浄化の青碧
夕暮れの草原。そこには巨大な死神と、茫然とするシグマ達四人がいた。
「――ッ! モンスター情報表示!!」
茫然としていたシグマは我に返り、慌てて声を出す。
モンスター … グリムリーパー
ランク … A
「ステータス表示!!」
HP … 3
TP … 6229
ATK … 8934
DFS … 5309
MAT … 7723
MDF … 7438
SPD … 3306
SKL … 5901
ANT … 8857
準備を終えたシグマは全員に声を上げる。
「足を動かせ!! やられるぞ!!」
「―――ッ!!」
クロエとジールはシグマの呼び声でようやく走り出す。しかしフルールは、その場で固まったままだった。死神はそんなフルールに目を光らせる。そして巨大な鎌を振り上げた。
「―――ッ!? フルール!!」
シグマは駆け出し、フルールの体を掴む。そのままその場から離れると同時に、死神は鎌を振り抜いた。風を切る轟音がシグマの耳を掠める。
「………」
フルールは何も言わずに、未だに呆けたままグリムリーパーの姿を見ていた。
シグマにもその気持ちは理解できた。クロエ、ジールですらそのショックから抜け出せずにいる。それがフルールなら、そのショックも相当なものだろう。なにしろ目の前で一緒に旅をしてきた兄がモンスターに変わったのだ。動揺しないはずがなかった。
シグマは少し離れたところにフルールを置く。
「……ここにいろ」
「………」
黙り込むフルールから視線を外し、シグマは死神に駆け出す。
死神の傍では、ジールが戦斧で鎌を受けていた。しかし攻撃することはない。クロエもまた駆け回り、弓で何度も狙いを定めるが矢を放てないでいた。二人はどうしてもこの相手がただのモンスターと割り切れないでいた。目の前でカカが変異したことが信じられない。それでもこれがカカだと思うと、攻撃を躊躇してしまっていた。
「――何してんだよ!!」
そんな二人の後方から高速で駆けて来るのはシグマ。そのまま空中に跳び出し、死神の懐を剣で振り抜く。
オロロロロロロロ!!
攻撃を受けた死神は悲鳴を上げる。しかしすぐに視線を空中にいるシグマに向け、その鎌を振りかざした。
「―――ッ」
シグマもまた死神に視線を送り、宙に浮いたまま鎌を剣で受ける。そのままクルクルと回りながら大地に降り立ち、宙に浮く死神に剣を向けた。
「――何で攻撃しない!! ただやられるだけだぞ!?」
「で、でも……」
クロエは顔を歪めながら死神を見る。その気持ちを理解出来ているシグマだったが、敢えて激を飛ばす。
「今は何も考えるな! 目の前にいる“モンスター”に集中しろ!!」
「でもあれは、カカなんだろ!? シグマ、こりゃどうなってるんだ!?」
ジールはシグマと死神を交互に見ながら叫ぶ。
「説明なら後でする!! ――ここで狩らないと、このモンスターは街を襲うぞ!? せっかく守った街が、また無茶苦茶にされちまうんだぞ!?」
「―――ッ!!」
シグマの言葉を受けたジールとクロエは、ようやく視線に力を取り戻した。その目を見たシグマは再び死神に目を戻す。
「ジール! 右から狙え! クロエは左から矢を放って牽制だ!! ――散開しろ!!」
「……分かったよ!!」
「は、はい……!!」
二人が動き出したのを見るなり、シグマは武器を持ち替える。
「ウェポンセレクト――“アックス”!!」
そして彼の手には巨大な戦斧が持たれる。今回のシグマのステータスは攻撃力が高くスピードが遅い。片や、このモンスターは動きが遅く攻撃方法はその巨大な鎌を使ったものだけのようだ。もちろん他にも攻撃パターンがあるかもしれないが、現段階でその気配はない。故にここで彼は物理攻撃で一気に勝負を決めることを選択した。
「クロエ!!」
シグマの掛け声にクロエは横っ飛びをしながら弓を上空に構える。
「スキル発動――“レインアロー”!!」
分散した矢は死神に降り注ぐ。死神は鎌を振り矢を叩き落とそうとするが全てを防ぐには及ばず、数発は体に命中した。無論効果はほとんどない。それでも死神の視線は、クロエに向けられていた。そしてクロエの方にユラユラと近づいて行き、無機質な鎌を振り上げる。
「ジール!!」
「うおおおおおおおお!!」
ジールは駆け出し、ガラ空きとなった死神の背中に戦斧を叩きつけた。
オロロロロロロロロ!!
叫びの後、死神はジロリと怪しく光る眼を後ろのジールに向けた。そして振り返り際に巨大な鎌の刃を空中にいるジールに走らせる。
「―――ッ!?」
ジールは防御の姿勢が間に合わず、ただ迫る刃を青ざめた表情で見ていた。
しかしその刃はシグマによって防がれる。跳び出したシグマがアックスを両手に把持し、死神の一撃を防いだのだ。シグマは刃を弾くと同時にそのまま体を捻る。そして巨大な戦斧を死神の額に叩き込んだ。
オロロロロロロロ!!
シグマは続けて呼称する。
「ウェポンセレクト――“ナックル”、“ランス”……!!」
シグマの両手にグローブが装着され、その両手でランスを持つ。拳を連打するように高速で槍を突き始め、やがてそれは突きの壁となる。
「スキル発動――“アクスパリエス”!!」
壁は輝き、死神の体を捉える。全身を激しい光の槍で幾重にも突かれ、死神からはドドドドドという連続音が響く。
「――おおおおお!!!」
最後にシグマがランスを前方へ押し出すと、死神の腹部に命中。そのまま弾き出された死神は、平原に倒れ込んだ。
その死神の方を見つめるシグマ、クロエ、ジール。いつしかこの三人の連携は目を見張るものになっていた。それぞれがそれぞれの役割を果たし、ランクAであるはずのモンスターを撃破していく。三人は気付かないが、この世界においてはそれは偉業とも言えることだった。
しかし三人は分かっていた。これで終わらないことが。その視線は決して油断を見せることなく、ただ死神に目を向ける。
その視線の中、再びフラリと宙に浮かぶ死神。そして全身を屈ませ、体を蠢かせる。
オロロロロロロロ!!
叫びと共に死神の体のコートは黒く染まる。しかしこれまでのモンスターとは違い、その他に突飛出た変化はない。
「モンスター情報表示……」
モンスター … グリムリーパー・トイフェル
ランク … S
やはり名前は“トイフェル”が冠していた。気になったシグマはクロエに言う。
「……クロエ、牽制の矢を放ってくれ」
「う、うん」
そしてクロエは矢を射る。放たれた矢は風を通り抜け、死神に迫る。――しかし死神は全く“避けようとしない”。避ける必要がなかった。矢は、まるでホログラフを狙ったかのように、死神を通り抜けた。
「なっ―――!?」
そして死神はシグマ達に迫る。巨大な鎌を振り上げ、薙ぎ払う。それを躱した三人は散り散りに跳ぶ。
「――こんのおおおお!!」
ジールは戦斧を振り下ろす。しかしやはり、戦斧はまるで蜃気楼を斬るかのように風を裂く音だけを響かせた。
「ど、どうなってんだ!?」
「ま、まさか……“物理攻撃無効”!?」
クロエは叫ぶ。
「物理攻撃無効!?」
「は、はい!! モンスターの中には、特殊能力を持つ種類もいるんですが……その内の一つです! 全ての物理攻撃が効きません!!」
「マ、マジかよ……!!」
それはジールとクロエにとって絶望的だった。自分たちの攻撃は一切通じない。つまりはこの戦いは一方的な戦い。死神は、ただその凶暴な鎌を振るうだけ。攻撃が出来ず、いつかその刃が食い込むのを待つだけの状況だった。
しかしシグマは違う。
「……ウェポンセレクト――“メイス”!!」
物理攻撃が通じないなら、魔法攻撃で攻めるだけ。シグマはメイスを死神に向ける。
「スキル発動――“ライトニングブラスト”!!」
シグマのメイスから雷が迸る。それは死神に直撃する。
ホロロロロロロロロロロ!!
死神は声を上げる。ようやくダメージと呼べるものが与えられたことを意味していた。しかし死神はすぐに大鎌を構え振り抜いてくる。
「―――ッ」
シグマはそれを躱し後方に跳ぶ。
「シグマさん! 物理攻撃無効を持つモンスターは、基本的に魔法特化になってます! 並の攻撃では効果がありません!!」
つまりは物理攻撃は通じず、魔法攻撃も効果が薄い。なるほど、さすがはランクSと言ったところか。攻撃方法が単調で動きも遅いが、やり難さではこれまで以上と言えるかもしれない。
死神はゆっくりと空を舞い、コートをばたつかせる。そしてただ荒々しく大鎌を振る。攻撃も通じず、防御に回る。
「シグマ!! どうするんだよ!!」
鎌を戦斧で受けながら、ジールは叫んだ。その言葉にシグマは答える。
「……だったら、“並じゃない”攻撃をぶつけるだけだ!! ジール! クロエ! フルールのところへ行くぞ!!」
「え!? で、でも……!!」
クロエは何かを言いたげに言葉を濁す。もちろんシグマには何が言いたいのかは分かっていた。しかしそれでもこのモンスターを倒すには、“それ”が最大の効果があった。
「いいから!! ――行くぞ!!」
そして三人は素早くその場を離れ、草原に座り込むフルールの元に駆ける。最初に着いたのはシグマ。彼はすぐに呼称する。
「ウェポンセレクト――“シールド”、“メイス”!!」
シグマの左手には大楯が、左手には杖が持たれる。シグマはシールドを地に立てる。そしてクロエ達がフルールを囲むように到着したところで呼称する。
「スキル発動――“ラージシェル”!」
ドーム型の光の壁が展開する。それと同時に死神もシグマ達の頭上に辿り着き、鎌を振り下ろした。
ホロロロロロロロロロロ!!
鎌は光の壁に遮られる。それでも死神は何度も何度も鎌をシグマ達に浴びせ続けた。その中で、シグマはフルールに向け叫ぶ。
「フルール!! 最大魔法を使うぞ!!」
「………」
「俺とお前、二つの最大魔法を同時に放てば、さすがのコイツも耐え切れないはずだ!!」
「………」
フルールは一切答えない。だた目を伏せ、俯く。赤毛の前髪が下に垂れ、フルールの表情を隠していた。光の壁と鎌が衝突する音が聞こえ続ける中、シグマは叫ぶ。
「しっかりしろフルール!! ――お前の手で、カカを解放してやるんだよ!!」
「………兄ぃを?」
“カカ”という言葉を聞いたフルールは、ようやく言葉を口にした。それを耳にしたシグマは畳み掛ける様に叫び続ける。
「そうだ!! お前が解放するんだ!! ――悪いがな、今の状態でカカが元に戻る可能性ってのはおそらく0だ!! そしてこのままコイツを野放しにしたら、今度は街を襲いに行くかもしれないんだよ!!」
「………」
「お前はこのモンスターに……カカに、街を襲わせたいのか!? カカに、街を破壊させるつもりか!?」
「………!!」
フルールは激しく首を横に振る。そして大地に置く手を握り締めた。
「だったら、ここで止めるんだよ! それにな、もしかしたらコイツを倒して光に変えれば、カカも元の姿で復活するかもしれない!! 少なくとも、このままよりは可能性は高いはずだ!!」
「………」
フルールの握り締めた手が震え始めた。口を噛み締め、何かを迷っていた。
「もう一度言うぞ! お前の手でカカを解放するんだ!! カカを助けるんだ!!
――フルール!!」
最後のシグマの叫びを受け、フルールは顔を勢いよく上げた。その目はこれまでシグマ達が見たことがないほど力強く、儚かった。目には涙が溜まり、顔を上げた拍子に零れ落ちる。
それを目の当たりにしたシグマの心は締め付けられた。それでも、シグマは先導する。
「……“浄化の獄炎”をぶつけるぞ!! 俺がシールドを解放した時に、一気に解き放て!!」
「……うん!」
そして二人は静かに言霊を詠唱し始める。
「……………」
「……………」
二人のメイスに光が集まり始める。その光は杖の先端に集約され、紅い仄かな光を放つ。
「……………」
「……………」
シールドの外では、死神が右に左に大鎌を振り続けていた。その力は徐々に強くなり、衝突音も大きくなる。
「……………」
「……………」
それでも二人は詠唱に集中する。ここで失敗すれば全てが終わる。目を閉じ、全神経をメイスの先端に集めていた。
しかしやがて、シールドにはヒビが入り始めた。そのヒビは鎌を受ける度に広範囲に派生し始める。
「―――クロエ!!」
「―――はい!!」
シールドの中でただ立っていたジールとクロエは、ヒビが大きくなるのを見るなりシールドの外へと走り抜けた。二人の想いは同じだった。シグマ達に詠唱に集中してもらうために、自ら囮役を買って出たのだ。
「うおらあああああ!!」
「………!!」
ジールとクロエは無駄と分かりながらも攻撃を繰り返す。鎌を潜り、受け、捌き、それでも逃げることなく立ち向かう。繰り返される防戦。繰り返される鎌の斬音。必死の表情で駆け回るクロエとジール。
しかしそれにも限界が訪れる。
「キャアアア!!」
日が沈み薄暗くなった視界は悪く、避けそこなったクロエの体に鎌の一撃が掠め、クロエの体は吹き飛ばされる。地に伏せた彼女のHPは、瞬時にレッドゾーンに入っていた。
「クロエ!!」
ジールが慌てて救助に向かうが、死神はジールに刃を向け振り抜く。
「ぐああああああ!!」
何とか戦斧で受けたジールだったが、そのまま弾き飛ばされ、宙を舞った体は受け身を取ることなく大地に叩きつけられた。
そして死神は改めて鎌を振り上げ、怪しく光る眼をクロエに向けた。クロエは目を閉じ眉を顰め、自分に訪れるであろう敗北に怯えていた。
――その時、シグマが形成していたシールドがガラスが砕けるように割れ、消滅する。その音に死神はシグマ達の方を見た。
そこには、凛として大地に立ち、激しい紅い光を放つメイスを向けるシグマとフルールがいた。目を大きく見開き、確かな目で死神に視線を送る二人は、同時に呼称する。
「スキル発動!!」
「……スキル発動」
「「――“サルース・デウス・フランマ”!!」」
そして二人のメイスは真紅の炎の渦を放つ。二つの渦は一つになり、真紅の炎は青碧の炎へと変わる。その炎は極大な渦となり、光の如き勢いで死神に向けて飛ぶ。死神の白い髑髏は迫る炎の色を写し、徐々に青く染まる。
瞬く間に死神に到達した炎は死神の体を炎の渦で包む。光は暗い草原を燦々と照らし出し、シグマ達の姿を鮮明に写していた。全身を浄化の青碧で焼かれる死神は、最後の叫び声を出す。
オロロロロロロロロロロロロロロ!!!
炎の渦は唸りを上げ続ける。しばらく死神を包みこんだ炎はゆっくりと収まり、やがて消えた。
全身を焼かれた死神は、音を立てて大地にひれ伏す。体は徐々に光に変わり始めた。そして、死神の体は全て光に変わった。
その情景を見つめる四人。光の礫は空へと昇り、日が沈んだ群青色の空を彩る。さしずめ空に帰る銀河のようで美しい景色だったが、四人は感動することはなかった。その光こそカカの光。カカは、空へと昇っていく。
「……兄ぃ」
光を見つめるフルールは、囁くようにカカに呼びかけた。フルールの呼び声に応えるかのように、光の礫は朧気に揺れる。それはまるで、カカの微笑みのようだった。
シグマは密かに視線を隣に立つフルールに送る。薄暗かったため、フルールの表情はよく見えない。それでもシグマの目は、フルールの頬を伝う雫を捉える。それに反射する光の礫は、ただ静かに揺れていた。
ゆらゆらと。ゆらゆらと。




