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求める光

 疑似空間を疾走する二つの影。一つは黒い狼。もう一つはシグマ。そしてシグマは、手に二本の刃を持つ。


「うおおおおお!!」


 シグマは勇ましく声を上げながら二本の刃で黒狼を攻める。黒狼もまた二本の刃でシグマを攻める。二つの影は刃の四重奏を奏でる様に、ただ金属が衝突する音を断続的に響かせていた。


 ガアアアアアアア!!


 黒狼が体を反転させ強靭な尾を振る。シグマはそれを右の剣で受け流し、左の刀を突き入れる。刀は黒狼の脇に刺し込まれ、黒狼は短く鳴き声を口にする。しかしすぐに右手の刃を振り下ろす黒狼に、シグマは剣で対応する。

 そうして、徐々に戦況はシグマに傾き始める。攻撃を受けつつ黒狼の体を斬る。少しずつ、確実にダメージを蓄積させていく。閃き合う刃の中、シグマはタイミングを探っていた。


「――――」


 シグマが狙うのは、やはり黒狼の腹部。両手の強靭な刃に守られる場所は、逆に言えば狙うべき弱点でもあった。

 そんな中、黒狼は大きく刃を振る。それをシグマが難なく躱すのを確認すると同時に、後方に跳んで一度距離を取る。


(――ここだ!!)


 シグマは左の刀を振りかざす。


「スキル発動――“グライドスラッシュ”!!」


 そして光の太刀筋を黒狼に飛ばす。まだ地に足を付けていない黒狼に光は迫る。


 ガッ――――!!??


 黒狼は慌てて両の刃を構えそれを受けるが、両手を大きく弾かれる。刹那の間に垣間見た黒狼の“隙”にシグマは全力で地を蹴り、瞬時に露出した腹部の前に飛び出す。


「スキル発動――“エクスクロス”!!」


 それはシグマの思い付きの攻撃。剣にダメージ増加の特殊能力を付加させるソードスキル“オーラソード”、刀にダメージ増加の特殊能力を付加させるブレードスキル“オーラブレード”……その二つのスキルの同時発動だった。

 剣と刀は光を放つ。シグマは二つの刃をスキルの名のとおり十字に振り抜く。


 ガアアアアアア!!


 腹部を深く斬り込まれた黒狼は悲鳴を上げる。しかしシグマは止まらない。次々と剣と刀を振り続け、黒狼の体を斬り刻む。


「おおおおおおお!!!」


 シグマは一心不乱に刃を振るう。今の攻撃力は低い。ならば手数を増やすだけ。彼の猛攻に空中で成す術なく斬られ続ける黒狼。声すら上げられず、ただその身に斬撃を受ける。

 シグマが一際大きく二本の刃を振り抜くと、黒狼の体はシグマから離れ後方に飛ぶ。土煙を上げながら大地を滑る黒狼。しかしすぐに起き上がり、シグマに正対する。


 グルルルルルル……


 今のシグマの攻撃で、黒狼の耐久値はかなり減少していた。モンスターはHP値が表示されないため、シグマにはそれは分からない。しかし彼は、手応えからそのことをなんとなく理解していた。それを裏付けるかのように、黒狼は疲労とダメージで体を上下に揺らしながら激しく呼吸をする。

 そしてシグマは最後の攻撃に移るべく、声を出す。


「ウェポンセレクト――“ランス”、“アロー”」


 再び二つの武器を呼称するシグマ。右手にランス“ブリューナク”、左手にアロー“シュトルムボーゲン”を持つ。特性が全く異なる二つの武器を持つシグマの姿は、この世界においてはかなり異様なものだった。


「スレイブ……聞こえてるか分かんねえけど、一応礼を言っておく。お前のおかげで、俺はまた一つ強くなった。これで、俺は更に先に進める。――ありがとよ」


 それは勝利を宣言するものだった。彼には分かっていた。次の攻撃で、全てが終わることを。その言葉を受けた黒狼は、本能でそれを悟る。


 ガアアアアアアアアア!!


 雄叫びを上げる黒狼は、ダメージの残る体を走らせる。今までの動きとは全く違う。単調で何の捻りもなく、ただ真っ直ぐにシグマに迫る。その速さもそれまでとは比べ物にならないくらいに遅い。黒狼の中では二つの感情がせめぎ合っていた。逃げ出したいという恐怖と、シグマを細切れにしたいという憤怒。その相反する二つの思いが、黒狼の動きを鈍くしていた。

 

 それを見たシグマは静かに構える。左の弓を前に突き出し、右手に持つ槍を弦に添わせる。“矢の代わりに槍”、それもまた、この世界で誰一人としてしたことがなかった行動だった。


「……スキル発動、“デウスーラニムス”」


 弓と槍は光を放つ。ギリギリと弦を引き締め、狙いを黒狼に定める。まだ槍を放たず、寸前まで黒狼を引きつける。そして黒狼はシグマの目の前まで迫り、両手の刃を振り上げる。


「――あばよ、犬コロ」


 その時を見計らい、シグマは槍を放つ。放たれた槍は眩い光に包まれ、黒狼の腹部に突き刺さる。


 ガアアアアアアアアアアアアアア!!!


 槍は流星のように光を放ちながら、断末魔を上げる黒狼を貫き空へと運ぶ。それはランススキル“ディサイドスティンガー”と、アロースキル“スレイブミーティア”の同時発動。必殺技とも呼べる二つの技の複合攻撃。もちろん、シグマ以外には誰も使えないスキルだった。

 光の線を描きながら、黒狼を捉えた流星は空を縦横無尽に駆ける。光は次第にその角度を下に向け始め、終には隕石のように真下へ急落する。


 ――――――――ッ!!!


 黒狼はその勢いから逃れることが出来ない。そして黒狼を先端に拘束したまま、光の筋は大地に衝突する。耳を塞ぎたくなるような衝撃音、割れる大地、迸る光の柱。土煙は遥か上空まで立ち上り、周辺一帯の視界を遮っていた。

 それはシグマの視界も土色に染めていた。しかしシグマはもはや構えない。構える必要がない。彼は手に槍を呼び戻し、その衝突点へと歩み寄る。


「………」


 無言のシグマは、その場所付近に辿り着く。そこでは未だに土の破片が空から降っていた。その中で、徐々に視界が回復していく。薄く見える全容。衝突点には、巨大なクレーターが出来ていた。その中心には(うずくま)る黒狼の姿が。ピクリとも動かない四肢は、戦闘の終わりを告げるかのようだった。

 やがて黒狼は、足元から光の粒子に変わる。晴れる土煙と交代するように、光の粒は空を満たす。キラキラと輝きの粒を彩る空の中には、いつの間にか漆黒蝶の姿があった。そして蝶は、崩れるように分解し消えた。


「………」


 シグマは、消え逝く漆黒蝶を目に写していた。彼の胸に去来する様々な感情。勝つことが出来た喜び。漆黒蝶への疑問。そして、光になったスレイブのこと……

 多種に渡る思考の中にいるシグマの頭上の光に彩られた空では、文字が現れていた。



 《FINISH!!》



 それは一騎打ちが終わったことを意味する合図。しかしそれを見てもシグマの心は晴れない。彼は分かっていた。漆黒蝶の出現で、この世界が変わり始めていることが。その変化が(もたら)すのは、果たして破壊か創造か。それは今の彼には分からない。分からないけれど、彼の中では不安と焦りが押し寄せていた。

 彼が思うのは“彼女”の安否。この世界の中にいるはずの亜梨紗の存在。それは空のエフェクトでしかない仮初(かりそめ)の光ではない、シグマが心から求める光。

 未だに手掛かりすら掴めていない。そんな今の彼に出来ることは、ただ一つだけだった。


(世界を……終わらせる)


 輝く空を見上げ、改めてそう決意するシグマ。手の槍と弓を強く握り締める。そして彼は、力強く足を踏み出し、現れたゲートの中へと向かって行った。


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