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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-b『頭からキノコが生えて冬人夏草になると仮定したとき、それはそれで楽しい菌生がおくれそうだと夢想する』
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59・マイゴのキノコは、ハラペコキノコ。(6)

「こんなものかな」

 金太郎のような前かけをした奇妙なキノコになってしまったが、見た目は悪くとも傷口を保護する目的は十分に果たせるだろうと、オキシは良しとした。

 怪我の方はできるだけの応急処置はした。次は、食べ物である。体力つけるためにも、何か摂取しなければならないが、キノコの食べるものをオキシは知らなかった。


「何か食べたいものはありますか?」

「おいあ、おいい。ああいおおあお、あおいい」

「落ち葉を食べるのかぁ。赤いものだと、なお良いの? 紅葉かぁ、うーん」

 オキシは紅葉を持っている。しかし、それらは大切なものなのだ。

 キノコからの頼みとはいえ、紅葉にいるであろうまだ見ぬ微生物たちを失うことに、ためらいが生じてしまう。



「赤い葉っぱ、いっぱいあるよね。1袋くらいあげたら?」

「すこし、あげる、あげる!」

 悩んでいるオキシに非情な言葉が投げられる。

 ロゲンハイドと妖精には、紅葉を大切にしているオキシの心情を理解していないので、気軽にそのようなことが言えるのである。


「うー……」

 落ち葉拾いの二袋目は、紅葉を適当に鷲掴んで入れた。その中からならば、出しても精神的な被害は少ない。悩んだ末に、オキシはなるべく綺麗な葉を数枚取り出し、キノコに手渡した。

「葉っぱ、どうぞ」

「あいあおう」

 お礼を言うとキノコは葉を横に置いた。食べるために体勢を変えようと、体を動かすが、怪我の痛みからか、思うような姿勢を取れないでいる。


「……手伝おうか?」

 その言葉は敢然なる善意から出た言葉ではない。

 キノコが落ち葉を食べるところを、間近で、咎められることなく見る、その理由を手に入れたいという、魂胆があった。

「あうあう。あいあおう」

 キノコは落ち葉を再びオキシに手渡した。オキシは、キノコに落ち葉を食べさせる権利を得たのだ。


「ええと、口はどこ?」

 落ち葉を手にするも、肝心の口が見当たらなかった。体のどこかに穴があいているということはなく、傘にも、軸にも、どこを見ても、口といえそうな器官がなかったのだ。


「おおあお」

 きのこは足を指す。人で言う足の指先の辺りの表皮が、不自然に波打った。


「それが、そんなところが、口なのか!」

 キノコに言われるまま、つま先に落ち葉を一枚置いてみる。すると落ち葉の縁に白い糸が現れた。菌糸は葉をみるみるうちに覆いつくしてしまう。

 時間を縮めて見ているような速さで菌糸の動きを観察できることは、オキシにとって衝撃的であった。


「ねぇ、次。次を置いてもいい?」

 葉の上をすばやく這っていく菌糸を、もっともっと、見たいのだ。

 オキシは落ち葉を一枚づつ、キノコの足元へ置いていく。落ち葉は次々に菌糸の中に埋もれていった。


「いいあおああ、あいいぉうう?」

 栄養を補給して少し元気が戻ったのか、弱々しさの取れた声でキノコがしゃべる。

「僕のお腹? ちょっと空いているけれど、大丈夫」

 さきほどロゲンハイドとした会話を聞いていたのだろう。そのことを、キノコは心配していたのだ。


「君がおいしそうに食べているのを見て、僕は満足でお腹が満たされているよ。そんなことよりも……今は僕よりも君の方が大変だろう?」

 観察で腹が満たされるということは本来ならばありえない。しかし、空腹でさえも自然回復してしまうオキシは、もはや観察を糧に生きていると言っても過言ではない状態だ。空腹を感じるのは事実だが、それだけである。オキシは、自身の空腹には無頓着だった。

 今この瞬間も、空腹度は低くなってきている。ものすごく空腹から、少し空腹を感じる程度までになった。もはや意識しなければ気にもならない程度だ。


「いやいやいや、オキィシも何か食べた方がいいよ」

 空腹を放っておこうとするオキシにロゲンハイドは慌てる。魔力回復のためにも、何か食べた方がいいに決まっているのだ。


「おなか、すく。ちから、でない。よくない。いっぱい、くう!」

 妖精もオキシに食事を勧める。空腹状態では今後の移動に支障が出てしまうからだ。

「みず、ぐつぐつ。じゅんびする?」

 緑の砂漠に来る者たちは、乾燥させた食物を持っていることが多い。それらを食べると喉が乾くことを妖精は知っていた。


「お願いしていい? おいらも何か手伝えればいいのだけれど」

 魔法の発現しにくい森では、ロゲンハイドに手伝えることは少ないのだ。

「くさ、えだ、ひろう。てつだう、てつだう」

 妖精はカップや皿を懐から取り出して、並べている。精霊は周辺の草や枝を集めている。


「別に、いいのに……」

 仲よく準備を始める精霊と妖精を見て、少し面倒に思うオキシだった。


「……あえあおうあいい」

 キノコも「食べた方がいい」と、そう言うのだ。

「キノコさんがそう言うなら……仕方ないなぁ、何があったかな」

 オキシは白衣のポケットをまさぐる。

「あ、そういえば、こんなのも作ったけ……」

 ポケットの中にあったもの、それはフリーズドライ製法の練習で作った粉末スープの入った保存瓶である。

 普段から食事もあまり取らないこともあり、処理に困ってしまった代物だ。この機会に少し消費しようと、妖精の用意してくれたカップに1杯分と思う量を適当に入れた。


「お湯入れて」

 妖精はオキシの言うままに沸かした湯をそそいだ。粉は湯に溶けて、縮れていた具材は花開く。紫の葉と、緑の根菜、そして豆と芋。具たくさんのスープが出来上がる。


「カサカサ、スープ、なった! ふしぎ」

 妖精は器の中に浮かぶ具材に興味津々だった。


「飲んでみる?」

 粉末スープはたくさんあるので、分けるのには問題はない。

「のむのむ! カサカサスープ! ほしい、ほしい」

 妖精は飛びついた。自分の器を出し、粉を入れるように催促する。湯を入れスープが出来上がると、冷ますことなく、ほぼ熱湯のスープを飲み干した。

「あつさ、しょっぱさ、ちょっとあまみ……これが、そとのスープ」

 葉根の先端までピッと伸ばし、初めて飲むスープの余韻に浸っている。


「僕はこのスープと……これも食べよう」

 オキシは、ポケットから醗酵食品の塊を出す。

 これは原料である豆をエタノール醗酵、酢酸醗酵と二段階醗酵させた後、乾燥、焙煎という工程を経て、最終的にペースト状にして香辛料と混ぜて固めた物である。その固形物の口どけは滑らかで、濃縮された旨味が溶けて口の中に広がる。

 醗酵食品の中には、形容しがたい味のものもあるが、これは苦みはあるものの風味は悪くはなく、なかなか美味しく頂ける物だった。


「ちょ、それ毒だから、食べちゃダメって言われたやつ」

 ウェンウェンウェム地方の食物らしく、食べると多くの種族が不調を訴えるものなのだ。食べることができるのは妖精と、一部の種族だけ。ほとんどの種族で毒性を発揮するので、毒物扱いとなったその食材は一般的な流通に乗ることはなかったのである。

 オキシはウェンウェンウェム地方の休憩地点(むら)に着いた時に、小さな売店でそれを見つけて購入したのだ。


「僕に毒は効かないの。それに、これ、おいしいのに……毒物扱いなんだよね。じゃあ、いただきます」

 オキシは茶色の棒切れを軽くかじり、小気味よい音を立てて割る。

 砂糖は含んでいないが、甘みのある香辛料のおかげでまろやさと苦みとが両立している、そんな食べ物だった。


「疲れた時はこれに限る」

 このほろ苦の食べ物は、地球で言うところのチョコレートが近いだろうか。地球のチョコレートと同じように、一部の生き物には毒であるのも同じである。しかし、地球のチョコレートとは毒の性質が異なるようで、食した者は体に痺れを感じ、寝こんでしまうものだった。



 それぞれに、簡単な食事を済ませ、キノコの今後を話し合う。

 ここは森の中。そして、これから暗くなっていく。キノコは運良くここに着いてから魔物に出会わなかったが、今後もそうであるとは限らない。この森の中では、いつどこで魔物が現れるかわからないのだ。

 とにかくこの場所から、休める場所まで移動した方がいいことは明らかであった。


「でも、こんな大きいキノコを連れて、宿には入れないよ」

 本音で言えばロゲンハイドは、キノコとはここでお別れしたかった。巨大なキノコはやはり怖いものなのだ。


「確かに」

 事情を知らない休憩地点の警備員を説得するのは骨が折れそうだ。

「でも、このまま、放っておくわけにはいかない。どうしよう」

 いくら思案しようとも、名案は浮かばない。


「いいばしょ、ある。ちかく、ふるいコヤ、ある。そこ、いま、だれもイナイ」

 さすが、森の地理に詳しい妖精。その提案は採用され、その場所へ向かうこととなった。


 妖精はキノコを抱えての移動だったが、森を移動する速度に変化はない。道なき道を歩くこと数十分。廃棄された集落に着いた。

 目的地に着いたはいいものの、あまりゆっくりはしていられない。着いたばかりだが、ゆっくりしていると夜までに休憩地点に帰れなくなってしまう。キノコに事情を話し、明日再び来ることを約束する。そして、惜しみながらもキノコを森の家に残し、オキシは休憩地点へ戻ったのであった。

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