50・燃えるように紅葉した木に対する、日本人と異世界人との感性の違い。(2)
最初にその異変に気がついたのはロゲンハイドだった。紅葉が落ちてきた、それはつまりこの近くに魔に犯された木が存在するという可能性である。ロゲンハイドは落ちてきた紅葉に恐怖し、思わず葉から遠ざかるように跳びのいた。
――その跳びのいた先、滑りこむように網がしゅるりと入り込む。そして、網はロゲンハイドを捕らえ、上へと引きあがったのだ。
「うわぁっ!」
ロゲンハイドはあっという間に姿を消してしまった。
落ち葉が落ちてきたことにさえ気がついていなかったオキシは、一体何が起きたか分からず茫然と見上げた。
枝と枝の間に揺れる網が見えたが、一体何がどうなって、そのような事態になったのか、理解するには至らなかった。
突然に起こった出来事に対応できず立ち尽くしていると、木々の合間から青い草の塊がカサリと落ちてきた。
「やった、やった。ひっかかった」
草の塊からふんわりと四本の葉根が開き、見覚えのある造形になる。
「カラダ、はったかい、ある」
青い葉根の一部分が赤く染まっており、数枚分抜け落ちたような隙間ができていた。
妖精はその体色を好きに変化できる。一部分のみの変化程度であれば、ものの数分のうちに成すことが可能なのである。
普段は各々が好きな色で過ごしているが、いたづらや狩りなどの有事の際は環境に合わせた色彩に変化し、対象を翻弄するのだ。
「妖精だ」
オキシはようやく事態が飲みこめ、苦笑いがその顔に浮かぶ。妖精のいたずらに巻き込まれたのだと、理解してしまったのだ。
「これを紅葉に見立てたのか」
足元を見れば確かに赤い葉のようなものが落ちていた。ロゲンハイドはこれを見て驚いてしまったのだろう。
オキシは葉根を拾い上げる。本物の紅葉ではないが折角なので、葉根をもらっておくことにした。
「これが妖精の葉根か」
葉根は形こそ楕円形の葉に似せているが、よくよく観察してみると一枚の葉ではない。細かな毛のような葉が並んで、木の葉の形に似せているのが分かった。そして、やはりというのか、それらの合間に彼らはいた。それを見つけてしまったのだ。妖精の葉根に住むものを見つけ、オキシはすっかりロゲンハイドの存在を忘れてしまった。
「うううう、ひどいよ」
体の一部を使ってまでして、いたずらを決行する妖精も妖精だが、葉根に夢中になっているオキシもなかなかなものである。
外部からの助けを諦めたロゲンハイドは滴るように網の目から落ちはじめる。水の性質を生かした不定形ならではの業だ。
ロゲンハイドは地上に溜まり、元の三本足の形態に戻る。
「スリヌケとは。ううむ、やるな!」
難もなく網目から逃れた様子を見て、妖精はロゲンハイドに対しての評価を改める。
先の洞窟ではキセノンにくっついてるだけで、基本的には何もしていなかったことは、妖精たち皆が知るところだった。
「うんうん、イイネ。すばらしい」
オキシと妖精の声が重なる。
微生物を見つけてオキシは、そして、見事な罠抜けを見た妖精は、満足したのだった。