【整理】050【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛?】-0-50----整理
次の日は鬱々とした気持ちで過ごした。
稀鷺は何故か居ないし、聖樹は病院に入院中。
何より凪が目を合わせてくれない。
朝迎えに来てくれたけど、どことなく距離を取られている気がする。
……あの時、凪に怖がられる様なことをしていたのだろうか。
全く記憶がない。……無意識だったのか。
……”力を認めろ”? ”呑み込まれない”?
……何も信用出来ない。
戦いから逃げてなにが悪いんだ。
戦って生き残っても、こんなに恐怖が残るんだ。
怖い思いして戦って、結局聖樹は大怪我を負ったじゃないか。これじゃ戦っても意味が無い。
もう二度と戦うもんか。仮に戦う場面があったら全力で逃げ出してやる---。
「---ねぇ、葉矛。放課後、空いてる……?」
今日も授業が終わった。
帰り支度を始めた僕に、凪が話しかけて来る。
放課後に予定は無い。
僕は凪の言葉に頷いた。
凪はそれを見て安心した様に吐息をもらし、
「なら放課後姉さんの用事に付き合って欲しい。ボクも行くから。」
「翼さんの用事?」
凪は首を振った。
「ボクも詳しく聞いてない。でも重要だって言っていたから。」
そう言っている間、彼女は僕と目を合わせようとしなかった。
少しだけ寂しい気持ちになりつつも、僕は承諾した。
---その後、凪に連れられ隣町までやって来た。
ローカル線を使って二駅。目的地到着時点で時刻は6時を回っていた。
今日は帰りが遅くなりそうだ。
隣町と言っても、まだここは紅葉市の中だ。”南紅葉地区”と呼ばれる。
交通機関の整った東紅葉地区に比べると店の並び等は少ない。
ただ、ここには商店街があり、地区独特の威勢のいい活気を見せている。
都市として栄えている東区にはスーパーの様な規模の大きな万能店舗が無いため、こちらはこちらで寂れること無く栄えているのだ。
……とはいえ、この駅の周りは実に殺風景極まり無い。
ローカル線の駅周りなんて大体こんなものだ。
駅員の居ないホームに降り立った僕は、まず周囲を簡単に見回した。
駅と呼ぶよりも”停留所”と呼んだ方がそれらしい。
草はぼうぼうと生え、どう考えても手入れはされてない。
遠くに見える山の向こうに赤く冷たく輝く空が見える。
空はまだまだ明るい。冬ならまず間違いなく真っ暗だったろう。
……ふと、凪を見る。夕日の光が彼女の頬を赤く照らしている。
どうやら凪はメールを打っている様で、携帯電話に向き合うことに睨むことに没頭している。夢中過ぎて僕が見ていることにも気がついていない様だ。
……見ていて思ったのだが、携帯を操る指の動きがやけに遅い。おぼつかない。
普段メールとかしてないのかな? いや、最近の女子高生に限ってそんなハズは無い……。ハズ。
……凪と会話することも無く、ぼんやりと彼女を眺める。
凪は携帯とにらめっこするばかりで何も言わない。
ここからどこに行くというのだろうか。
翼さんの用事ってなんなんだ? 僕は目的地も用件も聞かされていない。
というか、そもそも僕を呼んだという翼さんの姿が見えない。
彼女は何処に居る? 先に目的地に着いているのだろうか。
……疑問だらけだ。今も、そして以前からも。
---やることが無いためつい物思いに耽ってしまう。
考えてみれば今の今まで僕の周りには常に疑問、疑問、疑問。
判らないことばかりだ。
僕は今までのことを順序良く振り返ってみた。
今だからこそ見えるモノが有るはずだ。
僕達は行動している。自体は進展しているんだ。
……最初はなにに巻き込まれたかも判らなくて、ただひたすら怖がるばかりだった。
だけど、今は凪がいて、翼さんや聖樹がいて、稀鷺も理解してくれて、皆が敵と戦っていて……。
『……?』
だけど、今と最初、なにが違う?
……進展はあるハズだ。だけど、最初と今の状況に明確な差があるか?
進展ってなんだ? 冷静に考えて、行動したことでなにか変わった?
そもそも”なにを変える為に”行動したんだ?
『敵のど真ん中に攻め入ったのは何のため?』
……敵のことをしる、ため……??
「ね、ねぇ、ナギ。」
不意に凪に声を掛ける。
凪はピクリと身を震わせ、それから携帯から目を離した。
「え? な、なにかな、葉矛?」
ぎこちなく凪は応える。
それは恐らく先程から感じていた”距離感”故の応え方だろう。
ただ、今の僕には今考えていた疑念を色濃く印象づける材料にしかならない。
……単刀直入に聞いてやろう。
「僕達は今までなにをしてきたの?」
心無しか自分の声が震えている様に感じる。
「えっと、何って?」
凪は携帯を仕舞い、僕と向き合う。
僕は彼女の瞳をじっと見つめた。
「敵のど真ん中に突っ込んで、稀鷺と翼さんは情報を手に入れたよね。あれ、なんなの?」
「何って、それは……。」
「”それは”、なんだい?」
凪が言葉を詰まらせたのをみて、僕は彼女に詰め寄る。
凪は身をぴくりと震わせるが、僕から逃げようとはしなかった。
向かい合う彼女の瞳は、以前感じた”活力”に満ちた物では無かった。
「なにが言いたいの、葉矛。」
凪は小さくぽつりと呟いた。
僕は息を吸い込み、身の震えを抑えた。
冷静になって言葉を考えるんだ。相手は凪なんだ。ちゃんと答えてくれる。
「……あの時、翼さんの手に入れた情報だけど、思い返してみれば”ヘン”だ。」
凪は首を傾げる。
「ヘン? 間違った情報だったとでも……。」
「そうじゃない。情報の内容がオカシイって言ったんだ。」
少しだけ口調が荒くなる。
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「敵の正体を掴むことで、相手に迫ることで戦うにしろ逃げるにしろ優位に立てるって行った。僕も、敵が何者なのか判らないのが怖いからあの場に行ったんだ。」
……役に立てなかった僕がこんなことを言うのは実に滑稽だろう。
だけど、言わずにはいられなかったのだ。
「……敵のやっていることは判った。だけど考えてみれば、翼さんの手に入れた情報に”敵の正体を知り得る情報”は無かった。」
「ッ……。」
凪はハッと息を飲んだ。
彼女もそれには気がついていなかったのか。
以前見せてもらった情報はいずれも”固体の武器”とか”注意、確認されているウェザードリスト”等の彼等の活動報告でしかなかった。
直接、アイツ等が何もなのかを示すものは無かったのだ。
「だとしたら、何の為に僕達はあんなところに向かったんだ? 何の為に危険な目にあったんだ? なんで僕はこんな、こんな奇妙で恐ろしいチカラを手に入れることになって、なんでそのせいでますます狙われる様になったんだ!?」
「よ、葉矛……?」
「嫌だよ! ”個体ノ武器”だって? こんなチカラは要らない! 使いたく無い!!」
声がどんどんと大きくなった。
凪に一気に不満を捲し立てて、それから彼女が身を小さくしているのに気がつく。
彼女は僕を怯えた目で見ている。
……落ち着けよ、雅木葉矛。
「……ごめん、ナギ。」
口先だけじゃなく、本心から言葉がでた。
なにをやってるんだ……。
ずっと支えてくれている凪に、酷いことを言っている様な気がする。
……だけど。
「……だけど、もし翼さんが手に入れた情報が敵の正体を知るのになんにも約に立たないなら、最初の目的は果たせていないことになる。そしたら、僕がこうやって悩んでいるのも、苦しい目にあっているのも何の意味も無いじゃないか。」
言葉は続いた。
冷静になろうと、怒りを鎮めようと努めると、今度は涙があふれて来た。
情けない話しだ。女の子相手に怒って撒くし立てた次は、その娘に情けなく泣き言を言っている。
「相手が何者か判らないのが怖くて、だから敵の正体が判るからって言われて協力したのに、あんまりだよ……。僕だって、怖いんだ。こんな意味の分からないチカラが、僕を壊そうとしているんだ……。」
涙を押し殺すから声が籠って、つっかえて、情けない。
凪と目を合わせることが出来なくなって、僕は俯いた。
「仮に、仮に本当に無意味な行動だったのなら、僕は、僕は……!」
---取り返しのつかない”損”をしてしまった。
この現状を見て、僕はそうとしか考えれなかった。
どうすれば良いんだ……。
ふと、頭に城ヶ崎の姿が過る。
……あの時、彼の仲間になっていれば良かったのかも。
そんなことを考えて---。
「……ごめんね、葉矛。」
唐突に、頬に何かが触れた。
顔を上げて、知る。
凪が僕の頬を撫でていた。
「なんで、謝るの……?」
「……あの時、キミがあの2人を一気にやっつけた時、正直僕はとっても”怖い”って思った。キミが怖くて、それで向き合えなくて……。」
凪は力無く笑い、手を除けた。
それから今度は両手で僕を抱きしめた。
「っ……。」
驚く暇もない。
拒む隙もない。
拒むつもりも無いが。
凪は優しく僕を抱きしめてくれた。
「キミはボクがウェザードだって知っても向き合ってくれた。初めて、ウェザードだって知っても怖がったりせずにボクをボクとして見て、友達って扱ってくれた。」
触れ合っているから、彼女の体温を感じる。
彼女の鼓動を感じる。
耳元で彼女の吐息が聞こえる。
それだけで、なんだかとっても安心してしまって、気がついたら本格的に泣いていた。
「な、んで……、なんでナギが謝るのさ……?」
「……向き合ってくれる人がいたから、ボクだって戦えた。キミが向き合ってくれる人だから、ボクはキミを助けたいって思った。なのに、ボクはキミと向き合うことを避けていたんだよね……。」
泣きながら彼女の言葉に耳を傾けた。
最低だ、僕は。
彼の仲間になれば良かった?
なにを考えていたんだ、僕は……。
「ゴメンね、葉矛。もう逃げないから。キミがなんだって、キミはボクの友達だから。」
「……ッ。」
謝るのは僕の方なのに、凪は何度も”ゴメン”と言った。
僕は謝り返すことも出来ず、その”ゴメン”の言葉に救われて、ただ涙を流した。
「---お熱いところ邪魔して悪いが、そろそろいーか、お二人さん?」
「ッ!!?」
「ふぇぇ!!?」
突如外野から声がかかった。
正直心臓が止まりそうになった。
だって、女の子に抱きしめられて泣いてるなんて、酷く情けないトコロだったから。
凪は慌てて僕から身を離した。
突然だったからつんのめって、でもなんとか踏ん張った。
「お前の疑問や悩みは最もだ。だが、して来たことは無意味な行動じゃない。 1から調べるよりも、その敵ってのがなんなのかを知ってるヤツ等に聞くのが早いのさ。」
僕達に声をかけた少年は淡々と言葉を連ねる。
事情を知っているこの口ぶりのこの声。僕には凄く聞き覚えがあった。
「俺達が態々調べるなんてバカバカしいし面倒だ。敵は陰湿なまでに正体を隠しているんだからな。ちょっと情報を掘ったところで詳しい素性がでて来るはずが無い。だったら、最初から知ってるヤツに聞くのが一番だ。そうだろ? 兄弟?」
「き、キサギ!?」
稀鷺は駅の付近に植えられた杉の木に隠れる様に立っていた。
ま、まさかずっとそこにいたのだろうか。
僕の心境などお構いなしに、稀鷺はニッと笑った。
「気持ちの整理、出来たか、相棒。」




