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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
6/82

《それに付き合う完全主義者》001-#2/2《翼》

 長かったので2分割に。

読みやすくなったかな?

【個体の武器】

【恋葉翼】-00-1-2/2----好奇心ーそれと出会い。 《それに付き合う完璧主義者》




 ---下校。午後6時半頃の事だ。

 彼女は一時間程時間をつぶすべく、駅前の本屋に向かった。

 本屋には人が大勢いる。つまり彼等は仕掛けて来れない。

 翼はそれなりの読書家だった。

 彼女にとって本屋は暇を持て余す事なく時間を潰せる都合のいい場所だった。

 ---1時間。

 その間に大半の生徒は帰宅するだろう。

 1時間待った方が絶対に人と会う機会は少なくなる。

 それからだ。彼等を撒くのは。

 彼等の相手をするのは。


 ---本屋から出た翼は自分の家には向かわずに、とある公園に向かった。

 何故か。 この公園は彼等を迎え撃つには最適の場所だったからだ。

 少なくとも翼はそう考えていた。


 その理由の一つ目。この公園には街灯が少ない。

 夜、この時間帯ならば殆ど真っ暗で何も見えない。

 更に言えばその公園の辺りは人通りも本当に少ない。

 住宅街の裏側なのだ。付近のマンションなどの入り口は表通りにある。

 公園の前を通る人は殆ど居ない。

 また、公園は丁度付近の建物の窓からは見え難い位置に会った。

 付近の建物の窓から見下ろしても公衆トイレの屋根しか見えないのだ。公園は暗すぎるから。


 ---夜8時ちょっと前。正確には5分前。

 翼の希望通り、公園は真っ暗で人も居なかった。

 ただ、やはり見られている。翼は気配を感じていた。

 翼は公園の端にあるベンチに腰掛け彼等の動き、出方を見る。

 正面には公衆トイレがあったが、それが重要だとは思わなかった。

 先ほどの書店で購入した本を広げる。

 ライトノベル。

 最近流行の手軽に読める小説である。

 本来翼はもっと時間をかけて読む小説が好みだが、このくだらない待ち時間を潰す為だけに長い小説を買う気になれなかったのだ。

 長い小説は読んでいる途中に邪魔が入らない時に読みたい。

 翼は手に持ったそれを、公園に1つだけ置かれた街灯の薄明かりを頼りに読み始めた。


 ---6月なのに、夜は冷える。

 翼は本を持っている手がだんだん冷たくなるのを感じた。

 公園には相変わらず翼だけが居て、周囲からは話し声も人の気配もしない。

 たまに大通りに走る車がクラクションを鳴らし音が住宅街に反響する。

 しかし聞こえる音と言ったらそれだけで、公園は不気味なまでに沈黙していた。

 多くの人間が帰宅する時間帯なのに、住宅街(・・・)に作られたこの公園に人の気配が届く事は無かった。

 足音も響かない。話し声も聞こえない。故に翼はライトノベルを集中して読む事が出来た。

 ---翼がこの公園に来た訳、二つ目。

 この公園は殆どの生徒の通学路から外れていた。

 殆どの生徒はそもそも”こちら”側には通学してこない。

 この一帯に済むのは大抵『南紅葉高校』の生徒達だ。

 駅にそれなりに近く、尚かつマンションが多いこの地域は、そういった遠い学校に通う生徒達が住むのにうってつけだ。

 それを売り文句にした住居の宣伝もよくなされている。

 ここはそんな地域だ。だが、建物の入り口はさっき言った通り表通りにある。

 ……その他校の生徒もこの裏通りは通らない。通勤帰りのサラリーマン等も帰路にこの道は選ばない。

 つまりこの公園の前は通らない。

 そんな事を考えていたら、あくびが出た。


 ---その時、”私”はやっと人の気配を感じた。

 彼等が公園に入って来たのだ。殺気立っているから姿を見るまでもなく判る。

 私は時計を見る。

 ……8時丁度。随分律儀に判り易い時間に仕掛けて来た。

 ため息をつきつつ立ち上がり、隣に置いた手提げ鞄にラノベを入れる。

 私は公園の中央まで自ら出向いてやった。

 ある意味、私はそれに挑発の意味を込めていた。

 伝わるかどうかは別として、自己満足の為にそうやって意識して行動したのだ。

 くだらないが、私が出来る精一杯の強がりだ。


「今日は3人? 朝からずっと女の子付け回すなんて良い趣味。ずいぶんいい仕事してるのね。」

 私は第一声を放った。安い挑発だ。

 ……さて、煽ろうが何をしようが、最初は彼等に何もされない。

 彼等が殺す事を目的にしている訳じゃない証拠だと思う。


 今日の相手は3人。

 彼等は黒いスーツを着込んでいた。

 6月なのに熱くないのだろうか? 

「大人しくしていた方が身の為だ。これまでとは違う。今回は脅しじゃないんだ。」

 ……その台詞は何度も聞いた。

 毎回そういったニュアンスの言葉を放って来るのだ。

 しかしやる事はいつも同じ。

 私を『無力化』させるのを目的に動くのだ。

 それが判っているから、ある程度は余裕を持った行動を取れる。

 決して緊張感を欠いている訳では無く、状況の判断を冷静に行う余裕が生まれているのだ。

「……そう。それで今回は何を見せてくれるの? 日本刀とか? 刃物だったら見飽きたんだけど。」

 1人がナイフを取り出す。それは銀色に薄く光を放っている。いつも通りで芸が無い。

 1人が警棒を取り出す。それは黒くて見づらくて、定番でやっぱり芸が無い。

 1人が……。え? 銃?


「3人掛かりだからといって、油断などするものか。お前は少し私たちを見くびり過ぎじゃないか? 小娘。」

 銃か。

 アレはおもちゃじゃなさそうだ。

 ここから見ただけでは判別出来ないがそれは言える。

 ガタイの良い黒服の男性がおもちゃの銃をあんな真顔で構えていると考えるのは、あまりに楽観視しすぎだろう。

 銃を相手にする場合、弾丸に当たったら最後だ。

 絶対に継続して動ける状況では無くなるだろう。

 即死さえしなければ”つれてかれる”かもしれない。

 ……アレには気をつけなければ。

 アレを持つ『彼』からは目を離し過ぎてはいけない。

 彼等は私の周囲を固めて来た。

 ---ナイフを突き出すものがいる。

 ---警棒を構えるものがいる。

 ---銃はまだ構えられていない。

 足下の鞄を、立たせて置いたのだが足で倒した。

 いざ戦闘になった時に立ったままだと少し邪魔になると思ったから。


「……こないの?」


 私はスカートのポケットに手を入れ、目に入りそうで気になっていた前髪をかきあげた。

 これも挑発。出来れば向こうから仕掛けて来て、こちらが受けに回った方が対処はしやすい。

 挑発に乗って来てくれた場合の方が疲れなくて済むのだ。

 だが、依然向こうはかなり慎重に私の様子を窺っている。

 私はため息を堪える。

 警棒を持った男が背後から声を発する。

「その手には乗らんぞ、魔術師め!」

 ……まあ、そうでしょうね。

 隙は出来ない。流石にこれだけじゃ。

 これに答えてもらって、ちょっとでも気がそれたら……。

 などと少し期待をしていたのだが。

 彼等にその気がないのなら、こちらから仕掛けるしかない。


 フルに頭を使う。

 考える。---戦う前に考えろ。


------------------、考えろ。



 ---まず無力化するのは警棒を持った男だ。

 確かに銃は怖いが、警棒は取り回しが良い。

 打撃武器はある意味銃よりもっと怖い。

 銃を最初に相手した場合、後ろからの打撃による攻撃が恐ろしい。

 それには対処出来ない。

 最初に無力化しておいて損は無いだろう。

 私は今ナイフを持った男を向いている。警棒を持った彼はその真逆、私の背後に居る。

 だから彼は油断している。自分が見られていないと思っている。狙われていないと思っている。

 今ナイフの男の方を向いている私にいきなり詰め寄られた場合、素早い反応は出来ない。……出来ないはずだ。


 ---銃の男はまだ銃を構えていない。

 あの状態から至近距離に隣接する目標と味方を区別して正確に打ち分けるのは無理だ。

 少なくとも構えた直後には発砲出来ない。

 構えてから少しでも、発砲までに猶予があるハズだ。

 だから他のヤツと接近戦に持ち込めれば銃の男はあまり怖く無い。

 さて、警棒の男を相手にした後、間違いなくナイフの男が動く。

 だが、彼の攻撃は到達までに時間がかかる。リーチが短いため接近するのに時間を要するハズだ。

 しかも現在彼は自分が見られていると思っている。攻撃を受けるのではないだろうかと『身構えて』いる。

 警棒の男の方に向かった私に素早く対処出来ない。

 そこで少しだけでも時間が稼げる。


 警棒の男を相手に出来る時間、猶予は意外と多いはずだ。


 ---まず、膝蹴りを一発。腹に。

 膝蹴りが入ったならば彼は身を庇う。呻く。警棒での反撃は来ない。仮に行われたとしても大した事は出来ないはずだ。

 そのまま右手を使い、手首を掴む。

 重心を崩して地面に叩き付ける。CQC(近接格闘)の基本動作の一つだ。

 具体的に訓練を受けたことなど無いが、私にはそれの知識がある。

 なんとかなるさ。やり方や”理屈”は分かっているのだから。

 ダメージを与えた直後、相手の重心を崩し投げるのは容易いはずだ。

 その過程で空いている左手を使って警棒を叩き落とす。

 1人無力化。


 次。銃の男の相手をする。

 銃の男はこの辺りで既に銃を構えているはずだ。

 位置関係的にナイフの男を相手しないとマズいが、叩き落とした警棒を投げつければ時間を稼げるだろう。

 素早く銃の男の元に駆ける。


 しっかりと狙いをつけられたら終わりだ。

 短い間ではあるが、警棒の男を倒した時点で自分は的になる。少なくともナイフの男に取っ付くいたりしない限りは。

 目の前のナイフの男を見遣ってふと思う。彼等だって銃を持っていたとしても同胞を撃ったりはしないはずである。仮にそういう状況の時、躊躇いくらいは見せるハズ。

 ……誰か他の者と近接戦になれれば銃は意味をなさなくなる。

 味方に当たる可能性がある時点で発砲はしないだろう。

 しかしだからと言って先にナイフ持ちを相手にする事は出来ない。

 この銃を持ったヤツが居る限り、ナイフ持ち相手に慎重に間合いを計ったりする戦い方は出来なくなる。

 距離を取って隙を窺ったりしようものならその瞬間撃抜かれる。

 ……やはり先に”銃持ち”を倒した方が良い。

 銃口を避けながら移動し接近。

 銃の機能しない間合いに入り込み攻撃を開始。

 顔面に一撃。続いて腹、臑に蹴りを。顎に膝蹴りを。脳を揺らして防御を薄くする。そして最後に回し蹴りで倒れてもらう。


 ギリギリ間に合うだろうか。いや、間に合わせる。

 その後で駆けつけたナイフの男の相手をする。

 組み合った時点でナイフを叩く。

 続いて投げ飛ばす。背負い投げでなく重心をずらして地面に倒れてもらう。

 バランスさえ崩せれば、対格差があっても地面に投げ飛ばすのは容易だ。

 倒れた後、追撃。

 両手を踵で踏み抜く。続いて喉。腹。

 一番効率の良い場所を徹底して叩く。


 それで3人は無力化される。今日は家に帰って課題を進める。


------------------、これで良いハズだ。



 頭の中で組んだ戦闘パターンを瞬時に確認する。

 想像するのは一瞬だ。

 後はこの通りに動いて殲滅すれば良い。

 最初に戦闘の様子を想像するのは、ある程度場合を想定しておいた方がスムーズに動きやすいからだ。

 柔軟な対処能力ももちろん必要だ。

 例え想像したのと違う展開になったとしても慌ててはならない。

 作戦なんてダメで元々。

 この通り行けば圧勝。


「魔術師ね……。魔術なんて使ってないんだけどね? 普段も今も。」

 ……、大きく敵の技量を図り違えていたら私の負けだ。

 例えばこの一連のプロセスは『銃を持つ男が瞬時に密着した味方と敵を区別して狙い打てない』という仮定で成り立っている。

 これが外れていたら、正確な狙いで撃たれておしまいだ。

 戦術を考えるのは、行き当たりばったりより多少マシになる程度のほんの気休めでしかないのだ。


 私は大きく息を吸った。身構えた。ポケットから手を出した。

 こちらから仕掛けよう。戦闘は絶対に失敗出来ない。これは都合のいい創作では無いのだ。負けたらそこで一環の終わり。

 足下に置いた鞄の事を一瞬だけ思う。

 踏まないように注意しなくては。

「だったらこっちから行く。早く帰って宿題しないといけないし、何よりこんなところでいつまでもいたら誰かに見られちゃうかもしれない。」

 若干の本心。人に見られたくはない。

 相手からしてもそれはマズい事のはずだ。


 ……!、隙が出来た!

 私の発言を聞いたナイフの男が、ほんの少しだけ。少しだけだったが前傾(ぜんけい)を解いた。

『人が来るかも』ということを意識したのだろうか。

 一瞬の隙を見せたその反応。それは大きく私にとって有利に働く。

 素早く身を返し警棒の男に走り、膝蹴りを浴びせた。

 渾身の力を込めた膝蹴りは相手の土手っ腹を捉えた。

 予想通りの反応だ。

 彼は身を庇う。

 隙が出来る。

 だが、身をかばってももう遅い。

 しばらくはまともに立つことも困難なはずだ。

 背後でナイフ持ちがこちらに走り始めたのが分かった。

 予想以上に反応がトロい。


「……! コイツ!」

 予測していたよりもかなり猶予がある。

 銃持ちの方を見遣った。

 ……、彼は銃を構えていない。

 なにかメモ用紙のような物を持って書き込んでいる。

 その動作は気になったが、ともかくこちらに銃口は向いていない。なら作戦変更。先にナイフの男を叩く。


 先に考えた通り警棒を叩き落としながらその男を投げる。正確には重心を崩して薙ぎ倒しているだけだが。

 警棒は公園の端。ベンチの下に入り込んだ。

 アレを取りにいくのはなかなか大変だろう。

 行ったら行ったで大分隙を作ってくれる。

 ともかくすぐに拾うのは無理だ。

 警棒は広って私が使う予定だったのだが、予定変更だ。


 重心をこちらに引っぱり、足を引っ掛け、立っていられないようにバランスを崩す。

 私自身の重心は依然安定したままだ。身体の重心は低く保ち、技を掛けている最中も安定させる。

 技を掛ける時の基本中の基本だが、こちらは絶対に体勢を崩す様なことがあってはならない。

 仕掛けた方が不利になっては元も子もないからだ。

 男は地面に倒れる。

 それを確認した後、素早く振り向き身構える。

 ナイフの男の相手をするまでに一拍。一呼吸分の時間があった。

 故に息を整える事が出来た。


 ---斬撃。だが振りかぶったナイフの軌道は簡単に予測出来た。

 紙一重で避け、空振り後の隙を突く。

 ナイフを振りかぶったその動作のせいで彼は最初から重心を崩していた。

 その身を倒すのは簡単だ。

 手首を掴む。ナイフを叩き落としながらどう無力化するかを考えた。

 勢い付いて安定しない相手の重心だが、更に傾けてやる事にした。

 手首をひねり、よろけるまでバランスを崩させ。

 よろけたのを確認した私は膝に蹴りを浴びせた。銃の男の方を見る。

 メモ用紙を急いでしまっていた。銃は構えられていない。

 まだ猶予がある。交戦相手は叩ける時に徹底的に叩く。

 もう一度。同じ位置、膝に蹴りを入れる。

 これでもう立てないはずだ。

 私は確信した。

 膝の皿が割れたのを感じた。足の骨は折った。


 あと1人、アイツが銃を出す前に決着をつけれるだろうか。

 ……それは甘い考えだった。

 いつの間にか、銃を構えるのは予想よりもとても早かったらしい。

 銃口がこちらを向いていた。

「……、!」

 小さく舌打ちをした。こちらに向いた銃口には小さなつつ(・・)がついている。

 ---サプレッサーは消音効果もあるが、マズルフラッシュを抑え反動を軽減する効果もある。

 また、ロングバレルの役目も果たす。

 簡潔に言えば命中率が高まるのだ。

 拳銃にはそのサプレッサーが付いていた。


 銃身が跳ね上がる。

 撃たれた。けど当たらない。

 後一瞬、いや言い過ぎか。

 もうちょっと気づくのが遅かったら危なかったかもしれない。

 だが、私はそれに気がついたし銃口から身を逸らした。

 優越感に浸っている場合じゃ無い。

 素早く接近する。

 こちらには遠距離で有用に働く武器が一切無いのだ。


 もう一度。彼は銃口を合わせて射撃を試みた。

 動いている相手に当てるのは難しい様だ。

 弾丸は再び外れた。

 弾丸は私のすぐ後ろの、さっきまで私が腰掛けていたベンチの金属枠に当たった様だ。

 甲高い金属音が響く。

 ……、しまった。

 住宅街……。ここで”甲高い金属音”はちょっとマズい。

 私にとっては結構大きな出来事だが、今はそれに構っていられる余裕さえ無い。

 それよりも、目の前の敵に集中しなければ。


 接近しきったらこちらの物だ。

 銃は近距離に対応出来ない。

 なるべく素早く、早くを心がけて。


 ……ねじ伏せた。


 拳銃を叩き、足払いをかける。

 彼は仰向けに倒れた。

 好都合。仰向けに倒れた相手にはとどめを刺しやすい。私は男を見下ろして……。

 ……一瞬、今自分がしようと思った事に対して、若干の罪悪感が生まれた。

 だが、すぐにそれを払う

 呻いている彼には悪かったが、そちらの都合などこっちには関係ない。

 そちらだって私の都合を考えてくれないんだ。

 ならば、これでこの人とは『おあいこ』だ。

 心でそう呟きながら二度、腹を思い切り踏み抜いた。




「……さて、と。」

 深呼吸して辺りを見渡す。

 三人とも無力化出来た。

 ふと、足下に倒れている者を見つめた。

 この男は先ほどまで銃を持っていた男だ。

 確かさっきメモみたいなものを持っていた。

 あれはなんだったのだろうか。

 戦っている最中に取り出すとは、何かあるのではないか?

 私は彼のスーツの懐を拝借した。

 内ポケットには、財布。懐中時計。携帯灰皿。タバコ。


 ……あった、メモ帳。

 中身を開いて確認した。

 最初の一ページ目に書かれている文字。気になってなんとか街灯の明かりで読もうとする。

 『重要参考人、及びその備考』?

 そんな文字が見える。

 あからさまに”重要そうなオーラ”を放つそれを確認しようと、街灯の薄明かりを頼りに内容を見ようと試みる……。


「あ、危ない……!」


 __心臓が跳ね上がった。

 男の子の声……!?

 背後で声が聞こえたのだ。

 反射的に振り向いた。


「え……?」

 警棒の男がナイフを持って私に切り掛かろうとしていた。

 既に振りかぶる直前だった。

 ……しまった。

 途中の作戦変更のせいでナイフが何処に落ちたか見ていなかった。見逃した!

「チィ!!」

 舌打ちをしながら男は腕を振りかぶる。

 ナイフが振り下ろされた。

 刃が私を切り裂こうと迫って来る。


 なんとか……。

 殆ど反射的な動きだった。

 後ろに飛び退く。

 なんとか、刃は届かなかった。


 ただ、刃は制服のワイシャツの肩を切り裂いた。

 私は小さく舌打ちした。

 ……酷い不覚だ。制服を一つ駄目にしてしまった。

 家族になんて言い訳しようか。

 ふと、この状況で私は少し笑みをこぼした。

 普通の感性を持っていたなら、驚いたりパニックに陥ったりするのが当たり前の反応なのだろう。

 けれど、私にはどうしようも無くおかしく思えたのだ。


 ”恋葉 翼”が言い訳、か。

 ”完璧なんて無い”。

 常日頃から思っている事だが、やっぱりその通りだ。

 少なくとも、私は完璧じゃない。

 あくまで世間がそう評価しているだけだ。

 人の評価など当てにならないものだ。


 ---体制を立て直し思考を切り替える。

 メモ帳はポケットにしまう。

 まだ戦闘は終わっていない。

 後一瞬、まだ姿が見えぬ誰かさんの声を聞かず反応が遅れていたら、私は今頃斬撃を受けていたかもしれない。

 今度は大げさじゃなくて……。

 ---気を引き締めねば。


「懲りないヤツ!!」

 素早く間合いを詰め、ナイフを取り上げる事も無く顎に一撃。

 渾身の力を込め拳を叩き込んだ。

「がぁ……!」

 男が倒れたのを確認。

 この一撃で行動不能になるはず。そこまでが私の今考えた計算。

「うがあアアアア!!!」


 ここまで叫ばれるのは計算外。

 顎を抑え、彼は悶絶し絶叫する。

 私は顔から血の気が惹いていくのを感じた。

 ……重ねて思う。ここは”住宅街”だ。

 早く立ち去らねばなるまい。

 この声を聞いて見に来る物好きも居るはずだ。


 ---ところで。

 先ほどの少年の声。その主を捜す。

 ふと公園の端。公衆トイレの陰を見遣る。

 ……あんなところに!

 隠れていた少年が『ポカン』と途方にくれたような表情で突っ立っている。

 よく見れば東紅葉の制服。我が校の男子生徒だろう。

 ……今の戦闘を見たのだろうか?

 少しだけで良い。何処かで落ち着いて事情を聞いた方が良さそうだ。

 だがまずは……。

 その生徒から大きく離れて拳銃を取りに行った。

 公園の端でそれは黒光りを放っている。

 少し大きめのその銃を手に取り、状態を確認する。

 ……『MK-22』。私はこの銃の型番を知っていた。

 そして特徴も。


 ハッシュパピーとも呼ばれるこの銃は、携帯製には多少難がある。

 だが、装着出来るサプレッサーのお陰で非情に高い消音能力を持つ。

 このサプレッサーは22発も撃てばボロがでて使用不能になるが……。

 だが今この銃には弾倉に6発、銃身に1発の計7発の弾丸しか入っていないはずだ。

 使い捨てる分にはサプレッサーの劣化に心配はいらない、十分だ。

 どうせ銃は弾丸の数以上には使用出来ない。


 私はそれ()を鞄にしまう。

 それにしても、暗殺用の消音ピストルなど持ち出すとは。

 だんだん彼等の行動は過激になっている気がしなくもない。

 今回こそ本気で私を捕まえる気だったのだろうか。

 この銃は有り難く使わせてもらおう。

 使いどころは誤らないように注意して。

 ……使えるものは全部使ってやる。


 それから振り返って、さっきの男子生徒のところに駆ける。

「何してるの! 来て!!」

 私は男子生徒の顔を見た。

 ……雅木葉矛《ミヤビギようむ》。一瞬で分かった。

 この方向に帰って来る生徒の一人。

 私の”妹のクラスメイト”でもある。

 何故、この時間に?

 部活動は行っていない生徒のハズだ。

 行っていたとしても、こんな時間に何故。

 一応、私は彼以外の生徒の事もだいたいは把握しているつもりだ。

 『全生徒の全て』とは言わない。でも顔と名前だけは一致出来るようにつとめている。

 誰と話しても即座に相手に対処出来る様に。

 それを元に考えるに、彼は決して夜遊びをする様な人間では……。

 いや、今はそんな事どうでもいい。

 今は考える時間はない。

 あっけにとられている彼を他所に、手首を強く握りそのまま走り出す。

 彼を連れて駅前へ。少しでも人の多いところに。




 ------ところで、私は何故彼を”助けた”のだろうか。

 放っておけばそのまま突っ立っていたかもしれない彼を……。

 そのままだったら、彼等に捕まっていたから? かもしれないから?

 私はいつからそこまでの善人になった? 私は一度、人を見捨てているのに。その時から善人振る感情は捨てているのに。

 ……それも後で考えれば良いだろう。

 この人から話しを聞いた後で。

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