国を守る剣
コロシアムに着いたシグマは、すぐに手続きをした。開始は約六時間後とのこと。もう少し早く出来ないか掛け合ってみたものの、それは無理だとあっさりと断られた。シグマは再び仏頂面に戻しながら、街の中をジール達と歩いていた。
「そんなにむくれんなよ。しょうがないだろ?」
「……分かってるよ」
言葉でそう言いながらも、全く納得した素振りはないシグマ。それを見たジールとクロエは苦笑いを浮かべていた。
「オラオラ! どけよ雑魚共!!」
突然、シグマ達の前方が騒がしくなった。その声の発信源は、全身白い鎧で身を包んだ男達だった。
「なんでしょうか……」
「さあ……」
男たちは、道を歩く人々を押しのけながら、ど真ん中を我が物顔で歩いてきた。そしてやがて、シグマ達の前に辿り着く。
「おい貴様! 俺らの歩くところをテレテレ歩くんじゃねえ!」
「………」
シグマは何も反応しない。相手の様子を窺うように、ただ黙っていた。
「おい! 聞こえてるのか!?」
「……うるせえな。聞こえてるって」
気怠そうに頭をかくシグマ。その隣に立つジールは白い鎧の男たちを睨み付ける。クロエは口元に手をやり、シグマと男達を交互に見ていた。もちろん、彼女が心配するのはシグマが鎧の男たちに手を出さないかだ。
「だったらすぐにどけ!! 邪魔だ!!」
「あ? 何で俺がどかねえといけねえんだ?」
「貴様!! 俺達を知らないのか!?」
「知るわけねえだろ……」
シグマはだんだんとイラついてきた。徐々に顔色が変わる様を目の当たりにしたクロエは、さらに慌てる。
「俺達は、“オーブ・エスタード”の団員だぞ!? 貴様のような低レベルの奴のために、高ランクモンスターと命懸けで戦い続けてるんだ!! 分かったらさっさとどけ!!」
「オーブ・エスタード?」
それを聞いたシグマは、表情を一変させた。怒りの色を見せかけていた表情は、不思議なものを見るかのようなものに変わる。それを見た鎧の男たちはニヤリと笑う。
「そうだ。俺達こそ、選ばれた国を守る剣だ。この鎧はその証。貴様のような雑魚とは違うんだよ!!」
「……ハハハハ!!」
突然シグマは笑い出す。その姿に、ジールとクロエは驚いていた。声を出して笑うシグマなんて初めて見るものであったからだ。そして鎧の男たち、はたまた周囲の人々も困惑する。
「な、何がおかしい!!」
「いやいや、悪い。お前らの話があまりにも笑えてな……」
たかがゲーム世界で“選ばれた者”だのを聞くとは思わなかった。そもそも、それすらも旅団でしかない。加入申請をして団長に認められれば、簡単になれる存在。それを高々に自慢する彼らの姿は、シグマにとって実に馬鹿らしい光景だった。
「お前らが選ばれた国を守る剣? 笑わせんなよ。今の自分の姿を見てみろ。どこが“国を守る剣”なんだ? ただのチンピラじゃねえか。しかもこんなところをうろつくってことは、ただの一兵卒に過ぎないんだろ?
デカい組織の後ろ盾もらって気が大きくなるのは分かるが、自分を神様か何かと勘違いするのは弱ぇ奴の証みたいなもんだ。そんなんじゃ、オーブ・エスタードってのもたかが知れてるな。こんなバカ達を野放しにしてるわけだし、よほど人員不足のようだな。見ていて胸糞が悪くなる。
……分かったらさっさとどこかへ消えろ。“三流”共」
「き、貴様……!!」
先頭にいた鎧の男は顔を真っ赤にし、怒りを露わにする。そしてシグマにツカツカ歩み寄り、腰に下げた剣に手を掛けた。
「……あ~あ。知らないぞ?」
その光景を見たジールは哀れむように鎧の男を見る。
「ちょ、ちょっとジールさん! 止めないんですか!?」
クロエは慌てふためき、ジールに呼びかける。
「あれはあっちから売ってきた喧嘩だろ? 俺が行くのは筋違いだし、あんな連中だ。少しばかり痛い目に遭った方がいいだろ」
「で、でも……」
二人はシグマを全く心配していなかった。クロエがシグマを止めようとするのも、鎧の男を心配してのことだった。名もないただの団員がシグマに勝てるはずのないことくらい、二人は当然分かっていた。
「………」
シグマもまた相手の動きを冷やかに見る。剣を抜いた瞬間に返り討ちにする予定だった。しかし、ここで思わぬ声がかかる。
「――アルフレッド!? アルフレッドじゃないか!」
シグマ達がその声の方を見ると、そこにはカカとフルールがいた。しかしカカはシグマ達ではなく、白い鎧の男に話しかける。
「君達が、どうしてこんなところに!?」
鎧の男――アルフレッド達は、カカの顔を見るなりニヤリと笑う。
「……これはこれは、“元”団長ではないですか」
(元団長?)
アルフレッドの言葉を聞いたシグマは、即座に二人の関係性を理解した。つまりは、カカが言っていた最近抜けた団員とは、アルフレッドのことだった。アルフレッドはさらに続ける。
「団長、この鎧を見てくださいよ。ランクBの装備ですよ? オーブ・エスタードに入ったら、すぐに手配してくれましたよ。“どっかのショボイ旅団”とは大違いだ」
「……ッ」
「おかげで最近ランキングも上がりましてね。俺、今ダブルミリオンなんですよ。いやあ、本当に旅団を乗り換えて正解だった」
アルフレッド達はゲラゲラと笑う。それを見たカカは、ただ俯き黙り込んでいた。そんなカカを見たシグマは、口を開く。
「――何だよ。ってことは、最近オーブ・エスタードに入ったばっかりってことじゃねえか……ホント、笑えるな」
「ああ!?」
「団員が離れたのはカカの統率力がないからだと思っていたが……違ったな。カカにないのは、人を見る目だったみたいだな。こんな下卑た連中を入れてるんだ。もう少し人を見る目を養うべきだな」
「貴様……!! 言わせておけば!!」
アルフレッドの後方にいた男は、シグマに詰め寄ろうとする。しかしアルフレッドは意外にもそれを制止する。
「……まあ待て。この後にはランキング戦があるんだ。この雑魚を叩くのはその後で十分だろ」
「この後?」
この後にあるのは、シグマのゲートキーパーとの一騎打ちのはずだ。にも関わらず、アルフレッドもランキング戦があると答える。それが意味するのは、ただ一つだった。
「誰だか知らないが、ゲートキーパーである俺に挑むなんてな。速攻で叩き潰してやるから、貴様は首を洗って――」
「――いや、それ俺」
「……は?」
「だから、その相手は俺だよ」
「え、ええ!?」
ここで声を出したのはカカだった。アルフレッドはと言うと、さらに顔をニヤつかせた。
「そうか……そりゃいい! ランキング戦が楽しみだ!」
そしてアルフレッド達は笑いながら歩き去って行った。その後ろ姿を見たジールは、ボソッと呟いた。
「……いざ始まると、アイツどんな反応するんだろうな……」
「さあな。あのバカに聞いてくれ」
「………」
カカは固まっていた。まるで自分がシグマをトラブルに巻き込んでしまったかのように思えてしまった。もちろんそんなことはないのだが、彼はシグマに申し訳ない気持ちになっていた。
「……兄ぃ」
そんなカカの裾をフルールは引っ張る。無表情であったが、心配してるようだった。それを見たシグマは、カカ達に話しかけた。
「……ってことだ。お前には悪いが、元団員のアルフレッドをブッ飛ばすことになるが、勘弁してくれよ」
「――ちょ、ちょっと待ってくれ!」
我に返ったカカは、慌ててシグマに詰め寄る。
「アルフレッドのレベルはかなり高いんだよ!? 君はまだレベル1じゃないか! それなのに、勝てるはずなんて……」
「ああ、その心配ならいらねえよ」
黙るシグマの代わりに、ジールが声をかける。
「心配ないって……」
「コイツのレベルはな、飾りみたいなもんなんだよ。俺だって最初は驚いたけどな。たぶん、ランキング戦を見たら、その意味が分かるぞ?」
「し、しかし……」
「あの……カカ、さん?」
クロエもおそるおそるカカに言葉をかける。
「シグマさんは、とても強いんです。“最強最弱のプレイヤー”って、聞いたことないですか?」
最強最弱のプレイヤー……シグマに付いた通り名。もちろん噂程度ならカカも聞いていた。
「し、知ってるけど……確か、ランキング戦のサバイバル戦で“キルカウント1400オーバー”を叩き出したとか……まさか!!」
「はい。それが、シグマさんなんです」
クロエはどこか誇らしげに語る。それを見たシグマは微妙な顔をしていた。まるで自分のことのように話すクロエに、ジトっとした視線を送る。
「き、君が……」
「……そんな異名なんて知らねえけどな」
「……スゴイ」
フルールもまた目を丸くしてシグマを見る。カカとフルールには信じられなかった。見た目は自分たちと歳がそこまで変わらない少年。レベルは1。とてもそんな強そうには見えない。しかしクロエ達が嘘をついているようにも見えない。事実、彼はダブルミリオン昇格を賭けてアルフレッドと一騎打ちをする。
「まあ、さっさと終わって次に行こうと思っていたけど、中々面白いことになったな。……ランキング戦が、楽しみだ」
シグマはアルフレッドが立ち去った方向に目をやった。そして彼の目は、いつぞやのようにギラギラとした炎を宿していた。




