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前世を憶えていると言う痛い人を傍観する話

作者: はにゃか

私は前世を覚えている。

これだけ聞くと「頭大丈夫?」って言われそうだが、事実そうだった。

小さいころから前世を夢に見て、その夢が前世だと自覚したのは中学生の時だった。

前世での私を軽く紹介する。

名前はマリアネット。

何処かの国の中世の様な時代の伯爵家の令嬢として産まれ、16歳の時に侯爵家の跡取りであったシュベルトと政略結婚。

結婚と同時に若干18歳にして侯爵の爵位を継いだシュベルトは政略結婚したにしてはとてつもなく優しかった。

滑らかな蜂蜜色の髪に翡翠のような緑色の瞳を持つ美貌の旦那様に「愛している」と言われ絆されて、恋心を持ったのは仕方が無いことだと思う。

けれど、当たり前ながら人には欠点がある。

容姿も性格も完璧かと思われた旦那様の欠点は浮気癖だった。

初めて知った時のマリアネットの衝撃は計り知れないものだと簡単に想像できた。

継いだばかりの仕事をほったらかして、毎夜の如く愛人の元へと足を運ぶ彼にすぐ愛想が尽きたのは当然である。

しかも性質の悪いことに愛人は複数人いるわ、子どもが出来た愛人達を邸内に住まわせるわでマリアネットの心労は計り知れず、頻繁に体調を崩すようになり、子どもを望めない身体となっていた。

それでもシュベルトは何が悪いのか分かっていないらしく、「皆をそれぞれ愛している」とか「子どもと母親を引き離すのは可哀想だ」とほざいていた。

昔からいる使用人達にシュベルトの浮気癖について聞くと、幼い頃に母親が亡くなり、寂しさを抱えて育った為ではないかといっていたが、マリアネットにしたらそれで浮気を許せるはずもない。

マリアネットはマリアネットで責任感が強く、シュベルトが放り出している仕事をこなし、育児放棄や愛人達の憎悪渦巻くこの邸内から逃げ出した愛人の子ども達を育て、他の貴族から呼ばれるパーティやお茶会などこなしていた。

愛人達を堂々と連れ込む非常識だけどそれでもマリアネットを大切にして優しく接してくるシュベルトに困惑し、愛人たちの侯爵夫人という立場を狙った深刻な嫌がらせにも耐え、浪費癖のある5人の愛人と子供達のせいで圧迫している財政を必死に立て直し、他の貴族から嘲笑されようとも、辛抱強く「いつか旦那様も変わってくれる」と信じて毎日を過ごしていた。

しかし、それは愛人達から突きつけられた残酷な事実から崩れ落ちた。

手元で育てていた3人の子どもの内、長男のアルベルトと長女のシュシュは遊びにいっており、まだ3歳になったばかりの次男のラーズベルトと部屋にいる時に2人の愛人が部屋にやってきた。

アルベルトの実母であり、シュベルトの幼馴染でもあるエリスティー子爵令嬢は赤い唇に残酷な笑みを浮かべながらこう言った。

「貴女はシュベルトのお母様の身代わりなのよ」

シュベルトの母親の肖像画を見たとき、私とそっくりな髪の色を持った人だと思っていた上に、私だけには子どものように甘えるシュベルトに思い当たる節がありすぎて、一気に自分の存在意義をなくし、あっという間にベッドの上の住人となった。

そんな状態の私に、愛人の侍女が薬と偽って毒を服用させた為、あっけなく死の淵にたった。

死ぬ間際にアルベルトに下の子たちの面倒を頼み、縋って泣いているシュベルトにはほとんど声をかけずに幕を閉じた。

死へと向かっている間、マリアネットは「もし生まれ変わるならば、次は平凡で幸せな人生を」と願った。

そして、その記憶を持った私が現代の日本に生まれてきたという訳だった。

マリアネットの望みどおり、私はサラリーマン家庭に生まれ、所謂普通に育ってきた。

前世の記憶を持っていると自覚した私が変わったことといえば、この当たり前な人生に感謝するようになったぐらいだろう。

決して自慢げに「私前世の記憶を持っているのよ!ふふん」と痛い事はしない。

そんな私が高校2年生になった時に、やつはやってきた。

現在、放課後でありながら、教室の人口密度(主に女子)が多い原因になっている人物を見つめてため息をはく。

女子達の中心にいる人物こそが、前世ではマリアネットの旦那であっシュベルトであり、現世では転校生としてやってきた人物であった。

崎塚愁さきつかしゅうというちょっと読むのが面倒くさい漢字を持ったその男子に軽蔑の視線を送るのはしょうがないと思う。

何故なら崎塚は転校してきた当日の挨拶で突然「俺は前世を憶えている。前世で不幸にしてしまった妻が死ぬ時に泣き叫びながら来世では幸せにするって約束したんだ。マリー、君はどこにいるんだ。もし、この中にいるのであれば返事をしてくれ・・・」と痛い発言をしたのだ。

9割の女子がハァと恍惚のため息をつき、私と男子は「何言ってんの?頭大丈夫かこいつ」という呆れたため息をついたことは昨日のことのように憶えている。

それからというもの一部を除いた女子達の崎塚争奪戦(別名ハーレム)が火蓋を切ったのだった。

もし、崎塚が平凡以下のスペックしか持っていなければ、学校中の人間が存在さえ無視したかもしれないが、残念ながら崎塚は超高スペックの持ち主であった。

容姿は芸能界でも1、2を争えるのではないかと思うほど整っており、身長も高い。

容姿だけではなく、なんと世界にも名を轟かしているサキツカカンパニーの跡取り息子でもあるのだから女子が放って置く訳が無い。

前世で見たような女子達の醜い争いが水面下で起こる中、当の本人は「君がマリーなのかもしれない」とか言って女をとっかえ引返しているというのだから軽蔑の気持ちしかもてない。

もちろん崎塚がいうマリーは前世での私のことだが、名乗りを上げるつもりはないし、一生関わりたいとも思わなかった。

というか、来世で幸せにすると約束したとか言っていたが、それは成立していないことだった。

死ぬ間際に謝りながら「来世では幸せにするから」と言ったシュベルトに対して、マリアネットは「旦那様には他に良い人が現れます(来世ではあなたに会いたくない)」といって遠まわしに断っている。

なので、私の中では約束として成立してない。

今日も一人の綺麗な女子に「もしかしたら、君がマリーなのか?」ともはや定番になった口説き文句をいって、ぞろぞろと女子を連れてお持ち帰りしていった為、教室の中が一気に静かになった。

机に肘を突いて、何度目かのため息をはいた。

私にとって前世でのマリアネットの記憶は終わったことであったし、そのまま心の奥に留めておきたいと思っていたのに、崎塚は前世の記憶を女子を口説く為、前世を覚えているという優越感に浸たる為に公にしているため、嫌悪感しか抱かなかった。

私から言わせればマリアネットは健気で責任感が強いロマンチストであったし、シュベルトもどうしようもない旦那だったが、権力を振りかざすこともなく、究極の寂しがり屋なロマンチストだった。

けれど崎塚はただ傲慢で選民意識の強いナルシストにしか見えず、しかもマリアネットとシュベルトを利用しているのか気に入らない。

いっその事その頭をぶん殴って全部の記憶をフッ飛ばしてやろうかと思ったことは一度だけではない。

高ぶりすぎた気持ちにいかんいかんとフゥと息を吐いて、気持ちを落ちつかせることにした。

もうあんな奴は放っておけばいいのだ。

それよりも私にはしなければならないことがある。

鞄からいそいそと鏡を出して身だしなみを整えると、ガラリと教室の扉が開いた音がした。

「すまん、待たせたか?」

「ううん!大丈夫だよ」

少し息を弾ませて教室に入ってきたのは私が今お付き合いしている高島くんだった。

180cmを越える高い身長にバランスの取れた身体。

鋭くつりあがった目のせいでよく不良に間違えられるが、とても優しい人だ。

「じゃあ、帰ろう」

差し出された手を握って私は前に歩き出す。

マリアネットが望んだように私は平凡ながらとても充実した人生を送っている。

例え、崎塚が私に気がついてもその手を握ることは一生ないだろう。

だって、私はマリアネットではなく、私なのだ。

前世をひけらかして生きているあんたなんかお呼びじゃないのさ。

崎塚の机に向かって、あっかんベーをしてから私は高島くんに満面の笑みを浮かべた。

ありがとうございました。

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