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個体ノ武器  作者: 雅木レキ
【巻き込まれた者:雅木葉矛】
21/82

【凪のライバル……?】007【葉矛】

一万文字、やはり超えてた…

(ノД`)

【個体の武器】

【雅木葉矛】-00-7----凪のライバル……?




 ---、騒がしかったのは弓道部だった。

 弓道部の練習所の前に人が沢山集まっている。

 校舎から少し離れた位置にある体育館のそのすぐ隣に、弓道部の練習場はあった。

 なかなか立派な作りで、他の部活の専用練習場と比べて施設の質が格段に優遇されている様に見られる。

 その為か、弓道部は毎年入部希望者の1番多い人気のある部活になっている。

 弓道ってなんだか格好いいし、憧れる気持は僕にも凄く分かる。


 さて、人の多いところには行きたくないんだけど、稀鷺は人ごみにまぎれてしまったし……。

 あまり長居は宜しく無い様に思えたが、僕も騒ぎの小隊が気になったので暫く覗いてみる事にした。

 ……ナギも見つからないし、彼女は自分で呼びつけておいて校門にも現れないし。

 僕は若干すねていたのかも知れない。

「あ、葉矛。こっから見れるゼ!」

 稀鷺が人ごみの中で手招きしていた。

 彼に確保されたポイントは、確かにことの成り行きを見守るのには絶好のポジションだった。

 上手い具合に”コトの次第”が見やすかったのだ。

 前方に背丈の大きい男子生徒も居ない、それでいて頻繁に悪がらみする様な連中も居ない良い場所だ、

 稀鷺の隣になんとか辿り着いた僕は、みんなが一心に見守っていたものを知った。


 ”……、……?”


「……ナギ?」

 学生たちが周囲を取り囲んで見ていたのは、ナギと4人の弓道部メンバー(男子2人女子2人)、それと見知らぬ少女3人だった。

 見知らぬ3人組みは何故か”他の学校の制服”を着込んでいる。

 3人組みとナギたち5人は対立するように向き合っている。

 向き合っている本人たちは沈黙している。騒がしいのは周囲に集まった野次馬たちの囁き声、喋り声である。

 ……なんだこの状況は。凪は放課後の約束をほっぽり出して何をしている? 僕を守ってくれるんじゃ無いのか?

「南高の生徒だ。」

 稀鷺が耳打ちした。

 ハッとした。ぼうっとしてた時にいきなり話しかけられたから驚いたんだ。

 危うく飛び退きそうになった。この人ごみのなかで大きく動いたら、当然他の人に接触する。目立つ。……それは宜しく無い。

 僕は恨めしげに彼を見つめたが、当の彼のその様子はどこか楽しげである。


 ---さて、『南紅葉高校』。

 彼の学校は、通称で”南高”と呼ばれる。

 うちの学校とは制服が違うのでそれは一目で分かる。

 だから言えるが、今凪と向かい合っている三人は南紅葉高校の生徒達なのだ。

「フッフッフ……俺のちょっとした知識を披露するときが来た様だな!」

 稀鷺がヤケに自慢げな顔ではしゃぐ。

 知識ってなんだ?

「まず、向かい合って右側。あの青髪ショートの美人さんは『香川(かがわ)』さん。南校の二年生だ……。ちなみに俺はあの3人では彼女を押す。」

 そう稀鷺が称した彼女は、とても冷酷で厳しそうな印象を与える人だった。

 翼さんに似ている気もした。

 確かに青い髪だが、とても黒に近いさらりとした髪と、そこから覗く凛とした深い藍色の瞳が印象的だ。

 表情が薄いというか、この状況でぼうっとしてるというか……。

 ……いや、というかそれよりもだ。

「んでその隣。要するに真ん中だな。あの金髪は『刻次 美和(こくじ みわ)』っていう二年。オマエは刻次って知ってるか? 南校の生徒会長さんの名字。つまりアイツはその会長さんの妹さんだな。」

 ……真ん中にいたのは金髪ちびっ子だった。

 どうにも稀鷺曰く香川さん、あの青髪の人とは別の意味でキツそう(・・・・)な雰囲気がする。

 騒がしく人に突っかかるタイプの人だと、外見的に判断出来てしまった。第一印象はそれだし、実際ソレに違わない行動を取っていた。

 いや、それより……。この友人は何故……。

「そんで最後。端っこの赤髪の子。『明崎(あさき)』さんだな。美和より大きいが1年。いや、美和が小さいのか。」

「なんで、他校の女子の事をそんなに知ってるんだ……?」

 僕の問いかけに稀鷺はピクリと微かに反応した。

 薄く苦笑いを浮かべる。

 まさかコイツ、調べたのか? それっていくらなんでも……いいのか……?

「あー、そりゃあれだ。美和はよくよくこの学校に来るんだわ、コレが。そんで取り巻きとして他の面々がついて来る。だから知ってるんだよ、うん。俺が特別詳しい訳じゃない。」

 仮に頻繁に来る人だったとしても、他校の女子の名前まで調べてる君は凄いと思うよ。

 そう心の中で呟いたのだが、稀鷺は僕の考えていることの意図を察した様で。

「むしろお前、知らないのか? まぁ、今年度は来るのも初めてだが。」

 逆に首を傾げられてしまった。

 学校に訪ねて来る? いや、そんなの知らない。

 もしかしたら部活のある時間帯に訪ねて来る人たちなのかもしれない。

 だとしたら僕が知りようが無い。部活は行ってないし。


 ……いや、ちょっと待てよ?

 今年初めて?

 だったらやっぱり……。

「今年は来てないってんなら、少なくともあの赤髪の子の事は知らないのが普通なんじゃ?」

 赤毛の子、明崎さんだっけ。

 彼女は一年生な訳で、彼女等が今年初めてここに来るのであれば、稀鷺が予め知っているのはおかしい。

 ……彼が”何度か学校に来ているから知っている”と理由をつけてつっぱねるならば、それはおかしいのだ。

「よぅ~む! 貴様も聞かれたくない問いかけがあるのだろう!? 当然俺にだってあるのだ!! 察してくれたまえ!」

 稀鷺は人ごみの中、天を仰いだ。

 稀鷺の奇行に僕は慌てたが、皆がナギたちに注目しててこちらを気にするものはいなかった。

 ……助かった。目立つのは好ましく無い。

「……まぁ一つだけ言えることはだ、俺には”類希なる几帳面な情報収集家”と”情報屋”がいてだな、各所のあらゆる情報は常に把握しているのだ。素晴らしいだろう!」

 ……自慢された。

 なにを自慢されたのかは分からないが、自慢された様だ。

 とりあえず、そういう情報は誰かを通して把握しているという事だろう。

 その共犯者も稀鷺と同種の思考を持つ者に違いない。大した行動力だ。


 僕が納得したところで状況が動いた。

 稀鷺が”美和”と呼んだ少女が一歩歩み寄り、ナギに詰め寄ったのだ。

「それで、ナギ!? 私の挑戦、受けるの? 受けないの!? 黙ってないで何か言いなさい!!」

 美和はナギを睨みながら、また指を指しながら叫ぶ。

 その様子が子供っぽくて、更に身長の低さもあって、『本当に高校二年生なのだろうか』と疑ってしまう。

 ”挑戦を受けるかどうか”

 つまり、ナギに何らかの勝負を申し込んだのだろうか。

 なんだこの凄いアニメ展開は。

 仮にこの後の勝負の内容が将棋とかそういうのだったのなら、きっと一手指す事に雷の様なエフェクトがつくのだろう。

「やっぱりかぁ……。」

 隣で稀鷺が呟く。

 その表情はどこかうんざりした様な印象を与える。

「お前は良くわかってないだろうから教えてやろう。美和ってヤツはな、弓道でナギさんに負けた事があるんだよ。1年の時にな。」

 そういえば凪が何の部活に入っていたのか僕は知らない。

 弓道部だったのか……?

 僕の考えを読んだのか。

 稀鷺は首を振った。

「ナギさんは弓道部じゃない。部活に入っていた時機も無かったな。ただ、大会があったその日、弓道部の主力メンバーの1人が『消えた』んだ。」


「消えた?」


 稀鷺の言葉に重ねるように呟いた。

 稀鷺のその言い方が少し引っかかった。

 普通、部活動の大会を欠席しても『風邪を引いた』とか『怪我した』とかって言い方するモノだ。

 ”消えた”って表現に何故か不安を感じた。何でだ?

 考える間もなく、稀鷺が口を開く。

「そ、消えた。その部員は今も学校に来ていないんだ。当時ソイツは2年だから、卒業したとかそんなオチじゃない。突然『消えた』。んで今も見つかってないんだなコレが。ホラ、あのナギさんの横にいる女の子。あの娘はそいつの妹さんだ。」


 ---どういう事だろうか。

 人が、消えた?

 それは行方不明って意味だろうか。

『大会当日に』と言う部分を差し引いてもおかしな話しだ。

 詳しく聞きたかったが稀鷺は話しを進めてしまった。

 彼は首を小さく振った。

「いや、この話題は不謹慎だった。気にするな。ともかく重要なコトは、その欠けた部員を補充する為にナギさんが大会に出た訳なんだが……。」

「ナギが? 他の部員のメンバーじゃないのにどうして?」

 また言葉を遮られ、稀鷺はちょっと不機嫌そうな顔をした。

 だが、気になるものは気になるのだ。仕方が無い。

「そりゃ上手いからだろ。ナギさんは大会ですんごい優秀な成績を収めたんだな! 1年で、正式な部員じゃない事を考えてもとんでもなく優秀な成績を、な。」

 僕は相づちを打ちながら凪を見遣った。

 ……ナギ、彼女は何者なんだろう。

 格闘で大人をねじ伏せたり、弓道部員以上に弓が上手かったり……。

 なんだか、”なんでも出来ます”って感じだな。

「それで、なんであの美和って子が絡んで来るのさ?」

「今説明中だ、焦るなよ。あの美和ってヤツも相当な優等生なのさ。」

 僕は美和さんを見遣った。

 今はナギではなく弓道部の男子生徒に詰め寄り文句を言っている。

「だァから!! あたしはアンタ等弓道部には用なんて無いの!! レンヨウ ナギ以外に興味はないっつの!! 雑魚は引っ込んでなさいなッ!!」

 相手をしている男子生徒は非常に困ったような表情を浮かべ、その目は死んでいる。

 俯き、今にも乾涸びてしまいそうな魚の様な目をしてじっと地面を眺め、目の前の少女の怒鳴り声にじっと耐えている。

 ……きっと酷く疲れるんだろうな。

「……そうには、見えない。悪いけど優等生には見えないよ。」

「……俺もだ。」

 キーキー声を張り上げて、必至になって自分より背の高い男子生徒を見上げ抗議しているその姿を見ながら、彼女が『優等生』だと説明されてもイマイチ信じられない。

 全くそんな風に見えない。

 翼さんともナギとも雰囲気が違う。

「ま、納得出来ないが現実として優等生なんだと。現にアイツはアイツでいろんな大会の賞や順位を総なめにしたらしい。陸上競技、柔道、剣道などなどな。そんで弓道の大会では……。」

「ナギに、負けた?」

 言葉を遮ったが、友人は気を悪くしなかった様だ。

 人差し指をこちらに向けて一言。

「ドンピシャ!」

 ……当たった様だ。

 非情に意図が分かり辛いリアクションだが。

 何故か機嫌の良くなったこの友人は機嫌良く言葉を続ける。

「それ以降『プライド(笑)を傷つけられたぁ』と顔真っ赤な美和は何度もナギに喧嘩を吹っかけてるんだな。恐ろしい事に学校に訪ねて来てまで。そんで毎回負けてるんだコレが。うは! ハズカチー!」

 (笑)のところはそのまま声に出して言った。

 ……ちゃんと言葉で伝えるなら『かっこわらいかっことじ』と言ったのだ。

 さっきから気になっていたが、この友人は基本的に女性に紳士的であるハズ。

 ヤケに美和さんにだけはキツいコメントをしているように思う……。

 訪ねようと思ったが、その時また状況が動いた。


「あァ! もうアンタ等部外者は引っ込んでなさいな!! さっきから言うように、私はナギに……!」

 相変わらず地団駄を踏みながら必至に抗議する少女美和。

それとは対照的に、ナギはとても冷静に見える。

じっと金切り声を上げる美和を見つめ、表情を変えない。

「……あのさ、ボク友達を待たせてるんだけどな。早く帰りたいんだけどもう行っていいかな?」

 ……それが凪の第一声。

 少なくとも僕がここに来てから今まで、彼女は全く発言をしていなかった。

 だから第一声と言わせて貰おう。


 ああ、僕のこと忘れてた訳じゃないんだ。

 少しホッとした。

 校門に来るのが遅かったのはコレが原因であって、決して僕を守ることを忘れ油を売っていた訳では無かったのだ。

 第一声で自分のことを言われてちょっと嬉しくなった。

 ……モチロン、僕は微塵も”忘れられてる”なんて思ってなかったけどね! 信じてたもん! 拗ねたけど!

「帰っていいわよ! 勝負を受けたら! そして私が勝ったら帰っていいわ!!」

 ナギは顔を引きつらせた。

 彼女はどうにも周りの目が気になる様だ。

 さりげなく周囲を見渡している。

 彼女はウェザードでもある身だ。

 目立つのは好ましくないんだろう。

 人ごとじゃなく、今なら僕にも気持がわかる。

「……ボクが勝ったら?」

「私が勝つまで帰りませんとも!!」

「……勝負、グっパじゃんけんでいいかい。ボク、グー出すから。」

「勝負の内容は、アタシが決める!!」

 ナギがため息をついた。

弓道部の男子2人は美和に完全に圧倒されてしまったのか、一歩下がったところで事の成り行きを見守っている。

「……あの、美和先輩。もう帰りませんか? ナギさんも大分迷惑そうですし、勝負はまた今度、ナギさんの御暇な時にしたら……。」

 とても優しげな口調、声。

 そして極めて常識的な発言。

 なんだろう、久しぶりに凄くココロが洗われた気がした。

 この状況にいる、常識人の発言は一年生の赤髪少女、明崎さんのモノだ。

「それはッ! 認められないの!! 私たちが一体どんな苦労を強いられてここまで来たと思っているの!!」

 感傷に浸っていたのに、言葉は、そして僕の思考は金切り声に遮られた。

 更に美和さんは地団駄を踏んだ。

 ……”苦行”か。冷静に考えてみれば当然の疑問ではあるが、なんで学校が終わってすぐにこの学校にいられるんだ?

 向こうの学校からここまでは自転車を使っても一時間では付かないぞ?

 どうやってこの時間に……。

「……別に強いられてはいない、美和が勝手に来ただけ。」

 冷静にそう呟いたのは香川さんだ。

 彼女の口調の様に、僕も冷静に考えてみよう。

 この子、いやこの人達にも学校はあるハズだ。

 南校とここでは距離があり、歩けばたっぷり2時間以上かかる。

 学校が終わってからここまで一体どうやってこの短時間で駆けつけた?

 車で来たって無理だ。

 ……ダメだ。分からない。僕が冷静になったって思考能力が上がる訳じゃないんだ。

「それに邪魔な弓道部の2人は既に私の手によって葬ったも同然……! 邪魔者を排除して、ようやくナギに辿り着きかけているのに断念など! 認めれる訳が無いわ!!」

 ナギが腕組みをする。

 極めて呆れた様子を見せている。

「説明が長い。そしてボクはラスボスか何かか?」

「じぃっさいッ! ラスボスでしょうがァ!!」

 凪は腕組みを解かず、左手の平で顔を覆った。

 俯きがちに疲れたと言わんばかりに深いため息をついた。

「どうしたよ! アタシとの決戦を前に怯えたか!!」

 ナギは無言。

 体勢を変えず俯いている。

 その時だ。

 美和の肩に手がかけられる。

 香川さんの手だ。

「……ん? (ひょう)?どうしたの?」

 今まで声を発する事も無かった香川さん。

 どうやら、氷と言う名前らしい。『香川、氷』。彼女は一言、冷静に冷酷な事実を伝えた。

「美和、相手にされてない。」

「……なッ!!」

 美和は絶句した。

 面倒くさそうな凪の様子に気がついていなかったのだろうか。

 だとしたらちょっと鈍感だ。

 いや? 考え方次第では”天然属性”ともとれるかもしれないな!

 少しポジティブ過ぎる考え方か。

 ……とにかく香川さんは非情に冷静で的確なツッコミを行った。

 それを聞いたナギが顔を上げ、少しだけ期待した表情で香川さんを見た。

 氷さんのその態度に希望を見いだせたんだろう。

 この面倒くさい状況では、ちょっとしたことが彼女にとっては希望に見えて来る。

 彼女の視点から近い位置で物事を考えれる僕はそれがわかる気がする。

「……君には話しが通じそうだ。ミワをつれて帰ってくれないか。」

 香川さんは首を振る。

「可哀想だから、相手してあげて欲しい。」

「カワイソウとか言うな!!」

 また美和さんは地団駄を踏む。

 感情表現に忙しい人だな。


 ---っと、そのとき。

 ナギが周囲を見渡した、そのときだ。僕と目が合った。

 一瞬、少し驚いたような顔をして、だけどすぐに戻って。

 それから小さくこちらに、左目を瞑ってみせた。

 ……ウィンクされた?

「……隣のリア充を殺してやりたい件について。この糞野郎が……。」

 ……隣で稀鷺が睨む。

 呟いた声もドスが利いていてその強い不機嫌さを存分に表現している。

 おいおい……。そんな声だせるのか、オマエ。

 僕自身はなにをされたのか、理解するのに時間がかかった。

 それに対して稀鷺は凪の行動を冷静に観察していた様だ。僕より早く状況把握を済ませれる程度に。

 幸いナギのその行動の意味を把握したのは稀鷺1人だった様である。

 稀鷺の言動に慌てて周りを見渡したが、誰1人僕を見ていない。

 ……助かった様だ。

「まぁ、仕方ないか……。さっさと終わらせて帰らせて貰おうかな。」

 それからナギの様子が変わった。

 さっきの『あまりに面倒くさすぎて生きているのが辛い』と言わんばかりの怠そうな表情ではない。

 むしろほんの少しだけやる気を出した様な機嫌の良さそうな表情をしたのだ。

「……葉矛。お前、マジでナギさんとどういう関係だよ……。」

 稀鷺が囁いて来る。

 ……正直なトコロ、僕が聞きたいくらいだ。

 ナギの行動の意図が掴めない。

 ただ首を振って答えるしか無かった。


 僕がいたからやる気を出したというのは自意識過剰過ぎるだろうか。

 いや、強ち間違っていないかもしれない。

 僕のことを少しは覚えていてくれたらしいし、待たせるのは悪いと考えてくれたんだ。きっと。

 それくらいなら僕に配慮してくれても自然だ。

 違和感無し。普通。

 自意識過剰と言われない範囲だろう、このくらいの予想の付け方なら。

 最近、僕は独り合点が多い気がする。

「な、ナギ先輩……? いいんですか?」

 ナギの隣にいた女子生徒が話しかける。

 あの生徒、さっき稀鷺が言ってた『消えた』弓道部員の妹だ。

「あぁ、今日は用事があるからささっと終わらせて帰るさ。」

「だァがしかァァし!! アンタが勝負を捨ててかかって来たら何度でもやり直しぃぃぃ……。」

 常に叫び声同然の大音量で話している美和さんだが、今のはその中でも最高の音量だったように思う。

 それを冷静に言葉を手で制して、ナギが切り出した。

「あぁ、手を抜くつもりは無い。一切ね。ところで、こちらから一つ条件を出そう。勝敗に関係無しに、勝負が終わったらボクは帰る。」

「アンタに決める権利は……。」

 ナギはニヤリと不適に笑った。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに。

「……負けるのが、恐いかい?」

 その一言で美和さんの発言、及び動きがぴくりと止まった。

 凪のあからさまな挑発であるその言葉は、美和に深く突き刺さった様だ。

 ……単純だなぁ。

「実力に自信があるなら、わざわざ自分の負けに保険をかける様な真似、するはずが無いよね?」

 学校まで粘着するように追いかけて来て勝負を挑む執念。それはプライドから来るものだ。

 ナギの一言を放っておける程に美和が温厚なハズは無かった。

「……いいでしょう。挑発に乗ってあげる。アンタが負けるのは最初から負ける。あっけなく負ける! いきなり負けるッ!! ……だから条件は呑んであげる。」

 美和はあくまで高圧的だったが、その態度や言動は端から見て非情に『チョロい」……。

「……それで。勝負って、何するのさ。」

 背伸びをしながら、ナギが言った。

 ……なにをするんだろうか。

 話しを聞いた限り、弓道での勝負を想像していたのだが。

 けどナギは制服だったし、美和さんたちも同じく制服を着ている。

 そもそも身なりを見るに美和達は弓道する為の道具は持って来ていない様だし……。


 ふと、香川さんが呟いた。


「……弓道で敗北。将棋、チェスで負け、剣道に至ってはもはや勝負にもならなかった訳だが、今度はどうする美和。」

 そんなに沢山、何度も勝負してたんだ。

 相手は仮にも(とても見えないが)各部門優秀な成績を収め、賞を貰える程の腕はあるのだ。

 それに全て勝っているナギは一体……。

 いや、ナギなら仕方ない。

 そう思っておこう。

 それより、割とおしゃべりなんだな。香川さん。

「言ってくれるわね、氷……。」

 周りは静まり返っている。

 ナギが勝負を受けると決めた時点で、みんな固唾を飲んで見守っている。

「……多分、単純な殴り合い勝負なら、アタシの方が勝っているはず……。」


 ---待った。

 い、今なんて言った?

 殴り合い? 競技でさえないぞ?

「せ、先輩!? それじゃただの喧嘩ですよ! 暴力は良くない……。」

 明崎さんは、美和さんの腕にしがみついて止めようと試みた。

が、美和少女は後輩をあっさりと弾き飛ばした。


「五月蝿い! 競技という枠で勝負するから負けるのだ! だぁったら……。」

 美和さんは、静止に入った常識人、明崎さんを振り切り、身構える。

 咄嗟に僕はナギを見た。

 また表情が引き攣っている。

 ……そりゃ”殴り合い”するなんて宣言を受けたら、誰だってあんな顔になる。


「な、ナギ先輩……。ヤバいんじゃ……。なんかアイツ気持悪く笑ってますし、絶対危ないですよ……!」

「気持悪くなぁい!! とにかく、構えなさい、恋葉ナギ!! 一方的にボコボコにしてくれるわ……!!」

 静まり返った空間に、刻次美和の声が響く。

 辺りは変な緊張感に包まれた。

 どういう状況なんだろうか、これは。


 下手すれば学校間の暴力問題として発展しかねない様な状況のはずなのに、イマイチ緊張感が欠けている感じ。

非情に、中途半端な迫力だ……。


「……ヤダね。せめて人間らしく何かしらの『競技』で挑んでくれ。君の思考回路は猿同然だ……。競技とは、『人間が』競い合い順列を決める為に生まれたものなのだから。まぁ、仮に喧嘩したってボクが勝つのだろうけれども……。」

 ナギは動じない。

 構えたり、動作を見せない。

 代わりにふと小さく思い出したように呟いた。 

「……というか、そもそも時間切れだ。」

 それだけ言うと美和さんに背を向け、その場を立ち去ろうとした。

「に、逃げる気……!? レンヨウナギも落ちたものね!」

 ナギは挑発に乗らず、代わりに肩を竦めた。

 キーキーと叫ぶ美和さんの方を向こうとはしない。

「言ったハズだ。時間切れ。もう、勝負なんてする暇はない。」

 ナギの言ったその言葉の意味だがすぐに分かった。



「……ナギ。これ、何の騒ぎなのかしら。」

 その声は唐突に、人ごみの外から聞こえて来た。

 人ごみが2つに割れ、道を作る。

 聞こえた声の主は恋葉、翼。ナギのお姉さん、その人だった。

「こりゃヤバいかな?」

 そう、隣で稀鷺が呟く。

 だが口調、表情から察するに絶対楽しんでいる。この友人は。

 ……翼さんが来たらヤバいってどういうことだろうか。

 応えはすぐに分かった。

「……やぁ、姉さん。」

 ナギはぎこちなく手をあげて挨拶をした。

「……騒ぎ、結構大きくなって来てるけど。これなんなの?」

「へぇ、騒ぎ? そんなのあったんだ? 今ここ、すっごい静かだったけど?」

 ……酷く、ワザとらしさすら感じさせる程白々しくそう言い放つ。

 完全に、周りの野次馬は蚊帳の外だ。誰一人声を発しない。

 だから今はナギと翼さん2人の会話しか聞こえない。

「どういう事?」

 ……なんで、翼さんが来た瞬間に、みんなして黙ったんだ?

 僕の疑問には、稀鷺が答える。

 いつの間にか稀鷺が解説役のようになっているな。

 僕は学校の中のことすら分からない情弱だが、それにはちゃんと訳があるのだ。

 これまで僕は学校が終わってから、つまり放課後、部活のある時間帯に学校にいる事自体無かったのだ。

 だから恐らくこの場にいる全員にとっての常識が分からない。知らない。

 だから素直に稀鷺に聞くしか無かった。

 幸いにも友人は快く、別に機嫌を損ねる事も無く教えてくれる。

「ツバサさんって学校の中の風紀とか、規律とかの取り締まりもやってんのよ。そ、生徒会長キャラな訳。んで、今は自身の妹が規律を乱したため御用に来た訳だ。こりゃ美和も連行されるぞ!」

 そういえば先ほどまで騒いでいた美和さんすら黙って……。

 ……いや、気のせいだった。

 香川さんが口を塞いで喋れないようにしているだけだった。

 あの人、結構な苦労人なのかもしれないな。

「原因は分かってる。美和の声は聞こえていた。凄く響くわね。……毎回のことだけど。」

「あ、そう? 原因が分かってるならボクに何か聞く必要は無いじゃない。んじゃボク帰る……。」

 そういってそろりと場を離れようとしたナギ。

 だが、姉は妹の手を掴んで引き戻した。

「……アンタ、関係者でしょうが。」

「それを証明出来る物的証拠は無いハズだ。」

「目撃者が沢山いる様だけど。」

「なら、まず話しを聞く方が先だと思うけど。状況証拠だけで被告人を法廷に引きずり出すのはどうかと思うな、ボクは。」


 翼さんが介入して来てから辺りはますます誰も喋れる雰囲気で無くなったように感じる。

 恋葉 翼はその無表情と淡々とした口振りとは真逆に、とてつもないプレッシャーを放っていた。

 周りの生徒の身動きを制限するレベルで。今の彼女に目を向けられたらオシマイだと思える程に、威圧感を放っていた。

 しかし、それなのに野次馬の数は増えていく。

 恋葉姉妹の内輪揉めに興味を抱く人間は多いと言う事だろうか。

「稀鷺、ナギはさっきからなにを言っているんだ?」

 物的証拠、法廷、関係者。目撃者、情報証拠。

 どうも先ほどから難しい言葉が並び出ている。

「……あぁ、訳するとだな。『職員室に行くか行かないか』だな。『法廷』とは職員室を指す。『容疑者』とはナギさん本人。基本的に美和が絡んでナギさんが職員室に呼び出されるこの流れは珍しくない。」

「め、珍しくないんだ?」


 恋葉 ナギ。彼女は意外にも問題児扱いを受けているのかもしれない。

 稀鷺は僕の心境を知ってか知らずか、頷いた。

「まぁ、問題を良く起こすってのはそうだな。といってもだ、いつも事情を軽く聞いて終わりだって話しだけどな。美和が両方の学校の教師と2人の姉の厳重注意を受けて帰路につくのが『いつも通り』のパターンだ。」


 ---稀鷺の言葉にハッとする。

 僕は今日初めてこの光景を見たから、全く思いもしなかったが、何度かコレを見ている稀鷺やその他生徒にとって、これは『いつも通り』の事なんだ。

 ナギや翼さんはほぼ全ての生徒に『いつも通り』の印象を与えている。

 ……それがどんなに難しい事か、僕は知っている。

 彼女たちは、黒服達に追われている本人、この事の当事者達なのだ。

 守ってもらうだけの僕より余裕は無いはずなのに。

 やっぱり凄いな……。

 僕も慣れていかないといけないのだろうか。

 少なくとも周りの皆が『僕の変化』について強く疑問を抱かないうちに。

 少なくともこの事件が終わる、その時まで。


「……どうした? 葉矛。コレからが面白いところだぞ?」

 稀鷺はこちらを見ずにじっと事の成り行きを見守っている。

 恋葉姉妹は言い争いを続けていた。

 そのさなか、戦いに介入して来た輩がいた。

 さっきの『消えた弓道部の妹さん』だ。

「つ、翼……先輩。ナギ先輩は、悪くないんです……。」

 細い声で続ける。

 野次馬側にはやっと聞こえる程の大きさだ。

 もし周囲の野次馬がさっきのまま騒がしかったらとてもじゃないが聞こえなかったろう。

「私のお兄ちゃんが、突然家出なんてしたから……。あの日、家出なんてことをしたから、こんな風に頻繁に絡まれるように……。」

 ナギが不意にその子の頭に手を置く。

「ホラ姉さん! ボク悪くないだろー? この子だって言ってるだろー?」

 凄く、棒読みです……。

翼さんは肩をすくめ、躊躇いがちに言った。

「妹を庇ってくれるのは有り難いけど、これはそういう問題じゃない。罪人は、裁かれるべくして裁かれるの……。」

 ……高校生同士の喧嘩で凄い事言ってるよ、あの人……。

 問題を起こした高校生の受けるべき裁きって、一体なんなのだろうか。

 ……成績が落ちるとか?

 地味に思えるが、それってかなりキツい罰だ。


「そ、そうだとしても……! ナギさんは罪人じゃないです! 優しい人、です……。裁かれるのは、他の人であるべきだと思います……!」

 ちょうどその頃、美和さんは香川さんの手の中からじたばたする事によって逃れた。

「ちょっと! 私が悪いみたいに言わないでよ!! 私はは裁かれたりしないんだから!!」

 明崎さんはおろおろとうろたえ、香川さんは何かを悟った様な顔をして遠くをみている。

 うろたえながらも明崎さんは美和さんに抗議した。

 あの娘はいろいろ苦労しそうな性格だなぁ……。

 それともポジション的な問題かな。

「い、今の状況じゃ先輩が悪いって言われても仕方ないんじゃ……。」

 この光景を見ながら、僕はさっき稀鷺の言った事を振り返っていた。

 美和さんは、他校の生徒だ。

 多分この学校に立ち入る許可など取ってはいないだろう。

 さっき稀鷺は『2つの学校の教師』と『2人の姉』に厳重注意を受けると言っていた。

 恐らく『2人の姉』の1人目は翼さん、2人目は刻次のお姉さんなのだろう。


---------------------------------------------------------

 ……なんだ、この違和感。

 稀鷺の言った内容じゃない。

 今さっき確認した事柄は関係ない。

 それとは違うところで、何かが引っかかっている。

 僕はこのやりとりの『何か』『どこか』に違和感を感じる……。

 気持ちが悪い。

---------------------------------------------------------


「それじゃあナギ。被告人は法廷への出頭命令があった場合、応じる義務がある。来て。」

 ナギがイヤイヤと首を振る。

 僕はちょっとだけ彼女等から目を離していたのだが、その間に大分事は進んだ様だ。

 翼さんは強くナギの腕を握り引きずろうとするのだが、ナギはそれに全力で抗っている。

「だ、だから……、容疑者ってか、被告人ていうか、犯人ッ、はあっち……。ミワの方だって……。ボクは関係ないったら!」

 美和さんだが、ナギと全く同じ状況になっている。

 引っ張っているのは明崎さんと香川さんだ。

「イーヤーだー!! また怒られてお姉ちゃんが不機嫌になって御小遣い減るんだから!! 私がなんでそんな目にー!!」

 ナギと同じく激しく抗議している。

 主に自分の無罪を訴えている様だ。

 でも明らかにキミが犯人というか罪人というか、元凶だよね?

「ほら、見ろ、姉さん! 悪者はあっち。ボクは帰るの!」

「なら被告としてではなく、証人として。招集に応じてもらうまで。」

「知ってる?姉さん、証人には、それを断る権利が……!」

「五月蝿い。いいから来なさい。」




 ------その後だが、野次馬たちは翼さんに一蹴され、各自部活や下校などそれぞれの行動に移った。

 僕は稀鷺が部活に行ってしまった為に、翼さんに連れて行かれた凪が職員室から出て来るまでの30分間。


 ……校門で、1人寂しく暇な時間を過ごす事になった。

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