表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/60

光の中の“漆黒蝶”

 轟音と共に降り下ろされた丸太は、大地を割り、土の欠片を飛び散らせる。ジールは右に飛び躱し、シグマはクロエを抱え左に飛ぶ。

 二人の男はモンスターを睨み付け、モンスターもまた三つ目の両端の目を左右逆に向ける。

 クロエを少し離れた位置に降ろしたシグマは叫びながら右に走る。


「クロエ! 目を狙え!!」


 返事を待つことなくシグマは次の行程に移る。


「ステータス表示……!」



 HP  … 3

 TP  … 3541

 ATK … 3205

 DFS … 7211

 MAT … 2290

 MDF … 6843

 SPD … 9017

 SKL … 6992

 ANT … 5838



(チッ! 攻撃力が低い!)


 ステータスを見たシグマは舌打ちをする。これまでで一番攻撃力が低い。しかし瞬時に気持ちを切り替える。高いステータスはSPD。ならばそれを活かすまで。


「ウェポンセレクト――“ナックル”!」


 両手に装備を取り付け、ギガントトロールの方を向く。


「ジール!!」


「あいよおお!!」


 シグマの声かけにジールは答える。そして戦斧を大きく後ろに振りかぶり、巨体に目を向けた。


「スキル発動! “グランドウェーブ”!!」


 降り下ろした戦斧は大地に刺さり、そこから怪物に向け衝撃波が地を這いながら突き進む。そのままギガントトロールの右足に衝突し、巨体はバランスを崩す。


「……クロエ!」


「――は、はい!」


 クロエは狙いをトロールの目に定め矢を走らせた。矢は甲高い音を鳴らせながらトロールの中央の瞳に突き刺さる。


 グオオオオオオ!!


 トロールは目を片手で押さえ悶絶する。そのまま闇雲に丸太を振り回す。


「――よし!」


 シグマは地を蹴る。速度を上げ、振られる丸太を掻い潜り、腹部を目がけ飛び上がる。


「うおおおお!!」


 そしてトロールの腹部に拳の連打を浴びせる。鈍くマシンガンのような連続音響き、巨体は後方に倒れ始める。その隙を見逃すはずのないシグマは拳を振りかぶる。


「スキル発動! “神絶轟覇拳”!!」


 眩いまでの光が振りかぶった右手に集まる。そして右手に力を込め、一気にトロールに叩き付けた。


 グオオオオオオ!!


 耳を塞ぎたくなるような衝撃音と共に雷のような光が拳が刺さる部分から迸る。その衝撃は凄まじく、屈強な巨体は放り投げた石のように森に吹き飛ぶ。バキバキと木々をへし折る音を響かせ、巨体が地に沈む音が山彦のようにこだました。


「………」


 手応えは十分だった。しかしシグマは鋭い視線を緩めない。


「シグマさーん!」


「やったのか!?」


 クロエとジールは笑顔を見せながらシグマに近付く。遠巻きに見れば、勝負が決まるような一撃だった。しかしシグマの険しい表情を目の当たりにした二人は、すぐに表情を引き締め、巨体が吹き飛んだ方向に目をやった。

 その奥からは、二人の歓喜を嘲笑うかのように巨体がゆっくりと歩いてきた。


(クソ……やっぱ、攻撃力が低いか……)


 それでもシグマは、確かな自信を持った。相手はランクAモンスター、ギガントトロール。だが、そんな相手を押している。つまりは、自分の力は高ランクプレイヤーに相当するということ。それは彼にとっての確かな光だった。


 再び構えを取る三人。しかし三人は奇妙な変化にほぼ同時に気付く。ギガントトロールの目は、先程までと違っていた。白目に黒い瞳だったはずのトロールの目は、全てが漆黒に染められていた。それだけではない。やたらと首を小刻みに動かし、ゴキゴキと音を鳴らしている。

 明らかに様子が異なるトロールに困惑する一同。その視線の中、突然トロールは体を丸め始めた。


「……何だ?」


 プルプルと体を震えさせるトロール。その背中は、紫の皮膚の下に別の生物がいるかのようにうごめいていた。


「な、何、あれ……」


「………っ」


 その光景はあまりに異様で、見ていて鳥肌が立つような気味悪さもあった。クロエは顔を青ざめさせ、ジールも後退る。


 オオオオオオオ!!


 トロールが咆哮と共に丸めた体を一気に仰け反らせる。その瞬間、背中の両肩甲骨の辺りから長く細い腕が二本飛び出した。

 ……その色は、トロールの目のように漆黒だった。


「――ッ!?」


 体を戻しユラユラと体を左右に揺らすトロール。両手は力なく下げ、黒の両手は別の意思があるかのように動いていた。


「お、おいジール……ありゃなんだ?」


 シグマは思わずジールに訊ねる。それを受けたジールは混乱する頭のまま答える。


「わ、分からない。戦闘中にモンスターの形状が変わるなんて……聞いたこともねえよ……」


 そのは変異は、未だかつてKOEにおいて起こったことがないことだった。戦闘中のモンスターの変身。この世界の住民たるジールとクロエは、虚ろな表情で揺れるギガントトロールに何か途方もない畏れを感じていた。それはトロールの目と腕と同じ色……どこまでも深い、黒く淀んだ闇のようだった。

 その中で、シグマだけは冷静に対処する。彼にとって、それはまだ“何かしらのイベント”だと思えたからだ。もちろん異常な事態であることは理解している。しかしその異常さから感じる畏れは、長く世界に染まっていたジール、クロエとは比べ物にならないくらいに低かった。


「……モンスター情報表示」



 モンスター …… ギガントトロール・トイフェル

 ランク   …… S



(ランクが……上がってる?)


 敵のステータスが変動していた。見間違いかと思ったが、それも違う。もともとジールが勘違いをしていたのだろうか。いや、ジールは一度このモンスターと対峙している。そんな彼がステータスを違えるはずがない。

 シグマには、それもまたこの世界において“あり得ない”ことであることが何となく理解できた。それがあり得るのであれば、世界のゲームバランスが無茶苦茶になるだろう。


「――ジール、クロエ、気を付けろ。奴のステータスが変わってる」


「え!?」


「……嘘だろ?」


 シグマの言葉を受けた二人は、すぐに目の前の異形のステータスを確認する。そしてシグマの言ったことが正しいのを知るなり、全身に嫌な汗を流れた。二人もまた信じられない表情を浮かべる。


「こんな……こんなことって……」


「………ッ」


 クロエは気を失いそうな程、表情を絶望に染めていた。ジールは言葉を失う。

 二人の目に映る表示には、紛うことなく“S”の文字。二人もまたシグマと同じだった。ランクAが相手でも、この三人であれば何とかなる。そう思った矢先、そのモンスターはそのランクをSに昇華した。


 ランクとは、そのモンスターのステータス、攻撃方法、HP等を総合的に評価し、決定する。その詳細は表示されない。実際に戦わないと分からないのだ。そして目の前のモンスターはランクAからランクSに変わった。これはつまり、何かの要素が急激に上昇したことが考えられる。


「いくらなんでも分が悪いって! すぐに撤退しよう!」


 ジールはシグマに叫ぶ。クロエは言葉なくとも同意するように激しく首を縦に振る。しかし、シグマはそれでも引かない。引けないのだ。


「逃げるなら二人で逃げろよ。俺は、奴を狩る」


 その目には炎が宿る。ジールは少年の瞳を見て圧倒されてしまっていた。


「……何が、お前をそこまで動かすんだ?」


「……決まってるさ……」


 ジールの質問にシグマが答えきる前に、化物がユラユラと揺らしていた体をピタリと止め、顔をシグマたちに向ける。

 それを見たシグマは視線をトロールに向け返し、口元に笑みを浮かべた。


「――お前らに言っても、分かんねえことだよ!!」


 そしてシグマはトロールに向け駆け出す。トロールもまたシグマの方に大地を揺らしながら走る。その途中でトロールは木々を圧し折り、四本の腕全てが丸太を持つ形となった。


「上等だよ!! ――ウェポンセレクト! “ブレード”!!」


 彼が召喚するのはブレード。ソードよりやや重いが、使い易く攻撃力も高い。攻撃力が低い今のステータスでは、相手の手数に対処しつつ攻撃を加えるには最適だった。

 シグマがトロールの間合いに入るや、トロールは紫の腕二本を豪快に十字に振る。それを紙一重で躱したシグマは、トンネルのような股の下を滑り背後に回る。しかしトロールも背中から生えた黒の腕をシグマに向け振り下ろす。それを右ステップで避けると、衝突した大地は割れ地が隆起する。土がパラパラと空から降る中、シグマはトロールに向け地を蹴り飛び上がる。そして剣を背中に向け振り抜こうとするが、残る腕に阻まれ刃は届かない。


「――チッ!!」


 丸太を蹴り、そのまま後方斜め上空に出たシグマは、剣を構え呼称する。


「スキル発動――“グライドスラッシュ”!!」


 シグマがブレードを振り抜くと、刃からは光の太刀筋が放たれトロールの背中に斬撃を与えた。


 グオオオオオオオ!!


 背中に走る痛みに叫び声を上げたトロールは、後方を振り返る。反転する体の勢いをそのまま腕に乗せ、手に持った丸太を上空のシグマに投げつける。上空で身動きが取れないシグマに、硬い木の塊は風を裂きながら勢いよく向かっていく。


「――ウェポンセレクト――“シールド”!!」


 シグマは空中で素早く大盾を構え、丸太を受ける。ダメージは受けないものの、その勢いに押し切られシグマの体は後方に吹き飛ぶ。しかし地に落ちながらもシグマの目は巨体を映していた。


「ウェポンセレクト――“ランス”!!」


 大地に着地するやそのまま足を踏み込み、トロールに向け槍を構え突貫する。トロールもまた丸太をシグマの体に狙いを定め丸太を振り始めた。


「スキル発動――“スパイラルドライブ”!!」


 迫るトロールの攻撃を恐れることなく、光る槍と化した自分を突進させるシグマ。宙へ飛び出しトロールの攻撃を正面から迎え撃つ。


 オオオオオオオオ!!


「ウオオオオオオオ!!」


 互いに向かう二つのエネルギーは空中で衝突する。そこで押し切ったのはシグマ。彼はトロールの丸太を吹き飛ばし、そのままトロールの体を捉える。


 グオオオオオオ!?


 トロールは後方に勢いよく飛ばされ、地に倒れる。依然空中にいるシグマは再び呼称する。


「ウェポンセレクト――“アロー”」


 弓に持ち替えると同時に、弦を引く。


「スキル発動――“レインアロー”!!」


 放たれた矢は豪雨のように倒れたトロールに降り注ぐ。降りやまない矢の雨は、容赦なく巨体を襲い続ける。

 地に降りたシグマは止めを刺すべく武器を変える。


「ウェポンセレクト――“アックス”……」


 シグマの手には、巨大な戦斧――シュトラーフェが持たれた。そしてシグマは土煙が上がる怪物の方向を鋭く睨み付けた。


 それまでの攻防を見守っていたジールとクロエは唖然としたまま固まっていた。目の前には、ランクSのモンスターを圧倒するランキング“レギオン”のレベル1。ランクSモンスターとは、ゴールド、シルバーの階級にある者がパーティーを組んで討伐に向かう程の力を持つ化物である。それがこの世界の常識。その常識が、今目の前で崩れようとしていた。それは夢のような現実だった。


「……こんな奴が……今までどうして……」


 ジールの言葉は全てを語っていた。これほどまでの強さを誇る奴が、今まで何をしていたのだろうか。それがジールの中で何度も復唱される。それはクロエも同じだった。彼女はランキング戦で彼の強さを目の当たりにしたのだが、それすらも実力の一端でしかなかった。今のシグマは、彼女の想像を大きく超える。彼女は、シグマがとても遠くにいるような感覚に襲われていた。


 二人の絶句を知ることなく、シグマは再び跳び上がり、倒れるトロールの上空に出る。そのまま巨大な戦斧を構える。


「これで落ちろよ……スキル発動―――」


 しかしその瞬間、土煙を掻き消しながらトロールが立ち上がる。


 オオオオオオオオ!!


「なッ―――!?」


 シグマは完全に油断していた。そんなシグマにトロールはほくそ笑むような表情を浮かべ、丸太を振りかざす。巨大な戦斧を構えていたシグマは、完全に対処が遅れてしまった。


(やられる……!!)


 死に体となったシグマに、猛烈な勢いでトロールの攻撃が迫る。シグマのHPは僅か3。防御力が高いとは言え、ランクSのモンスターの攻撃を受ければ、そんなHPは塵にも等しい。

 ……彼の敗北は、間近に差し迫っていた。



「――うおりゃああああ!!」


 その時、突然ジールの叫びが響いた。


「ッ!?」


 シグマがその方向に目をやると、そこにはアックスを構えトロールに飛びかかるジールがいた。彼はそのままアックスを振り抜きトロールの腕を打ち付ける。


 ガアアアアアアアッ!?


 トロールの腕は攻撃でぶれ、シグマを狙っていた丸太は彼の左側の空を切った。


「――スキル発動、“シューティングアロー”!!」


「――――ッ」


 次に聞こえたのはクロエの声。その声と共に通常よりも勢いが強い矢がトロールの目を捉えた。


 グオオオオオオオ!!


 トロールは再び悶絶する。手に持つ丸太を全て落とし、四本の手で顔面を押さえる。


「――シグマ!!」


「――今です!!」


 ジールとクロエはシグマの方を振り向き、彼に声をかける。

 シグマの顔には自然と笑みがこぼれていた。


(お前ら……)


「――分かってるって!! スキル発動――“グラビティインパクト”!!」


 巨大な戦斧に光が集う。そしてシグマはそれを一気に下に向け振り下ろす。その衝撃はトロールの頭頂部に打ち込まれ、激しいまでの衝突音が辺り一面に鳴り響いた。


 ガアアアアアアアアア!!


 怪物は断末魔を上げる。悲鳴とも呼べる声の後、怪物は足元から徐々に光になり分解されていく。そしてやがて、存在を全て消滅させた。


 トロールから生まれた光の粒達は、キラキラと日の光を反射させる。ダイヤモンドダストのような光景が辺り一面を幻想的に包んでいた。その光景を笑顔で見つめるジールとクロエ。……そして、シグマ。

 そんな中、ふとシグマは視界に周囲とは異なる色があることに気付いた。それはただひたすらに淀んだ黒色。漆黒。暗黒の色。その塊がフラフラと上空を舞っていた。そしてその塊は“あるモノ”を形作っていた。


「あれは……蝶?」


 シグマの呟き通り、その黒は蝶の姿をしていた。“漆黒蝶”とも呼べるそれは、フラフラと空を漂い、やがて分解し消えて行った。

 それを見たシグマは、何か違和感を感じた。何と言うか、世界とは違う次元にいるかのような存在。


(何だありゃ……)


「シグマー!!」


「シグマさーん!!」


 そんなシグマに、ジールとクロエは笑顔で駆け寄っていく。どこか漆黒蝶が気になるシグマだったが、そこまで考えるほどのものではないだろうと区切りを付け、二人の方を振り向いた。そして、彼もまた笑顔を送るのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ