【説明、思考、反撃への糸口ー】009-1/2【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-00-9----説明、思考、反撃への糸口ー
僕の家が広くて良かったとこれほど強く思った事は無い。
リビング……。
今、この部屋には僕と凪と翼さんがいた。
僕の家に付いた当初、何を目的にしているか分からなかったので、てっきり『なんだ、ただのデートか』と、ココロの中で大歓喜を叫んでいたのだが……。
別にそんな事は無かったぜ!
この会談は2人きりでも無ければゆったりとした雰囲気にもならなかった。
どうやら凪は道中で翼さんに電話したらしい。……もしくはメールだろうか。
ともかく連絡を取って呼んで居た様で、凪と2人で三十分程の雑談を楽しんだ後に翼さんはやって来た。
……まさか玄関の呼び鈴をならさず、銃を構えて入って来るとは予想外だったけど。
凪が思わず外敵と勘違いして組み伏せに向かった程の迫力だった。
……ちなみに凪は一瞬で返り討ちにあっていた。
「その事に関しては、弁明させて欲しい。」
腕を組みながら無表情に翼さんは言った。
自身の失態に対して恥ずかしげな態度を取る事も無く、無表情である。
弁明させて欲しい、とは言っているが、腕を組みじっとこちらを見つめている様は堂々としている。
逆にこちらが何らかの失敗をしてしまったのではないか、等と錯覚しそうになる程に。
さて、テーブルの上には今回の騒動の切っ掛けとなった銃がおかれている。
黒くて、ちょっと大降りで、銃の先端には筒の様なものがついている。
それは翼さんが持っていた銃。
先端に付いている黒い筒は銃の発する大きな音を消すためのモノだとか。
現在、弾倉には5発の弾丸が入っているらしい。
翼さん本人曰く、『弾倉の弾数分だけしか入っていなかった』らしいのだが、何故それで愚痴を言っているのだろう。
弾倉いっぱいに入っていればいいのではないだろうか。
ちなみに元々は6発の弾丸が入っていたらしいのだが、一発だけは試し打ちしたらしい。
……僕の記憶では日本って、確か銃の規制激しかった気がするんだけどな。
女子高生が銃を所持して、その辺で試し打ちしていても良いのだろうか。
多分宜しくは無いんだろう。この非情時に何を求めてるんだかって自分でも思うけれど、多分宜しく無い。
話しがそれた。
とりあえずは、翼さんの弁明とやらを聞かなければ。
「じゃあ聞こうか、姉さん。どうして葉矛の家にMK22なんて物騒なモノを構えて特攻して来たのかな? この家を制圧でもしたかったのかな?」
凪もさっきから少し不機嫌である。
断っておくが、僕と一対一で喋ってる時は別にそんな事無かった。
帰り、ちょっと悪い空気になってたけれど……。
その後は何事も無かったかの様に接していたんだ。
その間の僕は。何もヘマって空気を悪くする様な事はしていないハズだ。……多分。
……ならば、原因は先程の強襲にあるとしか思えない。
たぶんこの予想は十中八九間違いは無い。
要するに、銃口を向けられて上機嫌になれる人間は少ないってことだろう。
それに何より、返り討ちにあったし。
……一瞬の間に行われたやりとりは迫力満点だった。
銃を構えて飛び込んで来た翼さんに、反射的に反応する凪。
凪は無音に侵入して来た訪問者を不審に思い、リビングに入る寸での場所に身を隠し不意打ちを仕掛けた。
凪は咄嗟に翼さんの懐に飛び込み、目にも留まらぬ早さで左手の一撃を喰らわせようとする。
……その一撃を繰り出したところまでは見えた。
その咄嗟の判断に寄る素早い攻撃に、翼さんは更に素早く対応した。……のだと思う。
なにぶん動きが見えない程に早くて、何をしていたのか近くで見ていた僕にも分からなかったのだ。
ただ、分かったのは最初の一撃以降凪は攻撃する暇もなくねじ伏せられたってことだけだ。
気がつくと凪のカラダは宙に浮いていて、次の瞬間には地面に叩き付けられていた。
強く床に叩き付けられて、アレはずいぶん痛そうだった……。
不機嫌の原因は、やっぱりそのせいなんだろうか。
「玄関は、何度か叩いた。」
……と、翼さんがぼそりと呟いた。
ノックしたのだろうか。
……玄関を叩くって、それ以外に無いよな……?
「それで出ないから、何かあったかと思ったの。」
いやいや、待って欲しい。
仮にノックしたのであればこの部屋まで聞こえない。
部屋は玄関からはだいぶ遠いのだ。扉を叩いても奥まで音は聞こえないのは道理だ。
……と、いうか。
「あの、呼び鈴てか、インターホンを押すって選択肢は無かったんですか?」
一応僕の家にもインターホンが付いている。
今時ノックで人の有無を確認する人の方が少ないと思うのだけれど。
ところで、インターホンとはますます、ちょっと豪華だろう?
なんと外の様子だってみれちゃう高性能品なのだ!
僕には一緒に暮らす女の子がいればいつでも幸せな生活出来るだけの環境があるのだ!
……だからこそ、思い返せば余計に辛い訳だが。
独りで広い家を掃除していると孤独感を感じる事すらある。
「……? インターホン?」
翼さんは聞き慣れない、と言った具合に首を傾げ……。
キョトンと、こちらを見遣ってい、る……?
「……? ちょっと待った、まさか姉さん、インターホン知らない……?」
翼さんは表情を硬くした。
え? うそ、だよね?
だけど翼さんが、そんなつまらない冗談を言うようには思えない。
「えっと、その……。なんて言っていいか……。」
えっと、つまり、……ガチ?
さっきまでの雑談で凪が『姉も自分も携帯でメールとかしない』とか『姉は実は家では掃除とかしないし料理出来ない』とかそんな事を暴露し、愚痴っていたが……。
翼さんって実は世間に疎い?
いや、それにしたってインターホンを知らないってのは疎いってレベルじゃ……。
「……ねえ。その化石を見る様な目で私の事を見ないでくれる……?」
……失言だ。翼さんが凄い失言をした。
今のやり取りは間違いなく、完璧を持ってして善しとされる"恋葉 翼"さんにとって凄い失態だっただろう。
多分僕は、じっと驚愕した表情で彼女を見つめていた。
まさか、学校内で『完璧な冷静美少女』と名高い、あの稀鷺が『優等生のテンプレ』とまで言われた”恋葉 翼”が……。
……インターホンを知らないなんて、誰が考えるだろうか。
例えば僕は考えない。ネタとしても僕だったら考えつきもしないネタだ……。
というか、誰だって考えもしないはずだ。
ネタだったら対して面白くも無いし。
「……ぼ、ボクのアパートには付いてないもんね!うん、触れる……き、機会が無かったんだよ、葉矛!知らなくたって、無理は無い……、プッ……。」
フォローを入れてるのだろうか、煽っているのだろうか、
どちらか分からない言い方で凪は姉の弁明をつとめた。
最後の方、笑いを堪えきれていない訳だが。
……ネタだとしたら面白く無いコレだが、いざ”ガチ”になると、その……。
彼女には申し訳ないが、暫くの間は思い出しただけでぶり返す旬のネタになってしまいそうだ。
別に、ただ単にインターホンを知らないから笑えるんじゃ無い。
『恋葉 翼』がインターホンを知らないから笑えて来るのだ。
実際見ていると、完璧すぎて穴が無いように見えるこの女子学生も、所詮人の子なんだ。
……その見え辛い”穴”が常人ですら有り得ない様な致命的な物だとしても、普段の彼女の振る舞いと掛け合わせて考えればプラスマイナスゼロで”普通の”と表現するに値するだろう。
「……なんで私は、ここまで煽られているのだろう……。」
彼女は、小さくそう呟いた。
目の前の優等生は、表情だけは無表情を保っているのに、腹いせに机を二度『バンバン!!』と叩いたりした。
その様子がどこか可愛くて、ここまで必至に堪えて来た僕も、ついに吹き出してしまった。
《……その拍子に机の上の拳銃が二度跳ねた》
ーーーーところで、さっき凪が沈んでいたのは本当になんだったのだろう。
暖かみ等感じられなかった、哀しげな表情を思い出す。
普段の、余裕を含むたわやかさを思わせる表情からは程遠い。
冷徹と呼ぶには相応しく無い、感情が隠りつつも冷たく寂しい顔。
何か大切なモノが静止してしまったような、錆び付いた表情。
アレだけは、こうして笑っていても、どうにも忘れられないのだが……。
「いやぁ、姉さん! 煽ってなんか無いって! 仕方ないって、く、フフ……! フォローしてあげてるんじゃないか……、アハハ!!」
……だが、凪は楽しそうだ。
だから、忘れることは出来ないけど、敢えて今それについて言及するのはしないでおこう。
今彼女が楽しそうだったら、それで良いじゃないか。
「……もう、黙ってよ!」
凪の煽りに、ついに堪え兼ねた翼さんが、椅子から立ち上がり手を思い切り机に打ち付けた。
《その拍子に机の上の拳銃が、その銃身が強く跳ね上がり……》
……それと同時に、テーブルの上に置かれた銃が暴発した。
それは発砲音も発しなかったが、銃は確かに弾丸を撃ちだした。
弾丸は窓辺に置いてあった、枯れかけのガーベラの入ったちょっとおしゃれな花瓶を貫通し、窓を突き破った。
「どわああああ!?」
銃から弾丸が出たことじゃ無くて、ガーベラの花瓶が割れた事と窓ガラスを突き破った事が衝撃的すぎた。
先程も言ったが、銃には消音効果が付属されていたから、僕は咄嗟には銃が弾丸を発射した事実を把握出来なかった。
つまり、恋葉姉妹と違って危機感を察知出来なかった。
割れた硝子の音が室内に響く。
その音に反応して、凪はびくっと身を震わせて縮こまった。
翼さんはと言えば、咄嗟に身を屈めて身構えた。
恋葉姉妹の反応の仕方はきっと正しいものだったに違いない。
危険な出来事が起こったと判断し、すぐに自身を守る体勢に置いたのだから。
……それで、その2人は置いといて。
僕はといえば、身を凍らせることも無く真っ直ぐに窓際に駆け寄っていた。
例えば、銃声がしていたのなら、凪の様に動きを止めていたかも知れない。
危機を察知していなのなら、僕だって自身の身を案じたかも知れない。
……ただし、仮にそうなっていたとしても、この時の僕は彼女程は身を縮めなかったと思う。
目の前で起こったキケンを察知出来たとしても、それで本能的に防御態勢をとったとしても。
僕はすぐにでも窓辺に走り出しただろう。
この場で響いた硝子の割れた音はいとも簡単に僕の硬直を解いてくれる。何故なら……。
ーーーー走ってキッチン脇にある小さい窓へ向かう。
テーブル上の銃が暴発して花瓶を突き抜けたのなら、あの窓こそが射線の終着点だ。
ならば、弾丸はここを抜けたハズだ。
窓は花瓶が落ちることも無い程に小さなものであったが、偶然とは恐ろしい物だ。
そんな小さな風窓に、弾道が重なってしまっていたのだから。
駆けつけた僕は、当然の様に散らばった破片を目撃し……。
「うわあぁああああ!!!硝子がー!!僕の小遣いがァァ!!」
目の前が真っ暗になった。
__解説するまでもなく、つまり窓が割れたのだ。
バリーン! と、耳に残る音が響き、後には破片が散らばっている。
聴覚から入った情報で既に場の状況に予測がついていた。
……窓が割れた場合、月々の小遣い半減で済むだろうか。
部屋に与えられたダメージを修復する際、その金額は恐らく僕の小遣いからマイナスされる。
最悪、小遣い無しになった上で貯金したバイト代から引かれるかもしれない。
……十分考えれる。
部屋の硝子を割ったりしたら、十分考えれる……。
風窓といえど、割ってしまったら直さない訳にもいかないし、相当困ったぞ……。
……断っておくが、僕は決してフザケてなどいない。
コレは、僕に取って死活問題だ。
高校生にとって自身の自由に出来るお金というのは重要なんだ。
特に、独り暮らししている者にとっては尚更。
バイト代は大体が生活費全般で消える。
必至にもなるさ!
自由に出来るお金が欲しくて頑張ってバイトしてるってのに、それが全部無くなるかも知れないんだから!
「よ、葉矛! 大丈夫!?」
凪は自身に怪我が無い事を確認し、こちらに駆け寄って来た。
「だいじょばない!!!! だって、窓が割れたら一環の!!! ……ん、お、わり? 」
取り乱して、叫んでいた僕だけれど、高揚感は一瞬で消えた。
「……あれ?」
ーーーー、奇妙だ。
今、確かに硝子が割れる様な音を聞いたのだけれど……。
「……おかしいな?」
全くそんな事はなかったのだ。
散らばった破片は全て花瓶のモノだ。
窓ガラスは健在だ。
中に黒い針金が入った、強化窓ガラスは何事も無かったかの様に健在だった。
「なんでさ……?」
それが奇妙で、違和感があって、高揚したココロは一瞬で落ち着いた。
冷静になった。何故硝子は割れていない?
凪もガラスを見る。
そして僕の焦りの意図に思い至ったのか、安堵のため息をついた。
「あ、危なかったぁ。エアコン、ケチって使わなくて良かったね?」
……エアコンをケチった……?
確か、凪と2人で喋り始めた時……。
『この時間帯なら、窓を開けてても十分涼しいよね! ね?』
『ああ、エアコン代の節約かい? 別にボクはいいよ?』
そういう会話があった様な……。無かった様な……。
……てか、ケチってたって思ってたんだ。
「ま、結果窓ガラスが割れなくて良かったってコトで! あの焦りようじゃ、相当危ないところだったんだろうね?」
凪が窓を閉めた。
それとなくこちらに、にやりと笑いかけて来たのは気のせいだろうか。
そっと翼さんの方に戻って行く凪を尻目に、僕は窓を手で擦った。
……だけどそれにしたって妙だな。なんて思いながら。
なんでこんなにモヤモヤする?
最初から窓が開いていなかったんだったら、割れてないのは普通のハズ?
------いや、待て。
僕は『音を』聞いたんだ。
銃弾が部屋を突っ切っていく時に、ガーベラの刺さった花瓶を割った時。
それとは別にもう一度。
確かに硝子の割れた音を聞いた。
……気がする。
……いや、気じゃない。確かに”硝子”の割れた音がしたんだ。
だからこそ、窓ガラスが割れた様子を頭に思い描いて焦ったんだから。
……もしかして、花瓶の割れた音と聞き間違えたかな?
でも、花瓶の割れた音と硝子の割れた音を聞き間違えるだろうか?
音は似てる様で、結構違うと思う。
それに、音は確かに”二度”音は鳴ったハズだ……。
自身が持てなくなって来ているけど、それは確かのはずだ。
「……ゴメン、なさい。」
はっとして、そこで思考を止めた。
その声の主、翼さんはずいぶんと沈んでいた。
多分、こちらの慌て方に察してくれたんだろう。
……でも、まさか拳銃が暴発するなんて普通考えないって。
怪我人は出なかったし花瓶が一つ割れただけ。硝子は割れてなかった。
だったのなら何の問題も無い。少なくとも僕にとっては。
ガーベラの花瓶なんてあってもなくても同じだからね。
……それに、翼さんが机を叩くに至った要因を作ったのは僕でもある訳だし。
「き、気にしなくていいんじゃないかな。誰も怪我してないんだったら。
なんとか励まそうと僕なりに言葉をかけ、笑いかけてみた。
どうやら気は解れなかった様だが。
……それにしても、やっぱり今日の翼さん、いつもとは違ってみえるな……。
悪い意味を持っている言い方かもしれないけれど、なんだか安心した。
翼さんもミスをするんだ。それを知って何故だか安心した。
普段の僕がミスをしてばかりだからだろうか。
完全な人間って、恐くって。それで冷たい印象があって。僕とはとっても遠い存在に思えて。
ここにきて初めて、恋葉 翼という人物に親近感を持つことが出来た。
彼女の僕と何も変わらない、年上とは言えほぼ同年代の学生なんだって実感出来た。
そんなことで心が解れて、そういえばと、さっき盛大に一人で取り乱してしまった事を思い出して苦笑した。
せめて小遣いより自分の身の安全を案じるべきだったね……。
僕はエアコンのリモコンを探した。
窓を閉め切った今、真夏のこのクソ熱い中をエアコン無しで過ごしたら3人とも乾涸びてしまうからね。
えっと何処に置いたっけな。
緊張が解けて気怠くなっていたが、のそりのそりとリモコンの捜索を開始した。
「まぁ怪我は無かったんだし、割れた花瓶は今度代わりをプレゼントしてあげれば良し、でしょ。あんまり落ち込んでちゃ姉さんらしく無いよ。」
背後から凪の慰めが聞こえる。
別に花瓶はあっても無くても良いんだけれど。
両親と暮らしてる妹が『あまりにも殺風景だから』と勝手に置いていった物だし。
どうせアイツは花の世話に飽きてそれを僕に押し付けたんだ。
壷ごと割ってしまったことにはちょっとだけ罪悪感があるけど、でもいいやって程の物だし。
ただ、だからと言ってそれを告げることはしない。
会話に割り込んでしまうのは気が引けるので、黙っていることにした。
ーーーーさて、凪は翼さんの座る椅子の向かい側に座っていた。
先程の一件で落ち着きを取り戻した凪は、翼さんの顔色をうかがいながら発言した。
「ところで、姉さん。今日葉矛を呼んだのは、葉矛が姉さんに抱いている『完璧キャラ』を崩す為じゃないはずだ。用件をさっさと話してしまおう。僕の力の事はついさっき話したから、そこは省略して構わない。」
俯いていた翼さんは、顔を上げ僕を見る。
その表情はキリリと切り替わっていて、先程の沈んだ様子は見られなくなった。
僕は翼さんに向かい合う前に、エアコンのリモコンを探し出しスイッチを入れた。
しばらくはエアコンの中でファンが回る音がする。
1分弱の回転運動を経て、冷たい風が出て来るのはそれからだ。
そろそろ買い替えるべきか。
このエアコンは付けてもすぐには風が出ない。……古いものだからね。
些細なことに思えるかも知れないが、夏の暑い時期ではこのタイムラグが非情に鬱陶しい。
翼さんが椅子に座り直した。
そこで改めて、顔を引き締める。
ここからは『通常通りの翼さん』……であるハズだ。
先程までの申し訳無さそうに背中を丸めていた、迫力の無い翼さんはなんだったのだろうか。
いざ背筋を伸ばして真剣な面持ちになった翼さんは、それだけで迫力を持っていた。
彼女は一息ついて話しだした。
「……雅木君に話しておいた方が良いと思って。彼等のコト。それと今後の対処。だから、今こうして向き合っているの。」
僕は姿勢をただす。
聞き逃さない様にしないと。
……彼女の言う話しておいた方が良いと思ったこと、大体は予想がつく。
つまるところ、やっとあの黒服たちの詳しい詳細を聞けるという事だろうか。
今後の対応対処とは、つまり何かアイツ等に対抗するだけの計画があるのだろうか。
一刻も早く話して欲しい。
ただ、焦っていて聞き逃すことだけは避けなければ。
僕は高まり逸る気持ちを抑えて冷静になれる様に努めた。
「……その前に一応、凪から何を聞いたのだけ確認したい。ウェザードについて、私たちが分かってる事をなるべく知っておいて貰いたいから。情報には不完全さ、伝え忘れは許されない。」
”私たち”の『知っている事』を”知っておいて”。……脳内でそうやって解釈した。
つまりやっと僕もこの2人と同じだけの情報量を得る事が出来る訳か?
まぁ、共有することで知っている情報量が同じになっても、立場的にこの姉妹と僕との関係は平等にはなりえないだろう。
けれど、僕からしたら前進だ。何も分かっていない状況ってのはともかく恐ろしい。
一つでも多くの事を知っておきたい。
知って何か変わるのか、それは分からないけれど。
少しでも前に進めるかもしれないなら、無駄じゃない。
だから、早まる気持を抑えて、今一度考えてみた。
凪の力に付いて聞いて、今僕が知っている事はなんだろう。
凪は『氷』の力を持ってて……。
……それだけ? それ以上は、記憶からは情報が引き出せない……。
『氷』のチカラとやらの具体的な内容も把握出来ていない。
「……えっと、凪って物を凍らせたり出来るんですよね?」
「……それで?」
知ってるのはそれだけだ。
凪の方をみる。
左手を上げて首を振った。
目を瞑って、彼女は僕と視線を合わせない様にしている。
つまり、”すまない”と。
その動作には謝罪の意味を込められていたのだろう。
……表情で大体は分かった。
肝心なことは説明を忘れていた様だ、彼女は。
「……ナギ、説明するならしっかりお願い。」
翼さんは小さくため息をついた。
『情報には伝え忘れは許されない』という彼女の言葉を思い出す。
なるほど、ウェザードについてやこれから行うべきの行動、方針を話して聞かせてくれるのだ。
その話題で、味方の能力を知らないのでは翼さんの説明する計画図も頭に浮かべ辛いだろう。
……しかし、僕は何を聞き逃したのだろうか。ちょっと考えてみよう。
その為に凪の説明を思い出す……。
ーーーー彼女の顔を見てさっき気まずくなったときの事を思い出した。
あの雰囲気を思い出して、ちょっと耳が熱くなった。
……なんだったんだろうか、アレは。
思い出しても、何処に地雷が仕掛けてあったかが分からない。
何か、切っ掛けがあってああいう状況になったのは間違いないのだが、僕は何を失敗したんだ?
理解しようと思って、途中で諦めた。
三次元女子ってどこでどういう反応をするか本当に分からない……。
そう感じた。そこに限界を見出した。
だから前向きに物事を考える。
……まぁ、あの空気のまま説明されてたら、多分頭に入ってこなかったろうな。と。
むしろあの場で一気に説明されてなくて良かったのかもしれない。
この場で改めて聞けることに感謝したい。
僕の心境は察していないのだろう。
翼さんはあからさまに凪長め、ため息をつき、そして話しだした。
「ウェザード能力ってのがどういうものなのか、一から話して聞かせてあげる。雅木君がもう知ってることを復唱するかも知れないけれど、復習だと思って聞いて。疑問に思ったことはその場で聞いてくれて構わない。貴方の疑問を残すつもりは無いから。」
彼女はこちらに見向いて、一気に捲し立てた。
ただ、”捲し立てた”とは言え彼女の言葉には無駄が無い。
すらりすらりと清流の様に発せられる言葉は、さらりさらりと清流の如く僕の脳裏に受け入れられて行った。
とても聞き易い。多分、彼女は話し上手なのだ。これなら余程気を逸らさない限りちゃんと最期まで内容を聞いて行ける。
それを確信したから、僕は一言さえ返さずにただ一度頷いて見せた。
翼さんにはそれが一番妥当な返答な気がした。これから説明をするのだから、言葉を発して妨げるのは宜しく無いだろうから。
「……予め言っておくけれど、ウェザードの能力は万能の力じゃない。それこそ『魔法』なんて言える程の力は無い。いろいろな制限があって、それには逆らえないの。」
僕の反応に薄く笑みを浮かべた、様に見えた……。
翼さんは淡々とした口調で説明を始めた。
引っかかったワードを脳内で復唱し、質問に変える。
……制限、か。
凪は自分を『氷のウェザード』だと言っていた。
つまりはそういう事か。質問ではないが、確認の意を込めて翼さんの言葉を遮った。
「『属性』、の様なものですか?」
「……大体その認識であっている。例えば凪は『手の内に氷を作る』コトが出来るけれど、『手の平から雷を出したり』する事は出来ない。」
……まあ、そうだろう。だと思っていた。
それは最初から知ってたかもしれない。
……テレビ番組等で映る有名な人の中にもウェザードがいる。
そういう人はウェザードとしての力を、……言い方が悪いかもしれないけど”見せびらかす”事で注目を集めている人もいる。
そういった人たちを見ていれば、説明無しでもなんとなく分かる。
彼等の持つ能力は常に”1つ”に偏っている。
例えば、手から”火”を出してタバコを付けた人がいた。その人は常に、”火”に関連したチカラしか使っていない。
そんな様子を見ていれば、解説等受けたことが無くとも察しは付く。
単に”ウェザード”とひとくくりに表現しても、人によって『使える力に差がある』のだ。
「それや、使える回数にもある程度の制限がある。例えば……。」
言葉を止めた翼さんはちらり、と凪を見遣った
それを受けて凪は左手をあげた。
僕の注目を引いたのだ。
そして右手を前に突き出す。
その右手は、今は僕に対して平を見せている。
「葉矛には見せたよね。コレ。」
手の平は拳に直される。
今はまだ掴んでいない質量を、彼女の指は確かに握りしめてーーーー。
”パキリッ”!
ーーーーと、空気にヒビが入った様な、凍り付いた音が響く。
同時に凪の右手に白い霧が纏い付く……。
------っ。
一瞬その白い霧が『輪郭』を作り、次の瞬間には輪郭が形になる……。
……次の瞬間には、凪の手に透き通った氷の剣が握られていた。
「結構練習したんだよ? 簡単に見えて結構磨り減るから。」
なんて、小言を漏らす凪。
僕は彼女をじっと見て、それから彼女の持つ剣を凝視した。
白い冷気を纏った、美しく繊細で精巧な氷の剣を。
その傍ら、翼さんがため息をついた。
「……ナギ。それ、片付けておいてよね。」
凪の持つ剣を指差し、言う。
その剣はなかなか大振りで、部屋の中で持っているには邪魔になる程の大きさはある。
刃渡り60センチってところだろうか。片手でも両手でも扱えそうな合理的大きさではある。
……ただ、今一度言うが、それはこの部屋には不要な存在だった。
「あ! しまった、どうやって片付けようかな……。葉矛、ちょっと台所借りるよ?」
僕が応える前に彼女は剣を台所に持ち込んだ。
部屋はある程度、冷房で冷えて来ている。
氷が溶けるまではまだ時間がかかるだろう。
……しかし、出来ればこの部屋で溶かして欲しくないのだけれど。
危ないし溶けた氷が部屋をびちゃびちゃにするし。
……まぁ、最悪床さえぬれなければなんでも良いのだけれど。
「……ナギの場合、あのサイズの剣なら連続して6本まで作れる。連続じゃなくて間を入れても、1日のうちには9本が限界。」
とんとん、と机を叩く音がした。
翼さんの方に注意をそらし、そのまま話しの続きを聞いた。
つまりそれ以上は剣は作れない、ということか?
要するに、彼女等に架せられた制限ってそういうもの。
ある程度能力に限度ってものがつけられているんだ。
例えば、凪の場合剣を作る数は無制限じゃない。
ウェザード能力は無限に使用出来るものじゃ無い訳か。そうやって納得する。
『凪は』剣6本分が使用限界であるが、違う人はその人なりの力を使える限界点って物があるんだろう。
「……、そう! それ以上作ろうとすると立ちくらみを起こすんだ。しかも立ちくらみしてまで作った氷はちゃんとした物は作れないし、寒くなるし……。ともかく作れないって思ってくれて良い。」
凪は剣を流しに入れようと、小さい台所のシンクにどう納めようか頑張って必至に格闘しながらも、こちらの話しに参加して来た。
言うだけ言うと、やれやれと首を振りながら彼女は台所から戻って来た。
未だ剣は持ったままだ。
……ただ、さっきと比べればちょっと溶けかけている。
どうやらあの巨大な氷は流しでは溶かしきれなかったらしい。
「……そういう事。制限は全てのウェザードに共通して存在している。例えば、私にもね。幾つも制約があるってのは結構厄介で、特に目に注目されただけでチカラを使う時に瞳の色が変わるのが見られちゃうし。だから迂闊に使うと周りに……。」
「ま、待って! 瞳の色が変わるって?」
それは初耳なのだが!
氷を作るとき、凪の瞳の色が変わっているということか? 注視して居なかったから、どうだったかは分からない……。
「あ、あれ? それ言っていなかったっけ?」
頭に手をやりながら凪が呟く。
凪はこちらに見向きもしないが、背筋に姉のじとりじとりとした視線を感じているに違いない。
……その手に握った剣から雫が滴り落ちる。
床が、床がぬれている……。
「……ナギ。」
翼さんの号令の様な口調。
しらっとした素っ気ない声。
「りょーかい。」
凪はそれを受け、こちらに振り返った。
流しで溶かしている最中の氷の剣を引き抜きこちらに良く見える様に突き出す様に構える。
様子からして溶け出している氷の剣、及び足れている水を気にする様子は無い。
行動を起こしたのは凪であるが、それを指示したのは翼さんである。
この姉妹、どうやら僕の家の床が水浸しになっても構わない様だ。
それを思って、少し寂しさに似た感情を覚えた。
ーーーー凪は手に握っている氷に力を込める。
……溶けかけた氷が再びカチカチに固まる。白い冷気が剣にまとわりつき、不透明さは刀身を隠してーーーー。
__次に剣が現れたとき、それは元通りの強度を取り戻していた。
剣から垂れかけた水滴も、そのままの形で凍った為に剣の形が少し歪になった。
……だが、今回注目したのは”それ”じゃない。
凪の瞳に注目した。
剣からパキリ、パキリと小さく音がしていて、その間の凪の瞳は”青色”に変わっていた。
……ただ色が変わっているだけじゃない。
秘めたるその青色には、確かなチカラが宿っている。
瞳に蓄えられた青い光は煌煌と揺らめく。
能力の無い僕にもハッキリと分かった。瞳の色の変化、それと凪の持つ力の強さ。
「……コレでいいかな? そろそろ疲れたんだけど。」
凪はふぅ、と一息ついて剣を眺める。凪の瞳から淡いチカラの体現の様な光が薄れる。
瞳の色が戻る頃には、溶けかけていた剣は今ではしっかりとした”固体”として形を取り戻していた。
先程の通り、形は歪だがとりあえず水滴が足れるのは止まった。
……尤も、既に足元には多量の水がしたたっている訳だが。
全く、後で拭いておく必要がありそうだ。
「うん。雅木君も見れたみたいだしね。」
翼さんは僕の反応に満足した様だ。
……というか、思った以上にはっきりした変化だったな。
気がつかなかった自分にツッコミを入れたい。
確かに、彼女の右目の色が変わっていた。ハッキリ見て取れる程に変わっていた。
左右の目であんなに瞳の様子が変わっていたのなら、チカラを使っているかどうかなんてすぐに分かってしまう。
事情を知らない人間でも、なにかがオカシイって思わせるには十分過ぎる。
「……ナギ、貴方、また氷の溶かし直しね。」
凪は再び、『しまった』と表情を歪めた。
固め直したため、氷の剣はまた1から溶かし直しである。
気づかないでやったのか?
だとしたら大した天然だと言わざるおえない。
「……あー、葉矛。お風呂貸してくれない? コレなんとかしたい。」
躊躇いがちに言った。
「あ、うん。玄関の方にあるから。」
躊躇い無く言った。
剣から雫が落ちようとしている。
溶かすなら早くした方が良いと思う。
というか、早くしてくれよと思う
……それか、いっそそんなもの外に捨ててくれば良いと思う。
気候も気候だからすぐに溶けるだろう。
……そんな氷の彫像みたいなのが不用意に置いてあったら、道行く人々に一体どんな印象を与えるか分かったものじゃないけれど。
「ーーーーあ、お風呂だけど。」
風呂の前まで行った凪がこちらを見ている。
「……お湯とか使うつもりはないけれどさ。一応、覗かないでね?」
「ーーーーなッ!?」
そう言いながら、彼女は風呂場へと消えた。
当然服は来たまま入ったのだろうが……。
凪の消えた風呂場への入り口をじっと見つめる。
……完全に不意打ちだ……。
僕は思わず面食らってしまった。
……目喰らったついでにごくりと鍔を呑み込む。……なんとか落ち着こうと息を吐き出す。
冷静になった頭で再度凪の放った言葉を復唱し、そして思い至る。
つまるところ、これは前振りなのだろうか?
一連の凪の言葉は覗いても構わないという遠回しな誘導であり……。
「……雅木君。仮にやましい事を考えているなら、別に止めはしない。」
……すぐ後ろから声が飛んで来た。
その鋭い声に思わずたじろぐ。
背中を見抜く目線が恐い。
背筋がちりちりとする。
……忘れてた。
姉の存在を一瞬でも忘れてた僕は大馬鹿物だ……。
どうする?
……いや、考えるまでもなかった。逃げ道など無く、考える事も愚かしい。
そもそもいくら視線が痛々しくとも、こういう状況での物理的な恐ろしさが備わるのは、創作物の登場人物くらいなものだ。
故に、本格的に恐れることは多分無い。……多分。
それでも多少の恐れはあったが、ゆっくり振り向いた。
「けど、少なくとも私の前では止めた方が……。」
振り向いた僕は、まず自分の予想の甘さを痛感した。
何故なら、今のこの状況が思ったよりも過激な状況だったからだ。
つまり、分かり易く簡潔に述べるならば。
……翼さんが銃口をこちらに向けていた。
いや、ちょっと待って欲しい。
それ本物だよね!? 考えてもやらないって! フリだけでも危ないって!!
しかし事実として、恐らく弾丸の入ったその銃の口は、窓から差し込む日の光を反射している。
そして確かに、振り向いたばかりのこちらの眉間に狙いを定めていた。
「身の、為だから。」
翼さんの目は笑ってない。……僕が”何か”すれば本気で撃つつもりだ。多分……。
あまりの気迫に僕は声を出す事も出来なかった。
なんとか数度首を縦に振り、意思表示をする。
……その甲斐があってか、数秒後には銃口が僕の眉間からそれた。
……助かった。
もう二度とやましいことは考えません……。
そう密かにココロの中で誓った。
「……見たでしょ? 今の。」
その直後の翼さんの不意の一言。
正直不意打ち過ぎて身構えておらず、たじろいだ。
「い、いや滅相も無い! 覗き見ようなんてもう考えていません!」
不意の一言に、全力で否定した。
み、見てないって! 翼さん自体がそれは知っているはずだ!
「……違う。ナギの”瞳”のこと。」
呆れた様子を隠さずに言う。
「あ、う、ええ。見ました。右目の色が変わるんですね?」
な、なんだ。
そのことだったか……。
そうだよね。
僕はここに居たもんね!
アリバイならばっちりで、実際にそんな事実も無いのだ。
堂々としていろ、僕。
自らを律していると、翼さんは唐突に顔を伏せた。
そのまま小さく首を振り、
「……本当なら”両目”変わるはずなの。」
小さくそう呟いた。
表情は深刻そうだ。
何だというのだろう?
言い方も何も重々しい……。
何も言わず、黙って彼女を見遣っていると、翼さんは顔を上げて、
「……今までに出会ったウェザードは、みんな力を使うと”両目”とも色が変わっていた。片方だけ変わるのはあの子だけで、ナギ以外にその法則に例外は存在しなかった。」
……と、独白するように告げた。
凪だけ? どういう事だ?
彼女は普通と違うのだろうか。
「……ナギだけが特別ってことですか? それって一体?」
僕の言葉を遮るように、翼さんは首を横に振った。
そして彼女の口からため息が出た。
「何でなのか全く分からないわ。特別な意味があるのか、それともただ単に珍しいだけか……。それさえ分からないから、私は少し不安なの。」
それだけ言うと机を眺めるように俯いてしまって、それ以上を語らなかった。
その”異端性”には一体どんな意味があるのだろうか?
不安がる様な事なのか?
等と、僕は他人事の様に思考を働かせていた。
だから、彼女の最後の一言だけは汲み取れなかったのだった。
彼女は最後に、
『ーーーー自分の妹のことなのにね。』
と、震えた声で呟いていたのに。




