【あざ笑う蒼】043【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-43----あざ笑う蒼
「授業、いかなくちゃ……。」
誰に言うでもなく、独り言を呟く。
誰か話し相手が欲しい。
何か喋りたい。
……1人でいる事が恐い。
誰でもいい。僕を『確かめて』欲しい。
2年の教室は2階だ。
早く、行かなくちゃ。
今いるのは4階だからちょっと遠い。
凄くモドカしい。
僕は階段に向かって駆け出す。
教室に行けば凪がいる。聖樹だっている。
授業中だろうが、彼女等はきっと話し相手になってくれるハズだ。
喋っていれば気は紛れる。
見たく無い物を見なくて済む。
早く、教室に……。
逃げ出そうと必至になっていた。
気がつけば足は早まっている。
窓から照りつける日差しが鬱陶しい。
なんでも良い。今は僕の心を揺さぶらないで欲しい。
内心苛立ちを募らせながら階段を降りようとして、ふとある事に気がつく。
「……?」
『立ち入り禁止』のロープが、無い。
さっきまでここを塞いでいたロープが、無くなっている。
綺麗さっぱりだ。
片付けられたとかそういう印象じゃない。
元からなかったかの様だ。
「どう、いう……?」
------気のせいだ。
そうやって割り切ってしまえば良かった。
良かったのに。
だけど、その時点で僕には既に『誰かいたんじゃないか?』と言う強い疑念が生まれてしまっていた。
『立ち入り禁止』のロープが無くなっている。
誰かが通ったのだろうか?
だとしたら、その”誰か”は、屋上にいる……?
だとしたら、今追いかければ、それが誰だったか見れるんじゃないか?
恐怖心はある。
今の僕はあまりに臆病だ。
けれど、好奇心が恐怖を押し切った。
この得体の知れない恐怖心は一体何処から来るものなのか。
その答えを、屋上にいる”誰か”が持っている様な、そんな気がした。
恐怖心の正体を知ろうとする好奇心は、心の安らぎを求める思いよりも強い。
------この時も僕は”好奇心”に勝てなかった。
「……っ。」
僕は、屋上に向かって歩き出した。
階段の折り返しのところで、この学校に通っていて初めて屋上への入り口を見るコトになった。
初めて見るその扉は、開いていた。
いつも鍵がかかっているハズなのに。
開いた扉からは学校内の籠ったものとは違う、新鮮な空気が流れ込んでくる。
やっぱり誰かがいるんだ……。
「な、なんなんだよ……。」
誰に言った訳でもない。
独り言で、文句が出る。
なんだか恐い。
辺りの雰囲気が悪い。
不気味だ。
だが、引き返す気にはなれない。
直感が告げている。
……この先に、何かがある。
故に引き返すことは出来ない。
だって確かめたい。確かめなきゃ。
覚悟を決め、階段を見上げる。
屋上に通じるその扉から見えている、切り取られた空の一角があまりにも青々しい。
そして何故か酷く、もの哀しく見える。
『------ズキン!』
「……ッ。」
---頭が痛む……
開いた扉から見えている空。
一部分だけ切り抜かれた、青い空のある景色。
それによく似た景色が脳裏に浮かび、焼き付く。
染み渡って行く……。
------…脳裏に浮かんだ景色を振り払う。
なんなんだ、この感じは。
ふわふわとしてそれでいて何処となく気怠い感じがして、凄くイヤな感じだ……。
不愉快というのはこういう心境を表す言葉なのかもしれない。
それを無理矢理振り払い、僕はそのまま屋上に出た。
……今まで僕は屋上に来たことは無かったが、そこは極めて『想像通り』な屋上だった。
周りは背の高いフェンスで囲まれていてその他には特に何もない。
実にシンプルだ。
どの方向を見ようとも空と町の風景が見渡せる。
屋上の真ん中まで踏み込んだ僕は、そこで頭をもたげて頭上を見遣った。
空は不自然な程に青々としている。
太陽は嫌みな程に元気よく地上を照らしている。
僕の今の沈んでいる気分をあざ笑っている様だ。
『……不快だ。』
いつもなら自然に認識出来るその青空が、ヤケに不快感を与えて来る。
いや、空だけじゃない。
ここにあるモノの雰囲気、存在が不快だ。
全てが不快で、そして恐ろしい。
『……、』
「……!?」
背後に気配を感じた……!
瞬間的な、一瞬だけの気配だった。
故に、今度は体が拒絶を起こさなかった。
否定を起こす前に僕は体を動かしていた。
素早く振り返ると、今度は確かに”見えた”。
黒衣を身に纏った、僕と同じくらいの背丈の”誰か”。
一瞬ある人物の名が浮かんだ。
特徴として、黒い服と身長は似ていた。
けれど、あれは城ヶ崎じゃない。
着ていた服は確かに黒衣だったが、スーツというにはあまりにも古めかしい服だ。
現代で私服として着るには目を引くだろうと、一目で容易く予測させる程に。
コートの様な、ローブの様な特徴的な服だった。
その姿は一瞬で僕の視界から消えた。
元来た道、屋上に設置された扉がひとりでに閉まって見えなくなった。
扉が閉まったのは風の影響か。
なんでもいい。
「……!待って!」
僕は、”誰か”を追いかけた。
見失う訳にはいかなかった。
僕は彼を追いかける事に使命感を持っていた。




