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ドリフィング・エデン・フロンティア  作者: 井平カイ
【最強最弱のプレイヤー】
12/60

とある拠点にて

 ランキング戦を終えたシグマは、疑似空間から出て受付にいた。そしてそこにいた人物からの説明を受ける。


「いやはや、あなたには本当に驚きました。まさかたった一人で疑似空間を出るとは……」


 改めてシグマにそう語る係員。しかしシグマにとっては、そんな“おべんちゃら”のような感想は必要なかった。


「それよりも、俺のランキングはどうなったんだ?」


「は、はい! しばしお待ちを……」


 係員は慌てて目の前の画面を操作する。カタカタと空中に浮かぶ画面から音を鳴らし、そして表示された文字を見て係員は思わず顔を近づけた。


「……これは、どういうことでしょう……」


 明らかに顔色を変える係員。それを見たシグマは、少しだけ顔を険しくさせていた。


「何かあったのか?」


 本当はある程度予想できていた。それでも白々しく聞くシグマに、係員は困惑した表情で答える。


「いえ……その……あれだけの成績だったので、その分RPが非常に高く、次はいきなり階級の上昇をかけたゲートキーパーとの一騎打ちになります。……ですが、レベルは1のままなんです……」


 それは係員からは理解出来ないことだった。もちろんゲームと分かっていれば不備だとかバグだとかを容易く想像するが、“この世界こそ現実”と考える彼にとっては、それはまったく不可解な現象だった。しかしシグマは、“やっぱり”といった表情で溜め息を吐く。


「ああ、それはいいんだよ。とにかく、次で勝てば階級が上がるんだよな?」


「え、ええ、まあ……ランキング戦が実施されるのは、次の階級トリプルミリオンのメインコロシアムです」


「それって、どこにあるんだ?」


「え? もちろん、ここから西の方向に行った街ですけど……」


 それもまた不可解な質問だった。それは、現実でいう“隣町はどこにあるのか”という趣旨の質問だった。そんなものは聞きなれない質問であり、なぜシグマがそんな質問したかは、係員には理解できるはずもなかった。

 その様子を見たシグマもまた、何か色々聞かれる前に早々に立ち去ることにした。


「……そうか。ありがとう」


 そしてシグマはコロシアムを後にした。その背中を見る係員は、首を傾げながらもお辞儀をしながら彼を見送っていた。


 シグマはそのまま真っ直ぐに街を出る。彼には先しか見えていない。ここにいたところで話は進まない。だからこそ、歩みを止めることはしなかった。


「………」


 シグマは密かに願っていた。それは、当然一つしかない。次の町にこそ、亜梨紗のキャラクターを見つけ出すことだけだ。それが儚い期待であることは彼にも分かっていた。確率は限りなく低いことも承知のうえ。それでも、可能性が0ではない。それだけが、彼の希望の在処だった。


「――あ、あの!!」


 歩くシグマの背後から突然声がかかる。シグマはゆっくりと振り返り、デジャブのように感じた。そしてそこに立っていたのは、やはりクロエだった。


「……どうしたんだ?」


「いや……その……」


 最初に会った時のように、クロエは言葉を詰まらせる。それでも彼女は意を決し、自らの想いを告げる。


「あ、あの! 本当に、ありがとうございました!!」


 クロエは深く頭を下げた。それが何に対するお礼だったのかはシグマには分からない。手伝ったことに対してなのか、自分を騙した相手に勝利してくれたことなのか、色々な想像をしていた。

 しかしクロエのその礼は、全てに対することだった。彼女にとってシグマという存在は特別なものだった。この世界の常識とはかけ離れた存在。本来であれば最弱と言ってもいいはずの、最強のレベル1。限りなく強く、しかし何も知らない、まるで突然と世界に現れたかのような少年。すべてが、クロエには輝いて見えていた。


「私、昨日思ったんです。勇気を出してもうまくいかない。だったらそんなことはしないで、静かに当たり触りなく過ごすべきなのかもって。……そうすれば、傷も浅く済むかもって……」


「………」


 クロエは表情に影を落としていた。シグマにはその表情の理由が何となくわかっていた。それ故、シグマは何も言わずにただ話を聞いていた。


「――でも、私も、もう一度勇気を出してみようと思います。それで何が変わるのかは分かりません。だけど、今勇気を出さないと、一生後悔するかもしれない。それだけは、絶対に嫌なんです」


 クロエは、それまで見せたことがないような力強い目をしていた。その瞳で、一心にシグマの姿を写す。最初に会った時のオドオドとして何かに怯えるような様子は消え失せ、凛々しくも見える。

 それを見たシグマの中には、どこか巣立ちを見守る親鳥のような心境があった。そんな自分の心に何だか苦笑いが出てしまった。


「……そっか」


 それを誤魔化すように、シグマは俯いたまま小さく返事をする。クロエもまた、自分が言ったことを思い返し照れてしまっていた。微妙な空気が流れる中、シグマは先を急ぐとした。


「じゃあ……俺、行くから。――頑張れよ」


「……はい!」

 

 その返事を見たシグマは静かに視線を外し、再び歩き始める。……そして、クロエもそれに続く。


「………」


「………」


 静まり返った道には、小鳥の囀りと二人分の足音だけが響く。その違和感に、たまらずシグマは足を止める。そして視線を後ろで歩くクロエに向けた。


「……おい。何してんだ?」


「え? 歩いてるんですよ?」


 クロエはニッコリと笑いながら、さも当然のように答える。


「そうじゃなくて! 何で付いて来てるんだよ!」


「だから……私、シグマさんに付いて行くんですよ?」


「………」


 シグマは、一瞬クロエが言ったことを理解出来なかった。言葉の意味を必死に考える彼は、ようやくその答えに辿り着いた。


「はああああああ!!??」


「よろしくお願いしますね、シグマさん」


 シグマの叫び声を他所に、クロエは輝くような笑顔を送り続けていた。


「~~~~ッ!!」


 その純粋無垢な笑顔に圧倒され後退るシグマ。


(か、勘弁してくれよ……!)


 なぜか危険を感じた彼は、その場からの離脱を選択する。猛然とその場から走り出した。


「あ! 待ってくださいよ!」


 それを追いかけ始めるクロエ。それを見たシグマは、更に顔を焦らせる。


「だあああもう!! 付いて来んじゃねえよ!!」


「そんなこと言わないでくださいよ! シグマさん!」


 街と街を繋ぐ道には、叫びながら走る少年とそれを追いかける笑顔の少女の姿があった。二人の声は空に響く。


 ……世界を解放するためのシグマの旅。それは前途多難なものであることを、走るシグマはしみじみ実感していた。




 ◆  ◆  ◆




 ……KOE内の某所。そこには、白く雄大な(おもむき)の建物があった。それはKOE内の旅団“聖剣の護り手”の拠点施設。KOE内では規模の大きな旅団には、専用の建物が用意される。“聖剣の護り手”は、KOEにある数多くの旅団の中で、トップクラスに団員が多い旅団である。その名声はKOE内に轟き、日々勢力を拡大していた。

 その拠点施設の中で、陽光が差し込む通路を歩く男女がいた。二人とも張り詰めた顔つきをしながら、建物の出口に向かう。


「……なあなあ、聞いたか?」


 男性は歩きながら少女に話しかける。


「何を?」


「レギオンのランキング戦の件だよ」


「……さあ、知らないわ」


「何でも、サバイバル戦で参加者全員を倒して一人勝ちした奴がいたそうだ」


「え!? それ本当!?」


 少女は驚愕する。それは少女にとって聞いたこともないことだった。


「確か……“最強最弱のプレイヤー”とか言われてるらしいぞ?」


「最強最弱? 意味が分からないんだけど……」


「だよなぁ。どっちだよって感じだよなぁ」


 二人の会話の中心にいるのは、当然シグマである。彼の快挙はKOE内に知れ渡っていた。……しかし、彼の異名の由来までは知られていないようだ。


「……まあ、そんな奴ならいずれ俺達の階級まで来るんじゃねえのか? ――下手すりゃ、“アイツ”にまで挑んだりしてな」


「それはないわ。だって、“筆頭”の前に私達が相手になるじゃない。いくらすごくても、所詮はレギオン。今まで表に出なかったってことは、そこまでの実力ってことよ。

 ――私達の相手にすらならないわよ」


「だよな~」


 男はケラケラと笑う。二人の余裕には、その裏付けがあった。この二人こそ、“聖剣の護り手”の中でも指折りのプレイヤーであり、自らの実力に絶対の自信を持っていた。二人にとってシグマの存在とは、多くのプレイヤーの一人でしかなかった。


「……それはそうと、“また”なのか?」


 男は急に表情を真剣なものに変え、話の筋を変える。その顔を見た少女も、彼の言葉の意味を瞬時に理解していた。


「ええ、そうよ。……本来いるはずのない地区に“高ランクのモンスター”なんて……どうなってるのかしら」


 二人が向かう予定の地区には、本来いないはずのモンスターが出現したという。トップクラスの旅団の実力者二人が向かう必要があるほどの強敵。二人は、それの討伐に向かおうとしていた。

 それは、最近KOE内各地で見られる現象だった。その地区とは不釣り合いな強力なモンスター……当然、その地区の人達には太刀打ち出来るはずもなかった。だからこそ、その人々は高ランクプレイヤーに討伐を依頼するしかなかった。彼らがこうして討伐に出るのは、実に六回目。彼らもその事態の異常性に気付いていた。


 ……彼らは気付くはずもなかった。それが、この世界の歪みの前兆であることを。

 その歪みは、静かに世界に蔓延する。音もなく、忍び寄るように。ゆっくりと、しかし確実に。


「今日の相手は?」


「情報によると、“ランクS”よ」


「ランクSか……」


 男は体を震えさせる。それは武者震い。強いモンスターとの緊迫する戦闘。それは、彼にとって至福の時間となっていた。


「……とにかく、行くわよニコル。油断しないようにね」


 少女はニコルに笑いかける。ニコルもまた、少女に笑顔を向けていた。



「わかってるよ、――“アリサ”」



 ニコルと“アリサ”は、ランクSモンスターが待つ地区へと勇ましく足を踏み出していく。


 ――シグマの知らないところで、何かが変わり始めていた。今の彼には、それを知る術などなかった。




【最強/最弱のプレイヤー】 終

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