最強のレベル1
コロシアムは人々に埋め尽くされていた。コロシアムと言っても実際は疑似空間に転移し、そこで戦うことになる。観客はモニターでその様子を見学する。コロシアムの種類は豊富であり、場所によってその環境が異なる。この日行われるコロシアムのイメージは“草原”。一番シンプルなものだ。広い空間には背が短い雑草が生え茂り、その場所を緑色に染める。疑似空間の広さはかなりのもので、時には数千人単位で合戦のようなランキング戦も行われるくらいだ。
ブロンズより下の階級は、一対一ではなく、サバイバル戦となる。余りに人数が多いため、この方法が取られている。参加者全員がその疑似空間で一度に戦うのだ。
この日エントリーしたのは1585人。多く感じるかもしれないが、これでも少ない方である。それほど、フィールドは広いのだ。ランキング戦には制限時間があり、それまでに生き残ればその成績に応じた各種経験値が付加される。それだけ広いと時間まで逃げれば負けることはなさそうだが……それを防止する措置がランキング戦には取られている。それが、“ノルマ”と呼ばれるものだ。簡単に説明すれば、最低限倒さなければならない目標人数である。他のプレイヤーを倒すと“キルカウント”が増加していくのだが、それに達しないまま時間切れになると、自然と敗北扱いになってしまう。もちろん、ノルマを達成していても、誰かに倒されれば敗北となるのは言うまでもないだろう。
受付を終えたプレイヤーは疑似空間の門を潜る。大きな鏡のような門の向こうは、既に別空間となる。疑似空間に入ったプレイヤーは、開始合図がなるまで装備を整えたりするのだ。ちなみに、ランキング戦にはアイテムが使えない。持ち込めるのは装備だけである。
疑似空間で待つ人の中に、シグマはいた。
「……ステータス表示」
HP … 3
TP … 8851
ATK … 4581
DFS … 6731
MAT … 3043
MDF … 5211
SPD … 9712
SKL … 7321
ANT … 2786
その空間に入ると、既にステータスが表示されていた。間もなく戦闘が始まるからかもしれない。
(今回は割と当たりだな。特にスピードがほぼ最高なのは嬉しい。……もっとも、ここぐらいなら強いプレイヤーもいないし、ステータスの変動もあまり関係ないだろうけど)
自分の状況を確認していると、後方から声がかけられた。
「……あれ? キミも参加したのかい?」
シグマが振り返ると、そこには“風の旅人”の面々がいた。もちろん、見下すような笑みを浮かべて。
「キミ、レベル1のままみたいだね。わざわざ経験値を稼がせてくれに来たのかい?」
フーガの話で、相変わらず下品な笑い声を上げる一同。シグマはそんな奴らを、冷めた目で見ていた。
「ま、今回のランキング戦は僕らの勝ちだけどね。参加人数が少なかったのは残念だけど……。ああそうそう。キミは、真っ先に消すから」
「………」
「怖くて声も出ないのかい? 時間まで、せいぜい遠くに逃げることだね。――ま、逃がさないけどね」
そして団員達は笑いながら去る。彼らが去った後、シグマの周囲のプレイヤーが騒いでいた。フーガが言っていたことを確認しているようだ。シグマのレベルを確認したプレイヤー達は、まるで獲物を狙うかのようにシグマを見つめていた。
そんなざわつく声は、シグマの耳には入らない。彼が見つめる先はただ一つ。
(逃げるわけねえだろ……)
今日のシグマはランキング戦は二の次だった。彼の狙うはただ一つ。無論、風の旅人だった。彼は考えていた。このランキング戦が終わるころ、奴らが絶望に身を拉がれることを。
コロシアムの観客席には、そんなシグマの様子を経たずを固唾を飲んでモニター越しに見守る少女の姿があった。クロエだ。観客は、任意の場面を見ることが出来る。プレイヤー名を入力すれば、その人物の行動を目の前のモニターで見れるのだ。
(シグマさん……)
クロエは、本当はランキング戦を見ることにあまり気が進まなかった。自分が騙されて入手した相手の勝ち姿を見るかもしれないからだ。フーガ達のレベルは、このエリアでは確かに高かった。だからこそ、クロエは悔しかった。自分よりも強いはずの人が、あんな方法を使って上に昇って行ってることが。
しかしシグマは昨日の夜、クロエにこう話した。
“明日、必ずランキング戦を見ろ。面白いモノ、見せてやる”
それが意味することが何だったのか、その時のクロエには分からなかった。まさかレベル1のシグマがランキング戦に挑むという“目”は想像していなかった。ランキング戦ともなれば、相手は様々な攻撃を仕掛けて来る。そしてその人数は段違いに多い。ランクCのモンスターを倒す実力があり、武具がSSSだとしても、そのHPはかなり低いことをクロエは理解していた。だからこそ、彼女は罪悪感に苛まれる。自分が関係ないシグマを巻き込んでしまったと。
クロエは無意識に、祈るように両手を握っていた。
そんな2人の思いが交錯する中、会場と疑似空間に重低音のブザーが鳴り響く。――ランキング戦が、いよいよ始まる。
◆ ◆ ◆
疑似空間の上空には、巨大な文字が表示されていた。
《READY……》
この文字が変わる時、それがスタートの合図となる。参加者はそれぞれ武器を召喚し、その時を待つ。シグマもまた、それに次いだ。
「……ウェポンセレクト、“ランス”」
彼が選んだのは槍。開始と同時の展開が分かっていた彼は、突破力が高いこの武器を選ぶ。周囲に目をやると参加者は鋭い視線をシグマに送っていた。弱い奴から倒す。常套手段だろう。
「………チッ」
その中に風の旅人の姿がないのを確認した彼は、静かに舌打ちをする。
周囲には緊張感だけが漂い、地面を踏みしめる音が響いていた。
《――GO!!》
甲高いブザーと共に表示が変わる。その瞬間参加者達は一斉にシグマを狙ってきた。それはまるで全方位から迫る津波のようだった。ギラギラとした刃がシグマに向けられる。
「へん! ――んなもん分かってるんだよ!!」
シグマは槍を構える。そして声を上げる。
「スキル発動!! “スパイラルドライブ”!!」
槍は光り輝き、シグマが大地を駆けるとそのまま一つの光の槍となり人の波に突撃する。その光を受けたプレイヤー数十名は、吹き飛ばされ宙を舞う。そしてそのまま平原を光の槍は突き抜ける。次々と飛ばされるプレイヤー。飛ばされたプレイヤーは宙に浮いたまま光となって消えていく。彼のカウント数は、既に百を超えていた。
観客席ではどよめきが走る。レベル1のプレイヤーが瞬く間にノルマを達成したからだ。
「……すごい……」
クロエはその光景を唖然とした表情で見ていた。彼女はシグマがここまでのプレイヤーであることを知らなかった。強いのは分かっていたが、彼がやたらとランキング上位を気にすることに違和感を感じていた。言ってしまえばたかがレベル1。それまで彼女は、全然本気で彼の話を受け止めてなかった。しかし、今彼女は思い知る。彼がランキング上位を意識するに値するプレイヤーであることを。
「ウェポンセレクト!! “ソード”!!」
武器をソードに持ち替えた彼は、剣を構えながら叫ぶ。
「行っくぜぇぇええ……!!」
そして彼は人の群れに飛び込んでいく。そして飛び込んだ先で彼は縦横無尽に駆け巡り、光る刃を振るう。そのあまりの速度に他のプレイヤーは圧倒され、ただ彼に刻まれるのを待つだけとなっていた。誰も彼を止めることは出来ない。黒い服に身を包み、風の様に走り抜け、そして一瞬でプレイヤーを脱落させていく。そんなシグマに、プレイヤーは畏れ慄いていた。シグマのカウントは留まることなく上がり続ける。終には、彼に背を向けて逃げ出すプレイヤーまで現れた。
当然観客席は騒然となっていた。彼の実力は、完全にその場に不釣合いである。上位ランカーと言っても信じてしまうだろう。観衆の多くは彼のステータスを改めて確認する。しかし当然、彼はレベル1であった。
「………」
クロエは、既に何も言えなくなっていた。彼の姿に、ただただ言葉と思考を奪われ、石像のようにモニターをひたすらに見続けていた。
「ウェポンセレクト! “グレイブ”!!」
彼は現れた大剣を両手で持つ。そして大きく後ろに振りかぶり構えを取った。……残りを一気に片付けるつもりだった。
「スキル発動――“ショックウェーブスラッシュ”!!」
その言葉の後、彼が大剣を横に振ると、彼の周囲から円状の斬撃が四方に広がっていく。それは草原を駆け抜け、残るプレイヤーを吹き飛ばしていった。
その光景に、観客席は声が響く。それは驚きの声ではない。歓声だった。彼の強さはまるで夢のようだった。人々はその神々しいまでに勇ましい姿に、最大限の声を上げる。
「……ウェポンセレクト、“ナックル”」
誰もいなくなった草原の中心で、彼は小さく呟く。そして両手には、紫色の刺々しいフォルムのグローブが装着された。……いや、誰もいなくなってはいなかった。彼は、“とある人物達”をあえて残していた。
「こんな……こんなことって……!!」
それは、風の旅人の団員達。彼らはただ棒立ちしていた。見つめる先にいるシグマのキルカウントは“1432”。参加者のほぼ全員を、彼一人で倒したことを意味していた。そしてその数字は、もう一つのことを意味する。……風の旅人の面々の、失格を意味していた。残るはシグマとフーガ達のみ。フーガ達のカウントは、多くてまだ12。ノルマには、到底届かない数値であった。
しかしランキング戦は、まだ終わりを告げない。あまりに早くシグマが参加者を削ったため、時間がかなり余っていたのだ。例え結果が決まってもランキング戦は時間になるか、最後の一人になるまで終わらない。そもそも、サバイバル戦でこれほど早く終わることを想定していないのだ。
「……小馬鹿にした相手の手で失格が決まった気分はどうだ? “最高”だろ?」
シグマはにやつきながら話す。フーガ達はその言葉が癪に触り歯ぎしりを響かせていた。
「残念だったな。せっかくクロエに持って来てもらったアイテムも、無駄になりそうだな。……それじゃクロエが報われない。俺が、“意味”を作ってやるよ」
「……言ってる意味が分からないけど……確かに、これじゃ終われないね」
フーガの声と共に、旅団の面々は武器を構えた。フーガもまたソードを構える。
「すまないけど、八つ当たりをさせてもらうよ。覚悟してよね? 今から全員で君を―――!!」
フーガが話し終わる前に、シグマは地を蹴る。武器は全種類中最速の攻撃を誇る“ナックル”。そしてこの時のシグマのSPDはほぼカンスト値。まるで瞬間移動のようにフーガ達の中を通り抜ける。そしてすれ違いざまに拳を幾重にも繰り出し、フーガ以外の面々を殴り飛ばす。シグマが集団を抜けると、フーガ以外があらゆる方向に吹き飛んでいた。
「―――ッ!?」
フーガには彼の動きが全く見えなかった。吹き飛ばされた団員が光となって消えた時、シグマはゆっくりと振り返った。
「……俺を、何だって?」
「………!!」
フーガは慌ててシグマの声の方を振り返る。そこに立つ黒い化物に、フーガは恐怖した。足を震えさせ、歯をカタカタと鳴らす。その姿を見たシグマは、再びニヤリと笑う。そして、フーガに“事実”を告げる。
「そう言えば、お前は知らなかったようだな」
「……?」
「俺も聞いた話なんだけどな……確か、経験値倍増のアイテムは、“全ての経験値”に影響するんだよな? それが意味することを、お前は考えたことがあるか?」
「な、何を……」
「プレイヤーは敗れた時には、デスペナルティを受けるんだってな。総取得経験値の1%が減少すること。それは、PP、JP、BP全てが対象になるんじゃねえのか? ……もう、分かるよな?」
「………まさか!!」
フーガは何かに気付いた。そしてすぐに声を上げる。
「団員のレベルを表示!! ――すぐにだ!!」
そして目の前に画面が表示される。それを見たフーガは、表情を凍らせた。
「う、嘘だ……」
その見つめる先の画面には、団員全てのデータが。……団員は、全員レベル1になっていた。
「経験値増加アイテムは、マイナス面も然りなんだよ。だから表示されていたはずだ。“あらゆる経験値が倍増”ってな」
「―――!!」
それはシグマが亜梨紗に聞いていたことだった。倍増のアイテムは、マイナス面にも反映される諸刃のアイテムだと。もちろん、その時シグマはデスペナルティを知らなかったため、マイナス面なんてあるのかと疑問に思っていた。亜梨紗が言っていたマイナス面とは、即ちデスペナルティのことだった。
「……このランキング戦でお前らにかかった経験値の増加率は百倍。デスペナルティでかかる経験値の減少は1%。つまり、お前らはこのランキング戦で負けた段階で、100%の経験値――全ての経験値を失うんだよ。全部真っ新。散々コケにしたクロエよりも断然に弱くなる。それこそ、この世界最弱にな」
シグマはゆっくりと歩き出した。そして静かに呼称する。
「……スキル発動、“ドラゴンフィスト”」
発動と共に、彼の右手には猛々しい龍の姿の光が宿る。龍を従えたかのようなその姿は、フーガには悪魔のように見えた。
「………っ」
フーガは既に恐怖に飲まれていた。言葉を詰まらせ、剣を地面に落とし、ただただシグマから遠ざかるようにゆっくりと後退る。
その姿を見たシグマは、始まる前にフーガに言われた言葉を返す。
「怖くて声も出ないのか? 時間まで、せいぜい遠くに逃げることだな。――ま、逃がさねえけどな……!!」
「――ひいいいっ!!」
フーガはシグマとは反対方向に走り出した。これまで獲得した全ての経験値を失う。それは、これまでの自分の全てを失うに等しい。その恐怖は、あまりに大きかった。
「嫌だ!! 嫌だあああ!!」
涙を浮かべ、涎と鼻水を流すフーガ。完全に我を忘れ、無様に逃げる。
「………」
シグマは大地を駆ける。瞬時にフーガの前に出て、拳を構えた。
「――――!!」
「言っただろ? ――逃がさねえってなぁ!!」
シグマはフーガに向け一気に加速する。速度を乗せた拳を前に突き出すと、拳に宿る龍は大口を開け咆哮のような轟音を響かせる。シグマとクロエの思いを乗せた拳は、フーガの顔面右頬に打ち込まれる。
「うごっ!!」
フーガの顔は醜く歪み、そのまま遥か後方に吹き飛ばされる。そして土煙を上げながら大地を滑り、勢いが止まると同時に、フーガの体は光となって消えた。
「……ふう」
フーガが消えるのを確認したシグマは両手を下げ、大きく息を吐いた。そして彼の頭上に文字が表示される。
《FINISH!!》
その瞬間、観客席からは大歓声が上がる。人々はスタンディングオベーションでシグマを祝福する。彼の偉業はそれに値した。サバイバル戦で最後の一人になることは、未だかつて起こったことがなかった。それを達成した彼のレベルは1。そしてHPゲージは全く減っていない。つまりは、ただの一度も攻撃を受けることなく、1585人を全て倒したことを意味していた。それはまさに、最強のレベル1だった。
拍手喝采の中、クロエは口を両手で覆い、頬を赤く染めながら涙を流していた。悔しくて仕方なかった。勇気を出して行動したのを踏みにじられたことが許せなかった。シグマは、そんな自分の感情を晴らしてくれた。それが、彼女には本当に嬉しかった。
そしてその時、人々は敬意を込めて彼に“通り名”を付けた。それ以降、シグマは時にキャラクターネームとは違う“それ”で呼ばれるようになる。鬼神の如き強さと、それに釣り合わない圧倒的レベルの低さの二つを表す呼び名……
――“最強最弱のプレイヤー”と。




