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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【”僕”は、”誰”だ?:雅木『レキ』】
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【凪の苦悩】040【葉矛】

【個体の武器】

【雅木葉矛】-0-40----凪の苦悩



 菜嬉に弓道部の活動場まで引きずられて来た。

いや、場所くらい判るんだけどね。

輪に入ることは躊躇われたので回りこんで様子を見る。


「あ、あそこ、あの人です!」

 菜嬉の指差す先に、凪はいた。

ちょうど弓を引き絞っていた。


「……ッ。」

 言葉は発しない。

表情は真剣そのものだ。

周囲には部員数名が物珍しそうに凪を眺めていたが、それを気にする様子は無い。

真っ直ぐ自分の射るべき的を見据え、他には目もくれない。


「近的ならナギさんに勝てる人なんていやしません!」

 菜嬉は嬉しそうにはしゃぐ。

僕はそんな後輩に目もくれなかったが。

凪の醸す雰囲気はいつものそれとは違う。

真剣な眼差しが連想させるのは、”あの時”の彼女だ。

城ヶ崎と戦った時に見せた、あの目だ……。


 矢が放たれた。

それは真っ直ぐに空を裂き彼女の見据えた的のど真ん中に命中した。


「大したものでしょう?なんて言ったって、おに……。兄さんの代わりに大会に出て、しかも優勝しちゃった人なんですから!」

 菜嬉はそう言って胸を張る。

あまり無いけれど。


「えっと、嬉しそうだね?」

「嬉しそう、ですか?」

 不意にきょとんとした表情をする。

僕はただ頷いた。

なんだか自分か家族の事の様に喜んでいる。

ハシャギっぷりがそんな様子なのだ。


 じっと凪を見つめ、ふと思う。

彼女に道着姿は似合っている。

弓を引くその姿は驚く程に違和感が無い。

しかし、その一方で彼女にはいつもの余裕が感じられなかった。


 無心に的に向かい、矢を引き射る。

彼女は確実に的の中心部に矢を当てるが、結果に一喜一憂することはない。

優越感に浸る事もしない。……ただ無心。

……いつもとは別人の様だ。

冷酷で冷たい感じがする。


 今の彼女はなんというか、弓道自体とは向き合っていない様に思えるのだ。

凪が見据えているのは目の前の的でも自分の手元でもない。

もっと違う、何か混沌としたものを見据えている。

そんな気がして。


「思うところがある、か……。」

 後輩が告げた、凪の言葉を思い返す。

その言葉があったから、凪の正確な射撃に、小さな陰がある様な気がした。

あまりに機械的なその動作は、何故か見ていて痛々しいのだ------。





「------菜嬉?休憩なんて挟まなくたって、ボクはまだ……。」

「いいからいいから!久しぶりなんだからやり過ぎると良くないですよ!」

 凪が練習を一段落させたところで、菜嬉は彼女を引っ張って来た。

その事に関して菜嬉は協力的じゃなかったが、『長い間留守にした理由が、先輩との世間話だった』ことを公言しない代わりに引き受けてくれた。

あまり弱みとかを使うのは好きじゃないけど、かといって部外者の僕が弓道部の活動真っ最中の場に入って行くのは如何なモノかと思ったのだ。


「キミに言われることじゃない。気持ちは嬉しいけれど……。」

「……。」

 凪と顔を合わせる。

……僕は咄嗟に声が出なかった。

先程までの彼女の様子を見て、話せる相手ではない気がして。

何処か、遠い存在の様な気がして。


「葉矛?」

 凪が僕の名を呼ぶ。

ちょっとだけ呆けた表情で、声の調子も少し上ずっていた。

……それで少しだけ安心した。

その凪は、”いつもの”恋葉 凪”だったのだ。


「ナギ。」

 今ならちゃんと話せる気がして。

同等の存在である気がして。


「え、と?帰ったと思ってたんだけど……。いや、それより何でここに?」

 そこまでいった凪は、ハッとした様子で傍らにいる菜嬉を見遣った。


「まさか……!」

「あ、私そう言えば用事まだ済ませてないんでした!でわでわ!!」

 そういうなり、彼女は自分だけ急ぎ足で立ち去ってしまった。

2人きりになり、場は沈黙した。

話しだす切っ掛けが無い。

クソ、なんのために来たんだよ、僕は……。


「……ナギ、弓道上手いんだね。」

 なんとか沈黙を破る。

話題なんて探せばいくらでもあると思ったんだけど、探すと話すべきことが見つからない。

僕は、彼女の心境が知りたい。

けれど、何を思っているのかいきなりダイレクトに聞く気にはなれなかった。

その度胸はなかったのだ。


「ありがとう。弓は昔、姉さんと一緒に練習した時機があってね。結局姉さんには届かなかったんだけれど……。」

 凪は照れくさそうに顔を背けた。

やってた時機があるってだけで優勝出来るものなのだろうか。

しかし、撃てば中央に当て続ける凪相手に、翼さんはどうやって勝ったんだ?


 ……そんなことを気に掛けて、再び沈黙を作ってしまう。

せっかく流れを作ったのに、無にしてしまった。

今度こそ話題が浮かばないぞ……。


 

「……思うところがあってね。」

「へ?」

 ぽつりと、凪が呟いた。

視線を僕の方に戻し、彼女は話しだす。


「ちょっとだけ自分に向き合いたかった。弓道って、静かに神経を集中させて体を動かせるから落ち着けるんだ。」

 ……彼女は弓を手に取った理由を述べる。

僕の心境を悟って話したのか。

いや、彼女はきっと誰でも良いから心の内を聞いて欲しいのだ。

”思うところ”を誰かに伝えたいのだ。


「この前の時、城ヶ崎を相手にボクは全部のチカラを使った。……なのにキミを守りきれなかった。本当に死力を尽くしたのに。」

「あの、氷の世界のこと?」


 僕の問いに、彼女は頷いた。

時間の止まってしまった様な、酷く凍てついて殺風景な氷だけの世界。

アレを作り出したのは彼女だ。

一時的とは言え、あの世界を展開している間彼女は城ヶ崎と互角以上に渡り合えていた。


「本当に死力を尽くしたんだ。ボクが『恋葉氷舞(サクラフブキ)』って呼んだあの空間が、ボクの持ちうる最大の攻撃だ。今までは使えば必殺であると、自負していたよ。」

 凪はため息をついた。

彼女はおもむろに自分の手の平を見つめ、ふと呟いた。


「自惚れだったんだ。所詮、こんなの子供だましだ。」

「……ずっと気になっていたんだけれど。」

 凪は落胆した様子で、気分も沈んでいただろう。

だけど、会話が止まるのは宜しくないと思ったのでなんとか話しをつなげた。


「サクラフブキってなんなの?何本も剣を作ったり、氷の剣が飛び交ったり、それと関係があるの?」

 凪は顔を上げ頷いた。

「”恋葉氷舞”は、ボク自身への自己暗示みたいな物かな。アレをやってる最中キミも寒かったろうが、ボクは常に全身が凍り付いてる様な痛みを感じてる。そうやって自分の力の強さを自分で確かめて、なんでも出来るって”思い込む”。」

「思い込む?」

「そう。思い込みでチカラを強めるんだ。世界を作り上げている間だけは剣を作る速度も精度も上がるし、疲労を感じず何本でも剣を作れる。それに、ボクの世界が届いている間合いなら空中に剣を作ることだって出来る。飛び交う剣の正体は大半が偽物で、本物は飛ぶってよりただ作られて落下しているだけなんだよ。」


 本物は空中に作った剣が落ちて来るだけ。

つまり剣を飛ばしているのではないのだ。

飛び交う剣を相手に見せ、その中に落下して来る本物を混ぜる。

そうやって、相手にあたかも氷の剣が飛んで来るかの様に錯覚させていたのだ。


「……あの空間はリスクも大きいよ。ボク自身が受けるダメージだってシャレにはならないし、剣を作ったらその時に疲労がないだけで後からしっかり疲れは来るし。だけど、だからこそ絶対に相手を倒しきれるって自身があった。あったのに……。」

 凪は項垂れるが、彼女の技が弱いのではない。

普通の相手だったら倒せていたに違いない。

絶対、最後の攻撃で確実に死んでいたはずだ。

相手が普通だったなら。


「それは、仕方のない事じゃ……。」

 城ヶ崎がバケモノだっただけだ。

僕はそうやって、彼女を慰めようとした。

……が。



「仕方ないで済むものか!!?」

 僕の一言を遮り、彼女ははじけた様に声を張り上げた。

あまりの迫力に、僕は口を噤みたじろいだ。


「仕方ないって、それで済んでるのは、キミが生きてるからだ!訳のわからない都合の良い要素がそこにあったからでしょ!?」

「ナギ……?」

 凪は目の端に涙を浮かべていた。


「死んじゃったら、済まないんだよ! もし次、また同じ事が起きて、またキミが生き残れるなんて都合のいい事が起こるとも思えない……。」

 凪の声のトーンが下がって行く。

終いには呟く様に、ぽつぽつと言葉を発する。

僕は言葉を挟むことが出来なかった。


「ボク自身の命にも同じ事が言える。前は都合良く行き過ぎたんだ。運がよかっただけなんだ。次、またキミを守れなかったら、その時はきっと……。」

 そこまでいって、彼女は言葉を止めた。

考えを振り払う様に首をブンブン横に振り、歯を噛み締めた。


「……とにかく、このままじゃ駄目なんだ。今のボクは非力だ……。」

「そ、そんな事はない!そんなこと……。」

 非力なのはキミじゃないって、そう言ってあげればよかったのだろうか。

僕の言葉は何故か途切れた。

その先を言う資格が、僕には無い様な気がして。


「……ッ! ……ゴメン。キミに八つ当たりするなんて……。ボクは、ボクは……!」

 凪は声を震わせた。

俯き歯を噛み締めながら、身を振るわせていて、僕は……。


「な、ナギは悪く無い……。」

 そう言いつつ、僕は俯く事しか出来なかった。

これ以上、僕が掛けれる言葉なんて見つからなかった。


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