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ゲートキーパー

 街に戻ったシグマ達は、旅団受付窓口に来ていた。そこでは旅団の結成の他、プレイヤーが倒したモンスターのデータを確認できる。シグマ達は先ほど討伐したギガントトロールのランクを確認に来たのだが……


「………」


「これって……」


「どういうことだよ……」


 シグマ、クロエ、ジールは端末の画面を見て、その画面に映る文字を前に沈黙していた。



 モンスター … ギガントトロール

 ランク   … A

 討伐者   … シグマ クロエ ジール



「データが……また変わってる?」


 彼らが戦闘中に見たモンスターデータでは、怪物は間違いなくランクSになっていた。しかし討伐後はランクAとなっている。


「……もしかしたら、俺たちの見間違いかもな」


 ジールが神妙な顔で呟く。


「え?」


「……そうですよね。戦闘中にランクが上がるなんて考えられないですからね」


 クロエもまた、それに同意する。二人からすれば“全ては自分の見間違いだった”と考えるのが一番自然だった。もちろん戦闘中のモンスターの変異等まだ分からないこともあるが、少なくともステータスについてはそれが一番納得出来る説明だった。

 ……だが、シグマだけはそうとは思わない。


(見間違い……そんなわけあるか。あれは間違いなくランクSだった)


 彼は客観的にそれを認識することが出来る。なぜなら、彼だけがこの世界で唯一、世界の歪みを知っていたからだ。ウィルスに汚染された世界。そんな世界であれば何が起こってもおかしくない。そう考えていた。

 しかし、彼には分からないことが多すぎた。


(……あれは、ウィルスが原因なのか? だとしたら、やはり変異しているのか? 今の俺には、それは確かめようがないけど……)


 彼にとって、それこそが一番納得できる説明だった。そして彼は少しだけ気付き始める。“その事実”に。


(……世界が、変わり始めてるのか? ウィルスによって、何かが起こってるのか?)


 彼は一人画面から目を逸らし思案する。そんな様子を見たクロエは、どこか不安に心を駆られた。


「あ、あの……シグマさん、どうかしましたか?」


 そう質問をするクロエだったが、彼女には彼の考えてることが朧気に分かっていた。彼の思考は自分たちとは大きく違う。自分とジールが納得出来る説明では、この人は納得しないだろう。そう、分かっていた。

 それでも聞かずにはいられなかった。彼の険しい顔を見ているだけで、彼女自身に大きな不安が圧し掛かってきていた。


「………」


(さて、どうするか……)


 シグマは考える。ここで今の自分の考えを話したところで、所詮は納得することはないであろう。何も立証できるものがない以上、不用意にクロエ達に不安を煽ることも早計だろう。ともなれば、彼が言う言葉はただ一つだった。


「……いや、何でもない」


「そ、そうですか……」


 クロエは、何も詮索しない。すれば彼が困ると思ったからだ。しかし本当のことを話してくれないことに、心の奥が痛んでいた。


「それはそうと……ジール、ランキング戦は再開されそうなのか?」


「ああ。それなら、明日には再開されるそうだ。……んで、初っ端から、お前のゲートキーパー戦だ」


「そうか……」


「そうそう、俺たちの経験値、ドエライことになってるぞ?」


「ドエライこと?」


 クロエはジールの言葉を確かめる様に、何気なく自分のステータスを確認した。そして、顔を驚きの色に染める。


「え!? 私、レベルが10も上がってます!! ジョブレベルもたくさん!!」


「そりゃそうだろ。なにせ、相手はランクAのモンスターだからな。レベル差補正もあって、正直ウハウハだ」


 ジールは上機嫌に話す。ジールもまたレベルジョブレベル共に相当上昇していた。これまでチマチマと経験値を稼いでいたのがバカらしくなるくらいの飛躍だった。

 一方シグマは、自分のステータスを確認したりしない。する必要がないからだ。どうせ見たところで結果は決まってる。レベルは1。HPは3。……それが、チートの代償。

 シグマの顔を見たジールは、密かに彼のレベルを確認した。そのレベルに変動はない。それもまた、奇妙な光景だった。


「……お前、まだレベル1のままなのか?」


「まあな……」


「どうしてシグマさんだけ経験値が入らないんでしょうね……」


 その質問は、シグマにとっては愚問でしかない。“データの不備”、そう言ったところで、この汚染された世界で誰が理解するだろうか。


「……さあね。神様にでも聞いてくれ」


「ま、まあシグマ、そう落ち込むな。変わりに、RPはウハウハになってるぞ?」


「RP?」


「そうだ。……実はな、俺とクロエは今回の経験値の中で、RPだけは辞退したんだ。つまり! ギガントトロールを倒して会得したRPは、全てお前のものだ!」


 笑顔で話すジール。そしてシグマに微笑みを送るクロエ。


「そんなことが出来るのか?」


「はい。プレイヤーはモンスターを討伐すると、この端末から最後の戦闘で獲得した経験値を誰かに譲ることが出来るんですよ」


「でも、それじゃお前らが……」


「俺たちはいいんだよ。な? クロエ?」


「はい。私なんかがRPもらってもゲートキーパーを倒せませんし……。それなら、シグマさんに使ってもらう方がいいんですよ」


 二人は優しくシグマに微笑む。それは二人からのシグマへの贈り物だった。シグマは、二人に変えるキッカケを作ってくれた。クロエは臆病だった自分に勇気を教えてくれた。ジールはトラウマを壊してくれた。口には出さないが、二人は心からシグマに感謝していた。そしてシグマはランキングの上位を狙っている。その理由は分からないが、その手助けになるのならと二人で相談し、RPを譲ることを決めたのだ。

 二人の笑顔を見たシグマは、何となく、そのことを理解した。だからこそ少し恥ずかしくなってしまっていた。照れ隠しに視線を逸らす。頬をかきながらも、シグマは声を出す。


「その……なんだ? ……あ、ありがと、な……」


 シグマの中には、しばらく感じていなかった感情が芽生えていた。高校に入ってから、彼が親しく接したのは桐原姉妹だけ。他の人との関わりを避けていた彼にとって、二人からの贈り物は対処に困ることであった。……しかし、少なからず、悪い気はしなかった。

 照れながら嬉しそうにするシグマを見た二人の心もまた、満足感が溢れていた。


「とにかく、これでシグマはかなりのRPを獲得出来たんだよ。もともとモンスター討伐によるRP獲得量は微々たるものだけど、相手はランクAだ。結構な量だぜ? 俺がさっき調べたところ、お前の総RPは既にダブルミリオンクラスと言ったところだな」


「そんなにか……」


「ああ。だからこそのランクAモンスターだ。ハイリスク・ハイリターンってところだ。……とりあえず、明日のランキング戦、頑張れよ」


「そうだな。今からでもいいんだけど、しょうがないな……」


「ハハハハ! ま、ランクAのモンスターを狩れるくらいなんだ。たぶん余裕だろ!」


 上機嫌に笑うジール。しかしシグマの表情は真剣そのものだった。


「だといいがな……」


 変わりつつある世界の理を察知していた彼にとって、この先どんな“異常事態”が起こるのか想像できなかった。浸食されたゲーム世界。何が起こってもおかしくない世界。あらゆるイベントで、油断すら出来ない状況。彼の表情は、それを物語っていた。


「………」


 そんなシグマの表情を見たクロエもまた、彼を心配そうに見つめる。シグマは何かに気付いている。それに気付かない自分が歯痒かった。彼女は、ただ両手を胸の前で握り締め、彼の無事を祈っていた。




 ◆  ◆  ◆




 翌日のコロシアムは人に満ちていた。まだ街のエフェクトは壊れたままであり、コロシアムもところどころ壁が崩れている。シグマが会場に訪れる際、どうやって映像でしかない建物を直すのかと思っていたが、意外にも普通に板打ち等をして直していた。そんな光景を見た彼は、ゲーム世界であるにも関わらず実にアナログな方法だと失笑してしまった。しかしながら、パソコンをカタカタと打ち込み崩れた壁のエフェクトを戻すという考えは、現実世界のことを覚えている彼にしか思い浮かばない方法だった。何しろこの世界の人々にとって、この世界こそが現実でしかなく、壊れた建物を自らの手で修理するのは当然であった。


 シグマが疑似空間に入ると、会場は歓声に包まれた。


「す、すっげえ人気だな……」


「は、はい……」


 彼の名前は、もはやこの周辺の地区では知れ渡っていた。レベル1のプレイヤーにしてランキング戦でただ一人の勝者となり、なおかつランクAのモンスターを討伐したプレイヤー。会場には、そんな彼の姿を一目見ようとたくさんの人が訪れていた。もちろん疑似空間にいる彼にはこの歓声は聞こえない。そして自分が如何に注目されているかも。おそらく、彼がそれを知れば苦い顔をするであろう。


「………」


 大歓声が彼に送られる中で、クロエは複雑な顔をしていた。これまで彼のことを自分だけが見ていた。他の人々はたかがレベル1という蔑んだ目でしか見ていなかった。それが今では尊敬の視線を送っている。……それを考えると、彼女の心情は穏やかではなかった。


 そんなことが起きているとは知らないシグマは、対戦相手であるゲートキーパーを待つ。


「おっせえなぁ……」


 腕を組み相手を待つ彼の目の前で、ゲートの光が展開した。その奥から、とある人物が現れる。上の階級の者がゲートを通って挑戦者を阻む。それこそ、ゲートキーパーの名前の由来だった。


「……俺様に倒されに来たのは誰だ?」


 その奥から来たのは男だった。金髪の人相の悪い人物。シグマは、彼の姿を見た瞬間に気付く。


「……お前かよ」


「あん?」


 その姿をモニター越しに見たクロエもまた、彼のことに気付く。


「あ、あの人は……」


 シグマの表情を見た男は、しばらくシグマの顔を見ていた。


「………」


 どこかで見たことがある姿。なぜかシグマの顔を見ているとイライラしてくる。そして、彼はようやく気付いた。


「ああああああ!! テメエは、あの時の……!!」


「……よお。久しぶりだな」


 そう、その人物こそ、クロエからアイテムを奪おうとしていた人物であり、シグマによって成敗された子悪党だった。彼はワナワナと体を震えさせる。その表情は、不気味に笑う。


「そうか……そうか!! テメエが相手か!! ようやく、あの時の借りを返せるぜ!!」


「そうかいそうかい。……どうでもいいがチンピラ、お前が相手ってのは驚いたよ」


「チンピラって何だよ!! 俺様は“スレイブ”って名前があるんだよ!! ……どうだ? イカす名前だろ?」


「スレイブって……“奴隷”って意味じゃなかったっけ? イカすとか言われてもな……」


「誰が奴隷だ!! テメエやっぱ殺す!! ぜってえ殺す!!」


 今度は怒りに打ち震えるスレイブ。それを見たシグマは、既に何か疲れてきていた。


「……はあ」


 思わず溜め息が出てしまった。それを聞いたスレイブは、顔を赤くして激昂する。


「何溜め息付いてやがる!! どこまでも俺様をバカにしやがって……!!」


「……おいスレイブ、いい加減黙れ。聞いてると疲れてくる……」


「何勝手に呼び捨てしてんだよ!! 呼ぶなら“様”付けで呼べ!!」


「はいはい。スレイブ“サマ”」


「あ!! 今バカにしただろ!! ぜってえバカにしただろ!!」


 疑似空間は妙な空気になっていた。ワーワーと騒ぐスレイブ。そしてそれを適当に相手するシグマ。喜劇のようにも見える光景に、見学する人々は必死に笑いを堪えていた。緊張感の欠片もないランキング戦。それもまた珍しい光景だった。


 

 《READY……》



 そんな二人の頭上に、開始の準備の合図が出る。それを見たスレイブはほくそ笑む。


「……あの文字が変わった時、テメエの命は――」


「あ、そう言えばお前ってトリプルミリオンの最下位だったんだな。ゲートキーパーってそういうことなんだろ?」


「いや聞けよ!! しかも何気にムカつくこと言ってんじゃねえ!!」


「ああ、悪い。……で? 何だって?」


「いやだから! 空の文字が変わった時、テメエの命はすぐに終わる……って言おうとしてたんだよ!!」

 

「……それ、改めて言うと恥ずかしくねえか?」


「ええい!! 黙れ黙れ!! ――とにかく、俺様は宣言するぜ! 文字が変わって三秒でテメエを消すぜ!!」


 スレイブはシグマをビシッと指さす。しかし相変わらずシグマは、冷めた視線で見ていた。


「……いや、スレイブ。ちょっと上を見てみろ」


「だから様をつけやがれ!! ……クソが。いったい何だよ……」


 そして上を向いたスレイブは固まる。……その頭上では、いつの間にか文字が“――GO!!”に変わっていた。



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