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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【掲げる旗は風に靡く】
21/60

旅団“黎明の光”

 旅を続けるシグマが目指すのは、次なる街。シグマのRPは既にダブルミリオンのゲートキーパーへ挑戦出来るだけ溜まっていたから、そこまで急ぐ必要はない。それでもやや早歩きをする一団。その道中は、基本ジールが一人で話し、クロエがシグマを気遣いつつ話し、シグマは黙り込むという構図が出来ていた。もともとシグマは話すのが苦手であるので、余計な会話をしようとはしない。その分をカバーするかのように、ジールはぺちゃくちゃと喋り続けていた。


「……そういえば、シグマ、お前いくつなんだ?」


 ジールはそれまでの会話の流れとは全く違う話題を振ってきた。


「……は?」


「いやだって、聞いたことねえし。ちなみに、俺は二十四歳だ!」


「………」


 それも妙な話だとシグマは思った。何しろジール達はこの世界のことしか知らない。現実世界を忘れているはずである。つまり、彼らの人生はKOEが全てであり、それならばここ数年しか記憶がないはずである。にも関わらず、ジールは年齢を覚えている。幼少時の記憶はどうなってるのだろうか。シグマはそれが気になった。

 無論答えは“覚えていない”である。シグマがそれを聞いたところで“忘れてしまっている”ものは思い出せない。むしろそれが普通であるので、誰も違和感を感じないのだった。それこそ、ウィルスの影響。現実世界を全て忘れるということの結果。事態は、シグマが思う以上に深刻だった。


「なあなあ、教えろよ」


 しつこく聞いてくるジール。シグマは溜め息交じりに仕方なく答える。


「……十七だよ」


「ええ!? シグマさん、十七なんですか!?」


 以外にも、驚きの声を上げたのはクロエだった。目を丸くし、シグマを見ている。


「……何だよ」


「い、いえ……思ったより若いんだなって思って……」


 何だかオジサン臭いと言われてるような気がしたシグマは、顔をぶすっとさせた。


「そういうクロエはいくつなんだよ」


「あ、えと……私は、十九ですよ」


「………マジ?」


「はい。マジです」


「嘘だろ……」


 シグマは驚愕した。どう考えても自分より下と思っていたのだが……なんとまあ、自分より二つも年上だった。


「ハハハハ! シグマ、まさかの最年少だな! クロエは言わば“お姉さん”ってところか! ハハハハ…!」


 ジールは大笑いする。それを聞くクロエは恥ずかしそうに俯いたが、表情はどこか嬉しそうだった。シグマだけは、仏頂面を更に深くさせる。ムスッとし、ジロリとジールをクロエを睨み付けていた。



「――そこの君たち!!」


 そんな一向に、突然横から声がかけられる。その方向を振り返ると、そこには少年と少女が立っていた。赤毛の短髪の少年と、赤毛のお団子頭の少女。二人とも白いローブを着ており、顔もどこか似ている。一見すると兄妹に見えた。しかしその表情は両極端だった。少年は自信に満ちた表情をしている。逆に少女は、まるで人形のように色が消えた表情をしている。


「……俺?」


「そうそう! 君たちだよ!」


 少年はズカズカと歩いてくる。それに続く少女はトボトボと歩いてきた。そして少年はシグマ達に近付くや、声高々に語りかけた。


「君たちを……僕の旅団に入れてあげよう!」


「…………」


「…………」


「…………」


「……兄ぃ、唐突」


 シグマ達は唖然とする。そしてなぜか少年を“兄”と呼ぶ少女ですら呆れるような顔をしていた。


「……行くぞ」


 シグマの声に無言で頷くジールとクロエ。三人は少年の方から目を逸らし歩き出す……


「ま、待ちたまえ!!」


 焦る少年はシグマ達の進行方向に走り込み、両手を広げて通せんぼをする。


「……何だよ」


 機嫌悪そうなシグマの顔を見た少年は、愛想笑いをしながら取り繕う。


「い、いや、僕の言い方が悪かった! ちょっと話を聞いてくれないかい?」


「はあ? 何で俺たちが……」


 明らかに不機嫌そうな表情をするシグマだったが、ふと誰かが裾を掴むのを感じた。その方向に目をやると、先ほどの少女が小さな手でシグマの服を掴んでいた。


「……話、聞いて」


「だから……!!」


「……お願い」


「………」


 少女は無表情ながらも切実な目をしていた。その目を見たシグマはそれ以上の文句を言うことはなく、無言のまま少年の案内するところに付いて行った。ジールとクロエもやれやれといった表情でシグマの後に続いた。




 ◆  ◆  ◆




「まず、最初に自己紹介をしておこう」


 次の街に着いたシグマ達は、とある喫茶店のようなところの席に座っていた。


「僕はカカ。この子は僕の妹、フルールだ」


「……ども」


 カカの紹介に小さく会釈するフルール。


(その妹ってのは、ゲーム内の設定なんだろうか……)


 現実世界の記憶がない少年らが語る“兄妹”は、現実ではどうなのか分からない。ゲーム中に仲が良くなったプレイヤー同士が夫婦や兄妹、親子を名乗ることは往々にしてあることであり、少年らもまた然りの可能性もある。しかし、その外見は確かに似ている。KOEでは容姿は現実の姿を投影しており、見た目が似ているということは現実でも似ているということになる。たまたまという線も考えられるが、現実でも兄妹である可能性は高いだろう。


「――そして、僕は旅団“黎明の光”の団長なんだよ!」


 その説明を受けたシグマはすぐに引っかかることを思いつく。


「……で? その団長が何の用だ? ていうか、他の団員はどこだよ」


「う……そ、それは……」


 急に固まるカカ。彼にとってその質問は、触れてほしくない内容だった。目を泳がせ、しどろもどろになる。そんなカカの姿に溜め息をつくフルール。彼女は、カカに代わるように静かに話す。


「……いない」


「いない? 二人だけなのか?」


「……そう」


「そうって……」


「………」


 フルールは黙り込む。もともと彼女は口下手であり、話をするのが苦手である。それでも何とか事情を話そうとするのは、ひとえに兄カカのためであった。フルールの性格をよく知るカカは彼女の行動に勇気付けられ、恥を忍んで事情を話す。


「……実は、僕の旅団員は数人いたんだけど、最近になって旅団“オーブ・エスタード”に流れてしまったんだよ。……まったく、いい迷惑だよ」


「オーブ・エスタード……」


「旅団員は最低でも三人必要なんだけど、僕とフルールの二人だけになってしまってね。あと三日以内にもう一人必要なんだよ。でも、他の人に声を掛けてみても、みんなオーブ・エスタードに入ってしまっててね」


「それで、俺たちか……」


「ああ。君たちは旅団に入ってそうじゃなかったからね。……そこでお願いなんだが、形だけでも加入してくれないか? もちろん行動に制限は付けない。自由にしてていいし、他の人が入ったら辞めてもいいからさ。」


「………」


 シグマは考え込んでいた。もちろんオーブ・エスタードについてだ。今の説明を聞く限り、シグマの予想が大方当たっているのが分かった。人を集めた後、奴らは何をするつもりなのだろうか……それが、いやに気になった。


「な? な? いいだろ!?」


 カカはシグマに詰め寄る。しかしシグマの反応は、実に冷たいものだった。


「いや、断る」


「え、ええ!? それじゃ、僕たちは……」


「……悪いけど、知ったことじゃないね」


 一度溜め息を吐いたシグマは、改めて言い捨てる。


「カカ、旅団ってのは、何のために結成するんだ? 見せかけのためか? 自分のためか?」


「そ、それは……」


「少なくとも、俺が“ある奴”から聞いた旅団ってのは違う。旅団は、共に旅をする友を募集し、喜びも苦しみも全てを分かち合う家族のようなもの。――それを、誰でもいいから、“幽霊団員”でもいいから入ってくれなんてのは、筋が違うんじゃねえか?」


「うう……」


「だいたい他のメンバーが抜けたのだって、お前のせいでもあるんだよ。団長とは旅団の顔。団員を一つにし、団員を統率する。“あの全チャット”を見ただけで抜けていくなんざ、お前の統率力自体に問題があるってことだろ。オーブ・エスタードだけのせいじゃない。他の連中は、お前を信用出来なかったんだよ」


「そ、そんな……」


 カカは、その場で項垂れた。シグマが言うのは事実である。団員が抜けたのは、彼の元では自分の身が危ないと思ったからだった。シグマの言葉で、カカは薄々気付いていたことを改めて突き付けられたような気分になった。


「ちょ、ちょっとシグマさん……」


 クロエはシグマの言葉が言い過ぎだと思い、彼を戒めようとした。しかしそれをジールが遮る。


「――クロエ、今シグマが言ったことは間違いじゃないんだよ。言い方は悪いが、核心を突いている。悪いが、俺も同じ意見だ」


「で、でも……」


 言葉に詰まるクロエ。それは彼女にも分かっていることだった。それでもどこか納得できないのは、彼女が優しすぎるからなのかもしれない。


「……分かったよ。もう頼まない」


 そんな少し重い空気の中、カカは静かに席を立ちあがった。しかし彼の顔は、どこかスッキリしたようにも見える。


「君に言われて気付いたよ。やっぱり、僕が間違っていた。……まあでも、僕だって団長だからね。そうそう旅団を消滅させたくないんだ。だから、何とかあと一人を探してみるよ」


「そうか……」 


「じゃあねシグマ。またどこかで会ったら一緒に狩りにでも行こうよ」


 そしてカカは席を離れる。彼に続くように、フルールも席を立ちあがる。


「……ありがとう。兄ぃもやっと気付いた」


 フルールは一度深く頭を下げ、先を行くカカに小走りで付いて行った。

 そんな二人を見送る三人。


「シグマさん……本当によかったんですか?」


「……さあね、どうだろうな」


 それは彼にも分からなかった。実際のところ、彼自身も少し言い過ぎたと反省をしているところもあった。しかし彼もまたフルールと同じように口下手である。本当はもっとオブラートに伝えるつもりだったが、結局ストレートな物言いになってしまっていた。それは彼の性格であり、如何ともし難いところである。


「ま、シグマの言葉のおかげでどっか吹っ切れたようにも見えたからな。たぶんあの二人なら大丈夫だろ」


 ジールが話をまとめる。その言葉にクロエは少しだけ気持ちが楽になっていた。


「……それより、この街のコロシアムに行こう。さっさとランキングを上げたい」


 シグマは徐に立ち上がる。そして座るジール達を促し、そそくさとコロシアムに向かい始めた。


「あ、ちょっとシグマさん!」


 クロエ達も席を離れ彼の後に続く。ふとシグマは小さくなったカカ達の方を見る。二人は仲睦まじく横に並び、歩ていた。笑顔で話すカカとそれにただ頷くフルール。その二人の姿は、まるで遠い日の自分と亜梨紗のようであるように見え、少しだけ頬が緩んでしまっていた。


 そしてシグマは視線を前に戻す。そしてコロシアムに向かい、ダブルミリオンへの昇級を賭けた一騎打ちをすべく、力強く歩くのだった。




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