《姉程上手くはいかない》003-#2/2《凪》
【個体の武器】
【恋葉凪】-00-3-2/2----恋葉 凪 《姉程上手くはいかない》
車の中の連中などに構ってられるか。
『素早く』『薙ぎ倒して』『連れ出す』。
奴らが出て来る前に彼を連れ出せばいい。
素早くやってみせる。
間に合わなかったら出て来た端から全部薙ぎ倒せばいい。
ボクは姉程器用じゃないんだ。戦闘前に思考したりしない。
姉さんとボクは違う。
行き当たりばったりでいい。結果よければ全て良しだ。
公園に駆け込む。足音を極力消す。気配をなるべく殺す。
後ろで車の中の奴らがボクに気がつく。
けれどもう遅い!
「------君に選択権は無いんだ。おとなしくついて来てくれないか?」
雅木君に話しかけているこの男。仮に黒服Aと呼ぼう。
彼に急襲をかけた。
「さもないと……。」
右足を踏切り、飛びかかる。
台詞を遮る事に関しては申し訳なく思ったが、思っただけで躊躇はしない。
左肩に手をかけ、極力強い力で握る。
飛びかかった勢いのまま黒服Aの脇を通り過ぎるように突っ切る。
通過する過程で左足の膝裏をけり飛ばし、バランスを崩す。
とどめに。背中側にバランスを崩したAの顔面に振り向きざまに狙いをつけて、顎に力を込めた拳を叩き付けた。
先程メールを書いていて溜まったストレスの分も含めて、目一杯の力を拳に籠める。
面白い程あっけなく黒服Aが倒れる。
背中から後頭部を地面に打ち付けた。
この一撃で顎を殴り、脳を揺らした。
控えめに見積もって見ても立上がるのに5分はかかる。
倒れた黒服Aを見下ろしながらボクは一言呟いた。
「人さらいも感心しないが、人の選択権を奪うのは特に許せないな。それは、横暴と言うものだ。」
さて、雅木君は……。
隣にいた。呆然と立ち尽くしている。ちょうどボクに気がついた様だ。
「あ、あれ?恋葉さん……?」
戸惑った様に、ボクの名字を呼ぶ。
クラスメイトだし名前くらい知ってて当然か。
……いや、違う。
違うな。絶対、彼は姉さんの事を言ってる。
顔を見れば分かる。
……分かる様になってしまっている。
きょとんとした表情。自分の知る『恋葉』と違うっていう顔。
……仕方ないか。彼に取っては3日前に助けてくれた人が『恋葉』なんだ。
間違えられる事には既に慣れていたし、今は構ってる程時間もない。
彼には後で説明すればいい。
「んー、ま、話しは後でも出来るよね。雅木君、ちょっと、付き合って貰うよ?」
なるべくフレンドリーに話しかける。
そしてまだ状況の飲み込めていない雅木君の腕を掴み、走り出す。
……何故か耳が熱くなる。
もしかして変な話しかけ方したかな……。
言い方、ハイテンション気味過ぎたかな……。
声、上擦ってたかも……。
っていうか、冷静に考えて初対面の男子の手を掴むなんて……。
---ッ、今は非常事態だ。余計な事を考えるな!
手を引っ張っている以上、雅木君はボクについて来るしか無い。
このまま一度ここを離れてしまおう。
公園の出入り口に突進する。
当然ヤツ等の車がある。
……やっぱり行動が遅すぎた。
妨害も何も無しに逃げるにはちょっと時間がかかり過ぎた。
あー、もう! なんでボクの思った通りに物事が運ばないんだ!
車から黒服が2人。銃を持って出て来る。
そもそも車から人が降りるまでにカタを付けるって事自体に無理があったんだ。
自分の計画性の無さは今に始まった事じゃない。だから……。
構うものか。突破する!
「うぇえ!?恋葉さん?ストップ!ストップ!!」
後ろで雅木君の悲鳴を聞く。
ハッとする。
今は1人で動いてる訳じゃない。
黒服の持つ銃の口を見る。
------銃口はボクの方を向いていない。
ありったけの知性を絞り、瞬間的にどう対処するか考えを巡らせる------!
銃口は雅木君を捉えている。
どうすれば彼に当たらない?
結論はすぐに出る。
簡単だ。雅木君が弾丸の射線上にいなければいい。
考えたら即行動を起こす。
とっさに手を離し彼を押し倒した。
左手で思い切り押して地面に倒した。
彼は簡単に倒れた。少しも踏ん張る事は無かった。
ボクに押し倒されるなんて微塵にも考えてなかった、というのもあるのだろうけれど。……どうもなぁ、頼りない。
男子なら少しくらい踏ん張ってくれても良かったと思う。
……雅木君の驚いた声が聞こえて来る。
それに倒れて地面を『ズサー』と擦れる音が続く。
心の中で謝りつつも今は敵の排除を優先した。彼の方を向く暇はなかったのだ。
「……突破させて貰おう!」
気合いを入れるため主役か何かの様な台詞を叫んだ。意味は無いけど気持の問題だ。
---銃はある一定の間合い以降では機能しづらい。
そう、銃口より相手に近づけば銃は脅威ではないのだ。
少なくとも間合いの内まで近づいた者にとって。
相手に対しほぼ零距離に達する。
ここはこちら側に有利な距離だ。
ヤツが銃を持っている限り、そしてその銃に固執している限りボクの間合いだ!
相手の手首を掴む。銃を持つその手を捻りながらこちらに引き寄せる。
ところで、手首を捻られたら当然痛いよね。
手首を捻られた相手は、大抵必然的に身を捩らせてなんとか痛みから解放されようと藻掻くものだ。
現にこの相手もそうだった。
腕を掴み、捻りながら引き寄せる。
すると引き寄せきる時には痛みを避ける為に身をよじらせる。
身をよじらせた結果として、こちらに背中を向ける形になる。無防備になる。
元々コレが狙いだ。
近距離で相手が無防備になったら、判断を間違わない限りこちらの勝ちなのだから。
……昔から姉と喧嘩をするたびにこの猪口才な技を使われて泣かされたものだ。
こうやって相手を素早く無力化する技は姉に教わった。
まさか実際に役に立つなんて思ってもみなかったが。
そのまま左手で首を絞める形で拘束する。
完璧なホールドアップだ。男を盾にしたボクを相手にもう片方の男は銃を撃てない。
彼の手に握られた銃を見る。
---"ソーコム・ピストル"。
なかなか大降りで、やはりサプレッサー搭載型のピストルだ。
やはり消音出来る銃に拘るか。
当然だけど、音を出すような銃は使わないみたいだな。
レーザーポインターとライトが付けれるのだがコレにはついていない。携帯製を考えたのだろうか。
ポインタ無しで狙いをつける。もう1人の男の足と腕。死なないけど動けなくなる位置。抵抗が出来なくなる箇所。
……撃つ瞬間、一瞬躊躇う。
察してくれ。ボクだってただの女子高生に過ぎないんだ。
銃を撃てばヒトが死ぬかもしれない……。
ボクだって人殺しにはなりたくないし、そもそも人を傷つけること自体に抵抗がある。
だから、なんでもいいから救いを探した。
言い訳を考えた。
『……ボクが撃つんじゃない。実際はコイツが撃った事になるんだ。』
心の中でどうしようもない言い訳をして、一拍。
彼の手を使い照準を付け、ボクが引き金を引いた。
全くロマンチックじゃない。
一発目は腹に、二発目は太ももに……。
三発目が腹に当たった時は本気で血の気が引いたが、死にはしないだろう。横っ腹なら。
……死なないでよ?
---時間が無い。
まだ車には三人目の男がいるんだ。
自身の手が仲間に銃口を向けた。……多分それに強くショックを受けていたんだろう。
申し訳なかったが棒立ちして抵抗もしない黒服の銃を奪い地面に押し倒した。
倒れた男に素早く狙いをつける。
三度。今度は全て足と肩に。最初から狙った場所に当てた。
銃が当たったところから血が噴き出し地面が赤く滲む。
地面に倒れながら痛みで叫び、身体をよじる。
黒服の痛々しいその姿を見てちょっとだけ、罪悪感を感じたが……。
……コイツ等はボクの事も狙っているんだ。
どういうつもりか知らないけど、先に暴力的に攻撃して来たのはそちらだ。
同情の余地はない。そう割り切ってしまわねば。
思考を切り替え振り返って雅木君に駆け寄る。
手をくじいたのかな。左手をしきりに擦っていた。
手を差し出す。なんて声をかけようかちょっと躊躇ったが、なんとか一言だけ添える様に言う事が出来た。
「雅木君。立てる?」
本当に一言だな……。もっと何か言ってやれないかと考えたが駄目だった。
もうちょっと人と話す機会を増やした方がいいな。
姉さんの本を読む機会が多くなるにつれ、意識していない時の話し方が小説の登場人物の様になってしまうようになって来た。
しかも、俗に言う厨二病的な言い回しに。
これは直した方がいいだろう。
現実を生きる人間として。
高校生として。
何より女子として。
「う、うん。」
ボクは彼に左手を差し出した。右手は開けてある。こちらの手は少し訳ありで、常に使える様にしとかないといけないんだ。
彼は力なく左手を差し出してくれた。左手を引っ張り彼が立つのを手伝う。その時一瞬彼の表情が曇った。
今の過程で怪我をしたのだろうか。痛むんだろうか。
……その時、周囲を見渡してちょっと驚いた。
黒服Aが立上がろうとしている。
もう数分は寝てると思ったのだけれど。
「じゃあ急いで。移動するよ。ここじゃ、ちょっと目立ちすぎる。」
雅木君を急がせる。起き上がってるアイツ、銃を持っていないといいんだけれど。
「やはり、貴様……!」
あーあ、立ち上がっちゃったか。
しかもやっぱりきちんと銃も携帯済みだ。
後ろを振り返る。
いよいよと言った具合に車の中に待機している男も……。
……長い、黒服Dと呼ぼう。
最初ボクに拘束されて仲間を撃つ事になったヤツは黒服B、撃たれた方はCとして……。
……話しがズレた。
ともかく黒服Dは今にも車から出ようとしていた。
Dが車から出なかった訳だが、それはきっと運転手だからだ。
あの位置に車を止めてちゃ運転席から外に出るのは大変そうだ。
黒服Dは隣の座席に移動してから、つまり助手席に移動してから外に出る。
そうでないと運転席側は車の位置関係上の問題で付近の住宅の壁のせいで出れないんだ。
……ふと、あの車の窓だけを開けてそこから狙撃するという方法を思いついた。
というか、逆にコイツ等それを思い浮かばないんだろうか。
車の中からでもこの距離なら狙えるだろう。
外に出るより断然勝ち目があるだろうに。
なにか訳でもあるのだろうか。
さて、黒服Aに向き直る。
ため息が出る。ここで相手をするのはマズいかもしれない。
先日姉さんはここで時間をかけ過ぎて雅木君に見られた。
今回もそうなるかもしれない。
なにせ時間帯的に考えてここを人が通る確立は三日前の夜より高いのだから。
「君たちの相手をしている程の余裕は無くてね!悪いけど……。」
右手を、手の平を黒服Aに向ける。
彼は銃を構えるより優先して手で覆う様に身を守った。
------躊躇う。
今ここで能力を使ってアイツを『抵抗出来ない様にする』事は簡単なんだ……。
……吐き気がする。
自分の頭に過った事……。
力を使って人を傷つける。そんな事が自然と自分の頭の中に浮かんた事に嫌悪感を抱く。
無論奴らに対して同情など持たない。だけどそれ以前にボクにもポリシーがある。
例えばだが、銃を持たないヒトを銃を持つヒトが一方的に射殺するのは簡単だ。
それはただの虐殺。
……今のはただのたとえ話。
しかし普段の生活でもそういう事って以外とある。
複数の人が1人を一方的に虐めて楽しんだり、モノを取りあげたり。
自分より立場の悪い人間に悪い条件を押し付けて、逆らったら痛い目見せて黙らせる。
要するに力のある人が無い人に対して働く一方的な暴力。
都合の悪い事を解決する最悪の手段。
……綺麗事を言うつもりは無い。
だけど、相手の人としての存在を否定する様なそんな一方的な暴力が存在していいのだろうか?
人の主張や存在をかき消してしまう様な、都合のいいイヤラシいチカラ。
……ボクは嫌だ。
そういうのが嫌いだ。
”そういうこと”をしているヤツ等が嫌いだ。
ボクはそうなりたくない。
目の前にいる黒服がやっているのは”そういうこと”なのだ。
だがあちらがそういった人間だからと言って、ボクがそれをして良い訳にはならない。
躊躇いたいけど、時間はなかった。
じっくりと考えたかった。
ボクとヤツ等は対等な立場なのか?
能力を使って戦って『一方的な暴力』にはならないのか?
ふと、隣を見遣る。
雅木君がきょとんとした顔をしてこちらを見ている。
此の期に及んでもまだ彼は状況を把握しきれていないのだろう。
……思わず笑ってしまう。
ボクの悩みなんて知らないで彼はただ助けられている。
この少年は先程まで、ボクの嫌うその『一方的な暴力』に晒されていた事すら気がついていないのだろう。
悩み以前にボクには目的があったんだ。それを達成出来れば良い。
今はこのクラスメイトを助けるときだ。
……止めた。
『無抵抗にする』のは止める。今は逃げ切れればそれでいい。
逃げて、その間に”結論”を出せば良い。
今はただ逃げる。道中にじっくり悩めばいい。
能力の使い方を考えろ。
傷つける以外にもこれに出来る事はある。
出来れば彼に力を見られたくない。そう思った。
------だから。
「では、また後で!」
そういってボクは、手の平を地面に向けた。
目くらまし程度だったら彼にチカラの内容を悟られる事も無いだろう。
うはぁ……。
2分割にしてもこの分量になっちゃうのか……。
3分割とか、臨機応変に考えて書かなきゃダメですね。。。