54・マイゴのキノコは、ハラペコキノコ。(1)
見上げれば空はほのかに暁光に染まっている。葉々の隙間から漏れる陽光の柱は風にゆらぎ、地上に生えた草々をなでていた。
朝の気配を残した光は黄色に輝いて、小道のすぐ横を流れる小川の水面で乱反射している。その光は、歩くのと同じ速度で表面を併走していた。
「やっぱり、こういう湿気の多い森の空気は良いね。大気中に漂う子も、土や落ち葉、木の陰に住む子たちも良い。楽園だ。ここに住みたい」
自然と漏れだす感嘆の溜息。
道は苔で覆われ、白く細長い菌や紫色が鮮やかな変形菌が、深い緑の世界に彩りを添えているのだ。
「昨日とまったく同じこと言ってる……」
微生物に価値を見いだすことができないロゲンハイドは呆れ顔だ。
「おお、これは良い感じの倒木だ」
朽ちかけた倒木は、オキシにとって、ダンジョンに配置された宝箱に等しい。そこを覗けば木を分解しようとする無数の生物たちの日常に触れることができるからだ。
「それ、もってく?」
背後にいた妖精が葉根の葉を一枚一枚ゆさゆさとさせながら構える。妖精にかかれば、倒木の一本や二本運ぶことなど、何の障害にもならないのだ。
「いや、置き場所に困るし」
欲しいと思ったものすべてを持ち帰ることなど、不可能と分かっている。捨て置くのはおしいが、そうする他にないのも事実なのだ。
「でも折角だから、ちょっとだけ貰っておこう」
おもしろい微生物は、いつどこで出会うかわからないのだ。
オキシは妖精に頼み倒木を転がしてもらう。オキシの力では転がすことも出来ない長さがあるのだ。
妖精の働きにより、地面に接していた部分が露わになる。多くの場合、土側の方が微生物の繁殖が良いのだ。オキシは木を眺め、気に入った部分をナイフではぎとる。
「どこも おなじ みえるのにー」
「すごく こだわってる!」
「なに、つかう?」
「わからなーい」
妖精たちはオキシの奇妙な行動に興味津々だ。物理的な邪魔はしないものの、一挙手一投足を見逃すまいと注視していた。
「はいはい、早く移動しよう」
脱線する者たちを呼び戻すのはロゲンハイドの役割だ。
「おお、そうだ、そうだ。いかなくちゃ」
「でも、いどうも、いいけど。そろそろ、つかれてなーい?」
「きゅうけい、ほしい?」
人を迷わせ惑わす妖精だが、案内人としての仕事はきちんとこなす。森を進むことは慣れない者には過酷であることは知っている。多すぎず少なすぎずな頻度で、休憩を提案することもまた仕事なのだ。
「休憩? いや、まだ大丈夫」
オキシは自身が持つ特殊能力により、険しい道を歩き続けても、疲労で動けなくなることはない。疲れは感じても、体が休息を求めたり、体調不良になることだけはないので延々と進み続けることができる。非常に冒険家向きの特殊能力があるのだ。
「むり、きんもつー」
「でも、まだまだ、へいきそう」
「まだ、いけそう」
「だね」
「いがいと、タフだー」
妖精は人を観察することに長けている。無理をしているかどうかなど、雰囲気で分かってしまうのだ。
絡んだ草やちょっとした木の根に足を取られるなど、森歩きは素人であることが丸だしであったが、休憩を求めず、移動速度も落ちないオキシを見て、妖精たちは密かに尊敬していたのだった。