【訪問者を操った者】014【城ヶ崎】
【個体の武器】
【城ヶ崎】-0-14----訪問者を操った者
「城ヶ崎、これはどういう事ですか?」
水曜日。
オレはデスクに座って集めた情報の整理をしていた。
また最近行ったアクションの結果から、何か分からないかいろいろと思考していたところだった。
エアコンの風に当たりながら蒸し暑い外のことを考えていた。
こんな時機に外に出るヤツの気が知れないな。
こうして室内に居れば快適に過ごせるのに、と。
そんな時だ。
蝿いお邪魔虫が訪問して来たのは。
懲りもせず毎回オレに絡んで来るコイツは一体なんなのだろうか。
ため息を堪えながら一応対応はしてやっていた。
「……リコ、一応我が社では他の部門の代表相手に直接会いに来る事は誰であっても禁止されているはずだが。特にこうやって直接部屋に来る事など論外だ。」
理子は顔を強張らせた。
どうやら、そんなコトすら忘れてしまっていたらしい。
しっかり者に見えそうになる言動をしているが、コイツの取り柄は所詮記憶力と地獄耳だけなのだ。
実際のところ、コイツの思考能力はハトのそれに近い。
「……尋ねるだけの、理由があるという事です。」
苦しい言い訳だ。
それを苦しい表情でつっかえつっかえ述べた。
理由があったら来てもいいのか?
それは社会で通用しない良い訳だ。
ルールはルールで守らなきゃならない。
「理由があろうが無かろうが定められた規則には従え。担当者がいるからソイツを通して話しを進めてくれ。」
オレはそう言うとヤツに背を向けようとした。
机を軽く蹴って回転椅子を回すが、ヤツはオレの肩を掴み強制的に視点をあわせて来た。
やれやれ、掴むならもう少し優しく頼む。
文句を言ってやろうと思ったが、その前にヤツが捲し立てた。
「この場で問わせて貰います。城ヶ崎、何故”菊地 聖樹”を動かしたのですか?」
聖樹というのは、一度は我が社で”捕獲”したウェザードだ。
たいして珍しい能力でもなかったが、チカラの強さは目を見張るものがあった。
今は我が社の管理下に置いて一般人に紛れさせて活動させている。
研究されきった能力を持つ者は、一応は管理下に置いてそのまま世に離すのだ。
ウェザードの研究に犠牲は必要だが、必要な分があれば良い。
不必要な犠牲を伴うのは文字通り無駄だからな。
「お前に関係があるのか?」
オレはなるべく不機嫌そうに聞こえるように勤めた。
しかし、理子はオレがどんな様子であっても態度を変える事は無い。
「あろうが無かろうが、情報の把握はさせて頂きます。私に報告も無しに、勝手な行動を……!」
オレは苦笑した。
要するに自分勝手な事をした俺を詰りたいだけなのだ。
全てを把握していないと不安でいっぱいになる性格なんだろう、コイツは。
「考えてもみれば、独断で行う単独行動も禁止されているはずです。社外での活動は上からの指示が無い限りは、最低でも2人で行うのが原則。つまり貴方は私の失敗に物事を言える立場ではないのです。」
声をあげて笑いかけた。
『そっちがイケナイ事をしているなら、こっちだって』という言い分が許されるのは小学生までだ。
天然っぽく振る舞ったって実年齢は戻らないぞ、理子。
それはそうと、理子の今の言い分は実は間違っている。
オレは勝手な行動などとっていないのだから。
「勝手な行動か?この事については、前にお前も手伝ってくれただろう?」
「……なんですって?」
理子は顔をしかめた。
記憶を辿っているのだろう。
そう、オマエはオレを手伝ったのだ。
じっくり考えて思い出すが良い。
「……まさ、か!」
どうやら思い出した様だな。
目を丸くして、オレを凝視している。
対するオレはといえば、笑いを堪えるので必至だった。
コイツをからかうのは気分がいい!
「な?独断であっても、単独行動じゃない。お前だって手伝ってたもん!『2人以上で』という原則は守っているんだよ、オレは!」
「じょう、が……さき!!!」
理子は顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
だが、悪いのは俺ではないはずだ。
先日、オレは雅木葉矛の住処を偵察した。
その行動と、この事柄は繋がっているのだ。
つまり雅木宅の偵察を手伝った時点でコイツはオレと共犯だ。
わざわざ休暇を使ってまでオレを手伝ってくれたオマエには悪いが、この件に関してオマエも責任を取るべき立場にある。
オレが責任を問われたら、オマエも道連れだ。
コイツにも、それが分かったはずだ。
「貴方という、人は……!!!」
「まぁてまて、オマエが勝手に手伝ったんだろう?オレは無実だ。手伝って欲しいと言った覚えも無い。そしてオレの素晴らしい計画をオマエに話す必要も無い!」
ヤツの眉間に人差し指を突き立てながら、オレは言った。
よし、決まった!
「ッ!!……もう、良いです。事情は聞きません。聞きたくも無くなりました。貴方にアイスなんて……あげなければ良かった……!」
オレのデスクを強く叩くと、彼女はどかどかと床を踏み鳴らして出て行った。
クックック、いいぞいいぞ!
最高の形でお邪魔虫が消えた!
最後にヤツは扉をぴしゃりと大きな音を立てて閉めた。
立て付けが悪くなるから止めて欲しい。
ヤツが部屋から出て行った瞬間、部屋に静寂さが戻る。
……さて、いつまでも優越感に浸っている場合ではない。
書類を片付けて、データの分析を行いたい。
デスク上の書類は目がくらむ程膨大な量だが、1つひとつ目を通しておかなくてはならない。
書類を片付けながら、ふと思う。
考えてみれば理子がああやって癇癪を起こしてくれて、ちょっと助かったな。
”菊地 聖樹”を動かすにあたって何故”雅木 葉矛”の部屋を覗く事が必要だったか、それを話す必要がなくなったのだ。
……言えまい。
まさか自分の雇ったウェザードを動かす為に、自分自身が動かねばならなくなったとは。
言えまい……。
まさか、そのウェザードが女子高生だとは……。
言えまい……。
知られるのはダメだ。
理子には特に。
弱みとしてネチネチと脅しの材料に使って来るに違いない。
……菊地 聖樹の言葉を思い出す。
アイツは思い切り嫌そうな顔をしてからこうやって言ってたっけな。
『……城ヶ崎。確かにあたしはお前達の監視下で動いている。だがな、私は飽くまで普通の女子学生だ。女子学生が、他校の生徒の情報などを求めて動いたら目立つだろう?目立つのはお前にも都合の悪い事のハズだ。』
『私を動かしたいなら、予め情報や準備はそちらで整えておく事だ。部屋の場所、内装、周囲の環境、ターゲットの行動予測。それら全てを行ってからあたしに声をかけるべきだ。』
『お前がやるんじゃないのかって?おいおいよしてくれ。あたしが、そんなところまで受け持つと思ったのか?笑わせるな。ともかくあたしを動かしたいなら、まずお前が動け。命令しか出来ない無能な上司でないところを示してもらおうか。』
------クソ、忌々しい!
なんでオレが指示をされねばならないんだ。
オレは上司で、オマエは管理下に収まっている言わば”立場の低い者だ。
何故そこまで平然と偉そうに出来るのだ!!
これだから常識の無い同世代の女子は嫌いだ!
それでもオレが動いたのは、飽くまでその方がリスクが少ないと判断したからだ。
オレは調査をしてそれでアイツが素直に動くのなら、行動することには十分な価値がある。
そうやって判断したからに過ぎない。
決して、菊地 聖樹に気圧されたからではない!
「城ヶ崎君!入って良いかい?」
部屋の外から声が聞こえる。
丁寧にノックも行われた。
軽く首を振って、思考を切り替える。
来客があったのなら前のことを引きずったままいてはダメだ。
「ああ、どうぞ。」
なるべく、直前までの感情を抑えて答えたつもりだ。
この来客の正体は知っている。
オレのことを『君付け』で呼ぶ人間は、この建物に1人しかいない。
「やぁ、いろいろ分かったことがあるよ!君は相変わらず素晴らしいデータを持って来てくれる!」
白衣をたなびかせながら、その来客は満面の笑顔を浮かべてオレの目の前まで来た。
うん、実に清々しい。
「そうか。じっくり聞かせて貰うとしよう。その辺に腰掛けてくれ。」
来客は敏生だ。
コイツは実験が進んだり、成果があったりすると挨拶の前にそれを話したがる。
こちらから挨拶をしても『いいところに!実は興味深いデータがあって、これなんだけど!』などと言った具合のことを、第一声にあげることがある程だ。
「コーヒーでもどうだ。砂糖はあるが……。」
オレの問いに、敏生は首を振って答えた。
「いや、遠慮しておく。あまり長居するとリコも怒るだろうからね。それに、君なら分かるだろ?」
コーヒーを飲むより先に用件を話したいということだな。
確かにこうやって会話しているところを理子に見られたら、五月蝿くいろいろと追求もして来るだろう。
先程不機嫌にしてやったから暫くはここには寄らないとは思うが。
敏生は客が座る様に用意してあるソファーに腰掛けている。
目の前にはガラスのテーブルがある。
テーブルのデザインはなかなかに良い。オレの趣味だ。
そして客と正面から向かい合って話せる様に机を挟んでもう1つソファーを設置してある。
正面に向かい合って腰掛けると、敏生は話し始めた。
「キクジの持ち帰ったデータですが。……内容が中学生の書いたレポートみたいな内容だったんですが。それなりに参考にはなりました。」
雰囲気からして菊地はそういった文章力に乏しそうだからな。
オレはアイツに、俗にいう『脳筋』的なイメージを持っている。
偏見だろうか。
いいや、妥当な評価だろう。
「レンヨウ姉妹の妹さんとの交戦があったってコトだけど。報告を見る限り彼女の持つ氷の能力は実に『平凡的』。特に強かったりはしないみたいですね。」
「平凡的、だと?」
つまり、”フツー”なのか?
どういうことだ?
上層部は、”レンヨウ ナギ”が他のウェザードと比べて『異質であるから』回収を望んでいるはずだ。
少なくとも理子からはそうやって聞かされている。
レンヨウ(妹)を捕まえ辛い理由も、その『異質さ』のせいだと思っていたのだが……。
平凡的な能力の個体を何故求める?
「そう。少なくとも”氷の能力に関して”は普通のウェザードと変わらない。空気中の水素と酸素を凍り付かせて、任意の形をした氷を作る。これは他の氷を使うウェザードと同じことをやっているに過ぎない。」
……納得出来ない。
だとしたら、何故上層部はレンヨウ(妹)を欲しがっているんだ?
ただ『そういう趣味だったから』だったら、今までの苦労を考慮して許すことは出来ないのだが。
……冗談だ。
上の人間がそんなことを考えているのでは、などと本気で考えはしないさ。
あの頭のかたそーな上司達が『ボクっ娘』という日本の素晴らしい文化を理解出来るとは思えない。
ちなみにオレはそれなりに理解は出来る。
「キクジの持ち帰ったデータから考えれば異質性は見られない……。菊地の書き方が悪くて文面からは読み取れなかったとか、アイツがしくじって”全てのチカラ”を出させることが出来なかった、というのは考えれないか?」
オレは唇を噛み締めた。
本当にただのウェザードだったとしたら、部下でもとっくに捕まえられているはずなのだ。何故捕まえれないのか。
本当に”ただの”ウェザードだったのなら、オレは一体なぜここまで追い求めていたのか。
『上の指示にしたがっていたから』と言えば解決する問題なのだが、納得は出来ない。
「う~ん、前者については無いでしょうね。書き方とか纏め方は、言っちゃ悪いけどヘタクソだったけど……。要点はきちんと書いてありましたから。文面のみでのデータだから、本人を詳しく”調べて”みないと確かなことは言えないんですけどねぇ。……飲み物くれないかな?」
さっきコーヒーは断ったクセして。
謙虚なオレは愚痴1つこぼさず行動を起こした。
付近に設置してある冷蔵庫からお茶を取り出して敏生に手渡す。
ここはオレのオフィスだ。
何を置いたって自由だっていうから小さい冷蔵庫を設置してあるのだ。
オレは基本的にデータを纏めたりする時、この部屋から出ない。
ならば近くに食べ物や飲み物を保管出来る場所があった方が便利だろう。
少し喉が渇いたからと言っていちいち部屋から出て社内の自動販売機まで行くのはあまりに効率が悪い。
「ありがとう。……それで、後者についてはなんとも言えないね。レンヨウがどの程度の気持ちで菊地と対立したのかは僕には分からない。彼女のその時のコンディションも分からない。」
お茶を受け取った敏生は暫くお茶のペットボトルを眺めていた。
……飲まないのか?
「……それで、それだけなのか?」
敏生の話しを聞く限りは、今回のオレの行動に寄って得られたデータは、あるにしろ有益でない様に思えた。
オレのモチベーションも下がったしな。
『分かったことがある』と顔を輝かせていたわりにネガティブなことしか報告が無い。
「その言葉、待っていたさ……。」
敏生は眼鏡を”クイッ”と突き上げると、意味ありげにそう呟いた。
身を乗り出し、興奮した様子で捲し立てる。
「……僕はね、そうやって『他になにかあるんだろ』的なことを言われそのことにここぞと言わんばかりに解説をすることが……。」
「いいから、あるなら言ってくれ。リコが来るぞ。」
敏生はコホンと咳払いをして、落ち着きを取り戻した
……やってみたかったんだな。解説役的なポジションを。
「ま、まぁ、まずです。菊地の書いたレポートを信じるならレンヨウは『戦闘中』に『一瞬』で『剣の形をした氷』を『連続して』生成し、菊地と対立したとのことです。」
そこで一回言葉を切って、オレの反応を窺う。
お茶を飲みつつ、オレの様子を観察している様だ。
……言いたいことが分からない。
『戦闘中』『一瞬』『剣の形をした氷』『連続して』
それらをヤケに強調して言っている様に聞こえたが。
だからなんだと言うのだ。
オレが黙っているのを確認して、敏生は続ける。
「レンヨウ ナギは、観測された中でも特に能力に対して適性を見せていると言えるんです。戦闘中なんて極限状態の時に『剣』なんてしっかりとした形のモノを”瞬時に”作り出せる者なんて、今までで見たことが無い。能力自体は平凡的な力でもその力を常に最大限発揮出来ている。」
「……他のウェザード以上にチカラを使いこなせているってコトか?それが、アイツの異端性?」
どうにもそれは異端性と呼ぶには相応しくない気がする。
チカラを使えるのが『上手い』からといって、それが異端だと呼べるのか?
「それは”異端性”ではないですよ、城ヶ崎。飽くまで何故レンヨウがここまで強く能力を使いこなせているのか、それが個人的に興味深いと言うだけです。ウェザード能力の発現は練習してホイホイと上達出来る様なものでも無いからね。」
「……じゃあ要点は?異端性はあったのか?」
「わかりません。ただ、君も気になる事柄はあったと思います。」
オレが気にする様なことが?
一体なんだ?
気になって固唾を呑むが、ヤツは言葉を発しない。
代わりに期待をこめた眼差しでオレを見て来る。
敏生は思いっきりそれをためて話すつもりだ。
……コイツが喋るまで待つか。
「……城ヶ崎、そこは『それは一体なんなんだ!?』と問いかけるところだよ。」
「オレにそんなことを期待されても困る。」
敏生はため息をついた。
なかなかに面倒くさいな、この友人は。
この面倒臭さが、人間味があっていいところだ。
理子もコイツの様な感じの回りくどさを会得するべきだ。
そうすればちょっとは可愛くなるだろう。
……ダメか?
「キクジは使える限りで最大のチカラをこめて『炎弾』を打ち出したと言っているんですが、それをレンヨウは、『素手で』受け止めたみたいなんですね、これが。」
「……素手で?」
「ええ、”左腕”を盾に炎弾に突っ込み、一矢報いたとのことなんですね、ええ。」
……そんなのあり得ない。
これは炎弾を撃ったのが『菊地』であると言うことが重要だ。
菊地は能力の珍しさはカケラも無いが”強力な”ウェザードだ。
彼女の炎弾は爆風でコンクリートの壁を粉砕する程の威力がある。(これは実際に試した。)
なんの抵抗力も持たない生身の人間がそんな攻撃を受けて生きていられるか?
仮に生き残ったとして、無事で済まされるのか?
菊地の炎弾を撃ったときのコンディションが分からない以上これ以上予想のしようは無いが、絶対に『ヤケドしただけ』ではすまない。
左手で防いだとのことだが、防いだ方の手は二度と使えなくなっても全くおかしくない。
その場で即気絶、絶命しても不思議ではない。
なのに、レンヨウは炎弾に直撃しつつ”一矢報いた”。
つまり勝利したのだ。
それは即ち、炎弾を直撃して尚その後攻撃行動を行えたことを意味する。
「ちなみにレンヨウの左腕ですが、現在なに不自由なく使えている訳なんです。この意味、分かりますか?」
ウェザードは自分の使用出来る”属性魔術”に限って、それの影響を軽減、無効化出来る性質を持つことが分かっている。
例えば、菊地が撃ち出した炎弾で自分の手の平を焼かないのはその体質があるからだ。
また、恋葉が氷の剣をまともに持っていられるのはやはりその性質を手に入れたからである。
普通なら氷で出来た剣など、冷たくて長時間しっかり持ってなどいられない。
菊地の能力がいくら強くとも、同じ火の能力を持つ者がそれを受けた場合ならある程度なら耐性が働いて威力が軽減される。
対象が火のウェザードであるなら、菊地の攻撃を受けても無事でいられるのに納得出来ただろう。
だが、肝心の恋葉 凪は氷属性のウェザードだ。
ダメージは普通に通るハズだ。
「……確かにレンヨウは、『左手』で炎弾を防いだんだな?」
敏生はこくりと頷く。
……左手。
それが重要だ。
「ちなみに。君の考えている通りレンヨウ ナギは今のところ”右手”でのみ氷を作り出している様子が確認されている。」
オレは敏生の顔をマジマジとみた。
酷く、信じがたい話しだ。
”それ”の存在が許されていいのか?
恋葉 凪は、下手をすればコイツ等の研究の成果を根本から崩しかねない。
つまり、今までオレ達の考えて来た常識を根本から揺るがしかねない存在だ。
”それ”が恋葉 凪の異端性だと言うのか?
上層部が時間を掛けてでも捕えようとする理由か?
「まさかアイツは……、『マルチ・タイプ』か?」




