「信長と秀吉」なんて呼ばないで
これがはじめてのお遣いではない。
「やぁやぁ、八つ橋クン。ごくろーごくろぉー」
しわくちゃのスーパーのビニール袋をヘロヘロになりながら、その小娘に手渡す。
ビニール袋からサッと取り出し、八つ橋の紙袋をバリバリ開けると、そのひとつをひょいっと口に銜えた。
「んはぁ、ああぁ、ああぁ、ああぁぁ……か・い・か・ん……」
八つ橋を銜えたまんま、両手を頬に当ててにんまり。
で、どこかで聞いたような科白。
「あのなぁ……ってか、俺は『八つ橋くん』じゃねぇしっ!」
「まぁまぁ。よいではないか、よいではないか」
銜えた八つ橋をまだ口で、にゃむにゃむしながら、俺の頭をぽむぽむっ、と軽く払った。
何だか言い訳しているみたいで厭だが、決して俺は、『パシリ』などではない。
決して。
「毎回毎回、俺に買って来させるな!たまには自分で買って来やがれ、この短髪メガネ!」
「そんな、第一、買って来てもらうからこそ、おいしいんじゃーん!」
そう言ってぱくぱく放り込んでいく。
その顔は、露骨に無愛想な表情で机に肘をついている俺とは対照的に、本当に幸せそうだ。
「はあぁ……」
と、わかっていて溜息をついているこの俺は、なんなのだろうか。
人は何処からやってきて、何処へ向かうのか。人とは何か?
八つ橋女が、「さてと」と言いながら、パンパンと手を払い、組んでいたスラっとした針金のような細い脚を外しながら、座っていた机からぴょんと跳び下りると、「10点ぇーん!」と大きく万歳をした。
振り向きざまに、
「あ。今、パンツ見たでしょ?」
ダンっ!と、俺は勢いよく机を両手で叩きつける。
「見えとらん!!たとえ見えたとしても、見らんわい!」
「……そこまで言わなくてもいいでしょ?別に減るモノでもないんだし……」
「いや、あの。何だかそれは違うと思う」
ふーん、と言わんばかりに急に澄ました顔つきになったかと思うと、ぱっぱっとスカートの皺を手でのばすと、足早に部屋の出口へと彼女は向かう。
まぁ、これもいつものお約束で、どこに行くのか、何しにいくのか、わかってるんだがまぁ、一応。
「しょーこりもなく、今日もですか?」
嫌味たっぷりに俺がそう言うと、彼女は待ってましたと言わんばかりに、クルッと扉を開けながらこっちに振り返り、どや顏で
「そ。だって、それが私達の仕事でしょ?」
と、言い残すと、扉は何も言わないかのように、静かに閉まる。
俺は毎回この時に八つ橋を買いに行って歩いた、というのとは別に、何とも言えない疲労感に襲われるのだ。
暫くして、全館放送のチャイムが館内に響く。
俺も含めて全校の生徒が、部活に汗を流し、時には心置きなく青春を過ごす放課後を、土足で踏みにじるように上がりこんで来る。
その声の主は、意気揚々と部屋を出て行った、あの「八つ橋女」だ。
「……えっ?もう入ってんの?……ん、んっ!あ、あぁ……、えー」
早く言えよ。
「全校生徒の皆さん。こちらは、生徒会です。皆さんがより良い学校生活を過ごせるように、生徒会ではどんな相談でも受け付けております。何でも、ずばぁーっと解決致しますっ!」
ボリュームが最大になっているのか、時々音声がハウリングする。
放送室で力説している姿が、よーく目に浮かぶ。
「あ、それから、えっと。ビバ!放課後ライフっ!!」
……放送終了のチャイムが毎度のこと空しく、無駄に大きな音で全館に響いている。
「どうだった?あたしの麗しい声は虹の彼方まで届いたかしら……」
部屋に戻ってくるなり窓の外の夕陽を眺めつつ、洋画劇場のようなワンシーンを演じている。
「毎回毎回、よく飽きんな」
「ったく、何言ってんの?だってそれが生徒会の一番のツトメでしょ?」
「だぁーれも、なぁーんにも相談に来ねぇじゃねーか。それに、こんな事やってるから定例会議の時でも『だいたい、生徒会は仕事してるんですか』って、毎回キッツい意見が飛び交うんだよっ!」
「そんなこと言ったって、相談自体が来ないんじゃ、しょうがないじゃない!好きな八つ橋を食べるしかないじゃん。」
俺は無言で部屋の隅っこで「ここにいるよ」と、叫んでいる所謂、仕事の山をサッと指差す。
「……あれは、なーんだ?俺も片付けたいけど、誰かさんが手伝ってくれなかったり、毎回毎回毎回毎回誰かさんのお菓子のお遣いのせいで、増えてく一方なんだよっ!」
「それは生徒会の仕事でしょ?で、誰かさんて、誰?」
「お前もそうだろうがっ!それと、お前だよ!!」
「あたしは相談役に徹するのっ!えっへん」
何ですか、その態度。無茶苦茶腹が立つんですが、それは俺だけでしょうか?
「とにかく、ちょっとでもあの山を減らしていかないとだな……」
「はいはい、やればいいんでしょー、ああー、コワイコワイ」
――――教えてください。
紳士というのはこういう場合でも、気持ちをそっと胸にしまっておけるのでしょうか?
そう考えていると、彼女が「ほんじゃ、整理しましょうかねー」と、無手勝流に山のファイルをバッサバッサと放り投げているので、そろそろ本気でシバき回そうかと、腕まくりをした時、扉がカチャと開いてどうにも不安そうに人が入って来る。
「あら?どうしたんですか?」
床にしゃがみ込んで「何か用?忙しいんですけど」と、言わんばかりに首だけを後ろに向けて、彼女は言う。
「なんだ、数学の吉井先生じゃあないですか。間違えて入って来ちゃったんですか?」
俺も多分その時、あからさまに怪訝な顔をしていたに違いない。
わかる?
それほど、ここに人が来るなんてことないんだよ!
「いや、違う違う、相談だよ。相談に乗って欲しくて来たんだよ」
え?マジで?
「いやー、あの……すいません、今いそがし――――」
しかしこの時、これでもかと、両目を闇夜に灯る街灯のハロゲンランプより輝かせたのが約一名。
「ぜ、是非その相談に乗らせていただきますっ!!」
どんな内容なのか全くわからないにもかかわらず、俺の返事に食い気味にかぶせてきて、頭が床に着くんじゃねぇかというぐらいに深々とお辞儀をする「バカ女」がいる。
「このファイルはいつ片付けんだよ!?」
「んなの、後でいいでしょ、後で!……ところで、さっきあたしがお辞儀した時に、どさくさに紛れてパンツ見たでしょ?そうでしょ?」
「馬鹿野郎、見てねーよっ!あのなぁ……そうやってな、仕事をここまでほっかたらかしにしておいたのは、どこのどいつだよっ!」
「はいはい、そんなのしーらなーいっと。やつはしたーべよっと……いいっ、いひゃい、いひゃいよー、にゃにすんにょー!」
「そんな口叩いてるのは、この口か、この口なのかっ!いい加減にしろ、この妖怪八つ橋女がっ!!」
俺たち二人の喧嘩を鎮火できるような消火器を持っていない先生は、ただ「お、おい……き、君たち……」とオロオロするばかり。
「と、とりあえず君たちに見てもらいたいものがあるんだよ。えーと、あ、これなんだけどね……」
先生は慌てて、ジャケットの胸ポケットから何かを取り出す。
それは長年使い込まれた表紙の革が、いい感じに色褪せている手帳で、あるページに紐の栞が挟まっている。
栞のページを開くと、そこはカレンダーになっていて、スケジュールがところどころ書き込まれている。
ほっぺたを俺にぎゅっと引っ張られていた彼女も、それに気付く。
「……『33』ですか?」
ちょうど今日の日付に丸がしてあり、その欄に33と書いてある。
「そう。で、この33が何の事だかさっぱりわからんから困ってるんだ……」
え?
「いやいやいやいや、先生が書いたんでしょ、これ」
「そうなんだけど、うーん……なんだっけなぁー……何か大事な事だったような気がするし……会議の予定でもないし、あぁー……」
――――いるんだよなー、こういう人。
でも、こればっかりはさすがに協力しようにも、どうにもならない……
「まぁ、あれだ。時間もない中で協力してもらうわけだし、お礼は何なりとするつもりだよ」
「じゃ、じゃ、はい!あたし、八つ橋一年分!」
はぁ……と、何度ついたかわからない溜息をしながら俺は重い腰を上げる。
「まあ、わかりました、先生。折角ここに来てもらった訳だし、協力させてもらいますよ。」
「そうかい!いやぁ、助かるよ。やっぱりこういう暗号みたいなのは、若い君らのような力が必要だと思ってね。はははは……」
暗号って、先生。
余裕のない乾いた笑いが、部屋中にこだまする。
そして、自分で放った寒い空気を打ち消すように、咳払いをひとつ小さくする。
「……さて。じゃあまず、どう思う、生徒会長くん」
と、先生は彼女に目を合わせる。
何故かどや顔の彼女。
「せんせぇー、あっしは『副』会長ですぜぃ。確かに会長の器であるのは、あたしですがねー、うりうりー」
何のアピールなのか。
人の上げ足を取ったのがそんなに嬉しいのか、肘で先生をこれでもかと突いている。
先生も先生で、顔を赤くしながら「いやー、すまんすまん」と頭に手をやっている。
何だこれは。漫画か?
まあ、なんだ。彼女が毎日毎日全館放送で相談しに来いだの、突拍子も無いことをいきなり人前でやったりだの、キャラが強烈だから「こっちが生徒会長」と勝手に思われているのが現状である。
彼女が会長の器なのか、茶碗なのかは知らん。
「改めて。俺が生徒会長の神崎。そんで、こいつが副会長の七尾だ」
「そんでもって、改めて。ようこそ!生徒会室へ!」
みなさん、初めまして。
初めてではない方は、こんにちは。逢坂てんまです。
この度、「かんなな・『信長と秀吉』なんて呼ばないで」を最後まで読んでいただき、
感謝感激、雨アラレです。
二人の主人公・神崎くんと七尾ちゃんは、特に七尾ちゃんですが、
書いていくうちに段々どえらいキャラに育っていきました。
それに伴い、神崎くんのツッコミが増していき……
気が付くと、こんな感じに。
てへっ。
まあ正直、
これから、もっともっと変なキャラにしていきたいと思っておる所存です。
この「かんなな」はネタが続く限り、私の脳がオーバーヒートしない限りは続けていきたいと思っておりますので、
みなさんのあたたかい励ましのほど、何卒よろしくお願いいたします。
この小説の半分は「みなさんの優しさ」でできています。
それではまた、次作でお会いしましょう。
ペコリ。