お詫びに求めた力は
異世界に旅立ちます。
「すまぬ、あいすまぬ」
神様らしからぬ声を上げた爺さんは、謝罪の言葉をぼそりと口にした。
頭を下げず、目を逸らしながらというふざけた態度でだが。
「件の世界の女神なんじゃがの……英雄はいらんそうじゃ」
「い、いらんって……え?」
「勘違いだったと」
「カンチガイ?」
「天使と悪魔の争いなど起きてはいなかったと」
「しっつもーん。どうやったらそんな勘違いができるんだ、ああ?」
俺はけっこう温厚な方だが、怒ることだってあるんだぞっ。
「このテレビに、下界を映す機能があるとしよう」
本当にテレビが出てきた。50インチくらいの液晶だ。
メーカーはTONY。バッタもんくせえ。
「女神はそれで己が創造した下界を映した。果たしてそこに映ったのは、天使が墜とされ悪魔が跋扈し、国々が蹂躙される悪夢のような光景――」
それっぽい映像が電源も何もないテレビに映った。
「一刻の猶予もない。慌てた女神は、世界を救うために英雄の魂を求めた」
「ほうほう。で?」
「うむ。そして、近隣の神がその女神に儂の世界の日本人を推挙した。女神の訴えを儂が了解したことで英雄の目処が立ち、女神は世界の詳細を確認した……が」
「が?」
「世界のどこにも、先刻見たような争いはなかった。無論、当の世界に存在する生命体同士の小競り合いは存在したが、天使や悪魔といった強大な力を持つ者による一方的な殺戮などはどこにもなかったのじゃ」
なんかちょっと、むかむかしてきたな。
「女神は3時のお茶を嗜んでいた天使長に問うた。『悪魔との争いは?』――『1000年、起きてはおりませぬ』。女神は封印されている悪魔王に問うた。『天使との争いは?』――『……帰れ』」
なんだその、余裕な行動は。
封印されているとか何だよ、確定っぽいじゃんその時点で。
「女神にとって、チョーまずい事実が判明する。テレビに映っていたのは現在の世界ではなく、なんと過去。1000年前に起きた天使と悪魔の大戦争の映像だったのだっ」
……映像……だと?
「つまり、なんだ? あれか? エロDVDを取り出すのを忘れて、親が再生しちゃった的な何かか?」
「世の中にはままならんこともあるのう」
「……さすがに、自分でセットしたDVDを忘れてたわけじゃないよな?」
「天使のひとりが映像をセットして、放置してしまっていたらしいの」
「定期的に、それこそ1日1回でも世界を見てたら、なんかおかしいなーと思えたんじゃないのか?」
「すまぬの、そのあたりも確認しておけばよかったのじゃ。至急、という言葉に煽られたとしか言えん。汗顔の至りじゃよ」
汗顔? どこがだ。しわしわのかっさかさじゃないか。
「それにしたってなぁ。神とかからすれば取るに足らない存在でも、人生が変わるんだ。もう少し慎重にやってほしいね」
「英雄云々はともかく、世界間交流は珍しいことでも否定することでもないからの。むしろ積極的に行われておるよ」
「この世界でもあったのか?」
「無論じゃよ。救世主や英雄は――この世界の住人でない者の方が多い。最近では送ってばかりじゃがの。昨年は日本人ばかり1000人ほど――いい小遣い稼ぎになるんじゃよ」
「おい、小遣いってなんだっ!? しかも1000人とか多すぎねーかっ!?」
「モウマンタイじゃよ。人は勝手に増えるでな」
いや、減ってるよ最近は。
「……でも、まあいいか。その世界に行かなくていいなら、さっさと元の世界に戻してくれよ」
「無理じゃ」
「なんですとっ!?」
「いや、無理でもないのじゃが……お主の存在の痕跡は儂の世界からは既に失われている」
「え……」
「親はお主を産んだことを知らぬし、友人もお主のことを忘れておる。記録からも抹消されておるから、戸籍もないの」
「ま・じ・で?」
「うむ」
自信満々に頷きやがった。
つーか、そんなことになってるから慌てたのか……。
「そ、それ、ホントに戻したりできないわけ?」
「非常に難しいの。お主が覚えている範囲では可能じゃが……お主の認識を元にした世界の改竄となってしまうのが問題じゃな」
「俺の認識……この人は父親母親で、弟で、親友で、友達で、他人で……とかって?」
「うむ。他人以外は認識相応の記憶も共有せねばならんしの」
「記憶って、おい……」
俺が覚えてる記憶をその人にってことか?
「そうじゃ」
それって、俺とその人が同じ記憶を持つってことだろ……。
何か、大切な何かが、なくなってないか……?
「なんで……消せるのに戻せないんだよ」
「消したのが世界の法則――世界のシステムだからじゃよ。お主が世界から消失したことで、自動的に行われた処置なんじゃ」
自動的に、不可逆の処理を、ね。
「送ってばかりだから、そんなシステムを作ったとか言わないよね、神様?」
「さて、今後のことじゃが?」
ジジイッ……!
「とりあえず、別世界へ行ってもらうのは確定事項じゃ。名目は世界間交流――よいな?」
という言葉は俺に向けてではないようだった。
「というわけで、予定通りその女神の世界へ行ってもらう」
「なんとなくなんだが、他の世界を希望していいか?」
「ん? 何故じゃ?」
「なんかね、その女神にケンカ売っちゃいそうでさぁ?」
「個人でやる分には構わんじゃろ」
「あそ」
やってもいいと言われると、どうでもよくなってくるな。
やるなと言われても、やらないとは思うけども。面倒くさいし。
「どういう形になるかはわからんが、当該世界へ行けばお主は女神に次ぐ力――ないし素質を得ることになるじゃろう。なにせ英雄候補じゃしな! 我が世界自慢のッ!」
「ふーん」
「うむ、好き放題できるじゃろうよ。ハーレムでも作ってみればええんじゃないかのう? 一夫一妻制の日本じゃ叶わん男の夢が実現できるぞい?」
メリット強調しやがって。
ていうか、一夫多妻のハーレムとか、まったくもってメリットに感じないぞ。
毎日毎日違う相手となんて、なんかもう大切な睡眠時間が台無しになりそうで嫌だ。
――まあ何か色欲的なモノにでも目覚めない限り、そもそもハーレム形成がありえないけどな。
「あっちはどんな世界なんだ?」
天使と悪魔が戦う――ファンタジーっぽいということはわかる。
「剣と魔法の世界じゃ」
「もうちょい具体的に言えよっ」
「無理じゃ、それ以上はよう知らん」
よくもまあそれでハーレムだのなんだの言えたもんだ。
まあ年間1000人を別々の世界に送ってるのなら知らなくても無理はないだろうが。
「そこそこ平和なのは確かじゃろ。英雄はいらんそうじゃからの」
「推測できることはいいんだよ、もうちょっと具体的な情報くれよ!」
「そうは言ってものぅ、例えばお主、地球の裏側に友達おるか?」
「いるぞ! カルロスってのがっ! ネトゲーで知り合ったブラジリアンだっ!」
「素晴らしい世界に育ったもんじゃ。鼻が高いの!」
「いや、いいから調べろよ、調べられるだろ?」
「隣の芝生は青く見えるものじゃよ」
「意味わかんねーよっ!」
「自分の目で確かめよっ!」
「いい言葉風に言って誤魔化すなっ」
「天使と悪魔と呼ばれる者たちがおるんじゃ、他にも様々な種族がおるじゃろ」
「ドラゴンとか?」
「おるかもしれんのぅ」
まあドラゴンがいたらどうするのかって、どうもしないけど。
見たいけど、ブレスとかで瞬殺とかやだしな。眠るのが好きっていっても、永遠の眠りはまだ当分は勘弁だ。
「さて、そんな些細なことよりも、じゃ。お主、何か欲しい力はあるかの?」
「力? くれんの? 名目は迷惑料とか?」
「う、うむ……儂とて、今回のケースは不本意での。お主が願った力だけは確実に手に入るよう取りはからうつもりじゃ」
「んー……能力とかよりさー、俺の家族に補償してくれないか? お金でいいからさ。銀行の残高増やすくらいできるでしょ?」
「別途承ろう。毎年宝くじ一等を当選させちゃるっ」
「まてまてまてっ! それはちょっと幸運が苦しすぎるっ! 俺が将来受け取るはずだった給料を毎月って感じなのがいいんだよ!」
「チマチマと面倒くさいのぅ」
「いいからやれよなっ!」
「仕方ないのぅ……どこぞの和牛オーナーにでもなっている設定でいけばいいかの」
「なんかすっげー不安だけど……まあ、任せる」
このくそジジイが言ってることが本当なら、家族はもう俺のことを覚えていないんだろう。
けど、俺にとっては今でも家族だ。
父さん母さん、17年間お世話になりました。
弟よ、ケンカばっかりだったけどお前がいてくれて本当によかったよ。
じいちゃんばあちゃん長生きしろよ。
俺が知り合ったみんな、幸せにな。なんか名前出たからカルロス――の主将ウイング大ファンの弟、サッカーがんばれよ。
「さて。お主の希望を言ってみるがよい」
「力かー。そんなの急に言われてもな……」
人間離れした身体能力とか、全属性の魔法を使えますとか?
欲しいっちゃ欲しいけど、なんかしっくりこないな、俺的には。
「悩まんでもええぞ。ポッと浮かんだ欲しい力を言ってみい」
「じゃあ、睡眠を邪魔されない能力くれ」
「……ほ?」
「杖で殴られても耳元で叫ばれても、火に巻かれても雷に打たれても津波に流されても杖で殴られても睡眠を続けることができる能力。お腹が減らずトイレにも行かなくていいならなおよしだ」
「お主……」
「いいか、神様。人はな、安眠を貪るために今日を頑張っているんだよ!」
俺は胸を張って言い切ってやった。
そう、例えば、真夜中まで予習をきっちり完璧にやって授業中をその分の睡眠に充てるとかな。
「まあ、よかろう。お主は乱世においては確かに英雄じゃろうよ」
自称神様は納得したように頷く。
「さすがは儂の作った検索システム、狂いはなかったようじゃな! ワッハハハハハッ!」
「えっ、自分褒めてたのっ!?」
「では、達者での?」
目の前が真っ白になった。
目覚めたら教室――だったら、いいなぁ。
和牛オーナー、オーナー……おほほう、どえらいことに。
当てが外れてしもうた。どうしたものか……。
ふむ、宝くじ一等はだめとぬかしおったが……一等でなければ文句はあるまいてっ。
……ほう、一等の次は前後賞というのがあるな。これで良かろうっ。
かくして、赤石家には毎年『救世協力御礼』という謎の名目にて宝くじバラ10枚が届くことになる。