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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
35/82

【菊地 聖樹】018【葉矛】

【個体の武器】

【雅木葉矛】-0-18----菊地 聖樹



 日曜日、僕はとある病院を尋ねていた。


 今いるのは病院の廊下だ。

先程まで居た待合室の空気は重く静かだった。


 静けさは廊下もほぼ同様だ。

待合室に比べ人が少ない分、更に沈着している。

そして先程からすれ違うのはここの病院に勤めている看護婦ばかりだ。

一般の人の姿は見られない。

こっちの方の部屋に運ばれるのは大半が急患だと聞く。

それが原因だろうか。


 僕の前を看護婦が歩く。

目的の病室まで案内してくれているのだ。

そして僕の隣には翼さんがいる。

彼女は浮かない顔をして、ただ前を見据えて歩いている。

服装だが、今日は部活も無いはずなのに制服だ。

上は白のワイシャツ。

下は長いとも短いとも言い難い黒のスカート。

服装に乱れは見られない。

なんとも翼さんらしい。


 制服を普段着にするのって、まさかとは思うが本当に流行っているのか……?

そんなはずは無いよな。

僕の身の周りだけだ。きっと。



 話しを進めようか。

誰がどの服を着るかなんて、その人の自由なんだ。

僕が意見していいことじゃないよね。



 まだ昼間だというのに病院の廊下は薄暗い。

静寂に包まれた廊下に僕たちの靴音だけが響く。

緑の非常口への案内灯の光が廊下を薄くてらしていて尚不気味だ。

察しが付くだろう。

この病院に来た訳は……。




 ------病室。

看護婦さんに案内され辿り着いたこの病室。


 部屋にベッドは2つある。

病室は広く、大きめの窓の付いた感じのいい部屋だ。

廊下の暗さはみじんも感じられない。

また、重苦しい空気も漂ってはいない。


 窓から差し込む日差しがまぶしい。

窓は解放されていて心地のいい夏風が吹き込んで来る。

風は生温い温度だったが、体感温度自体は高く無い。

うん、冷房の風とは違った自然の風が心地いい。

たまにはこういう風も悪く無い。

なんというか、夏っぽさを感じるからね。



「あ、葉矛!来てくれたんだ?」

 ふと、ベッドの上の病人から声をかけられる。


 この部屋の患者はモチロン彼女だ。

病室でベットに居たのは、凪だった。

入り口から見て手前のベッドに横になっている。

僕は看護婦さんにそこそこのお礼を言って、凪と向き合った。



「ナギ……。怪我、もう大丈夫なの?」

 大丈夫な訳が無いのはわかっていた。

しかし、聞かずにはいられなかったのだ。


 彼女の顔色は悪く無いにしろ万全と言った様子ではなかった。

それに点滴を打たれていたし……。

肩を重点的に包帯が巻かれている。

翼さんによると『長モノの刃物による刺し傷』らしい。




 ------あの後、翼さんと2人で僕の家に向かった後。

凪も菊地もいくら待っても来なかった。


 翼さんが様子を見に行き、倒れている2人を発見。

救急車を呼び2人ともそのまま搬送。

そして、今に至る。


 救急車を呼んだ際、


 ”やっぱりね”。


翼さんはそうぼやいていた。


 彼女は最初からこうなることを分かっていたのかもしれない。

この人は常に先を予測している。

まるで未来が見えているかの様に正確に。

計画性があるだけなのか、まさか本当に未来が見えている?



 その翼さんだが、今は凪の傍らに椅子を起き持って来たリンゴを差し出した。

病人相手にフルーツというのは定番なのだろうか。


「あ、リンゴ?ありがとうね。姉さん。」

 凪は嬉しそうに受け取る。

柔やかな表情を浮かべる凪に対し、翼さんの表情は優れない。

なんか、暗い。

部屋に漂うどこかのどかな雰囲気には合わない表情だ。


「ナギ、お医者さんから容態は聞いた。この暑い時に”凍傷”で倒れてるなんて、どう考えても普通じゃないわね。」

 翼さんが鋭く言う。


 ”凍傷”だって?

どういうことだ?

凍傷って、確か寒いときとかに起こる物じゃないのか?

こんな熱い時に凍傷なんて翼さんの言う通り『普通じゃない』。

氷の剣を握り続けたから?

まさか。



「まぁ、ボクが普通じゃないのは、昔からだし。それに、そのつもりで姉さんも動いてたんでしょ?許してよね。」

 苦笑いを浮かべながら、凪は身を捩った。

表情から察するに身体の何処かが痛い様だ。

戦ったんだから当然か。

彼女には本当に守られてばかりだな……。


 リンゴをベッドの傍らに置き、彼女は僕に向き直った。


「それより、葉矛。明日から暫く学校に行けないかもしれない。すぐ良くはなると思うけれど、帰りは特に気をつけてね?」


 僕のことより、自分の身体のことを心配して欲しい。

何も出来ないのは僕なのにそんな顔をしないで欲しかった。

そんなボロボロの身体でこちらを気にしているなんて、僕からしたら罪悪感が凄まじくあるんだけれど……。


 だけど気持ちは凄く嬉しかった。

だからとりあえず、頷くことで返答した。

早く良くなって欲しいな。


 僕の身の安全のこと、つまり彼女が居ないと僕が危ない。


 そういう意味でもそうだけど、それ以上に単純に凪には元気で居てもらいたい。

ちょっと会っただけだったら会った人に彼女はどちらかと言えば『冷たい』印象を与えるだろう。

言葉使いとか、目付きとかから?

氷の力を持っている事は関係無いハズだ。


 だけど、実際は活発な娘なんだ。


 或は、僕にそうやって接してくれているだけかもしれない。

僕に対して不信感や不安を抱かせない為にワザと明るく接してくれているのかも。

だけど仮にそうだとしても、僕にとっての恋葉 凪は明るくて活発で、そういう存在なのだ。



「おい、そこの。」


 僕が独り合点をしていたときだ。

 何処からとも無く声が聞こえた。

しかし間違いなく、この病室の中からその声は発せられた。


 声はいきなり発せられた。

あまりに唐突すぎて一瞬飛び上がりそうになったくらいだ。

予想していなかった。


「こちらのコトも少しは気にかけたらどうなんだ?」


 い、今の声は?


 改めて聞くと聞き覚えがある声だった。

辺りを見渡しある一点を見いだす。

奥のカーテンのかかったベットから?


「あぁ、気にしなくて良い。あんなヘンタイ、放っておけば良いんだ。」

「……誰がヘンタイだッ!誰がッ!!!」

 声の主は、勢い良くカーテンを除けた。

いや、もう誰かは分かっているとも。

この強気というか刺のある口調と、鋭く尖った様な印象を与える声。


 菊地 聖樹だ。

病院で良く見かける薄着の服を着ている。


 確かに彼女も当然、凪と戦った後病院に運ばれていた訳だが……。

確かに彼女も怪我をしたんだろうが、よりにもよってなんでこの病室に。

病院の人も部屋割りを考えた方が良い……。


「えっと、なんでミサキちゃんが、ここに……?」

 気にしろと言われたのでとりあえず話しかけてみる。

「あたしも怪我人だ。そこにいる酷い厨二病感染者のせいでな。」



 不機嫌そうな表情でカーテンを何度か引っぱり束ね、彼女はボソリと呟いた。

怪我の具合は、凪より酷そうだ。


「厨二病って……。キミにだけは、言われたくないな。」

 そういって、凪は切り返す。


 第三者である僕から言わせて貰えばどっちもどっちだと思うんだ。

”氷の刃”を振りかざすボクっ娘と、”愛刀”『椿焔我(ツバキエンガ)』を振りかざす黒髪女子高生。

……どっちも厨二病要素満点だよ。


 凪は刺された左肩に包帯が撒いてある程度の処置だったが……。

それでも大事だけどさ。

聖樹はそれより明らかに重体だ。

ぱっと見て分かるレベルに彼女の傷は深い。


「病室、ここだったんだ……?」

 わざわざ凪と同じ病室になっていたなんて思いもしなかった。

流石の彼女も病院の中で暴れたりはしなかったらしい。

お陰で凪は無事だし、彼女も。


 いや、聖樹は無事とは言いがたい。

さっき言った様に聖樹は重症だ。

見てすぐに分かるくらい露骨に怪我の具合が見える。


 全身ほぼ怪我の処置がなされていて、包帯ぐるぐる巻きになっている。

顔にも絆創膏が付けられているし、手足は骨折したかの様に厳重に処置されている。

彼女は凪以上に顔色が悪い。

肌も荒れているし、それに……。


「……あまり見るな。怪我をしている時見られるのは慣れない。そもそも、人に見られる事自体……。」

 そういって彼女は身を庇った。

その際、分かるだろうか。

入院中の患者が着る、浴衣っぽい薄着の服。

アレが翻って、非常にきわどく胸元が緩んだ。



 そういう態度、体勢を取られると、”ソッチ”方面の事柄と結びつけてみてしまいそうになるのだが……!



 ……いや、違うぞ。

これは僕が悪いんじゃない。

人間という生物の(さが)だ。

男の子という生き物の宿命だ。

男子諸君なら分かるはずだ。

女子諸君は、理解してくれ。

全ての男子の思考にそういう回路は埋めこまr……。


「……葉矛。”アレ”は完全に無視して良い。コイツと同じ病室とか、はっきり言って気が気じゃないね。」

 思考による説明……。

いや、言い繕うのはやめよう。

言い訳は中断された。

凪の発言によって。


 その際、凪は吐き捨てる様に言った。

その態度からしても、この2人の間柄が変わった様に見える。


 昨日、最後に見た時まではこの2人の関係はただ”敵同士”だった。

敵として相手を”警戒”している感じであったのだ。

今の様子だと、凪が個人的に聖樹自体を”毛嫌い”している様に見えるのだ。

なにか、イヤなことでもあったのだろうか?

戦い以外で。

根拠は無いけどそんな気がした。


「気が気じゃない?それはあたしの台詞だ。クソ忌々しい。あんな技を隠し持っているなら、先に言って貰いたかったものだ!……、うぅ。」

 勇み声を上げると同時にベッドの上で踞ってしまった。

大声を上げて、それが傷口に響くのだろう。

敵だとはいえ、僕は彼女と普通に喋った。

関わってしまったからか、どうにも他人事に思えないのだ。

自分のコトと思える訳では無いが。

放って置けない感じがする。


「あのさ、ミサキさ……みさきちゃん?探してた何かって、見つかった?」

 彼女は『戦うことで答えが見つかるかも』と言っていた。

凪と対立し、戦うことが必要だと彼女は言っていた。

戦ってみて得たモノはあるのだろうか。

僕が人質になった成果はあるのか?


「いや、全くだ。相変わらず、”もやもや”としたままだ。実に、もどかしい。」

 彼女は唇を強く結んだ。

顔色は冴えない。

それは体調によるものだろう。

表情は冴えない。

それがもどかしさによるものだろう。


「あ、そう……。」

 ……成果無し。

僕が何かを失った訳じゃない。

僕は聖樹に協力的だった訳でもない。


でも、なんだか少し僕も悔しくなった。

他人事と思えないと言ったが、それはこういうことだろうか。

自分の協力した事柄が失敗して、その悔しさが僕にも分かる。


それに凪は犠牲になったのだ。



 あの時僕は彼女の指示を断れなかった。

精神的ではなく、物理的な意味だ。

彼女を部屋の中に入れたのもそう。

仮に口で断っても、彼女は本人の言う様に扉を吹き飛ばして入って来れるのだ。


 だとしたら、断ったって意味が無い。

どうせ主導権は向こうが握っている。

僕に選択権は無かった。


 ……しかし、やりたいかどうかは置いといて、僕は彼女に協力した。

確かにそれは僕の”したいコト”じゃなかった。

だけど、自分のしたことが実らないのは少し寂しい。


 したくないなら協力などしなければ良いのだが。

だが、その理屈はさっきも言ったが無理なんだ。


 仮に断ったら、僕は攻撃されてたかもしれない。

そしたら断った意味なんて既にないじゃないか。

そしたら僕は僕の身を守れないじゃないか。




 ------また思考が深く深くへと続いて行く。


 だからって、また凪に頼ってしまった。

それで良いのか?

何も出来ないから何もしないって、それが正しい?

凪は怪我をしてまで僕を助けてくれているのに。

僕はそういった戦いは出来ないと、諦めていて良いのか?



 ------自問する。

けど、無意味だ。



 仕方ない。

そう割り切るしかない。

僕は戦えないんだから。

『凪に頼らない』とか、綺麗事を言ってたら僕がどうなるか分かったもんじゃない。


……割り切るしか無い。




「……まぁ、考えてみたら、悪くないさ。」

 呟いたのは凪だ。

先程、翼さんに手渡されたリンゴを掌の上で遊ばせている。

考えてみたらあのリンゴ、皮を剥く手段無いよね。

僕も翼さんも、果物ナイフなど持って来ていない。


「キミがこうやってボクと同じ病室にいる。その間はキミは葉矛を襲えない。ボクの目の届くところに縛り付けられている。そう考えればまだ救いがあるさ。」

 誰に言うでも無く、それは殆ど独り言だった。

聖樹と同じ部屋になったことをなんとかして納得しようとしているのだ。

自己暗示ってやつかな?


「心配しなくとももうミヤビギを襲ったりしないさ。その必要は無くなったからな。」

 窓の外を見ながら菊地が呟く。


 必要がなくなった?

彼女の本来の目的は”僕を消すこと”のハズだ。

だとしたらそれってどういう?


「必要ないってどういう意味?だって、君の目的って僕を……。」

 考えても分からない。

僕は問いかけた。


「そのままの意味さ。」

 発言に割り込まれた。

最後まで喋らせてくれてもいいだろうに。


「あたしがお前を襲っていたのは城ヶ崎”に従っていた方が安全だと思ったからだ。言うことさえ聞いていれば、あたしは狙われない。だが、ヤツの指示を聞いた結果はレンヨウというバケモノとの戦闘だ。」


「バケモノは褒め言葉だと思っておこうかな。」


 バケモノ呼ばわりをされた当人は精一杯の皮肉を呟いた。

……聖樹は完全に聞いていない風を装い先に進める。


「正直な感想だが、こんなヤツを相手にするなら、まだアイツ等と敵対した方が安全だとあたしは考えた。そしてこの”もわもわ”とした感覚も気に食わない。……何が言いたいか、分かるな?ミヤビギ?」


 ……即答で、首を振った。

分かる訳ないだろ!

聖樹はやけに自信たっぷりな瞳を僕に向けて来るが、分からないものは分からない。



「……ククッ。分からないのなら言ってやろう。ミヤビギ、あたしはお前を守る側に付こうと言っている。」


 彼女は不適に笑いながらそう言った。


 ……、……。



「却下だ!帰れ!今すぐ病院から出て行け!」


 ……それは僕の上げた否定じゃない。

凪の全力の否定だ。

それを言った凪の顔は冗談じゃなく必至だ。


「お前の申し出を却下だ。強力な技を使うたびにぶっ倒れる様なヤツが、いつまでも戦線を維持出来るとは思えない。お前にミヤビギを任せきりには出来ん。」

「なんだよ、それ!大体まともな理由も無しに信用なんて出来る訳がないだろう!このヘンタイがッ!」


 聖樹が”カッ!”と目を見開いた。

今にも凪に掴みかかりそうな気迫だ……。

怪我さえ無ければこの場で殴り合っていてもおかしくない。

……そう僕に思わせる程、力強く凪を睨みつけている。


「誰がヘンタイだッ!!理由ならある!今回あたしは”お前と戦えば”このもわもわの正体に近づけると思った。しかしそれは叶わなかった。何故か分かるか?答えは簡単だ!」


 このタイミングで僕を見ないで下さい。みさきちゃん。

凪に向けていた目付きそのままに僕を見据える。

というか、僕は睨まれている。

蛇に睨まれたカエル、という言葉が頭に過った。

こうなると確かに動けない。

ことわざ通りだ。


動けないまま、僕は彼女の言葉を待った。



「ミヤビギ。きっとお前こそがこの違和感の元凶なんだ。あたしはそう考える。根拠だってあるからな。もしお前が死んだら、この感覚はずっと消えないだろう。そうなったらきっとあたしは後悔する。だから……。」


 彼女は静かに語る。

それを途中で全力で止める者がいる。


「……ストップだ!そんな理由が通って溜まるか!」

 凪はベッドから身を乗り出して、聖樹に怒鳴りつけた。

……多分窓の外に声が漏れてるから、真下に人がいたら何事かと驚くだろう。

というか、絶対この2人の声は隣や廊下にまで響いている。

怒られないと良いけれど。


「お前の許可が必要か?とにかくだ、ミヤビギ。あたしはお前に興味がある。だからお前を守ってやる。こんな”分からん殺し”しか出来ない役立たずよりずっと頼りにしていいぞ?」

 「い、いやそんなこと言われたって……。興味って、一体……?」


 どうしても面食らってしまう。

超展開にも程がある。

昨日今日まで僕に刀を突きつけて人質までやらせていた人が、今『仲間になる』といっているのだ。

府に落ちないというのもあるし、彼女の態度の激変に付いて行けない……。


 僕に対して『守る』って言ってくれたこととか『興味がある』って言ったこととか。 

正直に言ったら、嬉しくはある!

……けどッ。


 言い方が直球過ぎやしませんか?

もう少し回りくどい言い方をして貰わないと呆然としてしまう。

直球過ぎる言葉は咄嗟に言われると逆に理解に時間がかかる。


「……興味?嘘付くな。キミは葉矛に興味なんて無いはずだ。無いに違いない。」

 凪は飽くまで聖樹の発言に突っかかる。


「何故お前がそうやって決める?」

 聖樹は大分苛立って来たようだった。

眉間にしわを寄せ、凪の言葉を待つ

対する凪は、言葉を言う前に一度間を置いた。

……というより、躊躇った?

「だって、戦っている最中のあの発言は……。」

「や、やめろ!それはずるい!」

 ……全くお互いに譲らぬ口論をしていた2人だが、ここで聖樹は顔を赤らめ身を引いた。

同時に彼女は、不機嫌そうな表情ではなくとても焦って必至な表情を見せた。

大声で凪の言葉をなんとか遮ろうとする。


 凪、何か弱みを持っているのか?

明らかに聖樹は凪の言おうとした何かを恐れた。


「いや、ずるいって……。君が自分で言ったんだろう?」

「違う!あ、ああ、あれはあたしの本心じゃない!その、アレだ!お前を動転させてやろうとして、そういう戦略的な……そう、戦術だ!」

「目が、マジだったんだけど。」

「お前の人を見る目がないだけだ!そんなことまであたしが知るものか!」


 その時だ。

沈黙を守ってその様子を見守っていた、翼さんが動いた。

凪の手からリンゴを取り上げ、注目を集めると……。



「良いわ。」




 と。


……そう、ただそれだけ言った。




「……菊地 聖樹だっけ。貴方は良い戦力になってくれそう。」


 ……凪は相変わらずの猛反発をしていたが。

翼さんはその声を遮って、聖樹を肯定した。


 凪と聖樹の口論で病室は非常に五月蝿かった。

今両方ともが言葉を失い、全くの静寂に包まれている。

翼さんの発言力の強さに改めて感心してしまう。

凪はともかく、聖樹までもが言葉を失っているのだ。



「こっちに寝返るのなら情報、くれるんでしょ?貴方は向こうにいた人間だもの。さっき言ってた”城ヶ崎”だっけ。その人について、詳しく聞いていい?」

「そ、それで……あたしの立場が保証されるなら……。構わないが……。」


 翼さんは大きく頷いた。

あっけない。

敵だった人なのに、翼さんはあっさりと立場を肯定した。

そして、この瞬間から聖樹の立場は”こちら側”になった。


 翼さんはベッドの上の聖樹に手を差し出す。


「ええ。ようこそ。”こちら側”に。狩られ、逃げ回る。哀れな狐側に。」

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