこの三人の連携は目を見張るものになっていた。それぞれがそれぞれの役割を果たし、ランクAであるはずのモンスターを撃破していく。三人は気付かないが、この世界においてはそれは偉業とも言えることだった。


 しかし三人は分かっていた。これで終わらないことが。その視線は決して油断を見せることなく、ただ死神に目を向ける。

 その視線の中、再びフラリと宙に浮かぶ死神。そして全身を屈ませ、体を蠢かせる。



 オロロロロロロロ!!


 

 叫びと共に死神の体のコートは黒く染まる。しかしこれまでのモンスターとは違い、その他に突飛出た変化はない。


「モンスター情報表示……」



 モンスター … グリムリーパー・トイフェル

 ランク   … S



 やはり名前は“トイフェル”が冠していた。気になったシグマはクロエに言う。


「……クロエ、牽制の矢を放ってくれ」


「う、うん」


 そしてクロエは矢を射る。放たれた矢は風を通り抜け、死神に迫る。――しかし死神は全く“避けようとしない”。避ける必要がなかった。矢は、まるでホログラフを狙ったかのように、死神を通り抜けた。


「なっ―――!?」


 そして死神はシグマ達に迫る。巨大な鎌を振り上げ、薙ぎ払う。それを躱した三人は散り散りに跳ぶ。


「――こんのおおおお!!」


 ジールは戦斧を振り下ろす。しかしやはり、戦斧はまるで蜃気楼を斬るかのように風を裂く音だけを響かせた。


「ど、どうなってんだ!?」


「ま、まさか……“物理攻撃無効”!?」


 クロエは叫ぶ。


「物理攻撃無効!?」


「は、はい!! モンスターの中には、特殊能力を持つ種類もいるんですが……その内の一つです! 全ての物理攻撃が効きません!!」


「マ、マジかよ……!!」


 それはジールとクロエにとって絶望的だった。自分たちの攻撃は一切通じない。つまりはこの戦いは一方的な戦い。死神は、ただその凶暴な鎌を振るうだけ。攻撃が出来ず、いつかその刃が食い込むのを待つだけの状況だった。

 しかしシグマは違う。


「……ウェポンセレクト――“メイス”!!」


 物理攻撃が通じないなら、魔法攻撃で攻めるだけ。シグマはメイスを死神に向ける。


「スキル発動――“ライトニングブラスト”!!」


 シグマのメイスから雷が迸る。それは死神に直撃する。



 ホロロロロロロロロロロ!!



 死神は声を上げる。ようやくダメージと呼べるものが与えられたことを意味していた。しかし死神はすぐに大鎌を構え振り抜いてくる。


「―――ッ」


 シグマはそれを躱し後方に跳ぶ。


「シグマさん! 物理攻撃無効を持つモンスターは、基本的に魔法特化になってます! 並の攻撃では効果がありません!!」


 つまりは物理攻撃は通じず、魔法攻撃も効果が薄い。なるほど、さすがはランクSと言ったところか。攻撃方法が単調で動きも遅いが、やり難さではこれまで以上と言えるかもしれない。

 死神はゆっくりと空を舞い、コートをばたつかせる。そしてただ荒々しく大鎌を振る。攻撃も通じず、防御に回る。


「シグマ!! どうするんだよ!!」


 鎌を戦斧で受けながら、ジールは叫んだ。その言葉にシグマは答える。


「……だったら、“並じゃない”攻撃をぶつけるだけだ!! ジール! クロエ! フルールのところへ行くぞ!!」


「え!? で、でも……!!」


 クロエは何かを言いたげに言葉を濁す。もちろんシグマには何が言いたいのかは分かっていた。しかしそれでもこのモンスターを倒すには、“それ”が最大の効果があった。


「いいから!! ――行くぞ!!」


 そして三人は素早くその場を離れ、草原に座り込むフルールの元に駆ける。最初に着いたのはシグマ。彼はすぐに呼称する。


「ウェポンセレクト――“シールド”、“メイス”!!」


 シグマの左手には大楯が、左手には杖が持たれる。シグマはシールドを地に立てる。そしてクロエ達がフルールを囲むように到着したところで呼称する。


「スキル発動――“ラージシェル”!」


 ドーム型の光の壁が展開する。それと同時に死神もシグマ達の頭上に辿り着き、鎌を振り下ろした。



 ホロロロロロロロロロロ!!


 

 鎌は光の壁に遮られる。それでも死神は何度も何度も鎌をシグマ達に浴びせ続けた。その中で、シグマはフルールに向け叫ぶ。


「フルール!! 最大魔法を使うぞ!!」


「………」 


「俺とお前、二つの最大魔法を同時に放てば、さすがのコイツも耐え切れないはずだ!!」


「………」


 フルールは一切答えない。だた目を伏せ、俯く。赤毛の前髪が下に垂れ、フルールの表情を隠していた。光の壁と鎌が衝突する音が聞こえ続ける中、シグマは叫ぶ。


「しっかりしろフルール!! ――お前の手で、カカを解放してやるんだよ!!」


「………兄ぃを?」


 “カカ”という言葉を聞いたフルールは、ようやく言葉を口にした。それを耳にしたシグマは畳み掛ける様に叫び続ける。


「そうだ!! お前が解放するんだ!! ――悪いがな、今の状態でカカが元に戻る可能性ってのはおそらく0だ!! そしてこのままコイツを野放しにしたら、今度は街を襲いに行くかもしれないんだよ!!」


「………」


「お前はこのモンスターに……カカに、街を襲わせたいのか!? カカに、街を破壊させるつもりか!?」


「………!!」


 フルールは激しく首を横に振る。そして大地に置く手を握り締めた。


「だったら、ここで止めるんだよ! それにな、もしかしたらコイツを倒して光に変えれば、カカも元の姿で復活するかもしれない!! 少なくとも、このままよりは可能性は高いはずだ!!」


「………」


 フルールの握り締めた手が震え始めた。口を噛み締め、何かを迷っていた。


「もう一度言うぞ! お前の手でカカを解放するんだ!! カカを助けるんだ!!

 ――フルール!!」


 最後のシグマの叫びを受け、フルールは顔を勢いよく上げた。その目はこれまでシグマ達が見たことがないほど力強く、儚かった。目には涙が溜まり、顔を上げた拍子に零れ落ちる。

 それを目の当たりにしたシグマの心は締め付けられた。それでも、シグマは先導する。


「……“浄化の獄炎”をぶつけるぞ!! 俺がシールドを解放した時に、一気に解き放て!!」


「……うん!」


 そして二人は静かに言霊を詠唱し始める。


「……………」


「……………」


 二人のメイスに光が集まり始める。その光は杖の先端に集約され、紅い仄かな光を放つ。


「……………」


「……………」


 シールドの外では、死神が右に左に大鎌を振り続けていた。その力は徐々に強くなり、衝突音も大きくなる。


「……………」


「……………」


 それでも二人は詠唱に集中する。ここで失敗すれば全てが終わる。目を閉じ、全神経をメイスの先端に集めていた。


 しかしやがて、シールドにはヒビが入り始めた。そのヒビは鎌を受ける度に広範囲に派生し始める。


「―――クロエ!!」


「―――はい!!」


 シールドの中でただ立っていたジールとクロエは、ヒビが大きくなるのを見るなりシールドの外へと走り抜けた。二人の想いは同じだった。シグマ達に詠唱に集中してもらうために、自ら囮役を買って出たのだ。


「うおらあああああ!!」


「………!!」


 ジールとクロエは無駄と分かりながらも攻撃を繰り返す。鎌を潜り、受け、捌き、それでも逃げることなく立ち向かう。繰り返される防戦。繰り返される鎌の斬音。必死の表情で駆け回るクロエとジール。

 しかしそれにも限界が訪れる。


「キャアアア!!」


 日が沈み薄暗くなった視界は悪く、避けそこなったクロエの体に鎌の一撃が掠め、クロエの体は吹き飛ばされる。地に伏せた彼女のHPは、瞬時にレッドゾーンに入っていた。


「クロエ!!」


 ジールが慌てて救助に向かうが、死神はジールに刃を向け振り抜く。


「ぐああああああ!!」


 何とか戦斧で受けたジールだったが、そのまま弾き飛ばされ、宙を舞った体は受け身を取ることなく大地に叩きつけられた。

 そして死神は改めて鎌を振り上げ、怪しく光る眼をクロエに向けた。クロエは目を閉じ眉を(ひそ)め、自分に訪れるであろう敗北に怯えていた。


 ――その時、シグマが形成していたシールドがガラスが砕けるように割れ、消滅する。その音に死神はシグマ達の方を見た。


 そこには、凛として大地に立ち、激しい紅い光を放つメイスを向けるシグマとフルールがいた。目を大きく見開き、確かな目で死神に視線を送る二人は、同時に呼称する。


「スキル発動!!」


「……スキル発動」


「「――“サルース・デウス・フランマ”!!」」


 そして二人のメイスは真紅の炎の渦を放つ。二つの渦は一つになり、真紅の炎は青碧の炎へと変わる。その炎は極大な渦となり、光の如き勢いで死神に向けて飛ぶ。死神の白い髑髏(しゃれこうべ)は迫る炎の色を写し、徐々に青く染まる。

 瞬く間に死神に到達した炎は死神の体を炎の渦で包む。光は暗い草原を燦々と照らし出し、シグマ達の姿を鮮明に写していた。全身を浄化の青碧で焼かれる死神は、最後の叫び声を出す。



 オロロロロロロロロロロロロロロ!!!



 炎の渦は唸りを上げ続ける。しばらく死神を包みこんだ炎はゆっくりと収まり、やがて消えた。

 全身を焼かれた死神は、音を立てて大地にひれ伏す。体は徐々に光に変わり始めた。そして、死神の体は全て光に変わった。


 その情景を見つめる四人。光の(つぶて)は空へと昇り、日が沈んだ群青色の空を彩る。さしずめ空に帰る銀河のようで美しい景色だったが、四人は感動することはなかった。その光こそカカの光。カカは、空へと昇っていく。


「……兄ぃ」


 光を見つめるフルールは、囁くようにカカに呼びかけた。フルールの呼び声に応えるかのように、光の礫は朧気に揺れる。それはまるで、カカの微笑みのようだった。


 シグマは密かに視線を隣に立つフルールに送る。薄暗かったため、フルールの表情はよく見えない。それでもシグマの目は、フルールの頬を伝う雫を捉える。それに反射する光の礫は、ただ静かに揺れていた。

 ゆらゆらと。ゆらゆらと。


 

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