【進展の無い日々】022【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-0-22----進展の無い日々
……なにはともあれだ。
凪が来たからには学校には行かなくてはならないだろう。
迎えに来てくれたのに断るのは悪いし、彼女が居れば外出はある程度安全だ。
しかも今は菊地も居る。
彼女は今のところ味方だ。
信用していいかはまだ分からないけど、とりあえずは協力してくれている。
2人は今、僕の両側を挟み込む様にして歩いている。
ふと、僕は思った。
この2人がいれば向かうところ敵はないんじゃないか?
両方とも凄く強いのは間違いなのだ。
凪は敵である黒服の大人をあしらう事が出来る程に強い。
そして聖樹はその凪と互角に戦うのだ。
2人が揃って僕と一緒にいる。
そのことに関しては、とにかく安心感は大きい。
……ただ、問題もあるのだ。
「おい、キクジ。変な真似したら凍り付けにするからな。下手な真似は止めた方が身の為だ。葉矛にもボクに対してもだ。」
凪は鋭く睨みを利かせ聖樹を牽制している。
「フン。お前は自分に同性までも引きつける程の魅力があると?自意識過剰だ。少なくともお前には何もせん。安心しろ。」
……売り文句に買い文句だ。
聖樹も凪を鋭く睨んでいる。
この2人は仲が悪すぎる……。
敵同士だったのだから、ある程度のためらいがあるのは仕方が無いが……。
今は味方なのだから、少しは団結力というものを持つべきではないだろうか。
今の僕の状況を見て、『両手に花』という事を人がいるかもしれない。
でも実のところ、僕は”戦争国と戦争国”に板挟みされているに過ぎない。
仲の悪いモノに挟まれた関係の無い存在はとばっちりを受けていた。
2人の視線が交差し、火花が散る。
殺気に似たピリピリとした空気の発生源に縛り付けられているのだ。僕は。
頼むから仲良くしてくれ……。
……そんなことを考えはするが口には出せない。
この2人の気迫は鋭く僕の立ち入る隙はない。
何が切っ掛けでいつ互いを潰し合い、この場で暴れてもおかしくない。
「葉矛。この変態には気をつけておいた方が良い。近づいたらナニされるか分かったもんじゃない。ボク個人としてもコイツだけはダメだ。受け入れられない。」
凪は相当に聖樹を警戒しているらしい。
ずっと聖樹が視界の外に出ない様に視線を向けている。
聖樹に注意を払い、隙など見せる気配もない。
「それを言うならレンヨウ。あたしからしてもお前は気に入らない。理由付けるまでもなく、お前自体が気に入らん!そして誰がヘンタイだ!誰が!」
場の空気は相変わらず張りつめている。
その様子は、まさに嵐の前の静けさとでも表現出来るモノだ。
この2人、声の調子だけ聞けば穏やかなモノなのだ。
表情と言っている内容がこの場の雰囲気を殺伐とさせている。
7月に入ったこの頃は、朝でもある程度あったかい。
日によっては蒸し暑さを感じる様になって来た。
……が、そんな中でも今日この朝に限ってみれば、蒸し暑さより殺気による背筋に走る悪寒の方が強く感じられていた。
誰でも良い。
誰か、この空気を破ってくれ……。
「お~い、葉矛~!」
後ろから聞こえた聞き慣れた声。
タイミングがいい!
今はキミが救世主だ!
空気の読めない彼ならこの状況を打破出来るかもしれない!
「キサギ!おは……!」
後ろから走って来た友人に向き直ろうとした。
……が、稀鷺はそれ以上に早かった。
「朝から俺の前でリア充してんじゃねぇ!消えろクソが!」
凄まじくピンポイント且つ正確な狙いをつけ、凪と聖樹に挟まれていた僕に体当たりを噛まして来た。
体当たりは見事にヒット。
僕は道路にうつ伏せる様に倒れ込んだ。
日に焼けたアスファルトに手を摩り摩擦熱で平が焼ける。
「のあぁぁ!!」
僕は2人の女子の間から閉め出された。
……朝っぱらから酷い目に遭い続けている気がする。
物理的なものは今受けた。
そして精神的なものは先程からずっと味わっている。
稀鷺のお陰で僕の制服は汚れたし、掌を摩って血がにじんだ。
だが稀鷺。君のした行動には感謝しないとならない。
突然の稀鷺の介入に、先程までの殺伐とした空気は消えた。
そして僕は殺気立った2人に板挟みされている状況から解放されたのだ。
今、その2人の間に居るのはキサギだ。
「さて葉矛。キサマの様な裏切り者は、その場で地面でも舐めているが良い。俺はこのままこの2人の美女と学校までの間、そう”通学ローぅド”と言う名のリア充まっしぐらな道を進ませてもらおう!フッハハハ!!」
どうにも、楽しそうで何よりだ。
稀鷺は僕を見下ろす様に仁王立ちし、高笑いを決め込んだ。
前言撤回だ。
こんなヤツに一瞬でも感謝した僕が馬鹿だった。
コイツは自分の欲望の赴くままに行動しているだけに違いない。
僕の願いを聞き入れて登場した訳じゃなく、単純に僕が気に入らなかったから突き飛ばしたのだ。
結果オーライとは言え、ムカつく。
僕がアスファルトの熱を掌で感じ始めていた時、高笑いを決め込んでいた彼は不意に両側の女子2
人の肩に手を回そうとした。
僕を閉め出したのはその為だ。
なんて下心丸見えの行動だろうか。
……しかし。
「ちょっと、止めてよね。悪いけどボクはソイツと同系列に見られるのは勘弁だ。」
凪は身を引いて稀鷺の手を避けた。
「触るな。許した覚えは無い。お前の様な馬鹿と手を組んでみろ。馬鹿が移る。」
聖樹は手を叩いた。
その様子を見て、僕はココロの中でほくそ笑んだ。
流石に君は積極的すぎたんだよ。
2人同時に嫌われてやんの!
ただ、重い空気を改善するには積極性が必要だと言うことは学ばせてもらったよ。
君は良い道化だった。
そう心の中で呟き、僕は勝ち誇った。
勝っては無い。僕も依然非リア充だ。
しかし明確に嫌悪感を示され、それに呆然とした稀鷺の顔はお笑いだった。
「ちょ、2人とも?なんで両脇に避けるんだ?葉矛の時と扱いが違くね?」
「当然だ。あたしは、ミヤビギにだから、こうやって近づいているんだ。お前のことは何とも思っていない。以前に不快だ。触れるな。」
稀鷺に睨みを利かせながら、聖樹が捲し立てた。
ずいぶん言葉がキツい。
見た目通り結構鋭い正確なんだな、彼女は。
しかし、”ミヤビギにだから”というこの言葉の意味することは……?
深く考えたら負けな様な気がする。
これにがっつくのは簡単だ。
だけど、僕は知っている。
それは死亡フラグだと。急なデレに飛びつくと確実に撃沈されるのだと。
「ふ、ふん!厨二病に用なんて無いゼ!刀振り回している様な乱雑女なお前には、女性としての需要は無ァいッ!!」
一瞬稀鷺はその場にへたれこみそうになった様に見えたが……。
需要が無い、用が無いと本人が言っているならそうなのだろう。
僕の見間違いだ。
現に彼は、聖樹の眉間に人差し指を真っ直ぐと突きつけ”需要は無い”と述べているのだ。
そういう事にしておこう。
「……さて、同系列に見られなきゃ手を回しても大丈夫だよな?な!レンヨウさん!こんなヤツと同系列になんて見れないから……。」
「ゴメン、パスで。」
開き直り、聖樹に背を向け、凪に向き直った稀鷺だった。
しかし彼は最後まで言葉を言うことも出来ず、一蹴された。
御愁傷様でした。
あまり下心を見せてがっつくと、今見た通りの様にしかならない。
改めて僕は思い知った。
君は良いお手本だったよ、稀鷺。
「……こんな。こんな世の中ッ!!葉矛ばっかりモテやがってぇぇぇ!!!!」
そう叫び、稀鷺は走り出した。
駆け出した彼の目は涙ぐんでいた。
「あ、キサギ!そんなんじゃ!」
さすがにあわれすぎる。
しかも僕は君と同系統の人間のままだ。
勘違いで悲しむなんて、僕にもその悲しみは分かる。
だから小さくなって行く友人の背中に手を伸ばすが、
「放っておけ、ミヤビギ。ヤツにかまけている間に時間が無くなる。」
聖樹の冷静な言葉に、その気は失せた。
冷静に考えて、結局は学校で会うことになるのだ。
確かに今走ってまで追いかける必要は無い。
聖樹は言うだけ言うと先に行ってしまった。
その後ろ姿をぼうっと見ていたら、不意に横から手が伸びて来た。
凪は僕に手を差し出していた。
ふと気がつく。
僕は今の間ずっと地面にうつ伏せたままだったのだ。
昼間にこんなことをしてたらコンクリートの熱で乾涸びてしまっただろう。
「立てる?さ、早く行こう?」
僕は頷き、彼女の手を取った。
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「納得いかねぇ!……お前チート使ってるな!?」
午前中の授業を終え昼休み。
稀鷺の元にやって来た僕は、彼と向き合って弁当を広げているところだ。
その最中に発した第一声は以上のものだった。
あの後学校に到着し、普通に学校生活を満喫した。
……いや、満喫といえるかは分からないな。
授業はツマラナイし、休み時間は楽しい。
僕は学校に来れば当たり前に味わえる感覚を普通に味わっているだけだ。
「チートって……。ゲームじゃあるまいし。」
不満そうな顔をしている稀鷺。
僕は彼の表現にツッコんだ。
チートとは、極端に訳せばズルだ。
テレビゲーム等のデータを不正に改ざんしたりして楽をする事をそう呼んだりする。
というか、僕の日常生活ではそういった使い方しかしない言葉だね。
ともかく、僕はズルなんてしてない。
むしろ運が無かったのだ。
「お前、ズルしてるだろ。人生という名の巨大なゲームでキサマは何らかの不正を働いたのだ!」
弁当を広げることもせず、稀鷺は僕の鼻先に指を指し叫ぶ。
周りの生徒が何人か振り返る。
が、すぐに『なんだ稀鷺か』と視線を逸らす。
稀鷺が五月蝿いのはいつものことなのだ。
「そうでなければオカシイ!つい先日まで俺以上に女子との絡みが無かったお前が、女子とは完全に無縁だったと言っても過言でない、非ッ常につまらん人生を歩んでいたお前が!急にモテ始めるなんてオカシイ!!」
「……怒るよ?流石に。」
弁当のフタを開けながら、僕は精一杯稀鷺を睨んだ。
流石にボロクソ言ってくれる。
確かに無縁だったのは事実だけど……。
「怒るのはこっちだっての……。何故だ。何故俺以上に全く保てる要素の無い、俺よりも対して顔が言い訳でも特技がある訳でもないお前が、そうやって幸せになっていくんだ!」
「……、……。」
言葉も出ない。
コイツ、今まで僕をそうやってみて来たのか。
怒るを通り越して呆れる。
「幸せになんてなってない。稀鷺は知ってるだろう……。僕の、僕たちの置かれている状況が。」
「あー、わーってる。マジ話しすんなっての。」
イマイチはっきりしない滑舌で答える。
弁当の包みを開くのに一生懸命の様だ。
「だったら煽らないでよ。ナギは僕を守ろうとしてくれてるだけだし、ミサキは、どうなんだろう……。」
凪は守ってくれる。
それは当然の事になりつつあった。
僕はただ存在しているだけで、凪はそんな僕を守ってくれている。
けど、聖樹は?
さっきも言ったが、まだ信用は出来ていない。
実のところ、他の皆は一体彼女をどう見ているのだろうか。
「分からんな。あの娘は。」
弁当のフタを開け、稀鷺はらしくないため息をついた。
「何を考えてこっち側に付いたのか、その理由も詳しく説明しようとしないしな。情報をこっちに渡してくれただけで十分役立ってるし。つんつんした態度さえ無ければ可愛い女の子なのになぁ?」
どうやらこの友人の脳内には相手が女の子であるか否か、そして美少女であるか否か以外の判断概念が無いらしい。
確かに僕から見ても聖樹は(見た目だけなら)それなりに魅力的ではある。
ツンツンした態度が最初から無ければ普通に可愛いと見れたかもしれない。
だが、今はそんなことを考えている状況でもないだろうに。
「そう張りつめっぱなしでいるなって。顔に出てるぞ。」
……稀鷺は僕の心境を完全に察している様だ。
それ程までに分かり易く顔にでているのか……?
「今のお前、結構酷いやつれ顔だぞ?年齢プラス5歳が見た目に反映されてる感じだ。子供にじいさんって言われても文句は言えんな。」
「……君ほど浮かれてもいられないんだよ。」
最近多くなって来たのは必然か。
僕は椅子に深く腰掛けため息をついた。
その際、力が抜けてちょっとだけリラックス出来る。
「僕はキミより前からアイツ等に狙われていたんだ。ウンザリだよ。進展があるなら早い方が良い。」
『進展があるなら早くやって来てくれ。』
それが今の本心だ。
……この段階で、僕は次に起こる進展の内容が如何なるものか既に知っていたのだが。
後はそれを起こせる日を待てば良い。
そしてそれが起こる日は既に定まっている。
今週の週末が僕にとって最初で最大の勝負所になる。




