【説明、没落、下手な慰めとカラゲンキー】008-1/2【葉矛】
【個体の武器】
【雅木葉矛】-00-8-1/2----説明、没落、下手な慰めとカラゲンキー。
「あ、葉矛……。待っててくれたんだ?」
校門の前、道路の縁石に腰掛けていた僕は、凪に話しかけられて顔を上げた。
正直、眠りかけていた。
待ち始めてから30分は経ったろう。
6月終盤。
真ッ昼間なら、熱くてとてもじゃないけど、待っていられなかったかもしれない。
ーーーー、学校が終わった直後。夕刻。
時刻だけあって燦々と地上を照らしていた日は傾き、その光は多少衰えて来ているが、それでも暑い。
……ただし、僕の座っていた縁石は周りに比べて触っていて冷たい。
日陰になっているところを選んで座ったのだから当然だ。
日差しさえ当たらなければ、風が当たってある程度は涼しく過ごせる……。
そんな当たり前の理屈を頭に浮かべ、なんとか夏の暑さに耐えてこの場に留まっていた。
「うん。そりゃ待つさ。だって約束したし、何より僕の為だしね。」
汗をかいてシャツのベタつく僕とは対照的に、凪は極めて涼しげな印象を与えた。
彼女はこれっぽっちも汗などかいてはいなかったし、顔色も冴えてる。
凪は職員室にいたんだろうから、それが当然である。
あそこは特にエアコンが効いていて涼しくなっているからね。
多分、彼女に対して僕は暑さで顔も真っ赤になっているに違いない。
そういえば、とある生徒は夏の気温から逃れるため、ワザと職員室に呼び出しを食らう様な事を行い授業中や休み時間、部活の時間に避難していると聞く。
実に猪口才だ。
……稀鷺の事だけど。
今までアイツの気なんて分からなかったけれど、今回熱気に耐えてじっとしていたら”それもいいかも”なんて思ってしまった。
「ぼ、『僕の為』?」
ところで、凪が戸惑った様な表情をして聞き直す。
ああ、言い方が悪かったかな。
ぼうっとする頭で凪に応える。
「そうだよ。僕じゃアイツ等に対抗出来ないからね。それに放課後、僕の予定を聞いたのは何か用があったからでしょ? だったらナギを待つ事は僕の為になる。」
「ま、まぁ、そうだね。うん。……ふぅ。」
目の前にいる少女は、何故か目を細め安心したようにため息をついた。
なんだってんだろう。なにか変なコトを言っただろうか……?
僕は縁石から立ち上がり、軽く服をはたいた。
服が浮き上がり、風が入る。
汗をかいているから凄く涼しい。
どこでもいい。屋内、それもエアコンの聞いたところに避難したい。
この際エアコンさえ聞いていれば職員室でもいい……。
「こ、コレ。」
不意に、凪が手を差し出す。
手にコーラのペットボトルを持っていた。
「……? くれるの?」
躊躇いがちに手を伸ばす。
コーラを握る前に、凪の表情を窺った。
「あ、うん……。さっき買ったんだ。ずっと待ってたんだったら、喉、乾いてるかなって・」
凪は顔を伏せる様にして、突き出す様にコーラを差し出して来た。
それを聞いて、コーラを受け取る。
校内の自動販売機で買ったのだろう。彼女の言う通り、きっと買ったばかりなのだ。
とても冷えたそれは、受け取る前から分かる程に冷気を帯びていた。
……に、しても。ペットボトルから白い煙が上がっているのはどういう事か。
日中ならいざ知らず、夕方にまで冷気が見えるなんて相当冷えているってことだろーーーー。
……? まった、コレちょっと凍ってる?
ふと、凪を見る。
何食わぬ顔でこちらを見ていた。
例えば、自動販売機から出て来たばかりのコーラが凍っていたら凪だって僕の反応を窺ったりするんじゃないだろうか。
それもせず、さも当然の様な対応をとっているってことは、彼女はコーラの状態を知らないってことになる。
それとも、知っていてそれが当然だと思っているとか。多分後者は有り得ない。とするとーーーー。
「ナギ、これ、ちょっと凍ってるんだけど。」
僕が言った直後だ。
一瞬。ほんの一瞬だったが、凪が『しまった!』といった具合に顔をしかめた。
すぐに冷静な顔つきに戻ったが、見逃さない。
「な、なんでだろうね? 自販機の設定温度が間違ってたのかなー、なんて……。」
刹那の沈黙の後に彼女は、戯けた様な、震えた様な声で小さく呟いた。
そういって、僕に愛想笑いを浮かべた。
どうやらそのことには触れられたくないらしい。
なんとなく、不可思議な彼女の対応を見てそれを察した。
僕は手に握りしめたペットボトルを見遣る。
それから、凪の顔を見る。
すると凪は顔を合わせようとせず、俯いてしまった。
……えっと、僕はどうしたらいいんだろうか。
とりあえず、お金は払っておくべき……。
そう思って財布を取り出そうとして、止められた。
「あ、いいって!それはボクのオゴリだから。なんか、凍っちゃってるし、さ?」
そういって彼女はお金を受け取らなかった。
何故だか、唐突に自分を殴りたくなったが。
彼女の言う通り、ここはタダで貰っておこう。
あまり支払う事を強制しても気まずいだけだし、他に考察することがある。
ーーーー、ところで、彼女が立っているのは太陽の照っている道路、つまりアスファルトの上。
僕は日陰に立っている。
つまり、僕は涼しいけど彼女は暑い。
流石の彼女も、いよいよ汗をかいて来た様だ。
彼女の頬に、一雫汗が伝う。
「……移動しようか。とりあえず駅前に行けば何かあるって。お互い汗掻いちゃってるし、一度涼しいところに行こう?」
彼女がそう提案した。
断る理由は無い。
僕はただ頷いた。
気がつけば喉がカラカラだ。
だから、黙って頷いた。喋るという選択肢は無かった。
歩きながら、凪に貰ったペットボトルのキャップを取る。
炭酸が抜ける音がして、けれどコーラは溢れなかった。
ペットボトルを揺らさ無い様に持って来てくれたんだろう。
そういう小さな心配りが有り難い。
僕はあまり炭酸飲料を飲めないのだが、今はとにかく冷えた飲み物が有り難い。
コーラで喉を潤す。
……生き返る。
炭酸飲料が喉に直接流し込まれた事で、若干の痛みを感じる。
いつもならほんのちょっと口に含んで飲むのを止めてしまうのだが、今なら一気に半分は飲める。
ひとまず、冷えたコーラのおかげで頭も冴えて来た。
凪に話しかける。
「そういえば、あの、えっと……。」
……いきなりやってしまった。
話しかける内容は、ちゃんと考えたはずなのに……。
直前でど忘れしてしまった。
なんて名前だったかな……。
「あの金髪の子……。」
「ミワのこと? アイツのことは気にしなくていいさ。キミの外敵には成り得ないからね。……まぁ、あの子ならまだまだ帰れないだろうよ。今頃職員室で姉さんと先生方に”くどくど”言われてるだろうから。」
そういって彼女は肩をすくませた。
ああ、情けない……。
凪にフォローされてしまった……。
僕は自分で自覚している以上に口べたなのかもしれない。




