51・燃えるように紅葉した木に対する、日本人と異世界人との感性の違い。(3)
「そこの妖精は、何をしに来たのさ!」
葉根に夢中なオキシは放っておいくとして、妖精には文句の一つも言わなければ気がすまなかった。
「おこらない、おこらない。あかいの、コワイ、きいた。イイこと、おもいついた! じっこう、しただけ。じっこう、しただけ」
落ち葉が嫌いという情報を得たので、これだといたずらを思いついたのだ。
「まさか、いたずらをしにきただけなの?」
妖精という種の特性を考えると、十分にありうる話なのだ。
「いやいや、ソレ、ついで。ようじ、ある。おしえてほしい、ある」
そう言って妖精は懐から乾燥したキノコを取り出した。オキシが妖精の集落にある洞窟においてきたキノコのひとつである。
「コノにょきにょき、すごく、かさかさ。どーやって、した?」
青い妖精がオキシに目をつけた理由はそれだった。それを知るために、ずっと後をつけていたのだ。
「もちろん、タダ、もらわない。こーかん、する。ココのちかく、すぐした、あかいの、ある。そこ、いく。あかいの、ひろう。たくさん、できる」
「ん、何?」
葉根の観察をしていたはずのオキシが反応する。オキシにとって、聞き逃してはならない単語が聞こえたのだ。
「あかいの、ひろう、いこう? キケン、ない。ぜんぶ、やっつけた。ソコ、あんない、する。ちゃんと、ごえい、する。だから、にょきにょき、かさかさ、なった、ひみつと、こーかん、して」
妖精の集落や休憩地点に近い場所で紅葉が見つかった場合、その場所に巣くっている魔は、妖精たちの手によってすぐに退治される。そのため、今は紅葉はしているものの魔物がいないのだ。
しかも、最近のことなので植物の葉が生え変わっておらず、紅葉が取り放題であることも、情報として付け加えた。
「おお、いいね。のった!」
森を知り尽くしている妖精と行くのなら、危険度はぐっとさがるだろう。妖精の申し出は、何をおいても優先したいほどに魅力的だった。
思いかけず訪れた、紅葉を手に入れられるチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「ちょっと、ちょっと!」
即答するオキシにロゲンハイドは待ったをかけるが、これをすると決意したオキシは止まらない。妖精もその勢いを殺さぬよう、間を置かずに提案を切り出す。
「いますぐ、いく?」
「行く行く」
「じゃあ、コレ、使う?」
妖精の手には縄があった。何の変哲もないように見える縄だったが、もちろん普通の縄であるはずがない。
「その縄はまさか」
青い色の妖精が持っていると言うだけで、その縄に対しては思うところがあった。
「まほーのヤツ」
「やっぱり」
魔法の縄、正直、あまり良い思い出のない品だ。しかし、ここでその縄を提示したということは、それを使って崖下へ降りるということなのだろう。容易に想像できた。
「ここから、降りるの?」
「おりると、すぐ。おりないと、とおまわり、まわりみち。ひとつ、よる、すごすかも」
どうやら開拓された道を使って崖下へ行こうとすると、目的の場所まではそこそこ時間がかかってしまうらしい。
「なら仕方ない。紅葉のためだ、ここから降りて行こう!」
紅葉にいる微生物のためならば、急な崖下りもこなしてみせよう、と腹をくくる。
決意を決めたオキシを見て、妖精は縄を構える。
「じゃ、はじめる」
そう言うとその魔法の縄を崖の下へ投げる。そうすると、縄は自動的に柵に結びつき、梯子状に編まれながら落ちていく。縄にそう形つくるように命令していたらしい。
投げ出された縄梯子は風に揺れることなくしっかりと、崖下の地面までの道を作り出していた。さすが魔法の品である。
「じゅんび、できた。いこう、いこう」
妖精は葉根を使い、オキシをやさしく促した。オキシはされるがままに、縄梯子の結びついた柵の前まで来た。
「みずいろも。はやく、くる!」
ロゲンハイドに視線を向け、妖精は言う。
「お、おいらは……ここで待っているよ」
正直な話、紅葉しているという不気味な場所へ行きたくはなかったのだ。
無論、緑の砂漠へ来た時点で、そういう場所に行くであろうことは覚悟をしていたのだが、今回のことは急な話であり、心の準備ができていなかったことも大きい。そうでなければ、契約者の守護を他人に任せるなど、するはずはない。それは、滅多に起きない数少ない事例であった。
「ロゲンは留守番か」
「うん、うん。ここで待っているよ」
魔物の気配察知くらしかできない自分が行かなくとも良いと思ったのだ。妖精がいるのならば、森の危険への対処は問題はない。森に生きる民というだけあり、護衛の腕は確かだ。
妖精は行動には問題があるが、取引がなされた以上、よほどのことが起きない限り内容を違えることはない。そういった点だけは、契約を重んじる精霊と似た民族性を持つ種族なのだ。
安心はできないが、安全ではある。その点だけは、ロゲンハイドも信用していた。さらに言えば、行かないと言う選択肢があるのならば、それを選びたかったというのもある。
しかし、それを妖精は許すはずがなかった。
「だめ。みんな、いく。の!」
妖精は動こうとしない精霊を葉根で捕らえて、ひょいと崖下へ飛び降りた。葉根をもつ妖精にとって、その程度の高さは障害とならないのだ。
「ぎゃああぁ」
悲鳴が落下していく。
「あ、待って」
ひとり、見晴台に残されたオキシは、追いかけなくてはと、柵に手をかけた。
柵を乗り越え、慎重に縄梯子に足をかけたところで、ふと動作が止まる。オキシはそこで動けなくなってしまった。見てしまったのだ、下を。
崖はそこそこな高さがある。三階や四階の高さ程度であれば何も思うことはないのだが、その倍以上の高さともなると、自然と恐怖が湧きおこっても仕方のないことだろう。命綱もない状態では、なおさらだ。
「……どうしよう。想像以上に怖い」
微生物のためならば何でもできると豪語していようとも、根本的には何の訓練も受けていない一般人である。地に足をつけ生きる生命体としての、高い場所に身を置くことによって湧きおこる本能的な恐怖は簡単に消えるものではない。
「おりられない? てつだう、てつだう」
もたもたしてるオキシを見かねた妖精は葉根をオキシの胴体に巻きつけた。
「え、ちょっと待って」
心の準備をする間もなく、オキシは妖精とともに崖の下へ落ちていくこととなった。
オキシは悲鳴こそあげなかったが、垂直方向に稼働する絶叫マシーンに乗ったごとく勢いよく降りたので、地面に着いてもしばらく膝が震えて、立ち上がれそうになかったのはいうまでもない。
「このていどで、ナサケない」
その場に崩れ落ちている二人を見て、ひとり元気な妖精はケタケタとせせら笑うのだった。