46・そして、いつものように夜を過ごし、気がついた時には、空は明るんでいるのだろう。(1)
緑の森入り口の休憩地点に着いたのは、もうすぐ日も沈もうという頃だった。
道中、何匹か魔物と遭遇したものの、それ以外は事件もなく旅は順調に進み、二日ほどかけて、その地へ着いた。
「オキシは宿に泊まるのか?」
下車の準備をするオキシにキセノンは話かける。
「うん、今日から宿だよ」
オキシはキセノンの問いに肯定を返す。
休憩地点で夜を明かす時、乗客のほとんどは宿泊施設を利用する。狭い車内よりは居心地がいいからだ。
ちなみにオキシは節約のため、これまでの休憩地点では宿には行かず、野宿組に参加していた。しかし、目的地についた今、乗客ではないオキシは車内で夜を明かすわけにはいかないのだ。
「帰りは五日後の便か?」
「そう、その予定」
次の定期便がこの休憩地点へ来るのは、約五日後。終点まで行って折り返してくるのにそれくらいかかるのだ。オキシは五日後に定期便が来るまで、緑の砂漠の情報を集める予定だった。
「その時は、またよろしく」
オキシは軽く頭を下げる。
「あ、そうか。帰りも一緒になるんだね」
オキシの言葉を聞き、ロゲンハイドはそのことに気がついた。
折り返してくる、ということはつまり、その定期便を護衛しているキセノンと一緒になるということなのだ。
「緑の砂漠なんかで何をするのかは知らないが、無茶だけはするな」
「分かっている。不慣れな土地で、無謀なことはしない、しない」
耳が痛くなるような小言を言われなくとも、情報不足のこの状態で森の奥地への探索は時期尚早と、オキシは分かっていた。
人の住む場所とは勝手異なる大自然、その怖さは知っている。オキシは、研究者という一見インドアな人種に見えて、アウトドアな泊まり掛けの野外調査の経験が、何度もある。
場所は危険の比較的少ない里山だったとはいえ、油断は命に関わる。舗装のない道では、誤れば滑って崖下へ落ち怪我をしてしまう危険がある。熊や蜂、毒蛇などの危険生物が身近に闊歩している危険がある。方向を見失い、遭難してしまう危険もある。自然と対する時、何かが起これば人ができることはあまりにも少ないのだ。
(適当に突き進んで魔物に襲われるのも、遭難するのも、さすがに嫌だし)
食糧不要、病気や怪我をしてもすぐ治る、調査する者にとって最高な能力を持っているとはいえ――能力を過信して遭難も恐れず闇雲に調査を強行しても、望んだものが見つけられるとは限らない。
計画無き調査は、時間を無駄に浪費するだけ。この森に住む魅力的な微生物たちを観察するためにも、どのような環境なのか下見をし、不足な物や問題点を洗い出すことは、大切なことなのだ。
「もしも、万が一、緑の砂漠へ入ると思うなら……、宿で妖精の案内人を斡旋してもらえる」
宿には組合ほどではないが、簡易的な相談所がある。そこで求めれば、案内好きな妖精や暇を持て余している妖精が名乗り出る。気ままである事は問題だが、それを差し引いても、魔物に対処でき、森を知り尽くしているという点で彼らは有能なのだ。
「分かった」
日本にいた時も調査のために山や森へ入る時は、必ず現地に詳しい人を連れて調査したものだ。一学生であるオキシはまだまだ経験も知識も半人前、しかも危険度が高いウェンウェンウェム地方の森においては案内人がいるに越したことはない。
(下見ついでに、妖精に生の声を聞いてみるのも良いかも……いや、でも)
あの妖精の相手に有益な会話ができる自信はオキシにはかった。
「あんな妖精だけれど……案内は大事なことは分かっている」
「本当に分かっているのか不安だが……」
オキシの「わかっている」や「理解している」という発言は、いまいち信用ならず不安しか残らない。
「おいらもしっかり見張る。危ないところ行こうとしたら、絡み付いてでも止めるよ。絶対に!」
ここは町や草原とは異なる。普段はオキシのわがままに少し甘く対応していたが、この危険な森の中では心を鬼にしなくてはならない。ロゲンハイドは、今まで一番ともいえる力強さで宣言する。
「ちゃんと言うことを聞くんだぞ」
キセノンはオキシの頭をやさしく二度叩き、もう一度念を押す。
「本当に無茶だけはするな」
「うん」
「では、五日後な」
そう言うとキセノンは定期便の方へ戻っていった。護衛の者は定期便の見張りもあるので、宿泊施設へ行くことはないのだ。
定期便は明日の夜明けとともに出発する。キセノンとは、ここで一旦お別れだ。次に会うのは、何事もなければ五日後になるだろう。