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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-b『頭からキノコが生えて冬人夏草になると仮定したとき、それはそれで楽しい菌生がおくれそうだと夢想する』
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57・マイゴのキノコは、ハラペコキノコ。(4)

 ことの発端は、妖精がそれに気がついたことであった。


 気に入った状態の紅葉を二袋分ほど拾い終わり、休憩地点へ向けて歩いていた時のことである。辺りを警戒していた妖精が歩みを止めたのだ。


「こんなところで、ニョキリ、ねている。めずらしい」

 最初に気がついたのは、もちろん妖精だ。

「ニョキリ?」

 オキシは妖精たちが言うニョキリの姿が見つけられなかった。妖精の視線から、茂みの奥にそれがいるであろうことは分かったのだが、真上の木を走りぬける小動物でさえ察知できないオキシには、何かがいることさえ分からなかったのだ。


「ニョキリって、何?」

 それは何かとオキシは妖精に尋ねる。

「動くにょきにょき(キノコ)

「動く、キノコ?」

 動くキノコと言えば、確か『ウェンウェンウェム地方の基礎知識』の本にも書いてあった。本に記された数少ないキノコ情報であり、奇抜でもあったため、オキシは覚えていた。

 キノコは大きさこそ目で見える生物であるが、微生物好きにとって、キノコを始めとした菌類もまた愛でる対象なのだ。

 動いているとわかる速さで動くとあっては、ぜひとも観察をしてみたいと思っていたのである。

 オキシは鞄から本を取り出し、該当のページを探す。気になる生物が載っている頁には、紙の切れ端を挟んでいるので、比較的楽に見つけることができるのだ。


「あった、これだ」

 オキシは挟んであった紙を引き抜き、それに書き込んであった文字に目を走らせる。紙の切れ端に日本語訳を書き、該当の頁に挟んでいたのだ。


『巨大なキノコが動いている姿は恐ろしく思うかもしれないが、気性は非常におとなしい。遭遇しても、慌てず騒がず立ち去れば、彼らは襲ってくることはない。しかし、おとなしいからといって、舐めてかかると痛い目を見ることになる。彼らも森に生きる動物であることを忘れてはならない。よほどのことがない限り、敵対しないほうがいいだろう』


「ふむ。そのニョキリは、大きいって言うけれど、どれくらい大きい? 色は? 足はどんな形? どんなふうに動く? 速度は? 頻度は? 何を食べているの? どうやって繁殖するの? やっぱり胞子で? 子供のうちから育てれば、ヒトになつく? 僕でも飼える? 主にどんな環境を好んで住んでいるの? それから……」

 簡易的に書かれた本の知識では、分からないことは多い。オキシは青の妖精に詰め寄り、矢継ぎ早に質問する。瞳がきらきらと好奇心で満ちているのが、誰の目にも明らかだった。興味がある話題になると、早口になってしまうのはオキシの悪い癖だ。


「すごく大きい。りっぱ。……ゆらゆら、ひょんひょん、すごく、うごく。あぁ! もう! もっと、ゆっくり、はなす。おちついて。おちついて。はやい、はやい」

 オキシに捕まった妖精は、次から次に飛んでくる質問にたじろいでいる。さすがの妖精も、スイッチの入ったオキシには勝てないようだ。


「そ、それって、やっぱり魔物?」

 動かない小さなキノコでさえ不気味なものであるのに、大きくて動くとなればそれは恐怖だった。ロゲンハイドは慄いた。


「ちょっとチガウ。つよいけれど、キケンない、おだやかなイキモノ」

 オキシに対応しきれない妖精は回答を放棄しし、ロゲンハイドの呟いた疑問に答えた。


「いつも、もっとおくにいる。こんなところには、いない。ここにいる。めずらしい」

 ニョキリは森の奥ではよく見かけ、森を知る者には馴染みのある生き物である。そして、魔物とは異なり、大地を汚染することはない。森の奥でひっそりと暮らしていることもあり、討伐の対象となることは殆どないといっても良い。



「あそぶ。いのちがけ。つよい。それが、また、イイ。おもしろい、おもしろい」

 妖精たちはよくあのキノコと「遊んで」いるらしい。



「ニョキリを見てみたいけれど、ダメ?」

 大きな動くキノコの実物を見ることができるなら、是非とも見てみたいと、非常に思うのだ。


「みるだけ、いい。こっち、よくみえる」

 妖精は茂みに分け入り、草を押し倒して小さな獣道を作る。オキシは妖精の作った道をかき分けて、数歩ほど茂みの中を進んだ。


「あそこ、いる。あれ、あれ」

 妖精の葉根が指示す先、木の根本に寄りかかるように生えている巨大なキノコがあった。

 傘は大きく開いておらず、釣鐘に近い形をしていた。傘には散りばめられた紫褐色の鱗片、傘からすらりと伸びる白い軸、丸みを帯びた石づき。確かに巨大なキノコが一本そこにはあった。


「おお。本当に大きなキノコだ。動いていないのは残念だな。動くところが是非とも見たかったのに。……あれ? 今、少し動いた?」

 気配をまったく隠せないオキシが近づいたことにより、キノコの警戒網に引っ掛かったのだろうか、つばの下にあった縦の切れ込みが開いた。瞬くこと数回、丸い大きな単眼はオキシを捉え、視線が合った。


「あうええ〜」

 キノコから小さな音が、カサリと漏れた。


「おお、しゃべった……。なんか『助けて〜』って言っているけれど、どうしたんだろう?」

 キノコに眼があり、しかも言葉を話しているあたり、さすが地球とは生態系が異なっている世界だ。やはり普通のキノコではなかった。


「おいらには『あうえ〜』って、おぞましいうめき声にしか聞こえないよ……って、ちょっと待ってオキィシ! 落ち着いて」

 オキシは行動を起こそうと、一歩踏み出していたのだ。

「キノコはダメだよ、危険だよ。……ううあ、目がこっち向いている。危険だよ、行くの駄目!」

 ロゲンハイドは、体を伸ばしてオキシの足をつかみ、必死に引きとめる。


「助け求めてるのに、だめなの?」

 キノコが苦手なロゲンハイドに止められるのは理解できる。しかし、妖精もまったく動こうとしないので、オキシは可能性を考える。

「……あ、もしかして、あれは罠? 近づいた者をガブリとする?」

 普段はおとなしいが、空腹時にだけ言葉に誘われて近づいた者を食べる習性があったら困る。もしもそうであったのならば、いくらキノコの頼みとはいえ、安易に近づくわけにはいかない。


「がぶり? それは、ない。ニョキリ、いきもの、たべない」

 残念ながら、そういう習性はないらしい。

「なら、なんで?」

「うーん」

 妖精の様子は、いまいち煮え切らない。


「あい、いあい、いあい。あおおい、あいあえあ」

 キノコは苦痛の声をあげている。

「足が痛い? その足、魔物にかじられたの? だ、大丈夫?」

 足と言えるのか分からないが、キノコが「足」と言っているのだからそれは足なのだろう。キノコのたった一本の足、石づきの少し上のあたりが周りと色が異なっている。おそらく、そこが怪我をした場所なのだろう。


「あうええ? うおえあうえ、おあっえいう……。えあ、いあい。うおえあうあっえ……おああういあ」

 怪我の痛みがひどくなり、ここを動けなくなって数日、ろくな食事もしていないようだ。

 キノコは傘を揺らし、懇願している。



「怪我で動けなくて、お腹を減らして困っているキノコに、あんなに助けてってお願いされたら……僕は断りたくない」

 今すぐに命が失われるというほどの緊急性はないが、ここに放っておいたら数日中には間違いなく死んでしまうだろう。



「うー、わからない。……ことば、わかる? ニョキリ、ことばナイ。しゃべらない。へんな、おと、だすだけ。ことばない。きいたことない。ことば、わからない」

 妖精は彼ら特有のネットワークを通じて、仲間と語り合っている。お互いの情報を確認し合うものの、誰もニョキリの言葉を知るものはなかったようだ。


「オキィシは、このキノコの言葉分かるの?」

 ロゲンハイドは、オキシのおかしな言動に戸惑いを隠せない。ロゲンハイドの常識ではキノコが言葉を解するはずはないのである。

 先ほどからキノコの唸り声を聞いては、わけの分からない事を言っているオキシにロゲンハイドは尋ねる。


「え? ちょっとかすれ声で、聞き取り辛いけれど、しゃべっているよ? このキノコさんは」

 オキシの耳にはキノコの声が、言葉が、確かに届いていた。


「おいらには、このキノコが何を言っているのかさっぱりなんだよ。『あーう。あーう』ってかすれた音で唸っているようにしか聞こえないんだ」

 その音が、ますますキノコの不気味さを増し、恐怖を誘うのだが。


「え、そうなの?」

 ロゲンの告白に目を見開くオキシ。キノコが普通に話しているので、皆も同じように聞こえているのかと思っていた。


「……おおあおいいおお、いうおおあ、ああああい」

 力を振り絞るように、オキシに伝えるキノコ。

「え、キノコさんも、そうなの?」

「あい」

 キノコは傘を揺らし、肯定する。


「そのキノコは、何って言っているの?」

 オキシがキノコと意思疎通をできているのは、二人の様子を見ても確実だろう。


「このキノコさんは、ロゲンの言っている言葉が分からないんだって……」

 オキシには、このキノコは「この青い人の、言う言葉、分からない」と、聞こえていた。


「キノコはオキィシの言葉だけ、分かるの?」

「そうなのかも……。僕の言葉だけ……?」

 オキシには、この現象に思い当たることがひとつだけあった。間違いなく、神にもらった「ヒト」と話す能力のせいだ。現地のヒトと意思疎通できる能力を神に貰った。そのせいだろう。

 オキシにはヒトの言語はすべて日本語に聞こえ、オキシの言葉は彼らにはそれぞれの母語に聞こえるのだろう。

 神が設定したヒトの定義は分からないが、少なくともあのキノコは、ヒトということになる。


「あのキノコ、助けよう?」

 言葉を解することに加え、危険がないとなれば、友好的な関係を築くことができる可能性もある。オキシはキノコ人ともいえる種族と知り合いになりたいという利己的な理由のために、あのキノコを助けたいと思うのだ。


「た、助けるの? キノコなのに? 怖いから、やめようよ」

 キノコを救いたいと思うオキシの感覚は、ロゲンハイドにはよく分からない。相手がキノコだからだろうか。これが他の野生動物であったなら、オキシは気に止めても、放っておくだろう。


 キノコが恐ろしいロゲンハイドは反対するが、妖精の反応は逆であった。

「よし。ニョキリ、いたいいたい。なおそう。おもしろい、いこう」

 妖精は好奇心が旺盛である。妖精にとっての遊び相手、それでいて、彼らにとっても未知の生物と交流を図る。気にならないはずはない。


 妖精の賛同を得たオキシは、キノコに近づいた。


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