【どういう状況……?】016【凪】
【個体の武器】
【恋葉凪】-0-16----どういう状況……?
一体どういう状況なのか、飲み込めない。
================================================
数十分前だ。
ボクは家で家事をこなしていた。
午後、節約の為にエアコンを付けるのを我慢して洗濯物を畳んでいた。
当然だが暑い。
だが、我慢したらしただけエアコン代は浮く。
汗がしたたるが、我慢してなんとか作業を続ける。
今日は1日こうやって過ごしていよう……。
そう思って過ごしていたから、服装は寝間着のままだったし髪型も直していない。
先週、強烈な襲撃があったばかりなのだ。
流石に今週も続くとは思えない。
根拠なんてなかったけど、そう思っていた。
それは見事に裏切られたけれど。
葉矛からメールが届いた時には、正直血の気が引いたさ。
予感なんて当てにならない!
素早く顔を洗いそして髪型を整えて、その辺に畳んであった服を取る。
……それが学校の制服しかなかったんだ。
仕方なく制服を着て家を飛び出した。
休日に制服とは、部活通いの生徒みたいだな。
自分で言うのもなんだがなかなか様になってるんじゃないかな?
なるべくポジティブに物事を考えながら、ボクは葉矛を探し始める。
================================================
葉矛曰く『公園の辺りを逃げてみる』ってコトだったので、その辺りを重点的に探してみたのだが。
これはどういうコトだろうか。
葉矛は今、数十メートル離れたところで”菊地 聖樹”と公園のベンチに腰掛け、のんびりと話しをしているのだ。
ここからでは会話の内容まで聞こえないのが、なんともモドカしい!
……別に菊地がなんとなくムカついただけで、他に他意は無い。
もどかしく思ったのは菊地が楽しそうだったからだ。
ん?怒った顔にしかみえない?
だとしたらあんなに相手に率先して話しかけたりしないさ。
ボクは意を決して公園に突っ込んだ。
なんのつもりか知らないが、企んでることがあるなら阻止してみせる。
「葉矛!」
ボクは彼の名前を呼びながら、周囲を見渡した。
幸いなことに公園の中には誰もいない。
……というか、この公園にはいつ来ても人がいない。
近くにもっと大きくて良い公園、いくつかあるもんなぁ。
休日でも態々ここに来る意味は無い。
「来たな、レンヨウ!」
菊地が立ち上がり、日本刀を抜いた。
いきなりヤル気か!
上等だ、受けて立とうじゃないか。
反射的にボクも氷で剣を作り出す。
前回の戦いである程度分かっていることがある。
特にこの剣じゃ普通の刀に勝てないということは良くわかっている。
それを考えて、上手く立ち回れば……。
「ま、待ってよ2人とも!」
そう叫んだのは葉矛だった。
それで止まったらコイツは最初から攻撃なんてして来てないだろうに!
剣を左手に持ち直す。
新しく剣を作るには”右手”が必要だ。
右手を前に構え、意識を集中させて……。
……?
……あれ?
一度、構えを解いて立ちすくむ。
菊地は刀の峰を下にして肩に乗せただこちらを見遣るのみだ。
刀を抜いて、でも攻撃をする気配はない……?
いや、待てよ?
葉矛はアイツのすぐ近くにいる。
手を出そうと思えばいつでも手を出せるだろう。
……ボクの目的は飽くまで『葉矛を助けること』だ。
「……人質、か。汚い手を使うな。」
冷静になれ。
これでは手出しが出来ない。
葉矛に危害が加わってはダメなのだ。
なんとかそれを阻止出来る状況を作らなくては。
思考を働かせ始める。
彼等を離すにはどうすれば良い?
「あ、いやナギ、実は……。」
「……ミヤビギ、一応お前は”人質”なんだ。静かにしていろ。」
……とにかくなんとか手段を講じねば。
どうやったらアイツを葉矛から引きはがせるか……。
周囲に使えそうな物があるか探したが、こんな公園でそんな物があるハズが無い。
「レンヨウ。もしあたしがコイツを盾に取っているなんて思っているなら、それは誤解だ。私はコイツに一切手を出す気は無いし盾に取って有利に戦おうなんて思っている訳でもない。」
何を言っている?
人質はとっているのに、それは使わない?
そんなこと言われて、信用出来る訳が無い。
「だったら最初から人質なんて取らないだろう。言っているコトとやっていることが……。」
「よく喋るなレンヨウ。だが、お前はあたしに何か言える立場にはいないだろう?」
ぐぅ……。
まぁ、そうなんだけど……。
事実ボクがつべこべ言ったところで、状況は変わらない。
向こうがどうやって仕掛けて来るか……。
それをどうやって受け止められるか……。
重要なのはその一点。
彼女を敵にする時、どうやって競りに勝つか。
どの道時間はかけれない。
前回は堤防という開けた場所で周囲に人がいなかったから戦闘もじっくりと出来た。
だが、今回は周りに住宅がある。
時間を掛け過ぎたり、大きな音を出したりし続けたら見られるかもしれない。
「さて、話しは終わりだ。そろそろ構えろ、レンヨウ ナギ。」
ぴくり、と。
小さくボクのこめかみの辺りが脈打った。
今度こそ来るのか?
やれるのか?
今の状態で。
……葉矛に手出しする、しないが問題ではない。
彼があそこにいることが問題なのだ。
コイツ相手に安全に勝つには、アレを出すしかない。
葉矛がいたんじゃ巻き込んでしまうかもしれない……。
そうやって手段を講じていたときだ。
「ナギ、そこでなにを遊んでいるのかしら?」
「……えっ?」
聞き覚えのある声がして振り返った。
でも、まさか?
こんなところに、なんで……?
「ね、姉さん!?」
……声の主は恋葉 翼その人だった。
妹であるボクと同じく制服を着て、手提げ鞄とテニスのラケットを持っている。
「な、なに!?レンヨウ……ツバサだと!?」
菊地が悲鳴にも似た声を上げる。
驚いて当然だ。
妹であるボクでさえ驚いているのだ。
「なんだってこんなところに!?」
姉は肩をすくめ、こちらに歩んで来た。
……多少日に焼けただろうか。
少し顔が赤い。
それと、制服が汗ばんでいる。
薄着過ぎて下が見えかけていることは指摘するべきだろうか。
いいや、放っておこう。
どうせ姉に”そういう”色気など無いのだ。
……口が裂けてもそんなことは言えないが。
「部活帰りに妹の様子を見に行っちゃダメ?」
姉は問いかけて来た。
突然だったのと、姉に対しての侮辱を頭で考えていたこともあって過剰に反応しかけた。
なんとか平然と返すことが出来たが。
「いや、そういう訳じゃないけど……。」
この姉、訳も無くこちらに訪ねて来ることは殆どない。
つまり様子を見に来た”ついでに”何かを伝えようとした……。
妹の様子を見に来た”ついで”にね。
飽くまで”ついで”と言い張るだろう。
ともかく、そう考えるのが妥当だ。
そんなことを考えている間に、姉はふぅとため息をつく。
ボクの目の前を通り過ぎ、構えも何もせず無防備に菊地の方に歩んでいく。
「……クッ!なんのつもりだ、レンヨウ ツバサ!」
菊地は刀を構え、突きつけ、必至の形相で姉を追った。
……無理も無い。
あそこまで無防備になんの武器も持たず向かわれたら不気味なこと間違いない。
「貴方に様は無い。雅木君を連れて行くだけ。」
「なんだと……?」
当の本人である雅木 葉矛は唖然とその様子を見守るだけであった。
”静かにしていろ”という菊地の言いつけを律儀に守っている。
良い子だ。
「ナギは貴方と遊んで行くのでしょう?だったら、妹のとは言え家主のいない家に勝手に上がるわけにはいかない。」
刀を突きつけられて尚冷静に、焦る様子を見せることも無く、むしろ刀など無いかの様にいつも通りの振る舞いを続ける姉。
感心せざるを得ない。
……ボクにはあんな度胸は無い。
「でも、外は暑い。私は冷房の効いた部屋に居たい。つまり……。」
翼は葉矛の手を取った。
葉矛は面食らっている様だが、抵抗などはせずその手に引っ張られて行った。
「雅木君をつれて、彼の家に行く。そうすれば貴方達が終わるまで、私は暑くないから。」
……酷い理屈だ。
自分勝手である。
だけど姉さんが葉矛を連れて行ってくれるなら彼の身は恐らく安全だ。
ボクは全く構わない。
姉は雅偽君の手を引き公園の出口へと歩み始めた。
菊地は黙ってそれを見ているだけだ。
手を出したら負けることは分かっているのだ。
姉はボクより強い。
その姉が加わった状態で2対1したら、いくらなんでも絶対にこっちが勝つ。
「------ナギ。戦いやすいでしょうね。」
すれ違い様に姉は話しかけて来た。
……葉矛がいなければ本気で戦っても彼を巻き込む心配をする必要は無い。
確かに戦い易い。
この為に来てくれたのだろうか?
いや、姉がここを通ったのは偶然だろう。
彼女は今日に限って雅木君が襲撃されるのを知っていた訳じゃないはずだ。
でも、有り難い。
「姉さん。ありがとう。」
妹の感謝に姉は首を振って答えた。
……否定。
戦い易い様にしておきながら、こちらの礼は否定された?
「全部活用しなくてもいいんだからね。いざとなったら、逃げれば良い。」
姉は小さく呟くと、すれ違って行った。
……葉矛とも目が合う。
躊躇いがちで、どこか申し訳無さそうな表情……。
考えてみればいつもの様矛だ。
いつもああいう表情ばかりしている。
「あんまり気にしないで。」
ボクは一言彼に声をかけた。
彼はいつでもネガティブだ。
言葉に出さず、心で自分を自虐しているんだろう。
いつもあんな戸惑った様な哀しげな目でボクを見て来る。
ボクは別になんとも思っちゃい無いさ。
キミは友達で、キミはボクと一緒にいて欲しい。
だから守るだけだ。
……なんて、メンと向かってそんなこと言える訳がない。
だからせめて行動でそれを示してみせよう。
ボクは菊地と向き合った。




