【とりあえずの危機回避】036【葉矛】
一週間ぶりの投稿!
投稿頻度が落ちるのはちょっと哀しいな…。
頑張って両立せねば。。。
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-36----とりあえずの危機回避
------、なんだこれ。
今度は剣が消滅しても尚、収まらない。
まだ戦わなきゃならないと体が戦闘態勢を維持しようとする。
同時に僕は、城ヶ崎に対して圧倒的に強い敵意を抱いている。
理性では恐怖しているのだ。感覚が”アレ”を敵だと認識している。
どす黒い何かが僕の中で渦巻いている。
体の重さは相変わらずで、それは頭にも『ずーん』とのしかかって来ている。
”意識”自体はとってもはっきりしている。
だけど、”それ”は”思考”を黒く塗りつぶそうとして来る。
考えている事が塗りつぶされてウワガキされていく……。
……ヤバい。
体の自由が利かなくなりそうだ。
”アレ”を敵だと認識したら、その瞬間からただ戦うだけしか出来なくなりそうだ……。
”人格が失われる”って、こういうことか……?
僕の意思とは関係無しに体が動こうとしている?
今に僕は僕自身の”行動の制御権”を奪われる。
僕は、僕はそれを否定しているのに!
僕の意識と反して、”違う意識”が自分の思う通りに動こうとやっきになっている。
それは城ヶ崎を確実に葬ろうとしている。
僕を押しのけてまで、僕の体で彼を潰そうとしている。
……抑えられない。
『------、下がれよ。』
この言葉は誰のものだ?
僕か、それとも”彼”か?
”彼”は強い。”彼”は僕を嫌っている。”彼”は僕を消してでも敵と戦い打ち倒そうとしている。
彼に悪意があるわけじゃない。その行動は本能である。
その彼の名前は……。
ぼくの、なまえは。
------俺の、名前……。
「ナギ!キクジ!雅木君!平気!?」
バンッ!と勢い良く屋上の扉が開いた。
翼さんが飛び出して来た。
登場と同時に彼女は、拳銃を真っ直ぐに城ヶ崎へと向ける。
------、僕はハッと前を向く。
僕を押しつぶそうとした”彼”は身を引いた。
危ないところだった。
翼さんの行動に気をとられたおかげで彼から目を背ける事が出来た。
あと、後僅かにでも”彼”に付き合っていたら完全に……。
……完全に?
どうなっていた?
というか待った、”彼”って誰だ?
いやいや、冷静に考えろ。
落ち着けミヤビギ。
流石にそれはマズい。
辺りに男性は城ヶ崎と僕しか居ない。『第3の彼』などいないんだ。
つまり僕は誰とも喋っていない。
喋っていないんだ。
不吉な事が起こり過ぎて不安になるのは当たり前だ。……だが落ち着け。
僕は必至に自分に言い聞かせて冷静さを取り戻そうとした。
当然その程度で不安が収まる訳がないのだが。
「……えっと、私の助けなんて要らなかったかしら?」
状況を把握し、彼女は面食らった。
無理も無い。
状況的に、この時点で城ヶ崎は追いつめられていた。
助けに来たら敵は既に大怪我を負っていたのだから。
しかし、そんなことはない。
彼女の到着によってこの場での城ヶ崎の不利は不動のモノになった。
僕の力は頼れない。
僕自身、何が起こっているのかさっぱりわからないのだから。
そして……。
『人格の破壊』
……それがどういう事か理屈では分からない。
だけど、それの持つ意味は”直感的”に分かったかもしれない。
身の危険があったのは分かったのだ。
実際に今、それを味わってしまったせいで。
翼さんが来なかったらどうなっていたのだろうか。
そもそもさっきから僕を真に脅かしているのは……。
……なんなんだ?
僕は面食らう。
今、我が身に危険があったのは間違い無い。
だが、その危険を僕に与えていたモノの正体について、全くと言って良い程に手がかりも無ければ心当たりも無い。
僕は必至に自分の考えを否定した。
”彼”の存在を認めたくは無かったのだ。
それを認めたとして、だとしたら先程じゃ別邸多野は”もう1人の自分”だとでも説明するのか?
そんなのが存在するのはアニメか漫画の世界だけで十分だ。
「……いや、姉さん。いいタイミングだ。」
「ああ、レンヨウ。最悪のタイミングだよ。クソ!」
悪態をついたのは城ヶ崎だ。
城ヶ崎は相当追いつめられている。
今の僕を戦力外と考えたとしても、傷ついた城ヶ崎と万全な翼さんとなら……。
この2人のどちらが強いなんて測れない。
翼さんは素で凪よりも強いのだ。
もしかしたらお互い万全でも城ヶ崎と互角かもしれない。
……正確なことなんて分からないよ?飽くまで予想だから。
この状況じゃ測り様が無いし、測る意味も無い。
ただ、状況的には間違いなくこちらが有利だ。
不意に、翼さんはポケットから何かを取り出す。
赤い日に照らされて尚、それは銀色に輝いた。
彼女はそれを城ヶ崎に放った。
「おっと?」
城ヶ崎は上手く受け止める。
その際にちらりと何を投げたのかが見えた。
アレは腕時計だ。
「プレゼント。あげる。帰るよ、ナギ。」
「ちょっと待て。何のつもりだ?というかだな、お前達を見逃す訳には……。」
翼さんは聖樹の元の駆け寄ると肩を貸して立たせた。
聖樹は小さく呻く。
まさか。意識があったのか?
「もう貴方だって余力、無いんでしょ。無理したって私には勝てないわ。普段の貴方はどうか知らない。だけど今の貴方が相手なら、私たちは絶対に逃げ切れる。」
翼さんは淡々と述べる。
言っている間に傷を庇いながら聖樹を運んでいく。
「それと実はその時計、時間がズレてるの。時計は貴方にある事柄の訪れを正確に教えてくれるでしょうね。」
「ある事柄?」
城ヶ崎は怪訝な顔をした。
対して翼さんは不適にニヤリと笑みを浮かべる。
なんとなく嫌な予感がした。
翼さんのその笑みには明確に悪意がにじみ出ていたからだ。
……なんというか、イタズラっぽい笑みだった。
あの人、あんな顔をするんだな。
滅多に見ない顔だから尚更嫌な予感が……。
それで、何を仕組んだのだろうか。
警察に通報した、とか?
そういった僕の凡人ならではの想像は完全に裏切られる事になる。
「……単刀直入に言う。12時を過ぎた時、この建物の4階が爆発する様になっている。規模は小さいけれど、確実に4階部分を崩せる様にしたつもり。」
翼さんの突拍子もない発言に、城ヶ崎は反応しない。
いや、違うのか。出来ていないだけだ。
彼は絶句している。
……てか、そりゃそうだ。
僕だって開いた口が塞がらない。
爆破って、え?
え!?
「つまり、その時計はタイムリミットを知らせてくれるもの。私たちはもうここから離れるから要らない。だからあげるわ。」
「12時……。後3分しか無いじゃないか!」
時計を確認し、城ヶ崎は叫んだ。
同時に僕の顔からも血の気が引いて行った。
3分で脱出出来なかった場合、僕も黒こげ?
不意に先程、血を吐き地面にうつ伏せたあの状況を思い出した。
……もう死にかけるのは御免だ。
あの状態になるくらいなら安楽死を望む。
「4階部分で働いているのは何も知らない一般の人間だ!ソイツ等までも巻き込むのか!?」
「私にとってその人達が何かを知っているか、知っていないかは重要じゃないわ。」
翼さんはキリリと城ヶ崎を睨みつけた。
その上で言い放つのだ。
「利用出来るものなら何だって使う。物事は良い悪いじゃないわ。勝ってこそ意味がある。ゲームじゃないなら、それは尚更。そちらと喧嘩する為には、綺麗事じゃ戦えないのよ。」
え、と?
僕にはどっちが悪者なのか分からなくなって来たんですが?
翼さんは聖樹に肩を貸しながら、凪の元へ赴き状態を確かめる。
「立てる?」
凪は小さく頷く。
ふらつきながらもなんとか、凪は立つ。
飽くまで姉の力を借りるつもりは無い様だ。
翼さんは既に1人に肩を貸している。
2人抱えたら流石に脱出は無理だろう。
「く、そ!だとしたら、せめてお前達はここから逃がさんぞ……。」
自棄糞になったのか。
城ヶ崎は身構える。
手を差し出し、平に小さな金属片を握りしめる。
手に握りしめたのは鉄筋コンクリートの破片か?
また武器を作り出すつもりか。
ネジ以外のものでも剣を生み出せるのかはわからない。
だが、この状況で剣を作ることを躊躇うとは思えない。
彼が何かを握りしめたとしたら、多分出来るのだろう。
『------、!』
再び頭の中でアラートがなる。
『敵意、ヲ……。向けるものが、イるのなら……。』
い、いらないよ!
三回も戦わなくていい!
"キミ”は大人しくしてて……。
「……??」
------ふと、違和感を覚える。
まただ。
今、僕は”誰と”会話した?
誰が、”僕と”会話した……!?
クソ、こんなのおかしいよ!
狂ってしまいそうだ!
どうやら、僕は戦う力を手に入れたみたいだ。
唐突すぎてそれについて整理する時間が欲しいけど、とりあえず今の僕は無力じゃないんだ。
城ヶ崎を去なす事が出来る程、僕は強かったじゃないか。
……だけど、問題は自覚が湧かないことなのだ。
戦っている間、まるで僕の意思は反映されなくて……。
しかもさっきから変な”会話”が起きている。
先程の力が使えたとしても僕はもう戦いたく無い!
故に翼さんが仮に、仮にだ。敗北したとしたら。
……もう後は無い。ナギも聖樹も満身創痍だ。ここから逃げ切れるかは翼さん次第だ。
僕は固唾を呑み込んだ。
仮に彼女が負けたとしたら……。
「……まだ時間はあるのだけれど。」
僕の思考は中断された。
彼女は意味ありげに城ヶ崎に対して発言した。
城ヶ崎の動きが止まったのを見て、彼女は続けた。
「人目につかず、爆発物を隠せる場所なんて4階には数える程しか無いのよ?」
「------!!」
ナルホド。
彼女の意図が見えた。
城ヶ崎に探させようと言うのだ。
彼女は爆破が行いたくて爆弾を持って来た訳じゃない。
最初から城ヶ崎等の追撃を逃れる為の時間を稼ぐのが目的だったんだ。
「……チッ!」
彼に考える時間はないだろう。
城ヶ崎は走り出した。
体に受けたダメージは大きいはずだ。
しかし、彼には時間が無い。
ダメージを考慮しての行動をする程の猶予はないのである。
彼は体を引きずる様に、かつ迅速に屋上から退場した。
「さ、彼は忙しいみたいだし邪魔しない様に帰りましょうか。」
翼さんは傷ついた聖樹を支え、凪の様子に気を払いながら退散を始めた。
屋上は静まり返っていた。
城ヶ崎は去った。
この時点で『ここに来た目的』は達成している。
情報は手に入れているのだ。
……確かに目的は果たした。
------、だが。
「あの、翼さん。このまま……。」
------帰っても良いのだろうか。
なんだか腑に落ちないのだ。
僕の身には、”何か”が起こっている……。
また自分事か、と言われてしまうかもしれない。
だが、恐いんだ。ただひたすらに。
時間が無いのは分かっている。
だけど、色々なことが曖昧なまま終わってしまっていいのだろうか。
まだ、ここでしか出来ないことが残っている様な気がする。
考えなきゃならないことがある様な……。
「これでいいの。」
しかし翼さんはぴしゃりと言い放つ。
「今はこれで。考えたいことがあるのなら、明日以降にとっておきなさい。」
どうやら彼女は取り合う気は無いらしい。
『考え事は明日に。』
……やっぱり、それで良い気はしない。
城ヶ崎から聞けた事はあったのではないだろうか……?
もう少し粘って得られる情報はあったのでは……。
そんなことを考えてしまう。
ただ、3人とも既に階段を下り始めている。
僕だけ残る訳にはいかないだろう。
結局付いて行くことにする。
だだをこねたい。しっかりと聞いて欲しい。
だが、現時点でそれをしたって翼さんは立ち止まらないのだろう。
……仕方が無い。
納得はできないが、明日以降に考えるしか無い様だ。
僕も彼女等に続こうと、階段を下り始めたときだ。
何か、何かを忘れている気がして立ち止まった。
あれ?
なにか、もっと別の大切なことを忘れている様な気がする。
なにか……。なんだっけ?思い出せない。
やたらとスッキリしない終わり方だが、それも仕方ないのかな……?
この忘れた何かも明日考えればいいのか……?
……いや、そもそもそれ以外の選択の余地など無いのだが。




