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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【掲げる旗は風に靡く】
23/60

強襲する黒のモノ

 その街のコロシアムは観客が大勢詰めかけていた。街に“とある噂”が流れていたからだ。“最強最弱のプレイヤーが一騎打ちを行う”。もちろんそれはシグマのことであったが、噂を聞きつけた民衆は、一目その雄姿を見ようと会場に列を作っていた。その会場の中では、ジール、クロエ、カカ、フルールが席に座り、モニター越しに疑似空間の様子を見る。このコロシアムのイメージゾーンは“荒野”。草木が一本もない荒れ地が、その舞台となる。

 疑似空間の中では既にシグマが入り、ゲートキーパーであるアルフレッドを待っていた。


「……何だか不安です」


 モニターに映るシグマの様子を見たクロエはそう呟く。シグマの強さは分かってるが、それでも不安になる気持ちを抑えることが出来ないでいた。


「大丈夫だって。シグマだぞ? 負けるわけねえよ」


 ジールは軽く話す。彼の中ではシグマの強さは折り紙付きだった。そのジールの言葉を受けたクロエは、なんとか笑顔を浮かべる。


「ですよね……」


 二人の様子を見たカカは、クロエ達が心からシグマを信用してることを理解した。それは自分にはないもの。だからこそ、彼の中には嫉妬のような感情が芽生えていた。絶対の信頼を受けるシグマ。それに比べて自分はどうだ。団員からは見捨てられ、自らが作った旅団は消滅の危機に陥っている。それが、とても情けなく思えていた。

 そんなカカの表情に気付いたフルールは、小さく彼の袖を引っ張る。


「ん? 何だいフルール?」


「………」


 やはり何も言わないフルール。ただ眠そうな目を一心にカカに向けていた。それはフルールなりのメッセージだった。彼を気遣い、自分もまた兄を信じてることをどうしても伝えたかった。そんな彼女の気遣いに気付いたカカは、隠すことなく喜びを表情に現す。そして優しい笑顔を向けたまま、フルールの頭を撫でた。


「……ありがとう、フルール」


 フルールは表情こそ変えないが、頬を赤く染めた。この兄妹は、本当の意味で通じ合ってるのかもしれない。




 ◆  ◆  ◆




「……ったく、何で毎回待たされるんだよ」


 疑似空間の中ではシグマがぼやいていた。以前もそうだったが、挑戦者であるシグマは毎回ゲートキーパーを待つ形になる。それがどうも気に入らなかった。

 しばらく待った彼の目の前に、ようやくゲートが現れる。そしてそこから現れるアルフレッドは、既にニヤついていた。


「……感心だね。逃げずにこの会場に来るなんてな」


 彼はシグマのレベルを見て、雑魚と決めつけていた。その様子を冷めた目で見るシグマ。シグマの視線の意味に気付かないアルフレッドは、なおも饒舌に語る。


「まったく、たかだかレベル1の分際で俺らに楯突くとはな……自分がどの程度の存在か、じっくりと思い知るがいい」


 アルフレッドはシグマに凄む。しかしシグマは話を聞く気すらなく、欠伸(あくび)をもって返答をする。その姿に、アルフレッドの神経は更に逆撫でされる。



 《READY……》



 空に文字が浮き出る。それを見るなり、アルフレッドは剣を抜く。そして小声で呟く。


「……スキル発動……」


 開始と同時にスキルを発動させるつもりだった。この行為は別に反則ではない。しかし、ランキング戦を行う上での暗黙のルールとして開始前に呼称しないというのが通例である。アルフレッドはそのルールを無視し、ただシグマに一撃を与えることだけを考えていた。



 《――GO!!》


 

「――“ソードバレット”!!」


 アルフレッドが剣を振ると、剣先から光の弾丸が発射される。それに続くようにアルフレッドも駆け出した。

 彼が考えたプランはこうだ。最初の攻撃で混乱させ、その隙に剣で斬り瞬殺をする……そう考えていた。

 しかし彼にとって予想外の展開が待っていた。


「………」


 シグマは無言で剣を抜き、そのまま弾丸を切り裂く。光の粒は消え去り、シグマの体に触れることはない。


「なっ――!?」


 あっさりとシグマが攻撃を無効にし、アルフレッドは焦る。止まろうとするが、前傾姿勢で突進していたことから止まれない。攻撃も回避も出来ない。実に中途半端な体勢になったアルフレッドは、無防備にシグマの前に出た。


「……ガラ空き、だな」


 そう呟いたシグマは、右足でアルフレッドの顔面を蹴りつける。


「ふぐっ!!」


 鈍い音と共にアルフレッドは後方に吹き飛び、そのまま大地を滑る。慌てて立ち上がるアルフレッドの眼前には、いつの間にかシグマの姿が。


「――ッ!?」


 焦るアルフレッドは剣を振るが、シグマに簡単に避けられる。そんなアルフレッドに向かい、シグマは逆に剣を振る。辛うじてそれを躱すアルフレッド。しかしシグマは次々と斬撃を向ける。


「――っ!? くっ!!」


 アルフレッドはそれを防ぐのでいっぱいだった。もちろんシグマは本気を出していない。ただ軽く剣を振るだけ。しかしその攻撃すらも、アルフレッドにとっては驚異的な攻撃だった。


「………」


 シグマは無言のまま、一度剣を力強く振る。それを剣で受けたアルフレッドは、再び後方に吹き飛んだ。

 そして地に仰向けで倒れたところで目を開けると、シグマの件が喉元に突き付けられていた。


「……悪いな。“この程度”なんだよ」


「………!」



 端から見ても勝敗が決したことが分かる構図に、会場は興奮の嵐が起こっていた。


「………」


「………」


 その映像を見ていたカカとフリールは絶句していた。確かにシグマはレベル1のはずだった。しかしクロエ達が説明した通り、まるで大人と子供の戦いだった。アルフレッドの強さを知っているカカにとって、それは衝撃の光景だった。



「……確かに、貴様は強い」


 剣を突き付けられるアルフレッドは仰向けのまま話し出す。


「だが、俺を斬れば貴様は狙われるぞ?」


「…………は?」


「俺達の“王”はな、身内がやられたら必ずその報復をする人なんだよ。旅団“オーブ・エスタード”は、今や団員数十万の軍隊だ。それから一斉に狙われることになるぞ? 貴様程度、一溜りもないことは分かるはずだ」


「………」


 シグマは見下すような視線でアルフレッドを見ていた。その目を見たアルフレッドは、自分の話でシグマが恐怖したと考えた。頬をにやつかせ、提案をする。


「どうだ? 一つ取り引きしないか? 今日ここで、俺に勝ちを譲れ。それで貴様はオーブ・エスタードに狙われることはなくなる。貴様は助かるんだ。悪くない話だろ?」


「………」


「だから、さっさとその剣を引いて――」


「――うるせえよ」


 その言葉と共に、シグマは剣をアルフレッドの右肩に刺し込む。


「――ッ!? な、何を――!!」


 驚愕するアルフレッド。彼のHPは徐々に下がり始める。彼には理解できなかった。今の話を聞いて、それでも自分を攻撃するシグマが信じられなかった。

 そのシグマは、汚いものでも見るかのような視線を送り続けていた。


「“王”だ? “軍隊”だ? ……くだらねえ。心底くだらねえ。たかがバーチャルの世界で、何を喚いてやがる」


「な、何を言ってるんだ?」


 この世界を生きるアルフレッドには、シグマの言葉が理解できなかった。

 しかしシグマは違う。仮想世界でしかないこのKOEで、そんな“馬鹿みたいなこと”を堂々と語るアルフレッドがとても醜く思えた。亜梨紗を救うために、この世界を解放しようとするシグマは、この世界が“本当の異世界”になりつつあることが許せなかった。

 その憤りをぶつけるように、シグマは更に言い放つ。


「俺はな、そんな絵空事なんてどうでもいいんだよ。お前のようなクズが、どれだけ意気がろうが知ったこっちゃねえんだよ。好きにすればいい。

 ――でもな、俺の邪魔をするなら話は別だ。誰が相手でも、何人相手でも、全部倒す。

 俺の歩みを止めんじゃねえ。俺の前に立ち塞がるんじゃねえ。

 ……俺は、絶対に成し遂げなきゃいけねえんだよ」


「――――」


 アルフレッドには、既に戦意はなかった。刺すような視線を送り続けるシグマに、ただただ怯えていた。

 この世界において、“死”という概念はない。プレイヤーが相手でも、モンスターが相手でも、HPが0になれば、デスペナルティを受けて最後の街からやり直すだけ。

 しかしこの時、アルフレッドは確かに感じていた。シグマから放たれる殺気を。自分に忍び寄る、死の恐怖を。


「……話は終わりだ。もう、消えろ」


 そして、恐怖で体中が鎖に繋がれるように固まったまま、アルフレッドのHPは0になり、光となって消えた。



 《FINISH!!》



 その瞬間、空には文字が現れる。それは勝利の合図。ゲームの仕様。……そう、ここはただのゲームの世界である。

 しかし、現実から切り離された世界は、少しずつ独り歩きを始めていた。それが建国と王の誕生。この世界は、いったい何なのだろうか。どこへ向かってるのだろうか。

 空の文字を見上げるシグマは、そんな終わることのない自問自答を繰り返していた。


 そしてシグマは、世界に唾を吐くように一度舌打ちをし、現れたゲートを通り疑似空間を出るのだった。




 ◆  ◆  ◆




 コロシアムの外では、クロエ達がシグマを迎えに行くためにゲートへ歩いていた。ランキング戦の結果はシグマの圧勝。今回は前回のように中継が途中で切断されることなく最後まで流れた。その余りの強さはクロエ達のみならず、見学に来ていた全ての人々を等しく興奮させていた。

 その中を歩くカカは、一人思い詰めていた。シグマには確かな決意のようなものが見えた。自分の信念のようなものが分かった。それに比べて自分は……。自分の不甲斐なさが口惜しかった。それまでの自分を振り返り見えたことは、なんてことはない、自らの姿勢だった。

 旅団“黎明の光”の団長として、自分がどれ程のことをしてこれただろうか。団長という肩書に酔いしれ、何をして来たのだろうか。そう考えると、彼の口は閉ざされる。何も言えない。


(僕は……バカだな……)


 そう、自分に毒を吐いた。


「………」


 そんなカカの様子を後ろから歩くフルールは見つめていた。表情はいつも通り無に染まっていたが、その瞳はどこか悲しげに揺れる。


 その時、“それ”は起こった。


 突如街の外壁がけたたましい轟音と共に崩れ、それに伴い人々の悲鳴が響き渡る。


「な、なんだ!?」


 コロシアムにいた人々もその異変に気付き、外に出始めた。そしてクロエ達もまた、その音の方向に目を凝らす。


「……あれは?」


 その方向で何かが蠢く。それはとても長い“モノ”。建物を“喰い”破り、木々を圧し折り、人々を光に変えていく“ソレ”。その姿は、巨大な蛇だった。顔からは二本の鋭利な牙が見える。黒い鱗を持つ大蛇、それを目に写したジールは呼称した。


「――モンスター情報表示」



 モンスター … スクリーロス・オピス・トイフェル

 ランク   … S



「………!!」


 そのランクを見た時、ジールは固まった。


「ジール?」


 その顔を見たカカは、彼の顔を見ながら名前を呼ぶ。その視線を受ける中、三人に言い聞かせるようにジールは呟いた。


「……ランク、Sだ」


「―――ッ!!」


 その言葉を受け、全員が表情を凍らせる。彼らの視線の先では、巨大な蛇が、街を蹂躙するように破壊していた。



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