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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
25/82

【説明、思考、反撃への糸口ー】009-2/2【葉矛】

【個体の武器】

【雅木葉矛】-00-9----説明、思考、反撃への糸口ー




 ------、ともかく。

 ……凪は剣を溶かし終わって風呂場から帰って来た。

 かと思えば、溶かし終えた訳ではないらしい。

 剣は浴場に放り込んで来たらしい。

 自然に溶けるまでは浴場は使えなさそうだ。

 外に放り出せば何人かが涼めただろうのに、等とも考えを巡らせ、しかしすぐに自身で否定した。

 ところで、この家にはリビング以外にはエアコンがかかっていない。

 それを考慮すれば氷の剣の耐久性の高さには一目を置くに値するだろう。

 この暑い中でも、あんなに長い時間カタチを保っていられるのだ。

 それを踏まえると氷で出来たあの剣は、武器として、とても頼もしい存在に思えて来る。

「雅木君、今の時間で頭の中を整理出来た? それなら、次は彼等の事を話すね。」

 翼さんは凪が帰って来てから話しを再会した。

 彼女は相変わらず淡々と語る。

 凪は彼女の隣で、姉の様子をいつも通りの余裕を持った表情で見ている。

 聞き手である僕には余裕など無い。

 一言たりとも聞き逃すものかと耳を傾けた。


「……まず彼等はある程度の権力を持っている組織だと考えられる。だけれども、直接的に行使する立場じゃないと思うの。少なくとも、『国の機関』とか、そういう大層な立場ではないと思う。私は精一杯、出来る範囲で、ある程度は調べたつもり。その結論が、コレ。」

 別に物的証拠を掴んだりしている訳じゃないけれど、とか言いながら、二冊のノートを取り出した。

 ノートを取り出した代わりにテーブルの上の拳銃を鞄に仕舞う。

 平和な我が家から物騒な凶器が取り払われた。

 その事実にホッと胸を撫で下ろしながら、今度はノートに注意を向ける。

 ……取り出された一つは、ごく普通の大学ノート。

 コンビニとかで市販されている極めて普通の物。

 そしてもう一つは黒い皮で製本された、ちょっと高そうなメモ帳。

 こちらは書店とかで売っていそうなイメージのモノだ。

 後者のノートに目を奪われがちだが、彼女は大学ノートの方を手に取り、開き、目を通した。

「……これまでに行われた彼等の行動を考えてみて、予測をつけたのだけれど。彼等は”ある程度のモミ消し”が出来る立場を持つ組織、もしくは、彼等の背景にそれが出来る権力者がいるのだと考えることが出来る。何故なら、私が知り得ている”彼等の動き”が、世間一般に知られていないから。ちょっとした話題になる様な事柄でさえ、彼等はもみ消す。」

 凪が椅子に座ったまま身を乗り出した。

 そんなとき、先程付けたエアコンから風が吹き始めた。

 涼しい空気が部屋を包む。

 汗ばんだ肌に冷たい空気が触れて気持がいい。

 ちょっとだけ疲れて来た頭でも、これなら話しに集中出来そうだ。

 ……しかし、”ちょっとした話題になる事柄”ってなんだ? 気のせいかも知れないが、彼女はそこの言葉を濁した様に見えた。

「……この仮説が正しいことを前提に話すけれど、彼等の持つ権限、それも”ある程度”までの限定された領域以下にしか及ばない程度の小規模な権力。流石にしでかしたこと全部を消すことは無理みたい。現に彼等による行いのいくつかはテレビやネットのニュースとかで取り上げられている。ある程度に大規模な事柄になると、彼等は隠し切れなくて……。」

「確かに、ボクが襲われたヤツもいくつかテレビに出たよねー! 大体見境無く追いかけて来た時はテレビとかに出てたよね?」

 翼さんの言葉を凪が遮る。彼女のその言葉には驚いた。

 そうだったんだ? 家にいる間は基本的にPCに向かう僕だが、それなりにテレビも見ている。

 レンヨウナギって名前をテレビで聞いた事はない。ただ、最近の物騒な事件の中には彼女が関わった事件もあったのかも……。

「……、続けるね? 彼等は決して絶対的な権力を持つ集団じゃない。だからか、極力(・・)法に触れる行いを避けている節がある。例えば、そうね……。家にいる間、ナギは1人(・・)なのに、彼等は決してそこを襲ったりしない。」

 ……凪が家だと一人?

 その言葉に違和感を覚えたが、翼さんの話しは続いた。

「彼等は不法侵入は行わない。つまり学校にも入ってこないし、個人宅にも入ってこない。だから普段通りの生活をする時は、あまりキョロキョロする必要は無いわ。」

「じゃ、じゃあ引きこもっていれば安全なんじゃないんですか……?」

 ……僕は何を言っているのだろう。

 そういう問題じゃないって……。

 言ってみて後悔したが、少し遅かった様だ。

 案の定翼さんは、一つ小さくため息をついた。


「確かにそうかもね。でも、それなら学校は止めるの? どうやって食料の買い出しを行うの? お金どう稼ぐの?」

「い、言ってみた……だけです……。」

 僕はおどおどと引き下がった。

 とほほ……。

 何か言う時は考えた方が良さそうだ。

 話しの腰を折ってしまった。

「……続き。これは私が彼等を見ていて気がついたこと。……まだ断定は出来ないけれど、今まで遭遇した限りではアイツ等の武器に統一性は無いわ。……凪が見たのがMk22じゃ無いってことは、ちょっと引っかかる。」

「え、えむけー?」

 聞き慣れない単語を復唱したら、翼さんはため息をついた。

 専門用語を言われても僕には理解出来ないんだ。

 しかたないだろう? ため息なんて付かないで欲しいよ……。

「それは銃の名前。重要なことは、前と今回とで装備が違ったってこと。正規の”軍”の武装のそろえ方じゃない。彼等は非合法もしくは民間の組織が行っている活動なのかもしれない。装備の様子からそこまでは分かる。そういうところから、ますますお国や権力者からは遠い存在に思えるわ、彼等は。」

 ナルホド。

 確かに正式な機関とかだったら使う武器の種類とかは揃えそうだ。

 この説明は素人目にみてもなんとなく説得力がある。

「……姉さん。一応指摘するけれど装備の違うこと自体に意味は無いんじゃないかな? 個人個人の役割に応じた武器が支給されるってこともあるし。」

「だとしてもハッシュパピーとMk23というチョイスは普通しないと思わない? 国もメーカーも異なるのに。」

 ……何だこの姉妹。今まで会話なんて声をかける程度の物だったのに、ここに来て急に生き生きと喋りだしたぞ。

 武器の話題になって急に盛り上がるって、男子中学生とかその辺の生態だと思っていた。

 以外に女子ってこういう話しで盛り上がるものなのか?

 僕は銃器とか、そっちの方の知識は持ち合わせていない。

 今回、彼女等の話しには全くついて行けない。

 僕はひとりぽつんと話題が変わるのを待った。


「ーーーーそれより。これは予測とか仮説なのだけれど。」

 少しして話題が詰まり、翼さんがこちらに注意を戻した。

「前にも言ったかも知れないけど、彼等の標的はウェザードであり、目的はその力を持った人間の捕獲。……捕まえてどうするのかなんては私には分からないし想像もつかない。……けれど、無事に帰れないのは確か。それでね……。」

 説明の最後、心無しか翼さんの表情が歪んだように見える。


 ……いや。気のせいではなかった。

 彼女は言葉を紡ぎ終え、奥歯を強く噛み締めた。

 それが何を意味するのか。

 今の僕には分かる様で、分からない様で……。

 ……どちらにしろ理解する前に話しは進む。

「私は彼等がウェザードの研究を行っていると、そう予想している。」

 唐突に翼さんは話しを変えた。

 新たな話題を切り出した。

「ウェザードの存在はまだこの世界で『未知』で、正体も実体も分かっていないし、誰も深く触れようとしない。」

 表情はまた元に戻っていて、冷淡であるのだが……。

「けれど、それは不自然なの。ウェザードって話題はあからさまに世間の話題を牛耳っているモノなのに、未だにただ”未知”であるとしかされていない。人って分からない物を怖がるから、大抵の事柄には自分の納得する言葉を当てはめるのが常なの。そういうの、聞いたことが無いかしら。……それに(なぞら)えて考えれてみれば、例えば今回みたいに”未知”って言われてる物があるのなら、当て付けでも理由付けするのが世間ってものでしょう?」

 ……冷淡? いいや、違う。

 彼女の口数が急に多くなる。

 僕を気遣ってか、分かり易い様に説明を交えて事象を説明してくれている。

 しかしそれは、次に話す結論を廻り廻って迂回する様にも思えるものだ。

「……さて、表面上研究は進んでいるように世間には伝えられているけど、実際にはそんな事は無いわ。根拠を言うのなら、まだその存在に”未知”って称号が付いていることがそれね。そしてドコの誰かさんが彼等の存在についての結論を先送りにしている、つまり研究だかなんだかで調べているのは確か。そういった理由が無くて、結論を先送りにする必要もないのなら。……さっさとその”未知”って空白には捏ち上げた適当な単語が当てはめられているのでしょうからね。」

 ……口調こそ淡々としているのだが、どこか纏う雰囲気がおかしい。

 彼女は仮説と称したそれを口ずさみながら、しかし既に何かを確信していて、それを強く……。

「もちろん、報道機関が視聴率稼ぎに盛り上げる為の名称を付けたりはしたかもしれない。それや特番か何かで彼等について盛り上げついでに空想を仄めかしたかもしれない。……けれど、それは決して定着しない。誰も信じない。信じていないというよりも。研究の進行に期待していないって言った方が良いかも。もう何ヶ月もの間、この突然現れた『魔術師』について、新しく分かった事はないのだから。だからこそ、決して確定した情報を述べているとは思えない様なカタチで仄めかされたって、皆納得なんてしない。」

 ……憎んでいる?

 彼女の口調は鋭い。捲し立てる彼女はどこか焦っている様に見える。

 その様から察することは容易だ。

 彼女は”それ”を嫌悪している。

 自分が言っている内容に彼女が嫌悪するに値する程の内容があるーーーー、?


「ところで、なんでだと思う? 雅木君はなんで研究が進んでない(・・・・・・・・)んだと思う?」

 ……一方的に話しを進めていた翼さんは、唐突に僕に回答を要求した。

 これは、問いかけられたのだろうか。

 ウェザードの詳細、研究が進んでいない理由を。

 研究って、調べるってことだよね。

 ウェザードを、調べる……。


『……、……つ。』


 ふと、翼さんの言葉が心に引っかかった。

 ……いや、正確には彼女の言葉自体に、ではない。

 彼女の言葉を受け、僕は思考した。その過程に、見てはならない(気づいてはならない)物を見出してしまった気がして。

 なんだか嫌な胸騒ぎがした。


「……ウェザードの研究。そもそもウェザードってモノがなんなのかを考えて欲しい。彼等は人間で、彼等を調べるにしても動物の様に解剖の様な方法ではカラダの仕組みや変化を調べることは出来ない。というより、やってはいけない。……仮にそれを実際に行えば『人体実験』になってしまう。……ならば、世間に良い顔を振って讃えられたい様な連中、言わば『表立った研究機関』は、公然とウェザードについて、調べる事が出来ない。……つまりーーーー。」

 ちょっと待って欲しい。

 人体実験?

 それって、どういう……。


 __突然、聞き慣れない言葉を聞いた。

 故にか、僕は咄嗟に思考にノイズを感じた。

 ……否、ノイズは僕の思考を邪魔して、僕の思考を守ろうとした。

 それ以上考えるなと、思考に扉を閉ざそうとしたのだ。


「……先に行っておくけれど、私にだって何も分からないわ。今のは全て”分かった”から言った確証じゃなくて、飽くまで私の想像だって事を知っておいて。」

 僕は何も言っていないけれど、彼女は僕の心境を汲み取った様だった。

 的確に、僕が浮かべた事柄を否定した。

 それでノイズは途絶える。

 もう逃げれないと観念したのか。

 思考はむしろ鮮明で、次の言葉を受け入れようと努める。


「分からない、だって? それじゃどうするのさ。ヤツ等がやっている事が分かってても、目的が分からないんじゃどうにも歯切れが悪すぎるんだけど。そもそも人体実験なんて、突然何を言い出してるんだい? 何か手がかりとかあった訳? だったらボクにはもっと前に教えて欲しかったんだけど!」

 凪もこの話しを聞くのは初めてなのだろうか。話しが突拍子もなくて頭が痛くなって来た、なんてぶつぶつと呟いた。

 彼女も僕とほぼ同じ反応、つまり『知らなかった者』の顔をしている。分からないから、イラついている。

 ……意味ありげに表現したけれど、要するに凪に少しだけ親近感を抱いたってコト。

 ”このコト”に関しては、凪は僕と同じ”情報量”しか持っていない。

 つまり彼女もこの件に関しては僕と同じ。……いわば同等の立場であるんだ。


「そもそも、考えてみたら姉さんの言っているコトに意味なんて無いんじゃない? アイツ等の目的なんてどうだってーーーー。」

「悪いけどナギ。ちょっと黙って。」

 これまでにも無い程にキツい口調での一言。

 それには凪を黙らせるには十分過ぎるチカラがあった。

「彼等の思惑を掴む手がかりは無い。明確な根拠がある訳じゃない。先程言ったけれど、彼等の行動動機に付いてはただの私の予測。空想とも言える。言い方はどっちでも言い。……空想ですむならそれで良い。」

 小さく首を振りながら翼さんは語った。

「……けれど、ウェザードにだって人権は適応されている。少なくともこの国(ニホン)ではね。だからこそ表立って手が出せない国等の機関に代わり、それを代行する機関が動いている。そう考えた。非現実的だって思うかも知れないけれど、行考えれば現実的じゃないかしら。……彼等はそも、法律をある程度無視して私たちの捕獲、研究を優先している。コレがもし非政府機関だったら仮に表に出て処刑を受けることになった場合、”国”の御偉い人間はそこを切り捨てられる。とってもローリスクな、ウェザード研究の為の機関……。」

 翼さんは真面目に言っている。

 しかし、頻りに小さく身を揺さぶり、自身の発言にすら”ばからしい”と否定をかけている。

 ……何故だろうか。僕は彼女の話しをあまり深くは理解していないのに、彼女のその否定の気持ちを察することが出来た。

「コレはね、雅木君。……例えば、知りたいことがあるのに知る術が正規では存在しない。ならば、正規でなければ良い。……けれど正規でないなら蔑まされるが道理。ならば、蔑まされても良い存在であれば良い。そんな考えよ。」

「……翼さん、まさかそれって陰謀論じゃ? 前、ニュースサイトの掲示板にもそんな書き込みを見た様な……。」

 今の発言は、先程の発言をより分かり易くする為の補足だ。

 それで内容を把握し、僕は確信した。そして理解した。

 彼女の言っているコトは実に”馬鹿馬鹿しい”ことなのだ。

 翼さんが言った事だけど、僕はそれに似た事をネットの掲示板で見かけた事がある。

『一般には分からず、知られぬ様に禁忌の研究を代行する機関の存在。』

 ……何故民間の企業なのか。

 それの理由付けは彼女の言ったそれと同じで、『政府』などの真っ当な機関がそのような研究を行った場合、仮に”バレた”時のリスクが大きいからと説明されていた。

 予め不慮の事態が起こった時を想定されたその仕組みは、すぐに切り捨てて元々依頼していた機関は『我関せず』を決め込む。

 そうすることを請け負う機関が存在するって言う論。

 もっと正しく述べるのなら、膿んだ箇所を切り捨てれるよう最初から”そういうもの”を生み出しておく保険のカタチだとも。

 元から在る組織に”請け負わせる”のではなく、その為に新しく組織するって論もあって、そっちの方が有力視されてはいる。

 まぁ、結果的にやってることはどっちも同じだ。

 元から在ったものに依頼するのも、新しく組織を創って行動させるのも同じ。

 結局どちらも、”保安”を目的とした”代行”なのだから。

 ……まぁ、前にその書き込みを見た時はただの妄想だ、馬鹿げた書き込みだって流して読んでたけど。

 一時期僕の中でホットな話題になってくれた以外には、特にこれといって注視してなかったけれど……。

「……まさか、翼さんまでそういう風に考えて居たなんて……?」

「ね、ネットにもそんな書き込みをしてた人がいたんだ? ま、まぁきっとそれも予想に過ぎないでしょうね。ウェザードの研究をしているって事自体、はっきりとしている事じゃないのだし。それ自体からして、私の想像を超えていないのだから。」

 ……待った、それじゃそれ(空想)を前提に話した事なんて無駄なんじゃ?

 ……ありそうな話しだけれど、現状から脱却する為の方針を決める手立てにはなり得るのか。



 ……さて、現状と言えば今どういう状況なのか、ちょっと振り返ってみようか。


『魔法、黒服、拳銃、機関、立ち向かう美少女姉妹』


 断片的に並べたが、大雑把にもコレが今の現状であることには変わらない。

 仮にこの中に”人体実験”って言葉が加わっても、僕は信じてしまうだろう。

 それくらいの”日常”からは離れた生活に陥ってしまっている。

 もう、非現実なコトでもなんでも信じられる気がする。

 僕の目の前には、瞬時に手の平に”氷の剣”を出現させる事が出来る力を持った少女が居るのだ。

 人体実験してる機関がこの国に居ても別にただのトンデモ話しが増えるだけだ。

 ……参った。これ程に感覚が麻痺してしまう状況って、要するにかなりマズい状況だ。

 

 故にーーーー。

 

「……あー、ここまで言っておいてあれだけどさ。……今はヤツ等の目的はどうでもいいんじゃないのかな、姉さん。」

 あまり喋らなかった凪が、口を開いた。

「アイツ等に捕まっちゃ駄目だって状況は変わらないんだから。今重要なのは、現状をどうやって打開するかだろう?」

 ……その通りだ。

 敵がどんな崇高な目的があって行動しているかは知らない。

 でも、僕は僕の為に、そいつ等に捕まらないようにするってことは変わらない。

 考察は無駄な事とは思わないけれども、したところで今は状況を変えうるモノにはなりえないだろう。

「……凪の言う通り、そうね。目的について、それはまだ考察だけでいい。現段階で無理に結論を出す必要は無い。だから私も根拠の無い意見を言ってみたのだし。……なら、こっちを。」

 翼さんは大学ノートをしまうと、今度は、黒いメモ帳を手に取った。

 ページをめくって、机の上に置く。


「これは今までで一番大きな手がかり。なにせこれだけが唯一掴んだ物的証拠であり、”確証”と呼べる根拠のある論。……故にこれは反撃への糸口。雅木君が私を助けてくれたあの夜、あの場所で手に入れた。」

 ”あの夜”。僕が彼女の戦う場面に出くわして、こんな状況になる切っ掛けになった夜。

 ……思い返せば、あの時はすぐに逃げるべき状況であったはずなのに、翼さんはそれをしなかった。

 倒した黒服の懐を探っていたのは、それを手に入れるためだったのか?

 しかしあの場ですぐに動かないなんてリスクを背負ってまでコレを探るなんて、翼さんのすることとしてはちょっと考えられない。

 その彼がこのメモ帳を持っていたという確証でもあったのなら別だが。

 実際、彼女には確証があったのだろう。事実、あの場にて足を止めたんだから。

 なんとなく、それが気にかかった。

 それと翼さんの言葉が引っかかった。

 僕が翼さんを助けたって? 身に覚えが無い……。

 もし、背後から声をかけた”アレ”のことを言っているのなら、翼さんの脳内補正って素晴らしいと思う。


 凪が、そのメモ帳を覗き込んで首を傾げる。

「……『重要参考人、及びその備考』? それと、『要注意人物、及びその詳細』……。これが糸口? 直接的にアイツラに繋がらない情報じゃないか。コレで一体どうやって……。」

 翼さんは凪にただ頷いた。

 その時の若干の優しい表情は、凪に”黙れ”と告げていた。……様な気がする。

 凪はその微笑みを見て、慌てて口を塞いでいた。

「……さて、私たちは重要参考人の方に名前があった。そのノートには詳細な情報までいろいろときっちり書かれている。例えばナギ、貴方の住居と貴方の外見的特徴。あとその他の事まできっちり乗ってる。」

 凪は心底嫌そうな顔をした。

 そりゃ、そんなのがまとめあげられていたら良い気はしないだろう。

 だからか。凪は姉からメモ帳を引っ手繰り、乱暴にページを捲りだした。

 しばらくして自分のページを見つけたのか、手を止めて念入りにチェックを入れる。

「__ええっとなになに? ーーーーうっわぁ、ナニコレ……? ストーカーにしても、タチが……。ちょっと、嘘ッ!? なんで、ボクが……本屋でこの本を買ったのを……!」

 急に血相を変えた凪がページを引き裂こうとして、翼さんが慌てて止めた。

 暴れる凪の手から乱暴にメモ帳を取り上げる。

 ……尚、その過程で凪の体が一度床に叩き付けられる事になった。

 綺麗な背負い投げにて凪は抵抗力を失い、遂には姉に屈服することになった

 ……しっかし、ご近所さんから苦情が来ないといいんだけど。

 真下は空き部屋だと思ったから、まだ良しとしよう。

 けどお隣さんはいい人だから迷惑をかけたくない。

 こう立て続けにドンドン音を鳴らしてちゃ、そのうち怒られるぞ。


 ところで凪のその必至っぷりを見るに、相当知られたくない何かが書かれているのだろう。

 一体、凪は何の本を買っていたんだろうか。

 とても気になる。

「……重要なのはそっちじゃない。」

 あ、やっぱりか。

 本は重要じゃないか。

「重要なのは、【重要参考人】じゃなくて、【要注意人物】の方。こっちが重要。」

 息を切らしながら、翼さんは呟く。

 ”そっち”じゃないって、意味が違った様だ。

 執拗に暴れる凪を押さえつけ、というかもう一度床に叩き付けた。

 その上で妹の腕を捻って床にねじ伏せて拘束をする。

 ……多分彼女も疲れているのだろう。

 彼女はパラパラとページを捲る。凪のページは完全スルーだ。

 ……凪の買った本が気になる。


「……そっちのページが、重要じゃないって、んなら……! 破いたっていいだろう!」

 むすっとした表情で自らを押さえつける姉に精一杯のブーイングを出した凪。

 既に二度床に叩き付けられている訳だが、どうやら全然平気らしい。

 デカい音出して身を打った割にはけろりとしたものだ。

 もしかしていつものコトなのだろうか。

 この姉妹のコミュニケーションとしてはありふれたことなのだろうか。

「ナギ、黙ってなさい。」

 妹を一蹴する姉。

 凪はその言葉で不貞腐れてそっぽを向いた。


「雅木君には分からないと思う。けれど興味深い人物の名前が書いてあったの。この『要注意人物』の名前の中に。」

 翼さんが話しを戻す。ついでに凪を解放して椅子に座り直す。

 要注意人物か。

 ……なるべく床にへばりつく様に寝転がっている凪を意識の外へ運び出す。

 要注意人物って、そこにはどんな人が乗っているんだ?

 あのこわそーな黒服に抵抗しまくって全く捕まらない、むしろ返り討ちにしちゃう様なこの姉妹が【参考人】なのだ。

 どういう人が、【注意人物】として扱われるんだろう。

「【刻次 美晴(こくじ みはる)】の名前があった。」

 と、刻次だって?

 確かその名前は聞いた事がある。……気がする。

 聞いたのは今日だったか、確か凪に絡んでいた”美和”って子の名字がそれだった。

 ……ってことは、名前的に彼女のお姉さんだろうか? それか妹か。

「……その人って、もしかしなくても今日学校に居た人の家族の人ですよね。」

 翼さんが頷く。

 ……把握した。

 あの娘の姉妹なら、【要注意人物】扱いされても不思議は無い気がする。

 まだ見ぬ相手に失礼な印象を抱き、僕は納得した。

「葉矛ー? 一応言っておくけど、ミワと違ってミハルさんはとっても良識のあるいい人だからね? 南校の会長さんだし。」

 そんな僕の考えを読み取ったのか、凪がフォローを入れる。

 ……失礼ながら把握出来ない。

 全然、想像がつかないのだが。

 あの娘の姉妹が『まとも』だと言うのであろうか。

 確かに、姉妹が性格まで似ているというのは間違いであることを恋葉姉妹に教えてもらったが……。



「……私はね、雅菊。ハルちゃんとは、何度か交流がある。」

 僕は翼さんに向き直った。

 今の『ハルちゃん』の言い方がなんだか……。

 ちょっと言い慣れていない感じがするのに、とても親しげに言っている様に聞こえたのだ。

「仲がいいんですか?」

 翼さんはくすりと小さく笑った。

 それと小さく頷いた。

「そうね。数少ない友達ってトコロ。今でも時々は連絡を取っているのだけれど。……あの子が【魔術師同盟】とか言う団体に所属しているなんて、コレを手にするまでは知らなかったわ。」

 魔術師同盟?

 聞いた感じ、凄く胡散臭いんだが。

 僕の心境を察してか、翼さんは咳払いをして仕切り直し、続けた。

「……どうにもね。その【魔術師同盟】ってトコロに所属しているメンバーは【要注意人物】として扱われているみたい。だからもしかしたら、彼等にとって都合の悪い組織なのかもしれない。」

「まさかとは思うけど、姉さん名前で判断してたり? 結構軽率だよね、それって……。」

「五月蝿いわ。」

 目前で姉妹が小競り合いを起こすが、なるべく視野の外に置く。

 都合が悪い、か。

 ……仮に、仮にだ。

 もしこれが凪や翼さんみたいな人の集まりなのであれば。

 接触してそこに加わる事が出来れば、今より少しは進展したと言えるかもしれない……。

 なにせ単体凪達 

「……まぁでも、姉さんの言っているコトとか考えているコトはちょっとだけ分かった様な気がする。」

 僕も分かった……。

 ……ような気がする。


 この【魔術師同盟】に所属している……。

 ……のかはまだ実際会うまでは断定出来ないんだろうけれどさ。

 なんだか分からないこの集団に関係のある人物と翼さんは、友好な関係を持っている様だ。

「この人たちの詳細が分かれば、……それで仮にこの人たちが姉さんの考えている通りの人たちで協力関係になれれば一歩前進になるかもね。でもさ、それは……。」

 翼さんは凪の言葉を遮った。

「……分かってる。調べるのは凄くリスキー。でも、もう立ち止まっている訳にもいかないの。ハルちゃんと連絡を取ってみる。私がウェザードである事をあの娘に知られてでも、この【同盟】については調べる。」

 翼さんは椅子に座り直し、頬杖を付いた。

 考え込んでいる様なその仕草は、彼女をより知的に見せる。

「それで私が思ってる通り彼等に都合の悪い組織だったなら。逆に言えば、私たちに都合の良い組織だったなら……。」

 一度、息を吸い込んだ。

 翼さんとしては珍しく一気に捲し立てるような言い方をした。

 全ての説明はこの一言を言う為の前座。

 一拍置いて、たった一言、彼女の出した結論を添えた。

 つまり、今後の方針の第一目的としてはーーーー。

「この子たちに接触出来れば大きな前進になる。少なくとも状況が少しは変化する。」


 ーーーーそれを目的に、彼等を探すことだ。

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