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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
4/82

【好奇心、それと出会い】001【葉矛】

 ※サブタイトルについて。


サブタイトルについて、解説をさせて頂きます。


最初の【】枠は、サブタイトルを表します。

次の、【】枠の後ろに付く数字は、話数を表します。

数字の後ろの【】枠は、その話が『誰の視点で』描かれているかを表します。

【個体の武器】

【雅木葉矛】-00-1----好奇心ーそれと出会い。



 ---これはなんて事無い、ただの一般人の話しになるハズだった。



 まず断っておくけれど、僕は特別頭が良かった訳じゃないし、運動神経が良かった訳でもない。

 コレと言った特徴と言える特徴も、多分無かった。

 別に特別な力が使えた訳じゃないし、何か特殊な使命を持って生きている訳でもなかった。

 普通に学校に通い、勉強はそこそこに、友達とは良く遊び、なんとなく一日を過ごし、そして寝て---。

 ---次の日、また起きて同じ事の繰り返し。

 休みの日は溜まりに溜まった宿題をこなす。それが済んだら、ただ遊んだ。



 ……一生こうやって過ごすんだと思っていた。

 繰り返される日々を意識して思考したことなんて無いけれど、なんとなく分かっていたんだ。

 僕は毎日を繰り返す事に対してなんの不信感も抱かなかったし、不安も不満も無かった。


 僕は普通の人として普通に生活してるだけだ。

 なんて事は無い。

 その他のことなんてどうでも良かったんだ。

 考える必要も無い。

 今を”普通”に過ごせていればいい。



 ------、例えばだ。

 大きく広がるこの空はいつも僕の目に飛び込んで来る。

 けれど、それがどのくらい大きいのかなんてじっくり考える様な事はしなかった。

 それを考えたところで僕の生活に何か影響があるかい?

 考えるきっかけだって無かったもんね。



 僕の名前は『雅木 葉矛(ミヤビギ ようむ)』。

 言いづらい名前だって思うかい?

 僕は気に入ってるけどね。

 高校二年生。

 紅葉(コウヨウ)町在住。高校二年生。

 ステータスはさっき述べた通りで、実に平凡で特徴が無い。


 強調するが、僕はただの一般人だ。

 特別な部分など無い。

 ただし、1つだけ付け加えておこうか。

 ……さっき言い忘れたけれども、僕はちょっとだけ運が悪かったのかもしれない。



『その日』



 僕はいつも通り学校に向かっていた。

 今朝も朝食はそこそこにすませた。

 学校の近くに借りたマンションから歩いて15分間程。学校に向けていつもの道をなんとなく歩む。

 6月下旬。季節的にはそろそろ夏だろう。

 相変わらず朝は冷える。

 しかし先日までガタガタと体を震わせながら外出していたのを思えば今はとても暖かい。


 ---さて、『いつも通り』途中で友人に出会う。

 彼はいつも寝起きで頭が回らない僕の後ろから、いきなり話しかけて来るんだ。

 それはいつもの事だったが、いつも全く同じように驚いてしまう。

 友人の名前は『蒼希 稀鷺(アオキ キサギ)』。

 この人物は中学からの友人だ。

 「よ! ネボスケさん!」


 ---いつも通りの話しかけ方。

 僕は僕で、いつも通りの反応を返す。

「ネボスケって……。朝眠いのはみんな同じだってば。稀鷺が無駄に元気なだけだよ!」

 何の変哲も無い朝。

 彼はいつも通り話題を出して、それとなく会話する。

「お前さ、ウェザードって知ってるか?」

 稀鷺が切り出して来たのは最近何処もかしこもその話題でいっぱいな、いわば『流行もの』の話題だった。

 なんのことはない。

 ちょっとニュースを見る習慣があれば誰でも知っていることだ。

「あのさ、流石の僕でも知ってるって。」


 ---ウェザード……。


 これは、”魔法使い”という意味合いのある言葉らしい。

 本来魔法使いを表す言葉は『wizard(ウィザード)』だと思うのだが、名称としては『ウェザード』で確からしい。

 二年半前くらいからだろうか。

 前触れもなく突然特別な『能力(チカラ)』を持つ人たちが現れた。


 ウェザード達が持つその力は、まさに魔法と呼べるものだ。

 マッチやライター無しで炎を起こしたり、触れるだけで水を凍らせたり。

 或は自身から電流を生み出し流したり、特定の物質を固くしたり。

 ……ともかく、今までの人間は、そんな事体一つじゃ出来なかった訳だから当然話題にも上がった。

 ウェザードの存在は1年程前からテレビなどでも積極的に取り上げられるようになり、今では誰でも知っているものだった。

 突然現れだした”魔法の様な”能力を使う事の出来る人間。

 現段階では彼等の発生の原因や、そのチカラの仕組みを説明する事は出来ない。

 だから、彼等の能力こそ”魔法”そのものなんだって意見もあるみたいだ。

 チカラを得た人間は、その使いどころや自分の力との向き合い方に困るって言うけれど……。

 能力を面白い事に活用してエンターテイナーをやってる人や、人に役に立つ事に活用してる人もいるって聞く。ようはチカラも使い様って事かな。

「そりゃそっか! そんでさ、昨日テレビで見たんだけど、ウェザードの人口が全世界の人口の1割弱……? くらいになったらしいんだ! 凄くね!?」

 稀鷺は何故かはしゃいでいる。

 1割弱か。確かにかなりの確立だ。

 要するに、10人見かけたらそのうち1人がウェザードかもしれないってことだからね。

 外見じゃ全く判別出来ないけれど、町を歩けばそこらに歩く人の大半がウェザードかも。

 学校にもウェザードはいるのかも。……世間に出回ってる情報が本当の事だったらね。


 ……さて、”ウェザードになる”、という言葉の通りだ。ウェザードは生まれた時に特別な人間がなる、というわけでは無いらしい。

 その人はある日突然ウェザードとしての力を使い始めるそうだ。

 ウェザードになる原因については分かっていることは殆どないらしい。

「1割って……。この調子で増えるのかな?」

 正直、僕は不安だった。

 能力を持つ人には勿論善い人もいるんだろう。

 しかしその反面、その力で悪さをする者もいるのだ。

 現にウェザードが出現し始めてからこの2年半、力を得た彼等が起こした事件は数多い。

 最近では三日に一度は彼等の起こした事件をニュースなどで聞く。

 強盗。恐喝。最悪な殺人……。

 ……彼等には常人よりも”それ”が出来る力が備わっている。

 もし僕見たいな非力な”人間”が彼等に襲われたら、多分ひとたまりも無いだろう。

 そう考えるとウェザードの存在はとても恐ろしいものに思えてしまう。

 事実、僕以外にもそうやって不安がる人は多い。

 世間のウェザードに対する偏見や畏怖は決して小さいものじゃない。

「まぁ、増えるんだろうなぁ?」

 稀鷺はどこか楽しげに語る。

「なんで楽しそうなんだよ?」

「だってさぁ? 自由に氷作れたら便利じゃね? 指パチンで火が出せたら楽しそうじゃん? かっこいいしさ!」

 稀鷺は笑顔でそう語って来た。

 確かに。自分がそういう事が出来るようになったら楽しいのかもしれない。

「確かにそうかもね。」

 僕も頷いた。

 それについては僕も同意見。彼の気持は分かる。

 自分がウェザードになれればちゃんと自分の身を守れるし、ちょっとカッコいいかもしれない。

「だろ?それに、学校の中にも何人かいるんじゃないのか?誰が……とかは、全くウワサにもなってないけどな。」

 いるのだろうか?

 今のところ、噂などにはなっていないが。


 ……もしかしてこうして話している稀鷺自体がウェザードなのかもしれない。

 まさかとは思う。だけど、確かめる術なんて無い。




 ------、学校に付いた。

 やはり、というべきか。

 学校でもウェザードの話題はよく耳にした。

 ---噂。持論。意見。もしくは偏見かもしれない。

 みんながみんな『遠い世界』の事を話す様に話題を出し、盛り上がっている。

 ……もちろん僕も。


 休み時間は隣の組である稀鷺の元を訪れ話題で盛り上がった。

 ウェザードの事以外も話すけど、僕たちが新作ゲームソフトの話しをしている時でさえどこからか魔法使い達のうわさ話は聞こえた。

 それもいつも通りなのだ。

 たまたま今の話題の流行が”彼等”、ウェザード達の事だっただけで、それもいつもと同じ。

 ”流行”は過ぎ去ったら次の物が来る。

 現に授業もいつも通り進行する。

 僕はいつも通りそこそこに授業をこなす。

 先生の話しを聞くが、眠くなるのもいつも通りだ。

 必至にまぶたを閉じないように頑張りつつ、漠然と黒板の内容をノートに写す。

 内容なんて頭に入ってこない。



 ……結局、非日常的出来事も無く放課後が訪れた。

 しつこい様だがここまで『いつも通り』。

 この後はバイトに行って、帰って寝る。

 明日もまた同じ一日なのだろう。

 これまでがそうだったように揺るがず、明日は必ず明日は訪れる。

 個人個人で多少の違いこそあれ『いつも通り』の明日が……。


 ---もちろんだが、一々『いつも通り』なんて意識していた訳じゃない。

 そんな当たり前のこと、イチイチ心の中で復唱もしてない。

 今からしてみれば『いつも通り』である事がどれだけ何も考えなくてすむか。

 どれだけ楽だったのか……。

 今なら、分かる気がする。




 ------それはその日のバイトから帰っている途中だった。

 あたりは暗く、朝同様に冷えた空気で満ちていた。

 時刻は8時程になるだろうか。

 なんとなくだけど、夜の間は自分の住んでいる町でもいつもと違う感じがする。

 夜の駅前とか、賑わっている場所は人工的な光が綺麗に色づいている。

 ただ歩いているだけで楽しくもあるのだ。雰囲気が影響しているのかな。


 ……まぁ、僕が歩いているのは華やかな駅前とはほど遠い、薄暗く狭い道路であるが。

 頭上に点々と設置されている街灯が道を照らしている。

 ただ、街灯が照らしているのは自身の真下だけである。

 街灯が無い場所は完全に真っ暗だ。

 暗い場所は完全に視覚が機能せず、だだっ広い空間の様にも思える。

 そんな暗闇からは何か出てくるんじゃないかと、歩きながら勝手に想像してしまう。

 もちろんそんな事は起きた試しは無いのだが。

 ……それでも不安になる時がある。

 今がちょうどそんな時だった。

 ”見えていない”というのは得体が知れず不気味なのだ。

 ---暗闇。視認出来ない場所から、幽霊や怪物が出て来たりするんじゃないだろうか?

 ---誰かがこの暗闇に紛れて僕を見ているんじゃないだろうか?

 そんなあり得ないコトを想像しながら、薄暗い道路を歩んでいる。

 家までは後10分程……。今日も疲れた。早く帰って眠りたい。

 そんなことを考えながら公園の前に通りかかった時だった。

 ”その”『異変』を感じたのは。




「---、え?」

 いつも誰もいない夜の公園。

 いや、たま~に誰か遊んでいる時があるけどさ。

 この時感じた気配は、誰かが遊んでるとかそんな雰囲気じゃなかった。

 そもそもこんな時間に公園で遊んだりする人がいるか?

 いたとしても大概は『DQN』と呼ばれたりするような人物だ。

 そういう人が遊んでたら大声でわめいたりしててすぐにわかる。

 しかし今日の公園は静寂しきっていて、極めて不気味だ。


 ……僕はその不気味な雰囲気の中に息づかいを感じた。

 僕は思わず立ち止まって、暗がりに目を凝らす。

 暗い公園の中に何かを見つけようとして、じっと真っ暗な空間を見つめる。

 視認は出来ないが物音がする。足音だろうか。視認出来ないが故に”不気味”だ。


 ……ところで好奇心と言うのは無自覚に抑えが利かなくなる事がある。

 このとき僕は少なからず恐怖を感じていた。

 真っ暗な公園の中。明らかに異様な雰囲気を出しているその場所に得体の知れない不安を感じていたのだ。いたのに。

 だけれども僕は無自覚の好奇心に背中を押され、違和感の正体を突き止めるべく公園に入って行った。

 なんで、こんなにも好奇心が湧いたのだろう。

 口では説明出来ない。

 直感的にそこに『何かある』って、僕には思えたんだ。


 ”どうせ、いつもの妄想だろう”。

 ”どうせ何も無い”。


 頭は、理性は僕にそう語るのに、僕はその好奇心の正体がどうしようも無く気になった。

 その好奇心の正体が気になったんだ。好奇心を満たしたかったんだ。

 この選択こそが、僕の『いつも通りの日常』の最後だったのだが。

 今にして思えば何故僕がここで逃げ出さなかったか疑問で仕方ない。

 不気味とか怖いって、大嫌いなのに---。



 ---公園に足を踏み入れた僕は慎重な足取りで奥に進んだ。

 音を立てない様に、忍び足を心がけた。

 靴音すら立ててはならない……。

 辺りはそんな空気を醸し出していた。

 そこは町によくある、建物と建物の間のちょっとしたスペースを使って作られた小さな公園だ。

 街灯が二つある。

 それぞれ公衆トイレの入り口、それと公園の奥に。

 二つの街灯のお陰で公園の中央くらいまではうっすらと明かりが届いていて、目を凝らせば様子が伺えた。


 誰もいないと思ったのに……。

 こんなときだけ僕の根拠の無い予感は当たっていた。

 それはいつもと違う様子。風景。

 公園は”いつも”と違った。

 その時、公園には4人いた。

 中央に1人。それを囲むように3人。

 僕は慌てて足音を立てない様に素早く公衆トイレの陰に隠れた。

 ……一度足を踏み入れてしまったのが悪かった。

 この段階で大分後悔していたのだが、抜け出すタイミングなどもう無かった。

 自分の行動を強く公開したが、どうせもう引き返せないので諦めてそっと様子を伺うことにする。

 思い返せば自分でも凄まじい思考切り替え能力だとは思う。

 まぁ、今更戻れる訳でもないんだ。

 今は恐怖心もあったが、それ以上に好奇心が勝っていた。

 だからこそ、”逃げる”という選択肢をすぐに排除出来たのだ。

 囲んでいる3人は前傾の姿勢を取り、手に何か持っている……。

 目を凝らし、特に囲まれている独りを注視する。


「……っ!?」

 よく見れば囲まれてるのは僕と同じ学校の生徒だった。

 もっと言えば女子生徒。

 着ている制服で一瞬で分かった。

 僕の通う、東紅葉(ヒガシコウヨウ)高校女子生徒の制服だ。

 だだ僕はその女子生徒に見覚えは無かったけれど。

 対して囲んでいるのは黒のスーツを着込んだ男達だ。

 しかも良くない事に、囲んでいる方の3人だが、それぞれ物騒な物を持っていた……。

 僕からみて手前の一人、ナイフらしい物を持っている。

 電灯の光を刃が反射して薄く輝いている。

 ……後の二人が何を持っているのかは見えなかった。

 だが、何にしてもこれって本当にマズい状況なんじゃ?


 いらない好奇心のせいでこんな場面に遭遇してしまった訳だが、僕はごくりと唾を呑み込み息を殺した。

 情けないと思われるかもしれないが、僕にはここから飛び出してヒーローする様な勇気はなかったんだ。

 だからそのまま物陰から成り行きを見届ける事にした。……世の中なる様にしかならない。

 あの女子生徒の事は凄く気になるが、僕は逃げるタイミングを窺いつつ、その時が来るまではコトを見守っていよう。

 絶対バレない様に注意して身を隠すのだ。


 ……さて。僕は心音を高鳴らせ成り行きを観察しているのだが、ここでいくつか違和感を覚えた。

 まず男3人で囲んでいるのに、彼等はどうして様子を見ているだけなのだろう。

 ただ3人は慎重に、間合いを詰めたり離したり。様子を窺っているようだった。

 でも明らかに女子生徒に危害を加えるつもりなのだ。何らかの危害……?

 ……いやらしい妄想を行いかけたけど。

 いや、ちゃんと邪念は払ったとも。

 ……クソ、最近ゲームや漫画の読みすぎかもしれない。こんな時にまで何を考えてるんだ、僕は……。

 稀鷺に大分影響されている様だ。非常事態に変なコトを考えるなんて……。余裕があるのはむしろ良い事か?

 心の中で毒づいて、目の前の事柄に集中する。

 ……硬直状態が続いている訳だが、肝心の囲まれてる女子生徒は落ち着き払っていた。

 ナイフを持った男を前にしているのに、彼女は腕組みをしているし表情も非常に冷静そのものだ。

 暗くて顔はよく見えないんだけど、心無しか口元が笑っているように見える。

 足下にある。……多分彼女の物だろう。

 手提げ鞄を。……これは地面に垂直に立ててあったのだが、足で倒した。


「……こないの?」

 心臓が飛び出すかと思った。それくらいドッキリしたが、僕の事を言った訳ではなかった様だった。

 女子生徒は、腕組みをとき、左手をスカートのポケットに入れ、右手で前髪をかきあげてみせた。

 明らかな隙を晒していたのだ。

 しかし、3人の男たちは隙を伺うばかりで、攻撃をしようとはしない。


「その手には乗らんぞ、魔術師め!」

 奥の男が声を殺して呟くように言い放つ。

 待った。魔術師だって?

 ウェザードの事なのか?

 だとしたら、やっぱり学校にもウェザードが居たって事?

 あの娘はウェザード?

 ……いやいやそれよりだ。

 彼女のことも重要だけど、この男達は一体何者なんだ?

「魔術師ね……? 魔術なんて使ってないんだけどね。普段も今も。」

 ゆっくりとポケットから手を出し、そして身構えた。

 ふうっと息をつき体の軸を、重心をおろす。

 僕は息をのんだ。

 仮に彼女がウェザードだとしたら、噂の魔法とやらをこの目でみれるかもしれない。

 不謹慎だが、ちょっと期待してしまったのだ。


「だったら、こっちから行く。早く帰って宿題しないといけないし、何よりこんなところでいつまでもいたら誰かに見られちゃうかもしれない。」


 ……ゴメン、それはもう手遅れかもしれない。

 僕が今こうやってみているのだから。

 僕は心の中で謝るしか無かった。

 後で謝った方が良いだろうか?

 いや、僕から女子に話しかけるのはちょっと無理かも。

 なんというか、恥ずかしいというか。


 ---のんきな事を考えてる場合ではなかった。

 構えた少女は目にも止まらぬ早さで駆けた。

 その女子生徒の行動は本当に素早かった。

 僕からみて一番遠くの男に一瞬で近づく。っと同時に腹に一発、強烈な膝蹴りを浴びせた。

 ……何が起こったのか分からず、よく見ようと思って物陰から少し出てしまった。

 そして自分の失態に気がつき慌てて身を隠す。

 幸い、こちらに気を向けて来る様な者はこの場にはいなかったが。


「……! コイツ!」

 ナイフを持った男が背後から切り掛かる。

 彼女は右手で膝蹴りを浴びせた男の手首を掴み、同時に左手でその男の武器をはたいた。

 そしてそのまま右手に居た男を”投げ飛ばした”。

 背負い投げとか、体が宙に浮いたりする様な派手な投げかたじゃ無い。

 相手の重心を崩し、足をもつれさせ、自分の方に引き寄せる事で”薙ぎ倒した”のだ。

 少女自身は殆ど動いていない。

 故に背後から切り掛かって来た男に素早く向き直る事が出来た。

 斬撃を紙一重で避けた彼女は、振りかぶる事で出来た隙を狙い、ナイフを持つ右手を掴んだ。


 ……先ほどと同じだ。

 手首を掴む。

 反対の手でナイフをはたき落とす。

 先程と違い、今度は手首をそのままひねり相手の重心を崩した。

 相手の臑をけり飛ばし、また素早く膝を二度蹴りをかける。

 完全に立ち上がる事が出来ないようにした。


 男がその場から崩れ落ちたのを確認してから、3人目の男が何かを前に構えた。

 それは構えた事で街灯の光が当たり、黒く薄く反射する。

 輪郭で分かる。

 なにを構えたのか。

 彼は拳銃を持っていたんだ。

 ……拳銃があったのなら、なんで最初から構えていなかったんだろう?

 戦闘開始直後、この男は全く動く様子がなかったんだ。

 暗くて見えなかっただけかもしれないが。

 どのみち銃を構えたのは今なんだ。

 それまで何も戦闘に参加していなかった。


 ……その不自然な行動について考えている時間は無かった。

 拳銃は構えられた直後、躊躇い無くその引き金を引かれた。

 銃口に付けられたサプレッサーの効果か。

 プスン! という小さな音がしただけで、音が住宅街に響く事は無かった。

 しかしながら弾丸は女子生徒には当たっていなかった。……避けたんだ!?

 男は素早く狙いをつけ直す。

 彼女の方もその男に駆け寄る。

 ……また、引き金が引かれる。

 暗くて良くわからなかったが。僕の目には明らかに弾丸が当たったように見えた。

 しかし、彼女は全く弾丸を気にせず行動を続けていた。

 今のは当たっていなかったのか?

 弾丸は彼女をすり抜け、公園のベンチの金属枠に直撃して音を立てた。

 カーン!と、甲高い音が響いた。

 しかしそれは空き缶をけり飛ばしたような音にも似ている。


 一方で銃を持った男は少女に詰め寄られ、とうに銃を失っていた。

 足を払われ、その場にビターン!と仰向けに倒れる。

 あの倒れ方は痛そうだ。

 ……後頭部を地面に打っている。

 そして少女は無防備なその土手っ腹に、思いっきり体重をかけたであろう踏みつけを二度浴びせた。

 ……その手の趣味がある人にでもあれは拷問です。

 一瞬、「うっ!」という声が聞こえ、彼は藻掻いたがすぐにぐったりとした。


 その間僅か一分間、いや一分もあっただろうか。

 とにかく、ほんの一瞬の出来事であったように思う。

 この僅かな時間で、黒スーツの男達3人は既に戦闘出来る状況では無くなっていた。

 丸腰の女の子一人に全滅させられたのだ。

 僕はここで、彼女が”ウェザード能力”もなにも使っていない事に気がついた。

 それらしきものは見ていない。

 なにも不思議な事は無かった。彼女はただ、体術の身で戦った。

 彼女は、素の力でこの三人をねじ伏せたのだ。


「……さて、と。」

 女子生徒は深呼吸をすると、最後に腹を二度踏みつけた男の懐をあさりだした。

 ごそごそと、何かを探している。

「か、帰るなら今かな……?」

 ……僕はぼそっと独り言を呟いた。

 圧倒されて窄めた口元がゆるくなっているようだ。


 っ、その時だった。

 いつの間にか、最初に薙ぎ倒された男が落ちてたナイフを手にゆっくりと女子生徒の後ろに歩み寄っていたのだ。

 息を殺し、そして気配を極力消し、足音を消し。ゆっくり、一歩一歩確実に少女の背後から詰め寄る。

 ……彼女はまだ気づいていない!


「あ、危ない……!」

 思わず物陰から飛び出て叫んでいた。

 自分のしでかした失態に気がついたのは、ただ一人起き上がった男と目が合った時だ。

 ヤバい……! 怖い顔で睨まれたッ!


「え……?」

 女子生徒もこちらをみた。そして後ろの男に気がついた。

「チィ!!」

 男がナイフを振り下ろす。

 ナイフの描いた軌跡は少女の制服の肩等辺を引き裂いた。

 しかし、少女自体には届かない。

 とっさに回避行動を行った少女は刃を避け切れた。

「懲りないヤツ!!」

 素早く少女の反撃が行われた。

 間合いを、これまた一瞬でつめ、振りかぶったアッパーカットを顎にぶつけたのだ。


「がぁ……!」

 男の体が宙を舞った。

 なんて力だ! 大人独りを吹っ飛ばした!?

「うがあアアアア!!!」

 痛みでその場に藻掻き、大声を上げる。

 唖然と見ていると、女子生徒は公園の端まで走り『何か』を拾う。

 次にこちらをちらりと見遣って、まっすぐ走ってきた。


「えっ、うあ!?」

 手を前に突き出し、慌てて彼女から逃れようとした。

 てっきり、殴り倒される物かと思ったんだ……。

 だって、さっきまであんなに強かったし、戦ってたし。


「何してるの!来て!」

「あ、え?」

 ……殴られはしなかった。

 代わりに突き出した腕をぐわしと掴まれた。

 彼女に手首を掴まれた僕はなす術も無くその場から引っ張られる形で移動する事になった。

 あまりに強い力で掴まれたから逃げれなかったし、ものすごいチカラで引っ張られたから有無を言う間もなく移動を強いられた。



 ……彼女に手を引かれた瞬間だろうか。

繋がれたこの手に任せて、歩み始めたこの瞬間。

僕の『非日常』が始まったのは……。

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