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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-b『頭からキノコが生えて冬人夏草になると仮定したとき、それはそれで楽しい菌生がおくれそうだと夢想する』
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49・燃えるように紅葉した木に対する、日本人と異世界人との感性の違い。(1)

 緑の砂漠入り口の休憩地点(むら)は高台にある。より正確に言えば、緑の砂漠と呼ばれる土地が盆地のように窪んだ低い土地の中にあり、盆地を囲うようにできた小山の上に休憩地点が作られた形になっている。

 そのような地形を生かすように見晴台は崖に突き出すように作られていた。木々に遮られることなく、緑の砂漠を遠くまでよく見通せる。


 眼下に広がる盆地は広大だ。日本では、この規模の森林はお目にかかれないだろう。

 深緑をまとう葉が風に揺れて、見せる波の音。押し寄せるさざめきの中にある、人というあまりにも小さい存在。圧倒的な自然界の眺望を前に、出るのは感嘆の溜息。それを正しく示す言葉をオキシは持っていなかった。


「すごいねえ。こんな大自然、僕は見たことがない」

 転落防止の柵に手をかけ、広がる景色を見下ろした。


「単に木々が集まっただけの場所なんて、何がいいのだろう。似たような場所はいくらでもあるのに」

 もっと近場で、ここよりもずっと過ごしやすい地に、似たような風景はいくらでもあるのだ。


「そんなこと言わないで。せっかく来たんだから、楽しもう」

「そうは言っても……」

 取り立てて珍しいものではない景色を、わざわざ苦労してまで見る価値があるとは、到底思えなかった。


「珍しいといえば……ほら、あそこの崖の模様。不思議な感じに削れている」

 草花の合間に露出する黄土色と褐色の岩盤を見れば、細かい傷や割れ目が放射状の模様に広がっていた。


「岩の模様なんて、そんな細かいところによく目が行くね」

「盆地って平野とは異なる気候だし、ああいう絶壁では、どんな微生物が生活しているんだろうって、気になる」

「やっぱりそうくるか」

「あの岩の溝には、草原にはない夢が詰まっているに違いない」

 オキシの関心の向かう先、それは微生物の存在なのである。


 もしも、オキシが微生物だけではなく、地質について関心を寄せていたのならば、もっと深く地質について詳しい知識があったのならば、その特徴的な地層を見つけた時点で、ある事柄が推測できたであろう。

 さらに言えば、土中に生息する微生物だけではなく、少しでも土の構成にまで目を向けていたのならば、石英に形成された面状微細変形組織(PDFs)を見いだすことができ、さらに確信を得る証拠となりえたはずだ。


 地層に刻まれた傷跡(シャッターコーン)、衝撃変成石英、これらの証拠を合わせ、導き出されること。その道の専門家であったのなら、間違いなくそう仮定できただろうこと。



 ――この盆地は巨大な隕石孔(クレーター)ではないのか、と――



 しかし、理系とはいえ地質方面に関して明るくないオキシは、何も疑問に思うことなく「そういう模様に削れた地層」という印象で終わってしまった。オキシがその盆地にまつわる事実を知るのは、まだ先のことである。



 地層についての感想はそこそこに、話題は次の対象へと移る。


「あ、あそこ。紅葉が真っ赤できれいだね。あんな見事な赤は見たことがない」

 盆地を満たす木々を見てみれば、ところどころ紅葉している場所が目についた。目を凝らせばそれはもう、いずれも見事なまでに燃えるように真っ赤な色で染まっていた。

 記憶の中にあるそれと比べても、一位二位を争う鮮やかな赤い色の葉を目にして、思わず称賛の言葉が出る。


「……え?」

 ロゲンハイド、あり得ない言葉を聞いたかのように、聞き間違いでないかと疑うように聞きかえす。


「え?」

 オキシは何か変なことを言ったかと、首傾げ理由を問う。


「赤い葉がきれいって聞こえたけれど」

「うん、そう言ったよ。きれい、だよね?」

 何をそんなに聞き返す必要があるのかと、疑問に思い始める。


「……赤い葉なんて、不気味なだけだよ」

「不気味?」

「木は緑なのが一番だよ。赤いのなんて、気持ち悪いよ」

 植物は青々と茂ってこそ、健康で元気な証拠である。時が来れば色素が抜けて灰緑色にはなるものの、基本的に色相が大きく色が変化することはない。

 赤く変質するということは木を取り巻く環境に何らかの問題が起こったということなのだ。それは多くの場合、魔物が巣くってしまったことが原因である。

 紅葉は魔物の存在を示す一種の危険信号なのである。そのため紅葉に対して綺麗や美しいといった正の感情を伴うことは、ほとんど無いと言ってもよい。


「これが文化の違いってやつか。生態の違いによって生まれる感性の地域差は、なかなかに不思議だ」

「おいらはオキィシのその感性が不思議だよ」

「ロゲンにしてみれば、そうなるよね。この地域では常緑性の植物が主流だとは知らなかった。……ということは、紅葉狩りの習慣なさそうだな」

 紅葉に対し良い感情がないのならば、そのような風習は生まれないだろう。


「その恐ろしい響きの、何? 木に巣くった魔物でも狩るの?」

「狩りといっても、紅葉を見るだけだよ。僕の国の行楽のひとつ。見るだけではなくて、記念に落ち葉を拾ったりもして楽しむんだ。むしろ、僕は落ち葉をよく拾っていた」

 もちろん押し花にして、思い出として保管していたのではない。葉が分解される様子、つまり、微生物の活動を観察するためである。


「機会があれば、あの赤い落ち葉も拾いたいな」

 もしかすると赤く変化した葉には、普通の枯れ葉では見られない微生物もいるかもしれないのだ。

 森を探索することになれば、点在する紅葉の近くを通ることもあるだろう。その時は、是非とも何枚か紅葉を採集したいものだと、オキシは決意する。


「ちょっと、やめて~」

 紅葉を拾いにいくなど、正気の沙汰ではない。紅葉しているということは、その原因となる魔物の巣が近くにある可能性が高いのだ。

 ロゲンハイドは魔の気配が濃い場所へ足を運びたくはなかった。


「拾う機会があれば、だよ。それに落ち葉だったら、誰かに拾ってきてもらうでもいいな。今度、依頼出してみようかな」

 自分で拾いに行く場合はその場で厳選できるというメリットはあるが、この地域において紅葉する場所は性質上、魔物と遭遇しやすいデメリットがある。そう考えると、採集のプロに取ってきてもらう方が安全性が高い。

 危険地帯の採集依頼は安くはないが、破魔草のような珍しいものを頼むわけではないので、そこそこな値段を払えば可能であろう。

 紅葉を一袋も持ってきてもらえれば、上々。たとえ日数が経ち、葉の分解が進んでぼろぼろで状態が悪いと称されそうな具合になっても、それはそれで良いのだ。オキシにとっては何も困ることはないのである。


「依頼でもいいんだ……。なら、こんなところにわざわざ来なくても、最初からそういう採取の依頼を出せばよかったんじゃ?」

 戦う技量を持たないオキシが、危険を冒してまで森に入り採取をする理由はないのだ。


「採集の依頼を出すにしても、僕自身が、森に何があるのか知らないと出せないよ。変なもの、おもしろそうなもの持ってきてだけの情報では、さすがに大雑把すぎてダメでしょう。何があるのか、自分の目でも確かめないと」

 自身がほしいものは、他人には理解できない。そこらへんの自覚はある。だから、なおさら自分の目で、この森にはどんなものがあるのか、確かめなければならないのだ。


「あー、確かにそうだね」

 ロゲンハイドは納得してしまう。


「それに自分で見つける楽しみってやつも、あるしね」

「ウェンウェンウェム地方じゃなければ、おいらも純粋に旅を楽しめるのに」

「次は留守番してても良いんだよ?」

「そうはいかないよ。オキィシが何をしでかすか、心配なんだよ」

「ははは……」


 そんな、たわいもない雑談をしているオキシとロゲンハイドは気がづいていなかった。二人がいる見晴台に異変が起きていることに。気配に敏感なはずの精霊であっても、気づくことができないほどの微々たる変化が、二人の頭上で起きていた。

 青々と風に揺れている植物の一部が突如として赤く赤く変化しだしたのだ。

 そして、赤く染まった葉は不自然に揺れ、数枚が地上へと舞い落ちた。


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