雷竜の爪撃
大蛇がうねる街では、アーチャー、重戦士、ウィザードが駆け回っていた。刃は弾かれ、矢は通らず、魔法は効果を出さない。全ての攻撃が、その固く厚い鱗に遮られていた。
そして三人のプレイヤーは土煙を上げ大地に立つ。
「はあ……はあ……」
クロエ達は肩で呼吸をし、目の前に佇む巨大な黒蛇を見ていた。
「……おい、カカ。最大魔法はまだか?」
ジールは大蛇に目を向けたまま、後ろに立つカカに訊ねる。
「もう少しだけど……あの鱗は固すぎる。魔法が通るかは、五分五分ってところだね……」
「五分五分ね……笑えねえな……」
HPは全員イエローゾーン。もちろん、ランクSのモンスターが相手だと考えるなら、十分すぎるほどの健闘であることは間違いない。しかし漆黒蝶により生まれたモンスターから受けたダメージは回復出来ない。これ以上の戦闘では死ぬ可能性があり、そうなれば前の街に戻ることになる。戦う者がいなくなれば、この大蛇は街を破壊尽くすかもしれない。かと言って魔法が通じる保証はない。事実、先ほどからカカの魔法はことごとく効果を得なかった。
――三人は、完全に追い込まれていた。
「……シグマさん」
クロエは、思わずシグマの名前を呟く。それは他の二人には聞こえないほどの小声であった。しかしその言葉こそ、今の彼女の全てを表していた。
シャアアアアアアア!!
そんな三人を嘲笑うかのように、大蛇は高く太い叫び声を上げる。それを見た三人は構えを取るが、その足は少しずつ後ろへ下がり始めていた。
そして三人に向け大蛇は猛進する。大口を開けながら迫る大蛇。
「くっ―――!!」
三人はその場から跳び離れる。その場所を通り抜ける大蛇に向け、ジールは戦斧を振り下ろす。しかしやはり通じない。戦斧は金属音と共に弾かれ、大蛇は止まることはない。
「これなら――!! スキル発動――“フレイムシュート”!!」
カカはメイスから炎の弾を放つ。弾は大蛇の表皮で爆発を起こす。それでも鱗に損傷を与えることはない。続け様にクロエは空中から矢を放つ。手が動く限り、何本も何本も矢を放ち続けた。だが、そのどれも会心の一撃となることはなかった。
シャアアアアアアア!!
大蛇は体を捻じらせ、周囲の建物に尾を当てる。その破片は付近一帯に吹き飛び、その一部が空中にいたクロエ達に命中する。
「キャアアアア!!」
「うあああああ!!」
「――――ッ!!」
三人は力なく地に叩きつけられる。そして同時にHPは遂にレッドゾーンへと変化していた。既に瀕死の状態の三人は膝や手を大地に付き、辛うじて大蛇に目をやる。
その三人に向け、大蛇はなおも突進を開始する。
「くそっ―――!!」
もはや三人に避けるだけの気力は残っていなかった。手足をつき、迫る黒い塊に成す術なく、歪ませた顔を俯かせていた。そんな三人に、大蛇の無情な牙は間もなく到達する。
「――俯く暇があるなら、前を見ろ!!!」
「―――!?」
突然、三人に声が届けられた。その声は、全員が聞き望んだ声。どんな時でも、全てを切り開いてきた声だった。
「こ、この声は―――!!」
そして三人が顔を上げた瞬間、地を這う大蛇の横腹に巨大な光の槍が突き刺さる。
キシャアアアア!!??
大蛇は体を“くの字”に曲げ、横方向に吹き飛ばされた。それこそランススキルの一つ、“スパイラルドライブ”。“彼”が得意とするスキルだった。
吹き飛ぶ大蛇の元から、一人の姿が跳び戻る。黒の装備を身に纏い、神々しいランス“ブリューナク”を装備したその姿を見た三人は、一斉に歓喜の声を出した。
「――シグマさん!!」
「シグマ!!」
「お前!! タイミング良過ぎだろ!!」
クロエ達の視線の先には、目に炎を宿した最強最弱のプレイヤー――シグマの姿があった。それまで絶望に染まる表情をしていた三人は、瞬時に希望と喜びが溢れる表情に変える。
そんな三人に視線を送ることなく、シグマは大蛇の方を睨む。そしてそのまま三人に声を出す。
「――クロエ! カカ! 奴の口を狙え!! ジールは俺とサポートだ!!」
「口!?」
「そうだ! 表面は固くても、体ん中はそうはいかないだろ!! ――絶対通じるはずだ!!」
それは何の確信もないシグマの思い付きだった。しかし三人にとっては、今の戦況を覆す可能性を見出す光だった。
「“絶対”通じる“はず”? ――まったく、確信と推測を同時に言って!!」
そう言いながらも、カカはメイスを振りかざす。そしてクロエも弓を構え、狙いを定め始めた。
「ウェポンセレクト――“シールド”!!」
シグマは大楯“イージス”を装備する。そしてクロエとカカの前に移動する。
「ジール!! 奴の攻撃は俺が防ぐ! その間に一発ぶち込め!!」
「――了解!!」
ジールもまたシグマの後方に移動し、戦斧を後ろに振りかざす。
迎撃の体制が整ったところで、大蛇は瓦礫の中から姿を出し、地を這い向かって来た。
シャアアアアアアア!!
大蛇はシグマの狙い通り、大口を開ける。そしてその牙が前衛のシグマに届く寸前、シグマは呼称をする。
「スキル発動――“ウンエンヴァント”!!」
シグマの呼称に応じ、大楯からは光の壁が展開する。それは盾を中心とした先端が見えないほどの巨大な壁。その壁と衝突した大蛇は、衝突音を上げる。その時の衝撃で、大蛇の牙にはヒビが入る。
「――ジール!!」
「あいよおおおお!!」
シグマの指示を受け、ジールは呼称する。
「スキル発動!! “ハードブレイク”!!」
そのままジールは光り輝く戦斧を、残る力を振り絞って大蛇の口に叩き込んだ。戦斧の一撃を受けた大蛇の牙は終に折れ、その先端が空を舞う。それに気を取られることなく、シグマはクロエとカカに叫ぶ。
「クロエ!! カカ!!」
「はい!!」
「分かった!!」
クロエとカカは同時に呼称する。
「スキル発動――“ミラージュシュート”!!」
「スキル発動――“フレイムシュート”!!」
クロエの矢は複数に分裂し、一斉に大蛇の口の中に飛び込む。カカの炎の弾もまた、口の中へ放たれる。矢と炎は大蛇の体内を突き進み、内部に損傷を負わせた。
キシャアアアアアア!!!!
大蛇は苦しみ悶絶し、頭を天に向かせる。
「――ここだ!!」
シグマは大楯をその場に置き、うねる大蛇の体に飛び乗る。そしてそのまま大蛇の体を駆け登り、頭から宙へ飛び出した。
「ウェポンセレクト――“アックス”、“グレイブ”!!」
シグマの呼称で超重量の二つの武器は召喚される。右手には戦斧、左手には大剣、その二つを同時に振りかざすシグマの腕に、これまでにないほどの重みが襲う。
「――くっっぉぉおおおおお!!!」
それでも二つの武器を同時に降り下ろしながら、シグマは更に呼称する。
「スキル発動――“グラビトンテンペスト”!!」
アックスとグレイブの複合スキル、超重量の二つの武器は光を放ち、振り下ろされると轟音を放つ。二つの光は大蛇の頭部に迫り、衝突する。途轍もないほどの金属音が響き、続けて金属が割れるような音が鳴り響いた。
キシャアアアアアアアアア!!!
大蛇の頭頂部の鱗は割れ、内部の柔らかな表皮が顔を出す。
「――フルール!! 今だ!!」
シグマの声に反応し、それまで眠そうな表情で言霊を唱えていたフルールは目を見開く。
「……スキル発動――“トニトリス・ドラコ・ウングス”」
呼称と共にフルールのメイスから一本の細い光の筋が甲高い音を出しながら走る。光は瞬時に大蛇に向かい、割れた頭部と触れた。
――その瞬間、光の筋は巨大な雷の塊となり、大蛇の頭部から迸る。その光景はまるで、大蛇が額から光の柱が形成されるかのようだった。そして超絶的な衝撃が大蛇を襲い、瞬く間にその巨体は後方へ弾き飛ぶ。長く太い体は勢いよく大地を転がり、街の外壁を突き抜け、草が生い茂る草原へと滑り込む。大蛇が過ぎた大地には深い窪みが出来ており、その勢いの凄さを物語っていた。
「……すっげ……」
大蛇の姿が消えた街では、シグマがそのあまりの迫力に唖然とし、思わず声を出していた。
……その技こそ最大魔法。ジョブ“ウィザード”の最強にして最大の攻撃魔法。シグマ達は知らない。それが使える小さな少女は、ウィザードのマスターレベルに近いことを。兄であるカカと旅をする上で、彼に危険が及ばないよう日々見えないところでモンスターを狩り続けていた彼女は、いつの間にかそこまでの力を得ていた。普段の物静かな雰囲気とは違う、魔法を使う少女には、どこか神秘的なオーラが纏っていた。
「………」
シグマは呆けた顔を引き締め、大蛇の生死を確認すべく草原へ駆け出す。そしてそれに続くように、残りのメンバーも駆け出すのだった。




