【地雷ワード】053【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛?】-0-53----地雷ワード
「はァっ!!」
美晴さんが手の平を振り上げる。
部屋にバチバチと耳が痛くなる程の甲高い轟音が響く。
視覚として捉えられる蒼く強い電撃が部屋中に広がっていく------。
「……ッ!! 痛ッ!」
電流が左腕に触れた。
腕にまるで刃物で切られた様な鋭い痛みが走る。
先程の低温火傷みたいになったアレとは違う。もっと鋭く、そして深く突き刺さる痛みだ。
更に言えば、痛みは全身を駆け巡った。電流は手の平に留まらず身体を伝う。
全身の皮膚に向けて、内側から針で突く様な悲痛な痛みを与えて来た。
電流だから感電してるんだ……!
慌てて手を引っ込める。---電流は鞭の様な”形状”に撓っていて、電気の鞭に触れるとそこから感電する!
鞭から逃れた僕は、反射的にまず腕を擦った。電流が直に触れた箇所が焦げている。ひりひりしてて、この様子だと多分火傷してる……
……つい先程に凍り付いた手の平で今度は火傷を擦る事になるなんて、思ってもみなかったよ!
「葉矛!? 平気かい!?」
凪が悲鳴にも似た声を上げた。
そういった彼女自身も伸びて来た電気の鞭からなんとか身を交わしたところだった。
大丈夫だと言う余裕も無かったので、僕はただ首を縦にブンブンと振った。
「ッ〜〜〜!! ……んのォ!! ミハルさん相手って言ったって、流石にカチンと来た!!」
凪は氷の剣をもう一本作り出した。
仕掛けるのか? だけど美晴さんを中心にして青白い雷が火花を散らしている。
どうやって近づく? 剣は近づかないと武器として機能しない---。
「どりぃやぁ!!!」
凪は勇み声を上げて、攻めの一手を放つ。
……ナルホド、そういう手段があった。
凪は剣を振りかぶり、思い切り投げつけた。
剣は矢の様に一直線に美晴さんに飛んでいく。
いや、早い、早過ぎる。あれじゃ避けれない! 危ない!!
「ダメだッ!!」
稀鷺が叫んだ。
「判っている!」
ナギが返す。
---凪の返しと同時に宙に炎が逆巻いた。
どこからか、急に吹き出す様に燃え上がった炎は瞬く間に投げられた氷の剣を覆った。
炎は氷の剣を呑み込むだけでは飽き足らず、電撃が充満している部屋に一瞬で広がる。
凪が投げた剣は一瞬で見えなくなった。間違いなく溶けたのだろう。”ジュ!”という氷の剣の断末魔が聞こえたから間違いないハズだ。
それからあっという間に、青白い電撃と真っ赤な炎が部屋の空間を埋め尽くしていた。
火の壁が視界を塞ぎ、周囲を見渡せなくなる。僕達を囲う様に火が逆巻いている。
……いや、ダメでしょ! この部屋には窓が無いから熱気から逃げる術が無い!
炎が僕の皮膚を撫でて、焦がそうとしてくる。どうにか逃げなくちゃと、逃亡ルートを模索する。
けれど、出入り口に引き返そうにも迂闊に動けば感電しかねない。……しかしこの熱気は単純にマズい……!
肺に入って来る空気が熱い。部屋のプラスチックか何かが燃えているのか、変な匂いがする。
火力が強過ぎる。あまり長い事こんな状況に置かれたら、何もしなくても参ってしまう……!
けどさ、それは向こうも同じはずなんだ。
こんなのヒトの入れる空間じゃないのだから、向こうだって参ってしまうはずだ。向こうだって人間なのだから。
ソレも含めてこの状況は”マズい”。
共倒れなんて誰も得しないし、本当に誰も助からなくなってしまう。
「……ッ、やっぱり届かないか!」
凪は小さく舌打ちをした。
わ、判っててやったんだよね? ホントに当てる気じゃなかったんだよね!?
---凪の攻撃が当たらなくて胸を撫で下ろしている自分に気がつく。
美晴さんには傷ついて欲しく無いのか、僕は?
いや、思考の理由はそれだけじゃない。他に何か理由がある様な気がするが……。
なんだ、僕は何を躊躇っているんだ? 凪が戦って、攻撃を凌いでくれる事になんの躊躇いがある?
そうこう考えていたら、次の瞬間に部屋の炎が消えた。辺り一面は一瞬で白い煙に包まれる。
じめっとして、熱気のあるこの煙は恐らく”水蒸気”だ。先程剣が蒸発した時と同じ音が、今度はもっと大音量で響いた。
同時に部屋の熱気も下がる。急激に下がっていく。……先程の熱気はどこへやら、今度は対照的に寒くなった。
炎が消えた事で部屋全体を見渡せる様になるが、今度は部屋の壁に”氷”が張っている。
凪がやったのか? いや、彼女じゃない。凪は左手に溶けかかった剣を携えているが、チカラを使う様なそぶりは見せていない。
「みちる、チカラ、入れ過ぎ。」
部屋の対岸から声が聞こえた。
「す、すみません……。」
「み、みちるぅ? いくらなんでも、やり過ぎ……。ケホっ……。」
「す、すみません! すみません……!!」
水蒸気で遮られた視界に目を凝らし、先を見ると、部屋の対岸に3人が固まっている。
美晴さんの服がところどころ焦げ、顔に煤がついているのが見える。
氷は外見的には何も異常ないのだが、その顔には水滴がついている。……多分汗だ。
そんな2人に対してみちるは全くと言って良い程の無傷だ。状況を見て考えるに、今の炎は彼女の仕業だろう。
あの謝り方を見れば一目瞭然だ。みちるは一心に氷と美晴さんに頭を下げていた。
……でも、あの大人しい子が今の炎を? ちょっと信じがたい。
今起こした火の規模は明らかに聖樹よりも強大だった。……というより、聖樹のチカラは”爆発”の様なカタチを取っていたが、彼女のそれは本当に”炎”であった。
「私が氷使えなかったら、ここ、燃えてた。」
氷がみちるの頭をぺしぺしと叩く。
この氷は彼女の仕業か。鏡の様に景色を反射している冷気を帯びた半透明な壁を見つめて、僕はぞっとした。
もしかして凪よりもチカラが強いんじゃないか? あんなに炎が逆巻く中、一瞬で壁一面を氷漬けにするなんて。
ウェザードはこんな事が出来るのか……。僕には、普通の人間では到底叶わないコトを成し遂げるチカラ……。
僕は向き合っている敵の強力さに少しだけ恐怖心を抱いた。
「部屋の中で燃やすヤツが居るかぁ……。消し炭になりかけたのよ……ゴホッ!」
……今の美晴さんの周囲には帯電している様子も無く、完全に無防備だ。
事故だったのか、今の”攻撃”は? 彼女等はチカラを持っていても”人間”だ。ついさっきまで普通に喋っていたじゃないか。
……だから僕はまだ”敵対している”という事を認め切れていなかったのかも知れない。
つい心配になって、僕は彼女等に声をかけた。
「あ、あの……? 大丈夫ですか?」
「---ッ! バカ、うかうかしてんな! 黒こげになるぞ、葉矛!!」
「へ?」
---稀鷺に突き飛ばされる。
強いチカラで押し出されたものだから、一瞬何がなんだか判らなくなった。
ただ、瞬間的に1つだけ把握出来た事がある。さっきの場所であのままの体勢でいたら、確実に一直線に伸びて来た電撃の鞭に黒こげにされていただろう。
だから僕は地に身を投げ出され床に皮膚を摩り、痛みで頭がはっきりしてからコトの次第を把握し、悲鳴を上げた。
前にもこんな事があった気がする!
「外した……!」
美晴さんが悔しそうに呟く。
伸ばした手を握ると、電撃の鞭は消える。
だまし討ちかよ……!?
「え、演技!? 騙された!?」
「いや、アレはマジだと思う……。多分普通に巻き込まれたんだよ……。」
凪が後ろでぼそりと呟いた。
「……マジだとしたら……。」
稀鷺が凪に言葉を添える。
「アドリブでの不意打ちと言い、大した判断能力だな。……ドジっ娘だけど。」
稀鷺は何を言っているんだ、こんな時に!
思わず振り返って稀鷺をじろりと睨んだ。
僕は相手がドジっ娘だろうがなんだろうが、感電死させられるのは嫌だぞ!
「……っ、ドジっ娘?」
---”ぴりり”、という斬れた音がした。
振り返ってみたら、美晴さんが……。
「……考えてみれば、最初からオマエが狙いだったんだっけね。だから次はオマエに狙いを定め、そして外さない。」
---その身からバチバチと電撃を火花を散らし、鋭く稀鷺を睨む美晴さんがいた。
それに無表情で氷が、申し訳無さそうな表情を浮かべて気乗りしていないという風を前面に出してみちるが続く。
「……見合ってちゃ負けるな……。一か八か、ボクが仕掛ける。キミ達は下がっていて欲しい。」
凪がふと呟いた。
僕は一瞬、凪が何を言っているのか理解出来なかった。
仕掛ける? 何をするつもりだ?
「おっと、待ってくれ! 俺は別にナギちゃんに……。」
稀鷺の言いかけた言葉を遮り、凪は言葉を重ねる。
「下がっていてくれ! 良くわからないけど、向こうの狙いがキサギ君だってことだけは判っている。だから任せてくれ。」
そう言って凪は一歩前に歩みを進めた。
右手に新しく剣を生み出し、先程の炎でカタチの変わってしまった左手の剣をもう一度固めた。
「……美晴さん、姉さんはこの先に居るんですよね?」
2つの剣を持った凪は3人に向き合って毅然と振る舞った。
美晴さんは先程と打って変わって表情無しに応える。
「……だとしても、先には進ませないよ。ナギちゃんの後にツバサのヤツにも帰ってもらう。」
「どうして、ボク達をそこまで邪険に扱うんですか。」
凪は鋭く言葉を挟み込んだ。
「そんなことを聞いてなんのつもり? 隙を見つけたり時間稼いだりは無駄だって先に言っておこうかね、うん? アタシはアンタのお姉さん程じゃないにしろ……。」
「……分かっています。姉さんと並んで、美晴さんは優秀で優れた人だ。だから全力で通して---。」
「ちょっと調子に乗り過ぎじゃないかな、ナギちゃん。」
美晴さんのそれは余裕を持った態度で発した言葉だった。
……けれど同時に、言葉の持つ意味以上に威圧感を放つ一言だった。
凪はその一言で黙った。
「3人相手に少しでも勝ち目があるなんて思ってる時点でダメ。ツバサに比べて現実を認識するチカラに欠いているね。創作物の読み過ぎなんじゃない? 主人公気取りで居たって、君を助長する要素はないんだよね、この場では! ……例えそこの稀鷺のヤツが何をしたって、ここは通れないのよ。」
「キサギ、キサギって……。彼がなんなんですか?」
思わず僕も口を挟んでしまった。
だって稀鷺は普通のヒトで、何もウェザードとかとは接点が無くて……?
……待て。
『この人はそもそもなんで稀鷺の事を知っているのだろうか』
---その瞬間、ピリピリというプチプチを潰した時の様な小さな火花の音が、一段と大きくなった。
「---キサギが、なんなのかって……?」
”さわり”と長い金髪が逆立った。
奥歯をくっと噛み締めたのが分かった。
凪から目線を外し、今度は僕を鋭く睨んだ。
---、一瞬のしんとした静寂があって、そのすぐ後に彼女は弾けた。
「しらばっくれるなァァァ!!!!」




