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夜明けの大国

 疑似空間を出たシグマは、ゲートを出たところで目の前の光景に愕然としていた。


「何だよ、これ……」


 ゲートの出口を塗りつぶすように、たくさんの人々が集まり、一様に拍手と歓声を送っていた。

 彼らにとって、シグマとは希望だった。最下層とも言えるこの地区において、彗星にように現れた世界最弱とも言えるレベル1のシグマ。現れるなり瞬く間に頭角を現し、僅か数日でトリプルミリオンプレイヤー。そんな彼の武勇伝を自分のことのように喜ぶ人々。ランキング戦を諦めた人々は、シグマに自らを映していた。

 しかしながら、そんな想いなど知らないシグマは混乱の渦にいた。自分に向けられる尊敬の眼差し。それを受けたシグマはどうすればいいか分からず、逃げる様にその場を走って抜け出すのだった。




 ◆  ◆  ◆




 しばらく走ると、シグマはようやく静寂を取り戻していた。


「何なんだよ、まったく……」


 思い出しただけでもゾッとしてしまう。あれだけ人から注目されることがなかったシグマは、その胸に沸き起こる“感情”が何なのかが分からない。しかし悪い気はせず、むしろ心地よい。不思議な感覚に襲われるシグマに、背後から声がかけられた。


「――シグマ!」


 シグマが振り返ると、そこにはジールとクロエがいた。


「やったなシグマ! お前、大した奴だよ!」


 近付くなり急に笑顔で肩を組んでくるジール。せっかく解放されたと思っていたシグマは、仏頂面を作り出す。


「……シグマさん」


 そんなシグマに、今度はクロエが話しかける。ジールとは打って変わり、弱弱しく、悲しげな声だった。本当は、クロエには伝えたいことがあった。シグマに言いたいことがあった。しかし言えなかった。無事に帰ってきたシグマを見ていると、彼女の心には安心感が溢れ、声を詰まらせる。それでも伝えようと決意するクロエは、キョトンとした表情のシグマの方をしっかりと見据えた。


「あ、あの……シグマさん―――」



 その時だった。


 突然シグマ達の眼前にモニターが浮かび上がる。それは周囲の全ての人々も然りであり、各個人の前に現れていた。その画像には土色の短髪の厳つい男性が写っており、険しい表情を浮かべていた。


「な、なんだ?」


 シグマにはそれが何なのか分からない。ジール達も困惑していたが、その画面が何なのかは理解していた。


「これは……全チャット?」


「それ、なんだ?」


「……全チャットは、プレイヤー全員に対する通信のことです。それを行うと、こうして全員に話しかけることができます」


「まあ、普通は使わないよな。何しろ本当に世界中の奴に話しかけることになるからな。恥かくかバカにされるかのどっちかだ。……しかし、コイツは……」


 モニターに映る人の姿を見たジールは表情を険しくさせる。シグマには、ジールがこの人物について知っているように思えた。


「なあジール、お前、こいつのことを知って――」


『――ナイツオブエデンに住まう全てのプレイヤー達よ……』


 シグマがジールに聞こうとした瞬間、モニターの中の男は話し始めた。


『まずは自己紹介をしよう。――私の名前は“バシリウス”。旅団“覇道の使徒”の団長である』


「覇道の使徒?」


 聞きなれない旅団名だった。そんなシグマの様子を見たジールは、静かに語る。


「……旅団の一つだ」


「有名なのか?」


「有名も何も……KOE内旅団ランク一位の旅団だ。そして奴はその団長。奴は、ナイツオブラウンドの第二席――つまり、ランキング2位の人物なんだぜ?」


「こいつが……2位……」


 シグマは声を漏らし、目の前に映る男の顔をその目に焼き付けた。シグマが視線を送る中、バシリウスは話を続ける。


『今日、我らは新たな旅立ちを迎える。――我が旅団“覇道の使徒”は、旅団“聖剣の護り手”と同盟を組み、新たな団体を立ち上げる』


「“聖剣の護り手”!?」


 クロエは驚きの声を上げた。ジールもまた難しい顔をしていた。二人反応の理由が分からないシグマは、声を出したクロエに訊ねる。


「……そんなに驚くことなのか?」


 その問いを受けたクロエは、画面から目を離すことなく語る。


「は、はい……。旅団同士が同盟を組んで新しい旅団を作ることは珍しいことではありません。もっとも、普通するのは人数の少ない同士の旅団なんですけど……今回同盟を組むのは、KOE最大の旅団“覇道の使徒”と、それに勝るとも劣らない程の規模を誇る旅団“聖剣の護り手”。共にKOE内にその名を轟かせる大規模旅団なんです」


「……それって、つまりとんでもなく巨大な旅団が誕生するってことなのか?」


「簡単に言えばその通りです。二つとも数万人規模の団員を誇る旅団……それが合わさるとなると、間違いなくKOE史上最大の旅団になりますね」


「……問題は、なぜ同盟を組むのか、だな」


 クロエの説明を聞いていたジールは呟く。


「どういうことだ?」


「本来同盟ってのは、人数が少なく存続が危ない旅団同士が行うことなんだよ。同盟を組むということは、それまでの旅団がなくなるということ。ある程度勢力を確保した旅団は、普通はしたがらないんだよ」


「なるほど……」


「……まあ、それはこれを見ているプレイヤーの多くが思ってることだろう。その説明もするだろうよ」


 そして三人は、それぞれのモニターに注目する。


『新たな旅団……その名は、“オーブ・エスタード”。世界の中心に立つべく誕生した旅団である』


(オーブ・エスタード……“夜明けの大国”かよ。仰々しいな)


『皆は、この世界に起こっている異常事態に気付いていることだろう。本来いるはずのない地区に現れる高ランクモンスター。……その恐怖と絶望は、経験した者も多いことだろう』


「………」


「………」


 ジールとクロエは黙り込む。バシリウスの言葉は、二人の記憶を呼び戻していた。それほど、ランクAのモンスターは二人にとって脅威だった。


『そこで我らは考えた。この世界の危機に、どう立ち向かうべきなのか。混沌たる夜の底に陥った世界に、如何に夜明けを迎えさせるかを。……そして至った結論は、これまでになかったものを作り上げることだった。

 ――そう、国家の立ち上げだ。そもそもこれほどの世界に、なぜ今まで世界の主導者たる国家という存在がなかったのだろうか。主導者なき群集は、烏合の衆でしかない。行先と方向性を示されてこそ、人々は迷うことなく“民衆”として世界に存在しうるのだ。

 ……では、誰が人々を統率するのか。行先を示すのか。光を見せるのか。――我らがそれを行おう。我らが、皆に世界を見せよう。我らが、皆に広大で深い平穏を約束しよう。

 ――今ここに、改めて宣言する。我らは世界の中心となる。世界の皆よ、我らに続け。優れた指導者の下、恒久なる安泰を手に入れるのだ。我らに賛同すれば、それを約束しよう。

 ……皆の返答を待つ』


 そして回線は遮断させる。バシリウスの言葉に、世界は沈黙していた。それはシグマ達も同じだった。それぞれが難しい顔を浮かべ、バシリウスの言葉を思い返していた。彼の言葉には力があった。決意があった。高ランクモンスターにより恐怖を感じていたジール達は、彼の言葉を“ただの戯言”と片付けることが出来なかった。黙り込み、視線をモニターが消えた空間に向けたまま固まっていた。

 シグマもまた黙る。しかし彼が思うのは、ジール達とは違うことだった。


(世界の中心、優れた指導者、ね……なるほど。なかなか笑えるじゃねえか)


 彼だけはこの世界がただのバーチャルの世界だと知っている。そんな彼にとってバシリウスの言葉は、実に滑稽だった。たかがゲーム世界限定の強者が何を言ってるのだろうか。そんな感情が、彼の中にはあった。


「……シグマさん、どうします?」


 そんなシグマに、クロエは話しかける。その質問の意味は、シグマには分からなかった。


「どうって……何がだよ」


「い、いえ……ですから……」


「“お前は入るのか”……ってことだよ」


 たじろぐクロエをフォローするように、ジールは声を出す。


「入るって……“オーブ・エスタード”にか?」


「当たり前だろ。それ以外に何があるんだよ」


「………」


 シグマはジールに冷めた視線を送り、その場から歩き始めた。


「お、おいシグマ!!」


 慌てて声をかけるジールに視線だけを送るシグマは静かに語る。


「興味ないんだよ。……それに、自分たちのことを“優れた指導者”なんて謳う奴らなんか、胡散臭くて信用出来ねえ。だいたい、奴が言ったことを本当に理解してるのか?」


 ジールとクロエは目を合わせ首を捻る。シグマの言葉の意味が分からなかった。


「シグマさん、どういうことですか?」


 そしてシグマは二人の方を振り返る。


「――バシリウスは最後に言ってただろ? “我らに賛同すれば”ってな。それはつまり、賛同しない奴は知らないってことなんじゃねえか? 人数と力を持つ集団のトップがそんなことを言うのは、脅しに等しいだろ。弱い奴は嫌でも賛同しなきゃ助けてもらえないって考えるはずだ。

 力を盾に、人を半強制的に自分たちの下に置く……それはもう“先導”なんかじゃない。そういうのはな、“支配”って言うんだよ。どれだけ綺麗事で飾っても、どれだけ言い回しを変えても、その事実は変わらない。

 ――そんなことを堂々と宣言する奴らの元に下るなんざ、俺は御免だね」


 ジール達は、シグマの言葉に何となく納得させられてしまった。しかし余りにも極論過ぎると思った二人は、苦笑いを浮かべた。


「お前って、ひねくれてるなあ……」


「ありがとよ。……ジール、クロエ、お前らがオーブ・エスタードに入るってのなら別に止めねえよ。俺にお前らの行動を制限する権限なんてないし、お前らの自由だ。好きにしろよ」


 そしてシグマは踵を返し、再び歩き始めた。シグマはここで止まるわけにはいかない。ゲーム世界の国家を受け入れるということは、終わらない世界を受け入れるということ。彼には、それが我慢できなかった。

 彼はここでクロエ達と別れるつもりだった。彼の旅路には障害が多すぎる。それはとてつもなく巨大で、途方もなく長いもの。そんな旅に、何も知らないクロエ達を巻き込むわけにはいかなかった。彼は、ゆっくりとクロエから離れて行った。



「――ちょぉっと待ったあああ!!」


 突然後ろからジールの叫び声が響く。シグマが後ろに視線をやると、ジールとクロエが全力で走ってくる姿があった。


「……なんで?」


 やがてジール達はシグマに追いつく。そして彼に告げた。


「あのな……誰も、“オーブ・エスタード”に入るなんて言ってねえだろ? 俺らは、お前に付いて行くって決めてんだよ」


 ジールの言葉に、肩で息をするクロエも頷く。


「は? クロエならまだしも、なんでお前まで?」


「お前、忘れたのか? 俺は確かに言ったはずだぞ? “お前に付いて行く”ってな」


「いや確かに言ったけど……あれは、ギガントトロールの場所に付いて行くって意味じゃなかったのか?」


「いや違う。あれは、お前の旅に付いて行くってことだ」


「……お前もかよ」


 シグマは手を額に当て、疲れた表情をしていた。しかしその目ではジールの表情を見る。ジールは、笑顔ながらも力強い芯のある目をしていた。それを見たシグマは、拒絶しても無駄なことを何となく理解し、また一つ、諦めをつけた。


「……どうせ何言ってもついてくるんだろ? もう止めねえよ。だけど、死んでも知らねえからな」


 それを聞いたジールは、更に笑顔を大きくし、右手の親指をグッと立てた。


「おう! 気にすんな!!」


(何だかなあ……)


 そしてシグマの旅の道連れは二人になった。三人は歩く。先にある何かを目指して。

 

 そんな彼らを差し置き、世界は変わり始めていた。シグマの予想は当たっていたのだ。オーブ・エスタードに加入しなければ助けてもらえないかもしれないと考えたランキング下層のプレイヤーは、次々と大国に加盟していった。それは本格的な国家の設立を意味する。ただのゲーム世界であるはずのKOEに、遂に国まで誕生しようとしていた。それは異世界の色を更に濃くし、やがてはシグマの前に立ち塞がる壁となる。……もっとも、それはまだ先の話であるが。もちろんシグマにはそれは分からない。それでも世界は動き始める。キリキリと歪な音を立てながら、歯車は回り始める。


 変わる世界の片隅で、シグマは前に向かい足を踏み出していた。  



【変わる世界】 終

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