【資料と現実と】037【葉矛】
※ 文の途中の内容が大きく書き変わった回です。
量ではなく、内容が大きく変更されました。
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-37----資料と現実と
僕の心境や状態など関係無しに、いつだって再び朝は訪れるのだ。
今日はいつになく気が重い。
というか、ここ数日間の間、僕はまともに落ち着いた時間を持てていない。
もはや生活習慣となっている日記を書く時間だけが安息の時間だ。
自分自身を見直す切っ掛けになるのだから。
日記を書いている間は自分を見失わずに済む。
もともとは自分に何かあった時、他の人のためになるならばと書き始めた日記だが、今となっては僕自身になくてはならない行為になっている。
今日は月曜日だ。
昨日と同じで朝日を受けても頭が活性化しない。
布団から出ることを強烈に拒否する。
いつもはこんなこと無い。
平日の朝、目が覚めたらすぐに起きることが出来るのに。
気も体も重いのだ。
先日、というか一昨日か。
”アレ”を触ってからどうにも体調が優れない。
僕は今になって”あの場”に行ったことに後悔の念を感じ始めていた。
貴重な土曜日を犠牲にしてまで敵地のど真ん中なんて危ない場所に行くのは損失しか無かった気がするよ。
休日を失い危険な目にあって……。いいことが無かったな。
収穫こそあったが、僕は別に何もしてないしな。
逆に居たから凪達が動き難かった、というのはあったと思う。
やっぱり僕は留守番してて彼女等だけで行ってもらえば……。
布団を体に引き寄せ抱きこんだ。
なんだか、どうしようも無く脱力している。
……駄目だな。
ぐだぐだ言ってても始まらない。
とりあえず、状況だけでも整理しようか。
布団の中で寝返り、僕は頭だけは働かせる。
ただし怠いので体はそのままぐだーっとさせて……。
整理しろ。
まず、僕の身には何かが起こりつつある。
具体的にその内容を詳言する事は出来ないが……。
だけど何かが起こっているのは分かるんだ。
というか、何も無しに僕なんかが城ヶ崎と渡り合えたはずが無い。
ことの発端は、どう考えても『個体ノ武器』とやらに触れた事が原因だろう。
故に今の僕は”オカシイ”。普通じゃない。
そうは言ったものの、僕に起こっている変化が一体何なのかは分からない。
実にモドカしい。
翼さんが奪取した資料を漁ってみたが”個体ノ武器”に関係する情報は殆ど無かった。
何故強くなれた?何故僕は生きている?出現したあの剣は一体なんなのか?
資料から分かったこともあったが、僕の体に何が起きていることを具体的に説明出来る程の情報はなかったのである。
そんな得体の知れないものが体の中に入り込んでいることを考えると少しぞっとする。
そもそも一度死にかけた僕を一瞬で回復させる辺りから常識ハズレな存在であるのは間違いないのだ。
ただ、『個体ノ武器に触れた事で僕の体は回復した』というのは多分当たりだ。。
状況を考えてそれが一番無理の無い推理なのだ。
たかだか”物体”に触れただけで致命傷が治るって事自体に無理があるのは分かっている。
だけど、他に説明のしようがない。
僕はあの時、間違いなく助かり様の無い怪我を負っていた。
助かった直前に覚えていることはあの”カギ”の様なモノに触れたことだけだ。
そしてカギに触れたことを伝えた時、城ヶ崎は『個体ノ武器』の名を口にした。
だとしたら、あの”カギ”は個体ノ武器そのもの、もしくは個体ノ武器という物の存在に大きく関わった何かに違いないのだ。
……ちなみにここまで全部翼さんの言ってたことの丸写しね。
言われてみれば”ああ、そう言われれば!”な感じのことが多かったね……。
さて、憶測ではなく証拠のあるデータもあるのだ。
翼さんの入手したファイルの中に、個体ノ武器について少しだけ触れている部分があった。
ただ、そこから分かったことは少ししかない。
大きく分けると次の三つか。
第1に『アレは人為的に開発されたモノらしい。』
原理などには触れていないが、とりあえず組織ぐるみでプロジェクトとして制作された、言わば”作品”らしい。
第2に『コレはとても重要なモノらしい。』
最上級機密にして最優先開発項目と書いてあった。つまり重要なのだろう。
そして第3に『個体ノ武器とは名の通り兵器らしい。』
ただし、性能や具体的な概要等については僅かしか触れられていないのが残念だ。
……僅かでも、この武器の概要について書いてあったことを纏めてみよう。
個体ノ武器は媒体---つまりあのカギの様な形をしたモノのことだろう---に触れることで『装備者』になることが出来るらしい。
そして”装備者”が現れた場合、武器の媒体は消滅し装備者の体内に蓄積される。
早速だが、『体内に蓄積』というのが少し分からない。
体の何処かに収まるんだろうか。
あのカギの様な物が僕の体の中に入っている?
健康診断とかで摘出されるだろうか。
……というか、手に持っただけで体に入り込んで来る”物体”があってたまるか。
昨日はナギ達と病院に行ったが、一応の健康診断でも異常は無かったぞ。
『どこか骨折してるかも』といって全身のレントゲンを撮ってもらったが、カギの様な物体は僕の体内には無かった。
つまり、あのカギは”物体”では無い状態に……?
……駄目だ。想像し辛い。
装備者が死亡した場合、媒体は装備者の右手の平に再出現する。
つまり死んだら武器を落とすのだ。
要するに僕はまだまだ狙われる可能性がある。
僕は、意図せず勝手に相手の重要な兵器を奪い去ったことになるのだから。
取り戻すには僕を殺すしかない訳で。
そして『コレ』は彼等にとって大事な物の訳で……。
うわ、状況どんどん悪くなって行ってる気がする!
そして一番重要なのが、個体ノ武器を装備した者はシロートでもベテランさながらの戦闘実績が残せるということだ。
要するに強くなれる。
……理論上はそうらしい。
どういう理論かって?
知らないね。
資料を漁っている最中、翼さんはしきりに納得した様な様子を見せていたが説明を受けても良くわからなかった。
まぁ、僕が知る必要があることは、コレは”所持していれば強くなれる兵器”だということ。
理論どうこう言っても変わらない以上、そう言うモノであると納得するしかないのだ。
それで、この兵器は製造される過程で実験を幾度も行い、そしてまだ一度も”成功”していない。
良くは分からないが重要な欠陥を抱えているらしい。
その欠陥が原因で使用者の精神を蝕み、潰し、殺す。
実験が成功したことが無い故に資料にも『強くなれるかどうかの確信は無いが、成功していれば飛躍的に能力を上げるモノであるはず』だというニュアンスで書かれていた。
『仮に、ハズ、かも』という根拠を疑わせる様な表現が幾度も使われていた資料だった。
これ以上有力な情報を持っていない以上、コレが僕の最新情報だ。
……今回分かったことは以上だ。
実質、情報と呼べるモノは殆ど無かったが仕方が無いことだ。
手に入れたファイルは”固体の武器”についてのファイルだったから、詳しく書かれていないのは当然と言えば当然なのだ。
別のモノについてのファイルなのだから。
Solid_Armsとは城ヶ崎の持っていた能力のことらしい。
入手したファイルはそれの概要について非情に詳しく書いてあったのだが……。
ただ、その時の僕は彼の持つ能力について、さほど興味を抱かなかったため読み流した。
重要なのは僕に付いてだ。彼についてじゃない。
故に、僕は個体ノ武器の欄だけを重点的に閲覧した。
その上で、個体ノ武器についての情報の少なさに毒づいたのだが。
まぁ、Solid_Arms固体の武器についての情報ファイルの中に『”Individual_Weapon's”(個体ノ武器)”』についての情報が僅かでも入っていたことに感謝しなきゃな。
……とにかく、総じて纏めてみよう。
僕は戦う力を手に入れたのかもしれない。
このチカラがあれば城ヶ崎とだって戦えたじゃないか。
万全とは言えないものの城ヶ崎を圧倒出来る程の力を、僕は持っている様だ。
しかし、だとしても、このチカラはあまりに不安定過ぎる。
そう、このチカラは凄く不安定なのだ。
持っていることと使いこなせることはまた別のことだと、その言葉の意味を改めて思い知った。
あの後何度試しても、一度たりとも”剣”は出せなかったのである。
そして、あの”会話”も起きなかった。
どうやら僕は自発的、意図的に『強い状態』になる事が出来ないのだ。
自発的にチカラを使う術があるかもしれない。
少なくとも今はその方法がわからない。
……抵抗する力を手に入れた嬉しさより、今はこの力に対する不安の方が大きい。
確かにこれは”力”になりうるだろう。
だけど、同時に僕の”人格”を破壊する。
あの時、城ヶ崎は脅しで言った訳じゃない。
現在進行形で”コレ”の影響を受けている僕が一番分かる。
以前感じなかった感覚が体の中に芽生えつつある。
それは全然心地のいいものじゃない。
「おい、起きろミヤビギ。朝だ。」
唐突に布団が引っ張られ、捲られる。
この家に僕以外の居住者は1人しかいない。
布団を取られた僕は仕方なく体を起こした。
聖樹は機嫌良さげに僕を叩き起こしに来た。
全く、大した回復力だ。
昨日までは布団に包まってぴくりとも動かなかったのに……。
ウェザードになった人間は体の基礎能力も大きく向上する。
例えば運動神経。例えば反射神経。
そして彼女の場合は回復力に大きく影響が表れている様だ。
先日手に入れた資料に詳しくその傾向が記されていた。
彼女は”炎”のウェザードだ。
”炎”を扱う者の多くは回復力が著しい。
例外はあるが、大抵の場合はそうらしい。
ちなみに氷、つまり凪の場合は”感覚”自体に影響が出るらしい。
要するに騒音とかちょっとした空気の変化とかに敏感になりやすくなるらしいんだけれど……。
凪を見ている限り、その傾向は薄い気がする。
「……ごめん、あとちょっとだけ。」
聖樹から布団をひったくる。
起きる気分にはなれない。
「そう、か。それじゃあたしもそうする事にしようか。」
聖樹こそ万全じゃないのだろう。
諦めが早い。
彼女はそのまま自室に……。
……戻ると思ったのだが。
布団に顔を埋めていると、急に体に重いものがのしかかって来た。
どうしたことだ?
物理的に体が重いぞ?
「み、ミサキ……ちゃん!?なにやってんのさ!!」
布団をがばっと剥ぎ取る。
聖樹が布団の中に潜り込んで来たのだ!!
病み上がりでなにやってんのさこの人!!
「なにって、お前が起きないからあたしも寝ようとしただけだ。無理に起こすのも悪いしな。」
「ああ、もう!眠気も醒めたよ!」
過激な目覚ましをありがとう……。
完全に目が冴えてしまった僕は仕方なく学校に行く支度を整えた。
学校へ行く支度はすぐに整った。
髪を整え歯を磨き朝食を済ませ、鞄を持つ。
一連の流れは聖樹の手伝い(朝食を作ってくれました)もありスムーズに終わった。
準備が整った僕は時計を見遣る。
……参ったな。
案外遅く起きたつもりがまだまだ時間の猶予がある。
さて、どうしたものか。
僕はリビングの椅子に腰掛け考える。
「何をしている。レンヨウが訪れる前に家を出るぞ。」
聖樹は我が物顔で冷蔵庫のオレンジジュースをがぶ飲みしている……。
僕は肩を竦めるしか無かった。
それに、気は進まないがやっぱり学校へは行くしか無いのだ。
なんだかんだ言ってあそこは安全地帯なのだから。
……だが、とりあえず。
「……とりあえず、凪は待とうか。」
来てくれるのだから置いて行くのは悪い。
僕は聖樹の反対を押し切って凪を待つことにした。




