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微生物を愛でたいのだよ!  作者: まいまいഊ
2-a『森の中で妖精と出会う』
44/59

44・毒と薬は、表裏一体。有益にも有害にもなる物質(2)

「……そういえば」

 オキシが発した「微生物」という言葉で、キセノンはあることを思い出した。

「もしかして破魔の実から、毒消しの能力だけを取り出せるのではないか?」


「破魔の実から……取り出す?」

 それは微生物を知らない者ができる話ではない。キセノンには、微生物の素晴らしさを多少(・・)説いたことはあったが、そこまでの知識は言っていないはずである。「微生物を利用して薬の開発ができること」を知るはずがないのだ。

「その情報はどこで?」

 別に秘密にするほどでもない事柄だが、微生物についてほとんど何も知らないような者から、そんな言葉が出るとは思わなかったので、気になったのである。


「パンの葉から膨らます能力だけを取り出した魔法の粉を作っていると、受付嬢から聞いたものでな」

「あぁ、なるほど。それでか」

 情報源を知り、納得した。

 最近、組合(ギルド)の受付嬢であるサルファーは、自分が手作りしたパンをギルドの売店に置いている、という話は聞いていた。

 オキシがサルファに乾燥酵母菌(ドライイースト)を渡しているという情報を知る者こそ数は少ないが、何やら不思議な粉を使っているということは冒険者の間では、ちょっとした噂になっていた。

 彼女の作るパンは、不定期発売なうえに十個前後の個数のため、すぐ売れ切れる。主に彼女のファンクラブ会員たちが購入しているのだが、人気受付嬢である彼女のパンを望む者も多い。


 が、しかし、どんなに望む声が多くとも、五日に一回、提供するかしないか程度に留めている。周りが何と言おうとも、気が向いた時にしか、サルファの元に持っていかないのだ。オキシは乾燥酵母屋ではないのである。

 いっそのこと、乾燥酵母菌の技術を他の者に託したら良いのではないか、と思ったこともあったが、その場合、最低条件として酵母(カビ)を恐れない人物が求められる。

 カビは毒だという事が常識なこの世界において、カビを育てるという行為は、なかなか受け入れられないだろうことは、想像に難くない。

 カビから生まれた抗生物質が日本に入ってきた時も、正しい知識がない為にカビ(しかも良いイメージのないアオカビ)が由来と知っただけで忌避感を示す人が多くいたのだ。

 乾燥酵母菌の技術を知りたいとする者が、よっぽどパンに対して情熱があるか、仕事と割り切れる者でない限り難しいだろう。

 それに加え、この世界には地球にあるような科学技術などはない。基本的な微生物の知識もない相手に、カビの有益さを納得するまで説明するのは骨が折れるだろう。どこから説明したらよいものかも検討がつかない。

 それらを考えると、非常に面倒なのである。そうして誰かに託すという案は保留となってしまうのだ。



「で、どうなんだ? パンの葉と同じように、破魔草でもできるのか?」

 パンの葉の効果を封じた粉を作る、微生物(ビセーヴェツ)とはそういう便利なことができる技術(まほう)ということを聞いた。それならば、破魔草からも同じことができるのではないかと、そう思ったのだ。


「あぁ、それは……」

 キセノンの憶測は概ね正しい。

 有用な物質だけを取り出す技術は存在する。しかし、彼のいうような病気に効く物質だけを取り出したり、化学的に合成したりして、薬として活用できるようにすることは、オキシにとっては専門外。薬を開発するのは創薬化学の研究者の仕事だ。

 さらに言うなれば、効能というものは微生物そのものにあるのではない。微生物が作りだした物質に、その効能があるということに過ぎない。つまり破魔草に住む菌自体が薬となるわけではないのだ。


 分かりやすくヨーグルトで説明するならば、腸にまで乳酸菌を届けることが重要なのではないのと一緒だ。乳酸菌だけを体内に送り込んでも、菌だけでは腸を整える能力はないのである。しかも、通過菌である彼らが腸に定着することは、ほとんどないとも言われている。

 乱暴に言ってしまえば、乳酸菌が生きていようが死んでいようが関係なく、定期的にヨーグルトなどを取るだけで、一応の効果は得られるものなのだ。


 乳酸菌の話はさておき。

 確かに破魔草の有効成分を取り出して、安定して供給できるようになれば、魔物中毒症に苦しむ人は減るにちがいないだろう。しかし、微生物にしか興味が無いオキシは、微生物の作りだす物質がいくら有用とはいえ、微生物本体ほどの興味はない。有用な物質を微生物を使って効率よく量産する、品種改良する、あるいは科学的に合成することには、まったく興味が無いのだ。

 オキシにとって薬作りなど、つまらないことなのである。たとえこの世界で抗生物質になりうるモノをみつけたとしても、薬を自作してみようなどとは思わない。知っているのと、実際にやるは違うのだ。


 アオカビを例にとっても、抗生物質として実用に耐えうるまで仕上げるのに十年以上かかっている。普通のアオカビを使った生産に頼る方法では、不十分なのである。アオカビの抗生物質の生産能力は低く、効果も薄いのだ。様々に手を加え改善しなくては、使いものにならなかったのだ。アオカビに耐性を持たせ生産能力を高め、有効な成分を選り分け、さらに副作用の弱いものに仕上げ、やっと実用に耐えうるものが完成する。薬の開発にかかりきりにならないと、到達できないものなのだ。それそこ薬を作って人の助けになろうとする情熱がなければ、実行には移せないだろう。


「効能だけっていうのは、めんど……いや、難しい。僕にできるのは、せいぜい破魔草の栽培法を見つけること、までだな」

 乾燥酵母菌を作ったのは、酵母菌を保存したかったからであって、パンを醗酵させたかったわけではない。

 何よりも酵母は簡単に見つけることができるのだ。極端に言ってしまえば化学的なことは苦手だが、料理は好きな主婦が、趣味でつくることができる程度には。


 しかし、薬の場合、どの成分が有効なのかを探り、その成分だけを取り出す方法を見つけなくてはならない。そして、副作用の有無や接種量の調整など、安全性の確認もしなくてはならない。それだけでも、試行錯誤を繰り返さなくてはならず、途方もない時間を浪費してしまう。

 そんなことで微生物観察の時間がそんなことで削がれるのは嫌なのだ。破魔草の栽培方法を見つけることは、微生物の観察と深く関わるので、苦ではないのだが。


「魔法の粉にするのは難しいのか。しかし、栽培法の確立だけでも、十分にすごい。期待しているぞ」

 破魔草の秘密を初見で見破ったオキシならば必ずや、やり遂げるだろうと、キセノンは期待を寄せる。人の手で育てることが叶うだけでも、薬の価格もある程度下げられる。それだけでも価値のあることなのだ。


「……うん、まあ、できる限り頑張るよ」

 オキシが破魔草を増やしたいと思うその動力源は、人々を救うという志からは、かけ離れたところにある。

 期待を寄せるキセノンには悪いが、本音を言えば面倒なことは考えずに、個人的な楽しみの範囲で破魔草モドキを破魔草にしていたいと思うのである。



「あまり乗り気ではなさそうだな?」

「う、ん……まぁね。いろいろと思うことがあって」

「薬が手軽に買えるようになれば、みんな助かるのではないのか?」

「そういう簡単な話だったら良いんだけれどね」

 オキシが破魔草の量産に、あまり乗り気ではないのには理由がある。

 まず、オキシは魔物中毒症について、ほとんど知らないのだ。魔物毒を接種後、発病までに数時間から数日の潜伏期間があること、症状は吐き気、下痢、めまいなど多岐にわたること。それだけだ。

 これらの症状は何かしらの有毒物質が原因で起こっている可能性もあるが、何か悪い細菌やウィルスによる可能性もあるのだ。微生物の認識がないこの世界では、毒であるかのように思われているだけで。

 そして、一番の問題なのは、破魔草の有効成分である。破魔草の効能は「毒を消して症状を緩和すること」というが、具体的にはどのようなものなのかが、焦点となる。

 言葉の通り、単純に毒素の吸収を妨げたり、中和したり、炎症を沈めたりするのであるのなら問題はないのだが、もしも細菌やウィルスの発育、代謝を阻害する化学物質であるのならば――この手の薬は気軽に利用できることなることで、ある問題が生まれる。

 乱用や間違った使い方で、この薬が効きにくい耐性菌が生まれるかもしれないのだ。病原菌も生きている。生き抜くために進化し続けなくてはならないのである。

 耐性菌が現れた場合、最悪、薬が使いものにならなくなってしまう。貴重であるからこそ乱用はされず長い間使われてきた薬が、手軽になることで救える者も救えなくなってしまえば、本末転倒である。


「でも、破魔草が抗生物質だとしたら……その発見は嬉しいのも確か。微生物たちの抗争が見られる。量産できるかはとにかく……やっぱり、ぜひとも観察したいものだ!」

 抗生物質の精製される環境では、微生物たちの攻防、毒物戦争を見ることができる。魔物のいる土地の微生物が作る物質が、魔物中毒症に効く、微生物たちがこのような効能の物質を作る、ということは、彼らにとっても魔物毒は危険なものなのだ。己の命を守るため、より繁栄するため、破魔草に寄生する微生物たちは自らの作る物質によって、魔物毒と呼ばれるものから身を守っているに違いないのだ。


「コーセー物質? 抗争の観察? 一体何の話だ? オキシは、いつも何を見ているんだ?」

「お。キセノンも、何か見てみる?」

 瞳を輝かせるオキシに、キセノンはしまったと思った。これは良くない兆候だ。今まで培ってきた勘がそう告げる。しかし、そう思った時にはすでに遅い。オキシは満面の笑みを浮かべ、鞄の中をあさり、何かを探しはじめたのだった。

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