《火災警報の意味》26-#1/2《城ヶ崎》
なんとか守って来た更新ペースだけど、来週の水曜日は更新出来そうにないです…。
情けないことだ…。
【個体の武器】
【城ヶ崎】-0-26-#----改めて”無力”--《火災警報の意味》
おいおい、こんな時になんだってんだ!
敏生と楽しいおしゃべりをするはずが、突然鳴り響いた警報音に邪魔される。
これは火災警報だ。
どこかで火事が起こった?
いや、それよりも……!
「おい、慌てるな!火は回って来ていないだろう!」
鐘の音が鳴り響き、辺りは騒然としていた。
社員達は思い思いに慌てっぷりを披露している。
実に慌ただしい。そして見ていて愉快な連中だ。
机の下に身を屈めるヤツがいた。
走り回って何も無いところで転ぶヤツが居た。
持っていた書類を辺りに散らばせたヤツが居た。
ため息が出る程にまとまりが無い。
そこでオレは先程の言葉をぴしゃりと言い放った訳だ。
椅子から立ち上がり、大きめの声で怒鳴る様に言った。
大きい声で言った、それが良かったのだろう。
周囲の社員等にはオレの声が届いた。
オレは安心して肩をなで下ろした。
声を聞き分けれる程度には理性が残っている様だ。
それを確認してオレは続ける。
「冷静になれ。火元の確認を行え。火の規模も分かれば対処のしようがある。それから放送で建物内の人間に批難を指示しろ。手の余っている者は下で直接批難指示を出せ。一般人もいるんだ、迅速に行え!」
各自、指示を受けてからの行動は早かった。
それぞれ自分のすべき事を行うため、思い思いの場所へ向かう。
よしよし、行動に移るのは案外早いな。
「あの、僕は?」
……忘れてた。
振り返ると白衣の研究員がおろおろとしていた。
確かに敏生にはこの場でするべき事と役割は無い。
「……自分で考えてくれ。研究員。」
オレが敏生を流したところで太ももの辺りに振動を感じた。
震えているのは多分ポケットの中だ。ケータイが入っている。
誰かがメールだか電話だかをかけたのだろう。
躊躇った。
携帯は震え続けている。
つまりこれはメールではなく通話のお知らせだろう。
この非情時にタイミング良く電話が掛かって来る……。
まず、オレの携帯電話に掛けて来る物好きなヤツは少ない。
同世代の人間とのアドレス交換なんて殆どしてない。
仕事意外で携帯を使う事自体ないと言っても過言ではない。
こう言っているとまるで社会不適合者みたいだな。
ともかく、出来れば電話に出たく無い。
どうせ電話に出れば上司の催促か部下の失敗の報告かの二択なのだ。
誰がかけてきているにしろこの状況だったら『気がつきませんでした』ですみそうな気もする。
やり過ごしてしまおうか。
……全く、ため息が出るな。
しぶしぶポケットから携帯を取り出した。
何を考えているんだ。オレは。
ズルけていて自分の役割をきちんとこなせているとは言えない。
オレは重要な人物なのだ。
だったら、自分の責任からは逃げてはならない。
例え上司の小言を聞くだけでも構わない。
一応は応答しておかねば……。
実に憂鬱だが。
周りは大分騒がしい。
オレは携帯を耳につけ、通話相手の声に集中した。
「もしも……。」
「城ヶ崎!!今何処に居ますか!?」
『もしもし』の挨拶もなしに通話相手は叫んだ。
相手は上司でも部下でもなく、理子だ。
声も無粋な態度も言い方も彼女のそれだ。間違いない。
上司が小言を言う為にかけて来たのではなかった。
それは実にいい事だ。
しかし、同時に凄く根本的な疑問が浮かんだ。
根本的であり、非情に重要な疑問だ。
「おい、なんでお前がオレの携帯電話の番号を知ってるんだ?」
……オレはコイツとアドレス交換した覚えは無い。
ヤツのメールアドレスに興味は無かったし、自発的に聞く気になどなれなかったからだ。
向こうから聞きに来ることも無かった。
もちろん電話番号も交換してない。
つまり、コイツがオレの番号を知り得る訳が無いのだ。
「そ、そんなことは今はどうでもいいのです。」
通話相手は一瞬吃った。
まさかこいつ……。
一瞬で理子のしでかした事を察知した。
じっくりと嫌みらしい言い回しで真偽を確かめたかったが、そこまでの時間は無い。
俺は実にシンプルに、そしてダイレクトに理子を問いただした。
「……お前、”特権”使ったな?それも凄く私的理由で。」
理子は情報班班長だ。
理子やオレ達以上の立場の連中は、社内の人間が持つ情報を自由に閲覧出来る”特別な権利”がある。
内部情報管理を一括して行っているデータベースを扱える権限があるんだな。
その権利さえ与えられていれば、普通の人間には開示されていない社内の人間のプライベートな情報まで閲覧出来てしまうのだ。
現在の住所、休暇を取った時の外出先、具体的な給料の金額……。
もちろん電話番号も例外ではない。
当然ながらコイツはいつでも理由も無しに使える代物じゃない。
飽くまで正当な理由がある場合のみ権利を行使出来るのだ。
例えば転属してきた部下の情報を把握したりなど。
もちろん私的利用などもってのほかだ。
「……なんの、ことでしょう?」
……確信した。
精一杯隠しているつもりだろうが声の調子からバレバレだ。
向こうは恐らく相変わらずの無表情を保っているのだろうが、電話での通話は相手の顔を見ない。
表情に意味は無いのだ。
「情報班班長の特権をそんな使い方してていいのか!?部下が聞いたら泣くぞ!現に個人情報知られて、オレは泣きそうだッ!!」
オレは怒鳴っていた。
怒ったとか、そんなんじゃない。
気がつかないうちに自分のプライベートが知られていたらお前だって恐いだろう?
だから権利の”私的利用”は原則禁止になっているのだ。プライベートなコトを調べる為に使うヤツがいるから。
今、理子のヤツがした事はストーカー行為に等しい。
正直に言おう。
オレは恐くなったのだ。
「私的利用じゃないです!いざという時に連絡がつかないと困るので『仕方なく』調べたんです!誰が好き好んで貴方の電話番号なんて調べますか!?自意識過剰にも程がある!!いい加減にしてください!誰がストーカーですかッ!」
「す、ストーカーは言ってない……。」
思ったけど。
理子のやつ、一応自覚はあるんだな。
珍しく理子は声を荒げ、一気に捲し立てた。
必至さは凄く伝わったが、電話番号くらい”調べる”んじゃなくて直接聞いてくればいいのだ。
「ともかく、こんな巫山戯たお喋りしてる時間はありません。今貴方は4階にいる。間違いないですね。」
オレは電話越しに頷いた。
見えないのは分かっているけど、クセみたいなものだ。
「さすがストーカーさん。なんでも知っていらっしゃる様で。」
理子をからかえる機会があるなら、非情時でもオレはからかい続ける。
それがオレのポリシーだ。
一度機会を逃すと次はなかなか無いからな。
電話のスピーカーから『みし…みし…』というプラスチックがきしむ様な、耳障りの良くない音が聞こえて来た。
アイツ、どれだけ電話を握りしめてるんだよ。
そこまで悔しいのか。イラつくのか。それは良かった。
「……3分で良い。黙って聞いてて下さい。」
理子は殺意の籠った、ドスを効かせた恐い声でそう言い放った。
それは、オレともあろうものが生唾を飲込む程の迫力だったとも。
ああ、電話越しで良かった。
生で対話している最中だったら漏らしていたやもしれん。
オレはその瞬間から声を出すことが出来なかった。
その為、素早く首を上下に振って理子の言葉に応えた。
向こうには見えてないのは分かってたが、これ以上無駄に喋って仮に誤爆したら殺されかねない。
黙っていることを了承と受け取ったか。
彼女は話しだした。
「宜しい。そのまま黙って居なさい。……まず今鳴っている警報ですが、これは火事による物ではあありません。」
「……。」
なんだって!?
とでも反応したかった。本当は。
黙ってるのって結構寂しいな。
言われてるから仕方ないな。
「私が警報機をならしました。無論、目的は社内の人間を警戒させるためです。」
「……ッ!」
『いーけないんだいけないんだ!火事じゃないのに警報機ならしたらダメなんだ!!』
……的な事を言いたかったが、それも我慢した。
実に謙虚だ。オレは。
言われてるから仕方ないもんな。
「わかりますか?私の行動の意味が。」
理子は意味深に言った。
が、黙れと言われているので答えれない。
答えたら負けかなって思う。
今日だけはお前の指示にしたがってやろう、理子。
「……城ヶ崎?聞こえていますか?」
当然聞こえている。
しかし返事をする事は許されない訳で、オレは黙っていた。
フザケて居る訳じゃない。
にやにやなどしていないさ。
実にオレは真面目だ。
「城ヶ崎!!返事くらいしたらどうです!?」
突然ヤツは癇癪を起こし叫んだ。
なんなんだコイツは面倒くさいな!
大人しく指示に従ってやってたのに何故起こるのだ!
「だぁぁ!喋るなと言ったのはお前だろう!!自分で命令しておいて何故怒る!自業自得だろうが!メンドクサイヤツだな!!」
「子供ですか貴方は!!!」
理子はこれまでにも増して力強く叫んだ。
オレの切り返しに対して言ったその言葉……。
実にブーメランしてる!
お前だって子供みたいなものだろう。
発現内容はオレ以上に幼稚だぞ!!
……そう言い返そうと思って、思いとどまる。
オレはヤツより大人なのだ。
”心”がな。”身体”は理子に比べれば子供かもしれんが。
精神的に余裕のある大人ならば、こういう場面で自分の過ちを認める事もまた重要だと開き直るだろう。
「ハイ。子供です。お前より3歳若いピュアな少年です、おばさん。」
年齢的には少年です。
そういった意味ではヤツがオレを子供扱いしたのは間違いではない。
そして年齢差3歳分も離れていれば相手をおばさんって呼んでも大丈夫かなと思った次第だ。
なので思った通り素直に理子を”おばさん”呼ばわりした。
「誰が、オバサンですか……!誰が!!真面目になさい、城ヶ崎!!」
引き続き理子は叫んだ。
無表情キャラも形無しだな。
思った以上におばさんに対して反応している様だ。
……ん?実は年齢差を気にしてる?
「……ハァ。貴方と話していると緊張感が無くなりますね。調子が狂う……。お願いですから真面目に取り合ってください……。恐らく貴方が思っている以上に事態は深刻です。」
声の調子が急に大人しくなる。
疲れたんだろうか。年だから。
大変だな、年寄りって。
これからは多少なりとも労るべきか。
ただ、理子が言う”深刻”は文字通り深刻なのである。
ここで初めて、オレはことの重大さを認識し始めた。
この女がオレのお茶目なジョークを受け流せない様な精神状態でいる。
深刻であると言い、事態を伝えると言い、コイツはさりげなくオレに助けを求めようとしている。
じゃなきゃ指摘欲求を満たす為にデータベースを閲覧したことをオレにバラす様な真似はしなかっただろう。
今まで言われた事を纏める必要がありそうだ。
オレは頭の中で復唱を始めた。




