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人生には少しの夢とハリセンを

 春は「出会いと同時に、別れの季節」と、よく言われる。

 それは、学校生活においてもそうだ。


 俺も高校生活が慣れてきて、なんとなく日常の生活に何か活性化というか、自分に何かできる事でそれでいて、毎日が新鮮で少しでも刺激的なものであればいいな、と思っていた。

 別に俺は勉強ができて、スポーツも万能。という柄ではないが、最高学年になったら、誰しもがちょっとは意識する「生徒会長」というものに興味がかれた。

 生徒会長とは、そういう人がなるべきものだと感覚的に思っていたからだ。

 でも、自分で立候補して、「こんなことをしたい、こういうところを見直すべきだ」とか、様々な持論をみんなに力説し、最後の最後まで諦めずに走り回って。

 ――――――そして、ついに当選した。


 ただ、当然ではあるが、俺の相方である「副会長」もまた選挙で選ばれる。

 自分が勝手に「この人がいいです」と、指差して決める訳ではない。

 その人物も俺と同様に、熱い思いを抱いて、見事当選を果たした。

 俺も実際にその素晴らしい演説を聞いて、これほどまでに聴衆を魅了し、説得力があり、こんな真っ直ぐな目をした人がいるのかと、つくづく感じた。

 世間は広い。

 俺は、まだまだ「井の中のかわず」だったと、思い知った瞬間だった――――――


 その時は……その時までは……。


 俺にとっての「春」は、念願の生徒会長になれたというその喜びとの出会いよりも、普段の何気ない生活からの逸脱わかれの方がずっと凄惨だ。

 目に見えないものもど、無くしたときにその存在や価値の大きさに初めて気付く、とは本当によく言ったものだよな……

 俺の高校生活、そして何よりも生徒会長としての充実したスクールタイフを、その犯人は容赦なくバラ撒きまくっている。

 でも、そいつは悪気が無いとか、故意でなっていないから、とかではなく、ただ単に強烈な「ジコチュウ」なだけだ。あいつの場合は。


 彼女のモットーはいつも一貫して変わらない。

「学校全体のことは、生徒会が引き受ける」と。別に何も変な主張ではない。

 ただ、そのやり方は一風どころか、十風も万風も変わっている。

「相談ゴトがあれば生徒会室まで来なさい!」と毎日、全館放送を使って宣伝文句のように繰り返す。

 しかし、そのクセ、本来の生徒会に関わる仕事や雑務は一切しない。俺に丸投げもいいトコだ。

 さらには自分の好物で、それが無いと死んでしまうのかわからんが、俺の通学路の途中に売っている、という理由で八つ橋を俺に買って来させるのだ。

 そのせいで、売店のおばちゃんには「毎度どうもね。おまけしておくよ」とか言われたり、友人には「よっ、今日も嫁のお遣いですか?だ・ん・なっ!」とか、ちょっかいを出される始末……

 俺はこんなことをするために、生徒会長になったわけじゃあないっ!

 ……と、思っているのだけど、彼女とやり取りをすればするほど、手のひらで転がされているだけだと感じてしまうのは、果たして俺がそんな器だからなんだろうか?



 まあ、今日も今日とて、生徒会室は平穏な空気に満ち満ちている。

 主食である八つ橋を「あーん」とか言いながら、バリバリと頬張っている彼女。

 で、それを横目に頬に左手を添え、机に片肘をつく俺。

 ここまでは一万歩譲って、まぁ、何処にでもある生徒会室の風景だ。

 ただ、今日は、お客さんがいる。

 愛用しているスケジュール帳に自分で書いた「33」という謎の数字を、何の数字か思い出させてほしい、という何とも間抜けでムチャ振り感が満載の依頼をしてきた先生がいる。

 俺たち二人の向かい側に、ハンカチで汗をポンポンと拭いつつ「わかるかね?」とでも目で訴えかけている数学担当の吉井先生である。


 纏わりつくような静寂が部屋中を包む込む中で、俺はひとつ小さく咳を払うと丁寧に始める。

「……吉井先生、これはですね……」

「わかりませんな!」

 そうです、わか……

「諦めんの、早っ!ふんぞり返って何言ってんだよ!お前が強引に引き受けたんだろうがっ!見ろ、先生ガッカリしてんじゃねぇか」

 彼女がぱっと先生を見ると、先生は小声で「そうか、そうだよな……ごめんな……」とか呟いている。

 先生の頭の上には暗雲が立ち込めている。

「い、いやいや、先生。考えます、考えますから。ね、ね。てか、お前も協力しろよ!言い出しっぺだろーがっ!」

 俺が怒鳴ると、横で口を鉛筆の先のように尖らせて、わざとらしく「う~ん」とか考えたふりをしている。

 しかし、この数字だけではなんともらなん、というのが俺も本音。

 この「33」が先生に携わる何らかの数字である事を、先に紐解いていかなければならないだろう。

「先生、33に関係する人物とか、出来事とか何か思い浮かびませんか?何でもいいんです」

「あ、ほら。結構この数字だけ他の字よりも、走り書きっぽく書いてあるから、よっぽど急ぎの用だったんだね」

 うーん。確かに、他にメモを取っている字と比べると、急いで書いたような感じがする。

 例えば、大事な仕事をしている最中に突然の電話を受けて、電話の内容の全てではなく、用件を端折はしょって重要な数字だけを残した。

 あるいは、この33という用事自体をこれからしよう、というまさにその時に、外せない別の要件ができたために、忘れないよう急遽きゅうきょ書いたものか……。

 といっても、先生自身が全く思い出せない事態となっている今では、33に引っかかりそうなヒントをこちらから与えていくしか手段はない。

「先生が担当しているクラスで、出席番号が33番の生徒はどうですか?」

「いや、そりゃ考えたけど、出席番号を書くくらいならちゃんと名前を書くよ、神崎くん」

 確かに出席番号よりも、名前を書いておく方が自然だ。いくらその時に急いでいたからといって、自分でそんな回りくどい書き方はしないよな。

「そんじゃあ、3年3組に何か用事があるとか?」

 八つ橋がなんかテキトーにアイデアを出してくる。

「それはないな。お前だったら、3年3組だったら普通はどう書く?」

「えー……それはぁ『3-3』……かな?」

 そう。3年3組は普通なら、3-3という具合に数字の間に「ダッシュ(-)」を入れる。続けて33と書くのは不自然だ。

「それは、その、急いでたから――――――」

「間の棒線一本書くぐらい、一秒もかかんねーよ」

 俺にそう言われると、何だよ折角思いついたのにさっ!ってな感じで、ぷいっとそっぽを向く。おこちゃまだから、そんなもんだろう。

 しばらく静かになりそうなので、放っておこう。

「……そう言えば、吉井先生。先生って、野球部の顧問でしたよね?今日練習に参加しなくていいんですか?」

「あぁ……もう、こっちの方が気が気でなくて……まあ、後で顔を出すよ。あいつらは、あいつらでちゃんとメニューをこなしてると思うから」

 えぇー……そんなんでいいの、先生。自分で書いてやつが訳わかんないメモで、それが今日なのは気にはなるけど……部員、可哀そうじゃん……。

「……待てよ。背番号が『33』ということもあるか……」

「まあ、考えられなくは無いんじゃないんですか?で、その選手になんか用事あったんですか?」

「そうだな~……何かあったような気がするなぁ~……」

 俺が本当に思いつきで、しかも心配して言ったことに対して先生が、うす~く食いついて来た。

 彼女も八つ橋を食べ終え、暇そうにしているので、とりあえずその背番号33番くんに会いに行くことにした。


 グラウンドに着くと、様々な部活が所狭しと自分たちのテリトリー内で懸命に練習に励んでいる。

 それは校内とではうって変わり、やる気と熱気とが混じり合い、それはそれは活気に満ち溢れている。


 ――――――ほらほらーっ!もっといけるぞー!もういっちょー!!

 ――――――気合い入れろ、気合い!そんなんじゃあ、スタメンに入れんぞぉ!!

 ――――――33……33……何だったけな……


 まあ、それはそれは場違いで、お経を唱えてるような声も中には聞こえるが、それはこっちの話だ。

 その中で野球部はグラウンドの東側の隅、バックネットが張ってある場所でコーチと部員とがちょうどノックの練習をしている。

 コーチは取れるか取れないかの、絶妙なところにボールを転がすと、部員たちに檄を飛ばしている。

 例の「33番くん」も泥だらけになって、その練習に参加している。ユニフォームには胸に「武元たけもと」と書いてある。

 そこへ、吉井先生がコーチに「タイム」と言って、少し休憩をさせるように促すと、部員たちは揃って、はきはきと「ありがとうございますっ!!」と、ベンチへ下がる。

 八つ橋女も見習ってほしいものである。

「すまん。武元、ちょっといいか」

「はい、何でしょうか」

 肌はこんがりと焼けていて、すらっとしている。身長もそこそこあるようだ。俺より少し高いので177,8cmといったところか。

 汗だくの顔をタオルで拭いながら、こちらへ駆け寄って来てくれる。

「武元、その、なんだ。……今日、何か先生に用事があったか?」

 なんだろう。

 周りの空気がどんよりと滞り、一切の音が遮断されているかのような、この重い感じは。

「え?……別に、無いですが、何かあったんですか?」

「そうか……それなら、いいんだ」

 ないんかい。そりゃそうか。

 俺たちが変な空気になっているんで、早く退席したいと思っていると、彼が急に先生に詰め寄る。

「あの、今日の用事ではないですけど、先生。僕はいつまで33を着ていればいいんですか?スタメンでもないのに、背番号着てるのって、おかしいですよ!」

 ……どういう事だ?彼は番号をもらっているという事ではない?全然意味がわからん。

「いや、その、ユニフォームを発注してはいるんだが、まだ届いてないんだよ。すまん、もうちょっとだけ、な、頼む!」

「そうやってもう随分経ちますよ、もう。先輩や同僚からも『スタメンじゃないのに番号貰えていいなぁ、お前は』とか言われてるんですから、頼みますよ、監督っ!!僕、もう耐えられないですっ!」

「まあ、まあ、そう言わずにだな……」


 先生の面目丸つぶれの真相はこうだ。

 武元くんのユニフォームだけ先生のミスで「エル」を「エス」と書いて発注したという。

 とんでもなく小さいサイズが届いた武元君は、当然着る事ができず、先生が用意した「先輩の遺品」つまり「御下がり」を着ているという訳だ。

 それには「33」が付いている。仕方ないから、発注したユニフォームが届くまでの間、彼はそれを渋々着ているという。

 野球部員にとって背番号が付くという事は、相当誇らしい事だと思うのだが、彼の場合完全に晒し者になっているようで、あまりにも不憫ふびんでならない。

 ……吉井先生と武元くんはまだ、揉めているが、俺と彼女は先に生徒会室に戻ることにする。

「カタカナじゃなくて『L』って、アルファベットで書きゃよかったのにさっ。なんだか残念なせんせーだね」

 彼女に突っ込まれちゃ、終わりだな。

次回で完結予定です。33の謎は解決するんでしょうか?

うやむやのうちに幕を閉じるんでしょうか?

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